ワカキコースケのブログ(仮)

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ボブ・ディラン来日直前特集~レココレのベスト100をしゃぶるの巻

2016-03-27 11:46:21 | 日記


ボブ・ディランがまた日本に来る。公演をしにやって来る。
いつも1ヶ月前位から、予習しなくては、しかしどこから手をつければ……と焦ってしまい、情緒不安定気味になってしまう。

今回は、前回のセットリスト(近作中心)に、ポピュラーソング・カバー集である『シャドウズ・イン・ザ・ナイト』(15)と続編の4曲入りシングル「メランコリー・ムード」(16)から数曲が加わる構成らしい。少なくとも、現在のところの最新のライヴである2015年11月のミラノ公演では、そういうセットリストになっている。
海外の方による、ありがたい情報サイトです。→http://www.boblinks.com/112215s.html

4月の東京は、5ヶ月振りのツアー再開。ここからどう変わるか。14年の東京公演のように、「ハックズ・チューン」(07年の映画主題歌提供曲)のライヴでの世界初披露、のようなサプライスがあるのか。
(このブログでも触れております。「2014年4月5日お台場のボブ・ディラン(2)」http://blog.goo.ne.jp/wakaki_1968/e/ce929256de858b1819d9415145bcc1bc

これはもう、本人とバンドのみぞ知る、だ。熱心な研究家なら探り当てているかもしれないが。結局はいつものように、虚心で臨む他なし、の結論に戻るのみ。

しかし、虚心で臨む他なし、の結論に戻るまでには、それなりのベストは尽くさなければいけない。
2年振りの来日は、あまりにインターバルが短い。恒例のようにしばらくディラン聴きが優先事項になり、仕事で「台本のあがりが遅すぎる」と、ひどく怒られてしまった……。迷惑な話だ。

ともかく、予習のヤマは絞れたとしても、御大が何を演奏なさるかは当日までは分からない。なるたけ万全の態勢で待ち構えていたい。そうでないと、とにかく落ち着かない。
今回は精神安定のために、雑誌の助けを借りることにした。『レコード・コレクターズ』2012年10月号(ミュージック・マガジン)のアンケート特集「ボブ・ディラン ベスト・ソングズ100」を、1日数曲ずつ、100位から順番に聴いていくことにしたのだ。

このゲームが、期待していた以上に楽しかった。

以下はその一覧。全順位をあげるとバックナンバー販売にご迷惑をかけてしまうかな……と、いったんは迷ったのだが。へー、こういう100曲なんだ、と興味深く眺めて飽きない人なら、ますます読みたいと思ってくれるだろう、と判断させてもらいました。
全曲に付いている選者それぞれの、別テイク紹介を合わせた評が濃くて面白い。順位はあくまで、2012年の時点でディランの受容を整理するための入口、となっている。
(枠がガタガタなのは、ご勘弁を……。ワードから移すときの、うまい方法が分からなくて)

順位

曲名

代表テイク(初出及び初収録アルバム)

100位

新しい夜明け

『新しい夜明け』(1970)

99位

今宵はきみと

『ナッシュビル・スカイライン』(1969)

98位

どこにも行けない

『地下室』(1967録音-1975)

97位

ウディに捧げる歌

『ボブ・ディラン』(1962)

96位

シューティング・スター

『オー・マーシー』(1989)

95位

スーナー・オア・レイター

『ブロンド・オン・ブロンド』(1966)

94位

ボーン・イン・タイム

『アンダー・ザ・レッド・スカイ』(1990)

93位

ジョージ・ジャクソン

シングル(1971)

92位

悲しみは果てしなく

『追憶のハイウェイ61』(1965)

91位

ボブ・ディランの夢

『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』(1963)

90位

マイ・ワイフズ・ホーム・タウン

『トゥゲザー・スルー・ライフ』(2009)

89位

イフ・ユー・ガッタ・ゴー・ゴー・ナウ

『ブートレグ・シリーズVol.1~3』(1965録音-1991)

88位

サンダー・オン・ザ・マウンテン

『モダン・タイムズ』(2006)

87位

ライセンス・トゥ・キル

『インフィデル』(1983)

86位

トライン・トゥ・ゲット・トゥ・ヘヴン

『タイム・アウト・オブ・マインド』(1997)

85位

シー・ビロングス・トゥ・ミー

『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』(1965)

