不整脈のトラウマに打ち勝って明るく前向きに生きる男の顛末記

明るく前向きに生きることで
不整脈とQOLをコントロールした男の生きざまを描く

病気になったからこそ見える世界がある

2024-05-10 07:24:31 | 人間学


【カタバミ】ただの雑草/そこら中に普通に見られる/ヤマトシジミ(蝶)の幼虫の食草/
花は小さいが可憐で綺麗/種は手りゅう弾のように弾け飛ぶ/

Nikon Z 7ⅱ+TTArtisan 100m T/S 2×Macro


死ぬまで人工透析にならないように塩分制限や適度な運動(減量)が必要になった我が人生。
病気にならなければ自宅周辺に限らず、あちこち歩き回ることはなかっただろう。
(退職してジジイになったら暇を持て余して歩いたかもしれないが)
自宅に閉じこもって1日中パソコンの前に座ってポテチをほおばりながらペプシゼロを飲む。
出かけるときは車でピュ~~ッ。
世界のほとんどが見えず、何も知らない人間で終わったであろう。
(ちなみに自転車でもダメ、歩くのに比べて圧倒的に触れる情報量は少なくなる)

ただし、距離を稼ぐために歩くことがメインになると視界は大幅に狭まる。
道端の草、雑草の花など、あらゆるものをじっくり見ながら歩こう。

病気にならなかったら決して見ることのなかった世界が見えるだろう。
自然をじっくり見て歩くのも悪くはない。


追伸
ただし、病気にならずに酒池肉林で人生を終えられた方が個人的には良かったがね(-_-)