「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」という、昔のアナログレコードのなかから音楽ではないジャンルを紹介する企画を、ウェブの連載と定期的なイベント、両面でやっている。
近々、2022年の8月26日に、東中野のポレポレ坐でイベント版をまたやります。よろしくどうぞ。
■会場参加予約はこちら → https://onl.sc/W4r3TqW
■9月4日まで視聴可能な配信チケット購入はこちらから → https://teket.jp/1192/14945
毎度毎度、集客どころか、存在を認知してもらうまでに苦労している。一方でこれは、しかたないとも思っている。
中古レコード屋の「その他」の棚にあるものを、聴くドキュメンタリー=聴くメンタリーと名付けてしまえば、ニッチなジャンルが新たにひとつ作れるぞ、と日本で(たぶん世界でも)初めて思いついちゃったのは僕だからだ。
つまり「聴くメンタリーというのは、要はアレみたいものですよ」と例えられるものがない。ないものは、なんだかよく分からないので近づきにくい。先行例を引き合いに出しながら把握する学問の訓練に慣れている、評論家タイプの人ほどむしろ警戒して遠ざけたくなる。この気持ちは僕自身が誰よりも分かるのだ。
「いやー、どんなものか前から気にはなってるんですけど……」という声だけは本当によく頂く。インテリな方はみんな慎重だし腰が重い。当然だ。
実はそんなに難しいコンセプトでもなくて、ラジオにもかかりにくいし、CDや配信で復刻もされない珍しい音源をまとめて聴いてみませんか、というあそびなんですよ、とコツコツお伝えするしかない。
(なので、なんかよくわかんないけど面白そう、だけで覗きに来てくれたこれまでのお客さんには、感謝を超えて、よくそれだけの理由で来れるもんだな、そのフットワークとアンテナは凄いですよ!……とけっこう本気で感心もしています)
いろんなレコードがあるんですよ、とツイッターでも短く紹介していて、それを加筆修正したうえでブログでもあげる。
前回は10枚とりあげた。
https://blog.goo.ne.jp/wakaki_1968/e/2320ed494e0bbbffaca4493b6c4794a0
今回は11枚目から。
【紹介11】
LP 『サウンドトリップ』(81・キング)
ジャケットと帯を見て、珍しいスペースシャトルものだ!と喜んで奮発したら、NASA提供の打ち上げ音はサワリだけだった。あとはシンセサイザー演奏のバッハやフュージョンなどデジタル録音お試し集。 完全にひっかかった。
シンセのイメージが(まだ)宇宙だった時代の詐術……。
ただ、本多俊之や鈴木勲の演奏がサンプル収録されているのは日本のジャズを知るのによかったし、当時の三洋電機は自社ブランド・オットーの販促盤を作るほどオーディオに力を入れていたのだ、と史的確認もできる。
聴くメンタリストは、高くついた分(二千円もしなかったけど)は、いいところをムリくりでも探して取り返すのである。
【紹介12】
CD『日本国憲法』(93・フォンテック)
佐藤慶による全文朗読。2006年にジャケットを変えて再発されている。
現憲法は……どなたでも一度は全文読んでおくといいでしょう、と思っている。読書嫌いな子だって野球部に入れば一度はルールブックを読む、位のつもりでよいので。
仕事の面では、憲法を読み直す機会が最近は本当に増えた。
よくお世話になっている憲法学者の小林節さんが言っていた話。
「今の日本の憲法にはとても面白い性質があって、世の中のために活動しようと思う人にとってはこんなに縛り・制約の無い憲法は世界でも珍しい。ところが、自分や仲間の利益を優先して求める人にとっては、不自由さを感じて変えたくなるものになっている」
【紹介13】
ソノシート『トニーは生きている/赤木圭一郎遺作集第三集』(62・勁文社)
これはすでに、連載版でも少し触れている。
http://webneo.org/archives/50678
対談はフジテレビ『スター千一夜』(60)にゲスト出演した時の音声だった。
「僕の(魅力の)どこが深いんでしょう?」
「まだ先のことは考えられない」
口調はあくまで爽やかだけど、適当なことは言えないし、言いたくない芯がある。からく言えば、スターやアイドルに目がない人達はいつもイメージに恋している。自分の人気もそんな程度のことなのだ、ともう気付いてはいるけど、そう簡単にはドライに割り切れない時期の記録。 生真面目な戸惑いから、繊細な人柄が伝わってくる。
【紹介14】
LP『空襲下の北ベトナム 現地録音でつづる北爆の記録』(68・日本コロムビア)
聴くメンタリーの場合、評価基準は極めてシンプルで、評判がいいから何回もかけてるものが「名盤」になる。なかでもこれは屈指。