84位

イズ・ユア・ラヴ・イン・ヴェイン

『ストリート・リーガル』(1978)

83位

チェンジング・オブ・ザ・ガード

『ストリート・リーガル』(1978)

82位

戦争の親玉

『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』(1963)

81位

パーシーズ・ソング

『バイオグラフ』(1964録音-1985)

80位

シリーズ・オブ・ドリームズ

『ブートレグ・シリーズVol.1~3』(1989録音-1991)

79位

きみは大きな存在

『血の轍』(1975)

78位

アイ・アンド・アイ

『インフィデル』(1983)

77位

サマー・デイズ

『ラヴ・アンド・セフト』(2001)

76位

プレッシング・オン

『セイヴド』(1980)

75位

船が入ってくるとき

『時代は変る』(1964)

74位

ハイランズ

『タイム・アウト・オブ・マインド』(1997)

73位

哀しい別れ

『時代は変る』(1964)

72位

親指トムのブルースのように

『追憶のハイウェイ61』(1965)

71位

鐘を鳴らせ

『オー・マーシー』(1989)

70位

ハイ・ウォーター(フォー・チャーリー・パットン)

『ラヴ・アンド・セフト』(2001)

69位

ラモーナに

『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』(1964)

68位

ムーンライト

『ラヴ・アンド・セフト』(2001)

67位

クイーン・ジェーン

『追憶のハイウェイ61』(1965)

66位

ミシシッピー

『ラヴ・アンド・セフト』(2001)

65位

ワーキングマンズ・ブルース♯2

『モダン・タイムズ』(2006)

64位

ゴーイング・ゴーイング・ゴーン

『プラネット・ウェイヴズ』(1974)

63位

嵐からの隠れ場所

『血の轍』(1975)

62位

スロー・トレイン

『スロー・トレイン・カミング』(1979)

61位

アイ・スリュウ・イット・オール・アウェイ

『ナッシュビル・スカイライン』(1969)

60位

スペイン革のブーツ

『時代は変る』(1964)

59位

ノット・ダーク・イェット

『タイム・アウト・オブ・マインド』(1997)

58位

ホェン・ザ・ディール・ゴーズ・ダウン

『モダン・タイムズ』(2006)

57位

マスターピース

『グレイテスト・ヒッツVol.Ⅱ』(1971)

56位

ラヴ・シック

『タイム・アウト・オブ・マインド』(1997)

55位

マイティ・クイン

『セルフ・ポートレイト』(1970)

54位

窓からはい出せ

シングル(1966)

53位

火の車

『地下室』(1967録音-1975)

52位

明日は遠く

『グレイテスト・ヒッツVol.Ⅱ』(1962録音-1971)

51位

イフ・ナット・フォー・ユー

『新しい夜明け』(1970)

50位

シングス・ハヴ・チェンジド

映画『ワンダー・ボーイズ』サントラ(2000)

49位

アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト

『ジョン・ウェズリー・ハーディング』(1967)

48位

ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシン

『トゥゲザー・スルー・ライフ』(2009)

47位

我が道を行く

『ブロンド・オン・ブロンド』(1966)

46位

ローランドの悲しい目の乙女

『ブロンド・オン・ブロンド』(1966)

45位

コールド・アイアンズ・バウンド

『タイム・アウト・オブ・マインド』(1997)

44位

いつもの朝に

『時代は変る』(1964)

43位

サラ

『欲望』(1976)

42位

ジョーカーマン

『インフィデル』(1983)

41位

自由の鐘

『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』(1964)

40位

追憶のハイウェイ61

『追憶のハイウェイ61』(1965)

39位

悲しきベイヴ

『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』(1964)

38位

レイ・レディ・レイ

『ナッシュビル・スカイライン』(1969)

37位

怒りの涙

『地下室』(1967録音-1975)

36位

エヴリ・グレイン・オブ・サンド

『ショット・オブ・ラブ』(1981)

35位

北国の少女

『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』(1963)

34位

オール・アイ・リアリー・ウォント

『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』(1964)

33位

ザ・マン・イン・ミー

『新しい夜明け』(1970)

32位

寂しき四番街

シングル(1965)

31位

やせっぽちのバラッド

『追憶のハイウェイ61』(1965)

30位

雨の日の女

『ブロンド・オン・ブロンド』(1966)

