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九条流と小野宮流

2011年08月14日 | 平安時代

 道長の日記は原本そのままの形で伝わっているが臣下の日記で最古の藤原忠平の日記・貞信公記はそうではない。 しかもこの日記には私記、私案など長男の藤原実頼によって細字で注記がつけられている。  忠平の次男・師輔の日記は九条右大臣の日記ということで九暦といわれる。 現存する古写本三巻には各項目毎に該当する日記の記事を集め丹念で詳細で儀式書に近い。 師輔は父・忠平の教えを継承することを目的として整理していった。 このような儀式書を作らないまでも、何かを調べるときの便利を考え日記から特定の事項に対する記事を抜き出して集めその事項の先例を集める部類記を作成することはしばしばおこなわれた。 藤原実資の小右記にも部類によってまとめた別記が当初からあった。 貞信公・忠平の教えは長男実頼にもつたえられ実頼も儀礼への関心高く、日記・清慎公記を著したが、儀式書としては孫の実資が小野宮年中行事を著した。 このようにして貴族の儀礼作法としては師輔の九条流と実頼の小野宮流が存在することとなるが、いずれも忠平の教えを基礎としており忠平が宮廷社会の出発点にいたことを示す。  「小右記」 は道長よりも9歳年上で才能の溢れた藤原実資により成立。 

 

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