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エジプト史跡を巡る-19 エジプト史跡巡り 番外編

2019年10月28日 | 記紀創世紀

エミレーツ航空

関空-ドバイ-カイロ

 

 

プライオリティ・パスで入るラウンジ@ドバイ

 

 

メリディエン ホテル@ギザ

  

 

カイロの夜

 

 

パピルスの店@カイロ

死者の書

古王朝の時代、死後の世界に於ける安楽な生活を送ることができたのは王や王族。ピラミッドの玄室壁面にヒエログリフを書き残した。次の中王朝の時代には死後の世界が王族以外の者にも開かれ、柩の底や外側などに経文を書いた。これが「柩文」と呼ばれる。そのあと、新王朝の時代に入って巻物(パピルス)に経文が描かれるようになった。これがいわゆる『死者の書』といわれるもので、死後に迎えるであろうさまざまな障害や審判を乗り越えて、無事楽園に到達するためのガイドブックであった。

死者・アニは14人の裁判官の前に座る

死者である書記生のアニは、妻ツツの後に従ってマーアトの広間に入る

アヌビス神は使者の良心を表す心臓を天秤の上にかける

もう一方には法と真実の象徴である羽毛をかける

2つが等しくなかったら有罪の宣告を受けるのである

秤の右手の方には、筆記用具を持ったトト神が控えて、審判の記録を書き留めようと待ち構えている。

トスの後には怪獣が控えており、審判で有罪になった死者をただちに食べるために体勢を調えている

秤にある心臓は真実であり、汚れのないことが証明されました

ホリス神が死者を天国に連れて行く

天国には冥界の神・オシリスと葬祭の神・ネフティスがいる

 

スフィンクスとクフ王のピラミッド

  

 

ラクダ

 

 

赤いピラミッドの守衛さん

 

考古学的にはお宝の山@階段ピラミッド横の遺跡

 

 

エジプト絨毯を織っている

  

 

エジプト航空でアスワンに到着

  

 

 ヌビア砂漠

 

 

ヌビア料理

 

 

アブシンベル神殿前のヌビア人

 

 

船に乗る

 

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エジプト史跡を巡る-18 エジプト史跡巡り@モハメッドアリモスク

2019年10月28日 | 記紀創世紀

 

 

 

 

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エジプト史跡を巡る-17 ルクソール神殿@古代都市テーベ

2019年10月28日 | 記紀創世紀

 ルクソール神殿は、ルクソール(古代のテーベ)東岸にある神殿複合体。もともとカルナック神殿の中心を形成するアメン大神殿の付属神殿として、エジプト第18王朝(紀元前1550-1295年頃)ファラオのアメンホテプ3世によって中心部分が建立された。神殿の後方には、アメンホテプ3世およびアレクサンドロス3世(紀元前332-323年)によって構築された祠堂がある。ローマ時代には、神殿およびその周辺は軍の要塞となり、その領域はローマ政府の基地であった。アメン大神殿とはスフィンクスの参道で結ばれていた。神殿入口となる第1塔門の前には1対のラムセス2世(紀元前1279-1213年頃[3])の坐像、その手前にはオベリスクが立っている。オベリスクは本来左右2本あったが、1本はコンコルド広場にある。