29位

ガッタ・サーヴ・サムバディ

『スロー・トレイン・カミング』(1979)

28位

ハリケーン

『欲望』(1976)

27位

イッツ・オール・ライト・マ

『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』(1965)

26位

ハッティ・キャロルの寂しい死

『時代は変る』(1964)

25位

天国への扉

『ビリー・ザ・キッド』(1973)

24位

ジョアンナのヴィジョン

『ブロンド・オン・ブロンド』(1966)

23位

マギーズ・ファーム

『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』(1965)

22位

愚かな風

『血の轍』(1975)

21位

コーヒーもう一杯

『欲望』(1976)

20位

ラヴ・マイナス・ゼロ/ノー・リミット

『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』(1965)

19位

運命のひとひねり

『血の轍』(1975)

18位

いつまでも若く

『プラネット・ウェイヴズ』(1974)

17位

ブラインド・ウィリー・マクテル

『ブートレグ・シリーズVol.1~3』(1983録音-1991)

16位

廃墟の街

『追憶のハイウェイ61』(1965)

15位

はげしい雨が降る

『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』(1963)

14位

時代は変る

『時代は変る』(1964)

13位

イッツ・オール・オーバー・ナウ、ベイビー・ブルー

『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』(1965)

12位

マイ・バック・ペイジズ

『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』(1964)

11位

ミスター・タンブリン・マン

『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』(1965)

10位

アイ・シャル・ビー・リリースト

『グレイテスト・ヒッツVol.Ⅱ』(1971)

9位

見張塔からずっと

『ジョン・ウェズリー・ハーディング』(1967)

8位

風に吹かれて

『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』(1963)

7位

メンフィス・ブルース・アゲイン

『ブロンド・オン・ブロンド』(1966)

6位

ブルーにこんがらがって

『血の轍』(1975)

5位

アイ・ウォント・ユー

『ブロンド・オン・ブロンド』(1966)

4位

くよくよするなよ

『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』(1963)

3位

サブタレニアン・ホームシック・ブルース

『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』(1965)

2位

女の如く

『ブロンド・オン・ブロンド』(1966)

1位

ライク・ア・ローリング・ストーン

『追憶のハイウェイ61』(1965)



選者は、伝道者・菅野ヘッケルを始め、宇田和弘、小倉エージ、北中正和、小出斉、鈴木カツ、萩原健太、ピーター・バラカン、湯浅学、和久井光司……などなど、25人(敬称略)。

こういうアンケートの結果は、「あれが入ってないこれが入ってない」「あれがこんなに順位が下なんて」と、マニアにイチャモンをつけられるために存在するようなところがあるが。
僕は、全く、髪の毛一本ほども、文句ありません。

高校の文化祭に来てくれた田中義剛がギター1本で歌う「風に吹かれて」にショーゲキを受けたものの、どこからどう入ればいいか分からない僕に、『レコード・コレクターズ』を通して、たのしくやさしく教えてくれた方々が選んだ100曲である。選者の中にいない、ふさわしい人なんて、故・中村とうよう氏ぐらいしか思い当たらない。

「風に吹かれて」がまさかまさかの8位どまり、「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」がベスト3に入るという意外さを、これが日本での最深の知見の結果なのか、と押し戴くのみ。
持っていないのは、87位、78位、76位と3曲あった。おお、常に後回しにしてしまう(ディラン自身も実際、全キャリアの中で低調だった)80年代前半の曲が、これだけランクインしているのか、と目を覚まされる思い。万年中級ファンとしては、ありがたい。

それに、自分ならテン内に入れるだろう「ディグニティ」(1989初録音)が、100曲に漏れているのには……かなり感動した。不満と逆である。あれだけの名曲ですら入らない、厚みが嬉しい。さらに言えば「神が味方」(1964)、「せみの鳴く日」(1970)、「タフ・ママ」(1974)、「彼女に会ったら、よろしくと」(1975)、「モスト・オブ・ザ・タイム」(1989)が漏れていても納得できてしまえるという。圧巻の品揃えである。

12年秋に発表された集計なので、今のところ、それから出た唯一のオリジナル・アルバム『テンペスト』は対象外になっている。僕自身は、リアルタイムでニューアルバムを聴き出した80年代後半からでは、『オー・マーシー』と並ぶぐらいよく聴く。大充実作なので、アンケートを今やり直したら、「テンペスト」や「ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ」「ペイ・イン・ブラッド」あたりが、中位当たりの数曲に入れ替えを迫るだろう。

