パッション120%

さあさあさあ!!
今日も全開で・・・
パッショネイトにイカねーと♪♪

コンビニ人間

2019-02-09 13:21:09 | 本・映画・テレビ

コンビニ人間
村田沙耶香


社会の中には様々な見えない枠が存在する
「家族」「親子」「会社」「男女」「夫婦」「年齢」

枠に当てはめようとする人
枠の中でしか生きられない人
枠から逃げ出す人

誰もがいびつで
誰もが不自然に見える

今の社会全体が
いびつで不自然なのかもしれない
そう考えれば
社会の中で生きている人たちだって
いびつで不自然なものになっていくのは
何となく納得できてしまう


コンビニという枠の中でしか生きられない主人公
いびつな存在の極みなのかもしれないが
どこか共感できる部分もあった・・・

私もいびつだということだろうか
否、いびつだという自覚は以前から持っている



サッと読み抜けられる物語
だが、後に残るものは確実にある
いびつな現代の一部分をかんじることのできる小説だと思う
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ROCKY4

2019-01-25 16:55:36 | 本・映画・テレビ

ロッキー4
炎の友情

クリード2を鑑賞する前に、改めてロッキー4を観ておこう。

「プロパガンダ映画」
この一言に尽きる。

公開は1985年
アメリカVSソビエト連邦の冷戦時代

アメリカ側からの視点で作られている
(それは当然なのだろうけど)
無表情で冷徹で人間味をかんじさせないソビエト陣営
最後には融和ムードのようにしてはいるが
アメリカからの押し付け感120%である。

ストーリーも単調だし
人物描写もあまりないし
スタローンのトレーニングは
ツッコミどころが満載だし


ドラゴとの決戦のときには
アポロのトレーナーだったデュークがセコンドにつく。
ソ連でのトレーニングにも帯同している。

彼の名言がとにかくスゴイ。
ロッキーがトレーニングをスタートするときには
「オマエは自分が何をするべきなのか、もうすでに知っているはずだ」
と、コーチ業を放棄するような発言をし
試合中にかける言葉といえば
NO,PAIN!! NO,PAIN!!である。

「無茶苦茶じゃないですか・・・」と、つぶやいてしまった。


挿入歌がやたらに多いが
ジェームス・ブラウンが出てきて歌う姿にはしびれたね!!


さあ、クリード2を観よう!
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ムンク展

2019-01-17 19:38:27 | アート

ムンク展
共鳴する魂の叫び

2019年、初アート鑑賞がムンク!
なんともおどろおどろしいスタートです・・・

ムンクといえば叫び
叫びといえばムンク

スクリーーーーーム!!!

なぜにここまで有名なのでしょうか・・・

そして、なぜにここまでムンクに人気があるのか・・・
会期終了間際になり
連日入場には待ち時間が発生しているようです。

正直なところ、鑑賞していて気持ちのいい作品はほとんどなかった。
ドロドロしていて、官能的だが影がかかっているような
明るく華やかになるプラスのオーラは、皆無といってもいい気がした。

描き方だけを観るならば
表情がなく、溶け合って輪郭線があいまいな人物
鮮やかな色なのだが、どこか鈍い印象がぬぐえない色使い
ガイコツに色付けしたような目の落ちくぼんだ無表情な顔
およそ、常人が描けるような画風ではない気がする。

歴史に名を残すようなアーティストは
一歩間違えれば奇人変人扱いされるような人が多いのだろうが
そんな雰囲気を作品から強く感じ取れる。



「叫び」とあるが、この人物が叫んでいるわけではない。
自然からの叫びを聞いた姿を描いている
耳を塞ぎ、口を大きく開き、立ち尽くしている。
それはムンク自身で、自画像でもある作品。


SCREAM

この映画のキャラのモデルにもなっているとかいないとか・・・


度重なる家族の死
自身も病弱で命の危機をかんじる少年時代
父は精神障害で暴力をふるう人

これで真っ直ぐに育つことは難しいだろう・・・

ムンク自身、少年時代をこう振り返っている
「病気と狂気と死が、私のゆりかごのかたわらに立つ、暗黒の天使だった」

ムンクの生い立ちを知れば
異質な画風にも少し納得ができるようになる・・・
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2018年 一番の写真

2019-01-05 22:33:30 | 料理・食べ物

プレッツェルマン

この1枚
サイコーじゃないですか!

ニヤリとしてるぜプレッツェルマン
こんがりしてるぜプレッツェルマン
アゴは負傷中だぜプレッツェルマン
甘くはないぜプレッツェルマン
目は笑ってないぜプレッツェルマン


この写真を見ると
自分の口角が強制的に引き上がってくる気がするんだよね。

ニヤリとね

接客業での模範笑顔に使ってもいいかもね。

戦隊モノとかいいかもね
「ブレット戦隊 コネルンジャー」
カレーパンレッド
クリームパンイエロー
プレッツェルブラウン
抹茶パングリーン
フランスパン明太子のせピンク

おらー、もっと腰入れて捏ねるんじゃー
パンは下準備が命なんじゃー

的な!

「プレッツェル仮面」もいいかもね。
仮面といいながら、露出多いけど!