イアフメス1世        -BC1546(古代エジプト第18王朝の第1代ファラオ)                                                                                                       ┣ アメンホテプ1世    -BC1524(古代エジプト第18王朝の第2代ファラオ)カルナック神殿を建設                                                                                               ネフェルトイリ  ┣ トトメス1世-BC1518 (古代エジプト第18王朝の第2代ファラオ)シリア、ヌビアへ遠征 アメン大神殿の造営を継続                                                                                                                            イアフメス  ┣ トトメス2世       -BC1504                                                                                                                    ヌトネフェルト ┣ トトメス3世 -BC1425 ハトシェプストの補佐政治後はエジプト史上最大の帝国を築く カルナック神殿の大増改築KV34                                                                                                                                                                               ハトシェプスト ┣ アメンホテプ2世  -BC1419 エジプトの国威と広大な帝国を維持 KV35                                                                                                                                                                                                                イシス  ┣ トトメス4世 -BC1386 アメン神官団の影響力の排除                                                                                                                                                                                                                                                                            ティアア ┣ アメンホテプ3世-BC1349 絶頂に達した王国を継承 ルクソール神殿を建設 メムノンのモデル WV22                                                                                                                                                                                                                                                        ムテミヤ  ┣ アメンホテプ4世 -BC1333(アクエンアテン)アトン神を崇拝(アマルナ改革)KV55?                                                                                                                                                                                                                        ティイ   ┣ スメンクカーラー    -BC1334 本拠地はメンフィス KV55?                                                                                                                                                                                                                             ネフェルティティ  ┣ ツタンカーメン-BC1324 首都をテーベに戻す KV62                                                                                                                                                                                                               キヤ  ┣ アイ  -BC1319                                                                                                                                                                                                                  アンケセナーメン ┗ ホルエムヘブ(KV57 第18王朝最後)                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             (                                       (ネフェルティティの娘)                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    

ラムセス1世-BC1295-1294(KV16 古代エジプト第19王朝の第1代ファラオ ホルエムヘブの忠実な腹心)                                                                                                            ┣ セティ1世-BC1294-1279(KV17 第2代ファラオ)ヒッタイトを押し戻しヌビアへ遠征 アメン神殿多柱室、自身の葬祭殿建設 王家の谷に墓建設                                                                                                                            シトレ   ┣ ラムセス2世-BC1290-1224(KV7 第3代ファラオ、ミイラは@カイロのエジプト考古学博物館) ヌビアに遠征 アブシンベル神殿を造営                                                                       トイ ┣ ラムセス2世の王子(KV5)                                                                                                                                                                                                       ┣ メルエンプタハ -BC1212-1202(KV8)60歳を超えての即位                                                                                                                         ネフェルタリ ┣ アメンメセス-BC1202-1199(KV10)                                                                                                                               プタハ  ┣ セティ2世-BC1199-1193 (KV15)                                                                                                                                   ?   ┣ サプタハ-BC1193-1187(KV47)政治の実権はセティ2世の妃・タウセルトと宰相のバイが握る                                                                                                                                         ?  ┣ タウセルト女王-BC1185(KV14 第19王朝最後)                                                                                                                                       タウセルト ┣ セトナクト-BC1185-1182(KV14 第20王朝初代) カルナックのアメン=ラー神殿建設                                                                                                                                              ┣ ラムセス3世-BC1186-1152(KV11)海の民撃退(ジャヒの戦) カルナックに神殿造営 暗殺                                                                                                                                            ティイ   ┃ ┣ ラムセス4世-BC1151-1145(KV2)父が暗殺された後、混乱を収束させて即位                                                                                                                                       (メルエンプタハの娘)┃ ? ┣ ラムセス5世-BC1145-1141(KV9)アメンの神官団の台頭 天然痘で死去                                                                                                                                                    ┃  テントオペト                                                                                                                                                    ┣ ラムセス6世-BC1141-1133(KV9)クーデターで王位簒奪し、王墓も奪う                                                                                                                                                    ┃     ┣ ラムセス7世-BC1133-1126(KV1)治世記録が無い                                                                                                                                                      ┃     ?                                                                                                                                                      ┣ ラムセス8世-BC1125-1126(王墓不明 同王朝で最も不明瞭な支配者)                                                                                                                                                      ┣ メンチュヘルケプシェフ                                                                                                                                                       イセト  ┣ ラムセス9世-BC1126-1108(KV6)                                                                                                                                                      タカト(KV10)┣ ラムセス10世-BC1108-1098(KV18未完成)                                                                                                                                                               ? ┣ ?ラムセス11世-BC1098-1070(KV4)第20王朝終焉                                                                                                                                                                ティティ?                                                                                                                                                              この頃テーベはアメン大司祭国家となりエジプトには南北二つの王家が並立する

 

 

カルナック神殿まで続く参道には羊のスフィンクスが並ぶ

 

 