上位に関しては、やり直したところでほぼ不変だろうし、ほとんどの人は文句無いんじゃないかな。かつての僕のように、聴いてみたいけど、どこからどう入れば……な人には、まずはベスト盤を買って15位ぐらいまでを聴いてください、とオススメすれば間違いない気がする。
夏目漱石でいえば、入門ガイドの3作と、文学愛好家が選ぶベスト3は、いずれも『吾輩は猫である』『坊ちゃん』『こころ』になる、みたいな。そういう鉄板感が上位15曲にはある。

試してもらって、ガツーンとくれば何よりだけど、来なければ来ないで、仕方ないし何も問題は無い。ディランにピンとこなかろうと素晴らしい知性と感受性の人はいくらでもいる。いや、そっちのほうが遥かに多いだろう。あくまでも、必要な人には必要、という類の音楽家だ。
非常に個人的な作風……というか、そういう表現が軽音楽の世界でも「あり」だと、初めて世界のレコード市場で認めさせた人なので、「必聴!」「絶対に聴くべき!」という美意識の強制(民主的ファシズムとも言う)からいちばん遠いところにいる人でもある。

ただ、自分に必要なことにまだ気づいていない人、ディランを聴けばかなり救われるタイプなのに聴いたことない人ってのも、けっこう多いと思うんですよね。今回のブログはもっぱら、そういう人のきっかけになるといいなあ、と願いながら書いている。

そこを無理に何とかしようとして、「ジョン・レノンからU2まで数多くのミュージシャンに影響を与えている」「ノーベル文学賞の候補の常連」みたいな話を強調するザンネンな人がプロでもちょくちょくいらっしゃいますが……まあ、ザンネンとしか言いようがない。テレビの台本だったら、土俵が違ってくるから、僕でもそこを書かざるを得ないし。

ここで、オリジナル・アルバムに絞って、収録順にランキングしてみた。


【8曲】
『ブロンド・オン・ブロンド』(1966)
【7曲】
『追憶のハイウェイ61』(1965)
『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』(1965)
【6曲】
『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』(1963)
『時代は変る』(1964)
【5曲】
『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』(1964)
『血の轍』(1975)
『タイム・アウト・オブ・マインド』(1997)
【4曲】
『ラヴ・アンド・セフト』(2001)
【3曲】
『ナッシュビル・スカイライン』(1969)
『新しい夜明け』(1970)
『欲望』(1976)
『インフィデル』(1983)
『モダン・タイムズ』(2006)
【2曲】
『ジョン・ウェズリー・ハーディング』(1967)
『ストリート・リーガル』(1978)
『プラネット・ウェイヴズ』(1974)
『スロー・トレイン・カミング』(1979)
『オー・マーシー』(1989)
『トゥゲザー・スルー・ライフ』(2009)
【1曲】
『ボブ・ディラン』(1962)
『セルフ・ポートレイト』(1970)
『ビリー・ザ・キッド』(1973)
『セイヴド』(1980)
『ショット・オブ・ラブ』(1981)
『アンダー・ザ・レッド・スカイ』(1990)


うーむ。やっぱ強いね、『ブロンド・オン・ブロンド』。

といって、いきなりこれから買って聴くのは、あんまりオススメしない。なんつうか、大江健三郎でいえば、『万延元年のフットボール』から読み出すと苦労するから、『死者の奢り』『飼育』『見る前に跳べ』『日常生活の冒険』……と順に付き合ってコンディション整えて(クセがあり過ぎる文体に慣れて)、『個人的な体験』と進んでからにしませんか、という感じですね。

ディランも大江の初期長編のように、1作ごとの急激な変化と進化が劇的であり、作者本人のプライベートと分けて考えにくいところがあるので、初期に関しては、順聴きしたほうが面白いと思っている。もちろん、僕がオススメしないだけで、しょっぱなから『ブロンド・オン・ブロンド』を聴く思い切りのいい行為も、素晴らしいディラン体験にはなるだろう。