ポレポレ坐では毎回照明を落として、防空壕の上で爆弾が落ちるようすを疑似体験いただいている。凹む音を聴く時間も必要。
【紹介15】
LP『一場春夢』海援隊(80・ポリドール)
昔、フォーク系ミュージシャンのライブ盤は、曲間のMCも長めに収録されていた。それをよく聴いていたのが、聴くメンタリーのベースになっている。
特にこれは、2枚組ライヴの大部分がおしゃべり。約40年振り……に聴いて、語り物レコードへの執着の原点が武田鉄矢だったことに気付かされた。
原点は武田鉄矢。これが自分の限界! たまに僕がしゃれた固有名詞話をしたとしても(地は鉄矢のくせに)と思ってください。
演奏自体はエッとなるほど強力なのだ。浦田賢一(元サンハウス)、椎名和夫(元ムーンライダーズ)、鳴瀬喜博(元スモーキー・メディスン)、佐山雅弘(RCサクセションのサポート)ら名うてのガンマンみたいなメンツが揃い、ストリングスの指揮は青木望とくる。
でも海援隊はみなさんよく御存じの通り、ここからサウンド指向にはいかなかった。
その選択が……いろいろと人生の綾ではある。
【紹介16】
LP『スーパー・トライスターL-1011-100』(77・ビクター)
トライスターはロッキードの三発ジェット機。自動操縦などハイテク搭載の先駆けとなった機体だが、強引な営業でロッキード事件などが起きてしまい、ロッキードが民間機事業から撤退するきっかけにもなってしまった。
操縦室内の確認や管制塔との連絡の録音がやや漫然と並んだ盤だが、聴いていて退屈なところが実はいい。いちいち「緊迫のコクピット」(帯)だったら乗客はたまらんわけで。
でかいものを扱う人ほど、冷静に実務を進めるものなんだと学ぶことができる。
企画・プロデュースは飛行機録音の世界では有名な武田一男。
ジャケットにも解説書にも、見事にロッキードのロも出てこないレコードでもある。
事件の悪いイメージを連想されると商売にならない、はまずあるだろうとして。賄賂はあくまで経営者の責任であって、これだけのいい飛行機を作り、飛ばす開発者や現場には罪はないのだ、と言いたい気持ちはヒシヒシと伝わってくる。
ただし今はそんな情の判断が通るかどうか? も考える。
聴くメンタリーは、200円位で買った盤でここまでしゃぶれる、という安上りの面白さが良くてやっているところもある。
【紹介17】
LP『ボクシング 日本が生んだ世界チャンピオン15人』(77 CBS・ソニー)
白井義男からファイティング原田、海老原博幸、藤猛……具志堅用高までの世界戦の実況中継をまとめた盤。それでこのジャケット。店で見つけた時は拳を握ったものの、資料として貴重、以上の感興はあいにくなかった。なぜか?
チャンプになる瞬間、栄光の瞬間だけがずっと続くからだった。
戦後日本に〈勝者の歴史〉が必要だったことはわかる。しかしボクシングという競技には、それだけで尽くせない綾があり……。岸田森の淡々と戦績を伝えるナレーションと、企画意図との間に見えない溝がある。玩味はそこにあるレコード。
【紹介18】
LP 『マザー・グースのうた』(77・ポリドール)
語りものレコードも聴くメンタリーのうちと拡大解釈している。逆に言えば、DJで使えないものはみんな聴くメンタリー。
「だれがこまどりころしたの?」「フェルせんせい、ぼくはあなたがきらいです」……谷川俊太郎の訳を岸田今日子が朗読。理想的な昭和のおとなの遊び。
【紹介19】
EP『橋幸夫 凡子結婚披露宴 よろこびの記録』(71・非売品)
媒酌人のビクター会長・百瀬結氏が「全て型通りにという本人の希望で…」と挨拶する通り、出席者が豪華以外は典型的な昭和の式進行。望外なことに、生活史の面でも貴重な音声記録になっている。
橋幸夫さんは最近引退表明した。今後は「通信制の大学で勉強する」という話は、明るい気持ちをくれるいい芸能ニュースだった。アイドル人気が凄くて学校に行きたくても行けなかった、という人だから。
【紹介20】
LP『南海の楽園』(ミノルフォン・おそらく60年代後半)
日航ジャルパックを、機内アナウンスやワイキキなどの現地音とBGMでヴァーチャルに経験する盤。冬に入手した時は途中で投げ出したのに、夏場に聴くととてもいい。季節ものの味わい。
それにおみそれしたのは、三沢郷によるムードミュージックの編曲の上品さだった。
『サインはⅤ』『デビルマン』『流星人間ゾーン』『エースをねらえ!』等を集中的に手掛けたあとパッとハワイに移住してしまった、音楽ファンには(おそらく)伝説の人。こんな企画ものの仕事でも手を抜いてない。かっこいい……。
【紹介21】
LP『ジャッキー・チェンの魅力』(81・日本コロムビア)
すべて中庸でいたい僕も、香港の民主化運動に対してジャッキーが当局支持をとった後は、進んで映画を見られなくなってしまった。