ルクソール神殿第一塔門の前にはラムセス2世の石像とオベリスクが立つ

ラムセス2世は9本のオベリスクを建造しているが、5本はローマ、1本はパリ。

 

 

 

ラムセス2世の第一中庭とモスク

 

 

 

第二塔門前に立つラムセス2世の石像

 

 

ラムセス2世の台座のレリーフは上下エジプトの統合を意味している

BC17世紀頃、エジプトは下エジプト(異民族ヒクソスに支配さてていた)と上エジプトに分かれていた

両者間に戦争が起こり、BC1550年ごろ土着のエジプト人が、ヒクソスを支配層から追い出してエジプト新王国時代に入る(第18王朝期)

上下エジプトを統一したエジプト王はナイル川流域だけではなく、アジアのシリア方面にも進出するようになる

この時の王・トトメス3世は、シリアの属国も支配し、エジプト史上最大の帝国を築いた

 

 

アメンヘテプ3世の大列柱

 

 

ラムセス2世とネフェルタリ妃

ツタンカーメンとアンケセナーメン妃という説明であったが・・・

 

 

 

アメンヘテプ3世の第二中庭 向こう側は列柱室

 

 

 

アレクサンドロス大王の間

 

 

大王の間の壁レリーフ

 

 

 

葡萄から赤ワインを作っている

  

 

至聖所

 

 

 

ルクソール神殿

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エジプト史跡を巡る-16 カルナック神殿@古代都市テーベ

2019年10月28日 | 記紀創世紀

 カイロから南へ650kmナイル川を登るとルクソールという古代にはエジプトの首都であった都市がある。ナイル川の東側にはカルナック神殿(現存する世界最大の古代神殿で、東京ドーム22個分)、ルクソール神殿があり、西側には王家の谷がある。カルナック神殿は新王国時代(紀元前1550-1069年頃)に繁栄した古代の首都テーベに建てられ、中心的な存在であるアメン神殿、ムトの神域、メントゥの神域から成る。紀元前1965-1920年頃の統治(中王国時代第12王朝のセンウセレト1世の頃)にはじまり、プトレマイオス朝の時代(紀元前332-32年)まで継続された。第18王朝(紀元前1550-1295年頃のファラオ系図は以下)には増改築が繰り返され、崇拝の中心地であった。このように歴代の王達がアメン神に忠誠を誓い、アメン神の加護を得るために増設していった。

 

イアフメス1世        -BC1546(第18王朝の第1代ファラオ)                                                                                                       ┣ アメンホテプ1世    -BC1524(第18王朝の第2代ファラオ)カルナック神殿を建設                                                                                               ネフェルトイリ  ┣ トトメス1世-BC1518 (第18王朝の第2代ファラオ イアフメスとは姉弟)シリア、ヌビアへ遠征 アメン大神殿の造営を継続                                                                                                                            イアフメス  ┣ トトメス2世       -BC1504                                                                                                                    ヌトネフェルト ┣ トトメス3世 -BC1425 ハトシェプストの補佐政治後はエジプト史上最大の帝国を築く カルナック神殿の大増改築KV34                                                                                                                                                                               ハトシェプスト ┣ アメンホテプ2世  -BC1419 エジプトの国威と広大な帝国を維持 KV35                                                                                                                                                                                                                イシス  ┣ トトメス4世 -BC1386 アメン神官団の影響力の排除                                                                                                                                                                                                                                                                            ティアア ┣ アメンホテプ3世-BC1349 絶頂に達した王国を継承 ルクソール神殿を建設 メムノンのモデル WV22                                                                                                                                                                                                                                                        ムテミヤ  ┣ アメンホテプ4世 -BC1333(アクエンアテン)アトン神を崇拝(アマルナ改革)KV55?                                                                                                                                                                                                                        ティイ   ┣ スメンクカーラー    -BC1334 本拠地はメンフィス KV55?                                                                                                                                                                                                                             ネフェルティティ  ┣ ツタンカーメン-BC1324 首都をテーベに戻す KV62                                                                                                                                                                                                               キヤ  ┣ アイ  -BC1319                                                                                                                                                                                                                  アンケセナーメン ┗ ホルエムヘブ(KV57 第18王朝最後)                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             (                                       (ネフェルティティの娘)                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    