そんなこんなで
2019年のパッション
模範とする笑顔はこれです(笑)
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鳥獣戯画シール

2018-12-14 00:32:46 | アート


勝手に名付けて
「鳥獣ギガトンシールコレクション」

ジャンボカードダスで1枚200円は強気設定だな。

いつ何時、いかなる場所においてもガチャガチャのチェックは欠かさない。
すでに病気みたいなものだ。
病名「ガチェック依存症」かな
そして、おもちゃ売り場のガチャガチャの横にはカードダスもある。
カードダスには大盤のジャンボカードダスがある。

対象年齢15歳以上!

青年期の若者がこれを欲しがる確率は低いのではないだろうか・・・
完全に大人向けな商品のような気がする。
言い換えれば「アダルトグッズ」ってやつだ(笑)





勢い余って4回やってしまった。
そして、一気に全部揃った!
ミラクルが起きたな。
年内の運は、たぶんこれで全部使い果たしたかもしれない・・・

めっちゃ完成度高いシール
200円にも納得だわ。
ってか、200円以上にすごいかも!!
呟きも笑えるものばかりだしね。

でもね、
でもね、
シールの隣についている小さな呟きは
シールにはついてこないんだわ
これ、けっこう詐欺っぽくね
このシートを眺めるのはめっちゃ楽しめるけど
台紙からシールをはがしてしまうと
ホンマの鳥獣戯画になってまうやん・・・

!!!!

いや、これが本来の姿だろうが!
押し付けられたコメントに笑いを催してどうするか!!
そこはイマジネーションだろうぅぅぅぅ
筆で描かれた奇々怪界な動物たちの動きと表情を見て
自ら言葉を紡ぐのが本来の鳥獣戯画の鑑賞方法なのではないのか!!

ま、そんなに熱くなったところで
実際には使わずに
コレクションになるだろうけどね(笑)


ちなみに、これを見つけたのはヨーカドーのおもちゃ売り場の隅っこ。
まず15歳以上の人はなかなか訪れない場所であることは想像に難しくない・・・
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QUEEN 日本語直訳ロック

2018-11-28 21:12:34 | MUSIC
映画「ボヘミアンラプソディ」が大ヒットしているようですが
そんじょそこらの、にわかQUEENファンはこれを知らんだろうな!


女王様

QUEEN日本語直訳ロックメドレーを歌っているのだ!!

ロック日本語直訳メドレーといえば「王様」が有名なのだが
「女王様」であるのでお間違えなく。
(王様とはマージャン仲間らしい)



ジャケ写もなかなか立派だが
曲はもっと立派である。
さらに、日本語訳の歌詞は、一部ぶっ飛んでいるのである。

メドレーになっていて
女王様物語はこうつづられていく。


さまよえる魂のための狂詩曲
自転車競争
殺し屋女王
ひらめき
いつかおまえを揺さぶる
もう一人死ぬ
愛と呼ばれるいわゆる一つのちんちくりんな事
我ら横綱
ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン


この直訳された曲名で、原曲が全部わかればQUEENファン確定なのだが
一部、訳しようがない曲名もある(笑)

BOHEMIAN RHAPSODY
BICYCLE RACE
KILLER QUEEN
FLASH
WE WILL ROCK YOU
ANOTHER ONE BITES THE DUST
CRAZY LITTLE THING CALLD LOVE
WE ARE THE CHAMPIONS
GOD SAVE THE QUEEN


見事である。
動画を探してみても見当たらない
というより、削除されているようだ。
CDも廃盤になっていて値段が何倍にも跳ね上がっている。
映画のヒットも重なって、もっと値上がりする可能性もあるだろう。

ってか、なんやねん「我ら横綱」て(笑)
日本のチャンピオン→横綱
あながち間違いではない気がするが・・・
和訳にひと捻りあるところがポイントだな!


犬のおまわりさん with QUEEN



動画を探していたら、グッチ裕三のが見つかった(笑)
ハッチポッチステーションという子供向け番組で
洋楽替え歌をいろいろ歌っていた。
懐かしいなぁ・・・ そして、完成度高いわ!!
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カフェテリア TARO

2018-11-11 14:22:14 | 岡本太郎


岡本太郎美術館に併設されているカフェ
嬉しいことに、美術館との往復は好きなだけできる作りになっている。
鑑賞の合間にカフェタイム
そしてまた、岡本太郎にどっぷり浸かる ×エンドレス
そんなこともできる♪



カラフルでかわいい椅子がお待ちかね。
決して「座ることを拒否する椅子」ではない。
「どうぞ座ってくださいの椅子」だね。

ガッツリお食事メニューも豊富!
でもやっぱり
TAROに関連あるメニューを頼むよね!



『TARO』限定 太陽のパルフェ
TAROブレンド


コーヒーが名前だけなのは、まあ仕方ないとしよう・・・
でもね
パフェが、ぜんぜんTAROでもなければ太陽でもない気がするのは気のせいですか!?