さらに100選のミソなところを言うと、選ばれている基準が、あくまで曲である点だ。ディランの場合、ライヴで別物に育つことが多いから、ランキングした曲でも、選者の好きなバージョンやテイクはそれぞれ違う場合が少なくないと思う。
例えば、「我が道を行く」が47位にまで上がっているのは、『偉大なる復活』(1974)の力が大きいだろう。63位の「嵐からの隠れ場所」も、『激しい雨』(1976)のバージョンのほうが好きな方が多いのでは。
公式ライヴ盤のバージョンのみに絞った30選なら、かなり順番と顔触れに変動が起きる気がする。

といったことを、いろいろ考えることが出来る100選だった。

で、さっき書いたように、100位から順番に聴いてみるゲームをしてみて、なにが一番楽しかったか、というと、自分ではまず思いつかない流れでディランを聴き直せたことだった。
まず、のけぞったのは、99位の「今宵はきみと」から、「どこにも行けない」「ウディに捧げる歌」「シューティング・スター」「スーナー・オア・レイター」と聴いた時のきもちよさ。時代はバラバラだし、曲調もテーマも違うのに、見事にひとつの流れ、グルーヴが生まれている。

僕はマジメに録音順、発表順にこだわってきたほうだから、なおさらだった。
上位の大部分は、1963~1966年の超・黄金期で当然のように占められている。この間の数枚で行ったり来たりはよくやってきたが、60年代から80年代、90年代……とディケイドをまたいで曲ごとにシャッフルする楽しみ方は、ほとんどしていない。49位「アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト」の、若き日のリラックス振りを楽しんだ後、ゼロ年代もなお因業なオヤジ振りが廃れない「ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシン」ときて、一気に若い怒りが火を噴くような「我が道を行く」に戻る……ワクワクした。

そして、100選の順番=シャッフル聴きをして、最も大きな発見は、ディランの一貫性だった。
いろんな変化をしてきた人だけど、自分が「歌手」であることの信念、確信だけは微動だにしなかったのだ。サウンドやバッキングの変遷ではなく、「歌手」を軸に聴いたら、びっくりするくらい、60年代から現在までをごちゃまぜにしてもスムーズさが途切れなかった。

美空ひばりがブキウギ、民謡、ジャズ、演歌、フォークとあらゆるジャンルを歌い倒して、ぜんぶ自分の歌にしているのと近い。
最近の活動が、30年代~50年代のポピュラー・ソング、フランク・シナトラの持ち歌の掘り起し中心になっても、丁寧に聴くファンの多くが(実は)そんなに驚かなかったのは、そこを感知していたからだろう。

フォークの神様ではないのはもちろん、ロックの桂冠詩人やアーティストである前に、まず、

「歌手(その割に異常なほど自作曲の割合が多いので一般にはシンガーソングライターに分類されることがほとんど)」

な人である、とボブ・ディランを捉え直せば。
もうね、当日、なにを歌ってくれてもいいのだ。

演歌歌手のステージならば、名刺代わりのヒット曲さえ歌ってくれたら後は、
「今年の夏で戦後70年。当時、焼け跡の中で懸命に生きた方々に思いを馳せて、『リンゴの唄』を歌います」
「門下生ではありませんが、実は若い頃、船村徹先生に励ましの言葉をかけて頂いたことがあるんです。なつかしの船村メロディから1曲……実は、急に歌いたいってワガママ言っちゃってね、バンドのみなさんに迷惑かけちゃったんですよ(笑)」
なんて展開が楽しいわけで。

近年のディランの心境も、そういうことなのではないか。
当日まで何を歌い出すか分からない姿を、ファンは長年、詩人の高潔な芸術性、峻厳な作家性及び稀代のトリック・スターのパフォーマンス、と、とにかくシリアスに捉えてきたわけだが。
演歌・歌謡曲の世界では、歌い手さんは昔から当たり前のようにやってきたことなのだ。

もし、ふだんまずやらない曲間のMCをディランがしたとすれば、

「いやね、デビュー前によく聴いたシナトラ先生の歌が沁みる年になりましてねえ。そんなにヒットしなかったなかにも、いい曲があるんですよ。このまま埋もれるのは勿体ねえぞってんでね、1枚丸ごとカバーしてみようと思い立って。それで出来たのが、去年のアルバムなの。買ってくれた人、います? あ、けっこういるね。良かったでしょう? 言わせてるね(笑)。今日も、何曲か歌いますので、聴いてください」

って感じかも!
そう想像すると、少なくとも僕は腑に落ちて、楽しい。

歌謡ショーを楽しむような心持ちで、出かけたいと思います。

 



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