ラムセス1世-BC1295-1294(KV16 古代エジプト第19王朝の第1代ファラオ ホルエムヘブの忠実な腹心)                                                                                                            ┣ セティ1世-BC1294-1279(KV17 第2代ファラオ)ヒッタイトを押し戻しヌビアへ遠征 アメン神殿多柱室、自身の葬祭殿建設 王家の谷に墓建設                                                                                                                            シトレ   ┣ ラムセス2世-BC1290-1224(KV7 第3代ファラオ、ミイラは@カイロのエジプト考古学博物館) ヌビアに遠征 アブシンベル神殿を造営                                                                       トイ ┣ ラムセス2世の王子(KV5)                                                                                                                                                                                                       ┣ メルエンプタハ -BC1212-1202(KV8)60歳を超えての即位                                                                                                                         ネフェルタリ ┣ アメンメセス-BC1202-1199(KV10)                                                                                                                               プタハ  ┣ セティ2世-BC1199-1193 (KV15)                                                                                                                                   ?   ┣ サプタハ-BC1193-1187(KV47)政治の実権はセティ2世の妃・タウセルトと宰相のバイが握る                                                                                                                                         ?  ┣ タウセルト女王-BC1185(KV14 第19王朝最後)                                                                                                                                       タウセルト ┣ セトナクト-BC1185-1182(KV14 第20王朝初代) カルナックのアメン=ラー神殿建設                                                                                                                                              ┣ ラムセス3世-BC1186-1152(KV11)海の民撃退(ジャヒの戦) カルナックに神殿造営 暗殺                                                                                                                                            ティイ   ┃ ┣ ラムセス4世-BC1151-1145(KV2)父が暗殺された後、混乱を収束させて即位                                                                                                                                       (メルエンプタハの娘)┃ ? ┣ ラムセス5世-BC1145-1141(KV9)アメンの神官団の台頭 天然痘で死去                                                                                                                                                    ┃  テントオペト                                                                                                                                                    ┣ ラムセス6世-BC1141-1133(KV9)クーデターで王位簒奪し、王墓も奪う                                                                                                                                                    ┃     ┣ ラムセス7世-BC1133-1126(KV1)治世記録が無い                                                                                                                                                      ┃     ?                                                                                                                                                      ┣ ラムセス8世-BC1125-1126(王墓不明 同王朝で最も不明瞭な支配者)                                                                                                                                                      ┣ メンチュヘルケプシェフ                                                                                                                                                       イセト  ┣ ラムセス9世-BC1126-1108(KV6)                                                                                                                                                      タカト(KV10)┣ ラムセス10世-BC1108-1098(KV18未完成)                                                                                                                                                               ? ┣ ?ラムセス11世-BC1098-1070(KV4)第20王朝終焉                                                                                                                                                                ティティ?                                                                                                                                                              この頃テーベはアメン大司祭国家となりエジプトには南北二つの王家が並立する                                                                                                                                                         

ネクタネボ1世(第30王朝 BC380頃)の頃に建てられた第一塔門

塔門には何らレリーフは無い

セティ2世のオベリスクは無くなっている

 

 

スフィンクス参道

羊の姿をしたアムン神のスフィンクスの足元にはラムセス2世が立っている

  

 

第1中庭にはセティ2世のオベリスク(左)、パネジェムの巨像がある

パネジェムの巨像は本来はラムセス2世の像だったが、第21王朝のパネジェム1世が名前を書き換えたという

いずれも左右対称にペアで立っていたそうですが、今は片方しかない

 

第1中庭の南側にはラムセス3世の神殿がある(メディネト・ハブ)

 

 

セティ2世の小神殿

 

 

 

ホルエムヘブが建てた第2塔門を入るとセティ1世、ラムセス2世が建てた大列柱室があります

アメン大神殿の大列柱室 16列134本の石柱 中央の12本は直径3m 開花式パピルス柱

アメン神のレリーフの多くは顔が削り取られて破壊された

これはアクエンアテンが太陽神・アトンの崇拝を人々に強要すべく破壊したという

 