それは変節なのかどうなのか。ハリウッドに初めて進出する前の記者会見音声を聴いて、ヒントを無理やり探してみた。
会見では、父への感謝を語っている。ひとつだけ言えるのは……ジャッキーの親は国共内戦などで大陸から香港に逃がれ、苦労してきた。
だからどうしても、香港の外に出て成功するのが親孝行なのだと考えるジャッキーの世代の価値観と、1997年の主権移譲前後に生まれ、「香港人」のアイデンティティーを持って育ってきた今の学生世代との間にはズレがある。そこは前提として理解しておきたい。
【紹介22】
LP『猟奇と怪奇の世界』(78 BBC・テイチク)
知る人ぞ知るらしいBBCの音効素材集。パーティーの余興にどうぞ的に楽しめる盤なのだが、「頭ののこぎり切断」「焼印」「鞭打ち」等の音の即物さ加減は……。
大英帝国の血と暴力の歴史が、こんなおもしろ盤のなかで油断して出てしまっている。そこが一番怖い。
【紹介23】
LP『トラ・トラ・トラ 真珠湾攻撃から終戦まで』(60年代・東芝音楽工業)
太平洋戦争開戦から終戦までの、音源とナレーションによるクロニクル。
こんな内容のレコードは、好きで入手しているわけではない。聴けばユーウツになるのはわかっているから。しかし、高名なラジオドラマ作家・西沢実の脚本なら一味違うのでは、と期待して手に入れてみたら当たりだった。
緒戦の勝利に湧く提灯行列の録音は初めて聴いた。それがジリ貧になる経過を冷徹に伝える構成。
ところが……挿入される水原弘の「戦友の遺骨を抱いて」等が素晴らしいのだ。日本で一番歌がうまい男性という評価は本当かもしれない。アイロニーとして挟んでいるはずの軍歌が見事なんてのは、実に悪魔的皮肉だ。手ごわい1枚。
【紹介24】
ソノシート「朝日ソノラマ」1961年4月号
5年振りに帰国した秋吉敏子の本盤独占録音に、吉川英治『宮本武蔵』自作朗読など充実の号なので少し奮発した。
しかし、一番の目玉は〈風流無譚事件〉を巡る深沢七郎の会見と赤尾敏の肉声なのだった。これは今度のポレポレ坐でかける予定です。
【紹介25】
シングル「美しい昔」カーン・リー(79・日本コロムビア)
日本映画学校1年の時。ノンフィクションの指定図書のなかで特に好きだったのが近藤紘一の『サイゴンから来た妻と娘』(78)だった。ドラマ化までは興味ないままだったけど、聴くメンタリーの一環のつもりで主題歌を買ったら……作詞・作曲は「坊や大きくならないで」のトリン・コン・ソン。原曲はベトナム戦争下でよく歌われた厭戦歌なのだった。
5枚で百円の箱から見つけ、ついでに買ったものがすごく勉強になるものだったりする。これがあるからやめられない、となったらもうしかたない。
【紹介26】
LP『カム・アロングⅡ』山下達郎(84・RVC)
これを聴くメンタリー扱いするのはいくらなんでも強引なのだが、〈小林克也が山下達郎を次々とかける架空のラジオ番組〉という企画ベスト盤のコンセプトを、高校生の頃から面白いと思ってきたので。
ラジオとレコードの仲の良さは、戦前の日本放送協会が戦地での録音をレコードにしたところから始まっている。
【紹介27】
LP『怒涛の男 力道山』(1970年代半ば・テイチク)
聴くメンタリストになって、どんなレコードでも面白みを見つける異常訓練を積んでいるのだが、これは難しかった……。漫然としたナレと後で付けた疑似実況のみ。
力道山については一度しっかり調べ、セルビデオの台本を書いたことがある。退屈なのは一通り知っているせいかな、とも思ったが、逆に、力道山のことをよく知らない人が本盤を聴いたらますますとっかかりがなくてつらいだろう。
解説書のデータと写真は豊富で、むしろ音のほうが付録なのだった。
お話にならない盤、と片付けようとして、いや、待てよと考える。
リリースされたのは、まだリキさんの出自を明かすのはタブーな時代だった。そこを伏せながら薄いヒストリーを作らねばならない難しさ。 つまらなさにもいろんな理由があるのだ。そこに気付くと途端に、ホロ苦い味のレコードだった。
【紹介28】
LP『爆音』(77・ビクター)
これも8月26日にポレポレ坐でかける予定。
前回のポレポレ坐では、東京大空襲の証言レコードを聴いてもらった。今回は日本軍が爆撃する側の音を。ゼロ戦の実戦での飛行音録音は、このLPに復刻で収録されているのが唯一らしい。
戦争ってね、勝ってるぶんにはいいんです。少なくとも、勝っている間の国民の支持率は高い。どの国でも、当時の日本でも。その視点を欠かさないでいたほうがいいと思っている。
戦局が不利になって、逆に、日本に敵機が来襲するようになってから作られた〈敵機識別レコード〉も復刻収録されている。
(つづく)
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