ベリーたっぷり
甘さと酸っぱさのバランスのとれたパフェ
シュークリームを太陽に見立てているのだろうね。
それはわかる。
なんとなくわかる。
でもさ、それでいいのかな・・・

もうちょっと一捻りほしい気がする。
もっとデコレートしたメニューがたくさんあれば
それだけで集客の目玉になりそうな気がするんだけどな・・・
今どきのインスタ映え的なかんじで。

岡本太郎の作品はユーモラスでシンプルなものもあるから
商品化しやすい気がする。

「座ることを拒否する椅子」をお菓子にして
「食べられることを拒否するケーキ」とか
「食べられることを拒否するクッキー」とかね。


そうそう
パフェのどこがTAROなのか太陽なのか
店員さんに聞いたのだけど
聞かれた店員さん、返答にめっちゃ困ってた(笑)





カフェから見る外の景色は
とってもステキです。
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AUDIO ARCHITECTURE

2018-10-27 22:13:20 | アート


AUDIO ARCHITECTURE
音のアーキテクチャ展


アーキテクチャ(構造物)として音楽を捉えデザインし曲にする。
リズム、メロディー、音域、楽器
それぞれが組み合わさり、バランスを取ったり、バランスを外したり
曲として組み立てていく。
確かに構造物だといえる。

しかしだ
オーケストラは、その最たるものではないだろうか・・・
様々な楽器の音が折り重なっていく。
100人以上で編成されるオーケストラだってある。
音色の違う楽器
音を出すタイミングも楽器によって違う。
打楽器だってある。
まさしく構造物だろう。

「音楽を構造物としてデザインする」
今までそんな言い方をしなかっただけで
昔々から続けられてきたことでないか?
そんな気がするのだがね・・・

しかし、なかなかに斬新な企画だった。
ミュージシャン、コーネリアスの小山田圭吾が
この企画展のために曲を書き
ライブ映像も撮って流れている。
そして、様々なアーティストが
この曲をイメージして映像作品を作っている。

映像も楽しめるライブ会場のような様相を呈してた。
(企画展はすでに終了しています)



AUDIO ARCHITECTURE (Studio Live Version)
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1984年

2018-10-16 01:01:07 | 本・映画・テレビ

1984年
ジョージ・オーウェル(1903〜1950)

1949年に書かれた作品
未来の1984年を舞台に描いた物語
ただし、内容はディストピア(暗黒世界)を描いている。

ストーリーをかいつまんで話していこうと試みたのだが
とてもうまく要約できそうもないので途中で放棄した。

暗黒世界とは、平易に言うとぜんぜんハッピーではない世界。
絶えず戦争が繰り返され
党から国民は監視され続ける。
表情すらも監視対象になってしまっている世の中だ。
どこに思想警察が潜んでいるかもわからず
いつ密告されるかもわからない。

党のリーダーは実在するかどうかも不確かな存在。
だが、絶対的な存在として君臨しているかのように
すべてのシステムが出来上がっている。

全てが党の歯車のような存在ともいえる。
そこに「個」の存在は必要なくなっている。

過去の歴史の改ざんを繰り返し
現在の党の政策の正当性を誇示させる。

常に仮想敵国を作り出し国威発揚させ
民衆の目を外に外に向けさせるように仕向けて行く。

非常事態を常態化させ
国民の物資や食料は常に足りず、困窮状態にさせる。

語彙を減らし、言葉の意味すらも減らし
考える余地を余地を奪っていく。

党に不都合な言葉を削除していき
反旗を翻す意思さえも奪っていく。


1984年はとうに過ぎたのだが
この小説の内容が、現代にあてはまる部分が多い。
もちろん良くない意味でのことではある。


この小説の帯に書かれている言葉の通りでもある。
国や政府、世の中のシステムに疑問を持っている人は読んでみてほしい。
内容的には、読みやすい本ではないかもしれないが
現実の危うさが実感できることと思う。
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カーソルをアートに。

2018-10-09 13:29:22 | アート

「2.5次元の触覚」

懸谷 直弓さんの作品
上野公園に2019年3月まで展示中

パソコンの画面に出てくるカーソル
それを現実に引っ張り出してきた。

なんと4メートル!
近くでみると、粗いドットのガタガタ矢印
しかし、遠くから見るとパソコン画面のようなかたちに切り取ることができる。




「境界線」
ディスプレイの中でマウスの指令に忠実に動くカーソル
現実には出てくるはずのない存在。
それが巨大になり、確かな質感を伴いそこに存在する。

全てをパソコンやスマホに集約していこうとしている世の中において
逆行するような印象がこの作品にはあり
現実的質感をどんどん失っていく世の中に対して
アンチテーゼのようにも感じ取れる。

ディスプレイの中の存在を、敢えてリアルにした理由とは・・・

最初は異質にかんじた作品ではあるが
すぐにその感覚は溶けてなくなっていた。
それもそのはず
パソコンを使っている人には、毎日動かしている存在だ。
馴染みがある、なんてものではなく
手足のように動いてもらっている存在である。
言葉が通じない人同士であったとしても
このカーソルに対しては、共通認識を持つことができるのではないだろうか。
グローバルな存在だともいえる。

多くの人に受け入れられる可能性の高い存在ではないだろうか。
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