 

 

聖池の向こうはムト神殿

 

 

 

トトメス1世のオベリスク(右) と ハトシェプスト女王のオベリスク(左)

トトメス1世の娘がハトシェプスト女王

トトメス1世のオベリスクは第3塔門と第4塔門の間に右側だけが残っていて、左側は台座と断片しか残っていない

ハトシェプスト女王のオベリスクは トトメス1世が作った第4塔門の先の左側にあります

ハトシェプスト女王のオベリスクは左側だけが残っていて、右側は倒れていて台座と本体の最下部が残るのみ

 

 

ピラミディオン(頂部)を含む上部の断片は聖なる池の近くに置かれています  向こうに第3-第6塔門が見える

アメンホテプ3世が築いたのが第3塔門

  

 

トトメス1世によって作られた第5塔門はハトシェプスト女王のオベリスクの先にある

 

 

第5塔門の東側には小さな列柱室がありトトメス3世が作った第6塔門があります

第6塔門を過ぎると狭い中庭を経て大神殿の中心である至聖所に至ります

 

 

神殿の周囲には穀物庫などの煉瓦遺跡がある。農民から徴収した穀物を備蓄して、労働者に報酬として分け与えていた

その備蓄量は2万人分という

  

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エジプト史跡を巡る-15 メムノンの巨像~王家の墓

2019年10月21日 | 記紀創世紀

メムノンの巨像

 メムノンの巨像は、エジプト・ルクソールのナイル川西岸にある2体のアメンホテプ3世の像。元々は、背後に同王アメンホテプ3世の葬祭殿が控えており、その入口の部分であった。右側の像は地震のヒビにより、うめき声のような音を発していた。この現象は脚色され、メムノンの死別した母への呼び声だとされた。その後、巨像は下に落ちていた像の上半身を取り付けられると、声を出すこともなくなったという。 メムノンの巨像の足元にはティイ王妃が立っている。

 台座の上面、足の前方に、2行にわたる大きなヒエログリフが沈み浮彫で刻まれ、アメンヘテプ3世のカルトゥーシュ(王名を囲む長楕円形の枠)2個と形容語句が表されている。台座の正面中央に二国の統合を表すヒエログリフが見え、両側面にはエジプト南方の民族の名が、凹凸のついたカルトゥーシュの中に刻まれて列記されている。また、各カルトゥーシュの上には、両手を背中で縛られ、上エジプト固有の植物の茎で首を括られて、一列に繋がれた囚人たちの胸部が描かれている。この茎は、台座正面の中央に見える二国の統合を表すヒエログリフから発しており、上エジプトと下エジプトの統合維持を保障するファラオへの、南方諸民族の服従を象徴している。

 

 

 

アメンホテプ3世の神殿

 アメンホテプ3世は、古代エジプト第18王朝の第9代ファラオ(在位:紀元前1388年 - 紀元前1351年)トトメス3世、トトメス4世の時代を経て最盛期に王位を継承した。アメン神を崇敬し、テーベにカルナックのアメン神殿と直結する分神殿としてルクソール神殿を建設した。同地に広大な自身の葬祭殿も建設した。

  

 

 

アメンホテプ2世の神殿

 アメンホテプ2世  在位:紀元前1453年 - 1419年 は、古代エジプト第18王朝の第7代ファラオ。父トトメス3世同様に遠征を行い、父が回復したエジプトの国威と広大な帝国を維持した。身長183センチと、現存するファラオのミイラの中では最も長身とされている。

 

貴族の墓

 エジプトの世界遺産「古代都市テーベとその墓地遺跡」のナイル川西岸、ハトシェプスト女王葬祭殿とラムセウムの間にある山の斜面に、いくつもの穴が開いているのが見える。それらは、古代エジプトの高官や神官、職人の長官などの墓であり、「貴族の墓」と呼ばれている。はじめはファラオだけが不滅という特権が与えられていた。やがて貴族や高官だけではなく個人も身分と財産に応じて王家の墓の周辺に墓を作ることが許され、マスタバ形式の墓が作られた。

 ここには、保存状態の良い素晴らしい壁画が残っており、当時の農作業や猟、建設など古代エジプト庶民の日常が描かれている。貴族の墓は6つの地区に分かれ、特にクルナ地区のナクトの墓は、ぜひ訪れたい場所とのこと。ナクトは、トトメス4世の書記で天文官だった人物。 

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エジプト史跡を巡る-14 クロコダイル博物館

2019年10月21日 | 記紀創世紀

 

 

 

 

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エジプト史跡を巡る-13 コム・オンボ神殿

2019年10月21日 | 記紀創世紀

アスワンの北へ40kmのところにあるコム・オンボ神殿

紀元前332-32年 プトレマイオス時代

金の丘

ホルス神(左側)とセベク神(右側)のために造った二重構造の神殿

 

 

上のレリーフはマート神(太陽神ラーの娘 正義の女神)

 

神々から捧げもの(命の鍵)をもらうプトレマイオス12世

 

クレオパトラ3世 在位:BC142-131年

レリーフの左二人がいずれもクレオパトラ3世 右はオシリス神

 

左 : トト神 と ライオンの頭を持つセクメト神 が聖水でプトレマイオス12世の体を清め

右 : 太陽神とホルス神が合体したラー・ホルアクティの横でオシリス神が王冠を装着している 

 

 

右はハヤブサの頭のホルス神、二重王冠を被っている

エジプト全土で愛された天空の神で、オシリス神とイシス女神の息子

 

 

左 : ハトホル神とホルス神がオリシス神の前で祝福を受ける

右 : ハトホル神とセベク神が貢物を受ける

 

 

子供の成長を記録したレリーフ

 

ミイラの手術を施していた部屋

 

イムホテプと妊婦、医療器具

下半身だけのレリーフはイムホテプ

イムホテプは第3王朝のファラオのジェセルに仕えた宰相で、ジェセル王のピラミッドを設計した

建築家としてのみならず、内科医としても優れ、死後には「知恵、医術と魔法の神」として神格化された

イムホテプの右には妊婦の姿や医療器具が描かれている

 

 

 

 

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エジプト史跡を巡る-12 ホルス神殿

2019年10月18日 | 記紀創世紀

ホルス神殿

ルクソールとアスワンのほぼ中間に位置するエドフという港町に巨大なホルス神殿がある

紀元前237年にプトレマイオス3世(壁画両端)によって造られ始め、約180年後のプトレマイオス12世が完成

プトレマイオス12世は有名なクレオパトラの父

壁画はイシス神、ホルス神、プレトマイオス12世

プレトマイオス12世が被っているのはアテフ冠

上エジプトの白冠のてっぺんに太陽円盤を載せ、ダチョウの羽を両側に付けたもの

さらに羊の角に2匹の聖なるコプラ(ウラエウス)が 付いている 

 

 

 

 

左中央:ホルス神に挟まれた太陽神ラー  右:ホルス神 

 

 

 

 至聖所にある船のみこし(夢の舟) と ネクタネボ2世の名が刻まれた花崗岩製の祠

ネクタネボ2世:古代エジプト第 30王朝最後の王 (在位前 360~前 343)

エジプト最後のファラオで、エジプト南部へと逃亡して亡くなった

ネクタネボの敗走から10年弱経過後にアレキサンダー大王が登場する

以降のエジプトはペルシャ、マケドニア、プトレマイオス朝ギリシャ、ローマの属州となる

 

 

天空の女神・ヌト

 

 

 ホルス神が父オシリス神を殺したセト神と戦っているところを描いているものがいくつもあります

古代のエジプト人は彼らの王であるファラオを太陽神ラーの子、ホルスの化身だと信じていた

ファラオがこの世の王である間は、彼自身をハヤブサの姿をしたホルス神の象徴としてあらわした

ファラオは死ぬと空を渡って冥界へ行き太陽神ラーと合体するという事が壁画から解っている

 

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エジプト史跡を巡る-11 アブ・シンベル神殿

2019年10月18日 | 記紀創世紀

建造主は新王国時代第19王朝の王・ラムセス2世(BC1305-1213) 小神殿は最愛の王妃ネフェルタリのために建造

ラムセス2世の在位:BC1290年 - BC1224年

アブ・シンベル神殿の全景

ナセル湖のほとりにある

 

大神殿

4体のラムセス2世は太陽が昇る東を向き、それぞれの時期を現している

左から異国の太陽、二国の王、メリアモン、アトムに愛されしラムセス

右端のラムセス2世の右足脇には王女・ネブトタウイ、正面には王女・エセネフェル、左足脇には王女・ペンタンタ

右から二番目の ラムセス2世の右足脇には王母・トゥヤ、正面には王子・アメンヘルケプシェル、左足脇には王妃・ネフェルタリ

左から二番目の ラムセス2世の右足脇には王妃・ネフェルタリ、正面には王子・リアムセス、左足脇には王女・ベケトムゥト

 左端のラムセス2世の右足脇には王女・メリトアメン、正面には王妃・ネフェルタリ、左足脇には王母・トゥヤ

ラムセス2世の足元に並ぶホルス神

 

 

8体ともオシリス神の姿で表されたラムセス2世

 

天井は3500年前当時のままの色合いが残る

 

戦争会議の様子(ラムセス2世の言う事を聞いている兵士)

 

 

北の壁にはカディッシュの戦い(対ヒッタイト) 敵を踏んで、もうひとりの敵と戦っている

 ヒッタイトは、インド・ヨーロッパ語族、紀元前15世紀頃アナトリア半島に王国を築いた民族。青銅器しか作れなかった時代に、高度な製鉄技術によりメソポタミアを征服した。最初の鉄器文化を築いたとされる  エジプト王セティ1世は、ヒッタイトの宗主権下にあったシリアのガディッシュ王国、アムル王国に軍を進め、両王国をエジプトの影響下に置いていた。紀元前1285年頃、ヒッタイトのムワタリ2世は、両国を奪還すべく、古代エジプトとシリアのカデシュで衝突し、ラムセス2世のエジプトを撃退する。ヒッタイトの被害者は軽微、エジプト側は甚大であり惨敗したと言える。ラムセス2世は、勝利の記録を戦いの様子と共にルクソールなどの神殿に刻んでいるが、実際にはシリアはヒッタイトが支配を続けた。

 

戦後ラムセス2世はヒッタイト王の娘と結婚して平和条約を結ぶ

 

 

 玉座に座する国家神・アメンラーに貢物をするラムセス2世であるが、右端のムト神は立ってラムセス2世に玉座に座るように促しているようにも見える。このようにラムセス2世が神格化していくようすもレリーフとして残されている。

 

聖なる部屋・至聖所の4体の座像

左からメンフィスの商業の主神・ブタハ、太陽神・アメン・ラー、ラムセス2世、天空と太陽の神・ラー・ホルアクティ

冥界の神でもあるプタハには朝日の奇跡、光は当たらない

また、ラムセス2世が最後にはアメン神やラー神と同格になって座っていることを表す

 

 

小神殿

ここは最愛の王妃ネフェルタリのために建造され、左からラムセス2世、王妃ネフェルタリが交互に6体並ぶ

石像の間には「彼女の為に太陽は輝く 生命を与えられし者 愛されし者」と書かれている

 

ハトホル(愛と美の女神)神の柱

 

ハトホル女神のガラガラと蓮の花を持つネフェルタリ

 

ラムセス2世が髪の毛を握ることで、征服を表している

 

カイロ考古学博物館所蔵の石板

 

ラムセス2世がハトホル神(牛の化身)に蓮の花をささげているレリーフ 

 

 トト神(知識、学問の神)が命の鍵を持つレリーフ

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エジプト史跡を巡る-10 王家の谷・ラムセス2世の墳墓

2019年10月18日 | 記紀創世紀

 ラムセス2世の墳墓は地下深くに大規模な構造になっているだけに、毎年訪れる洪水の影響を受けて壁面のレリーフは無くなっている。またラムセス2世は息子達の墓、共同墓地も作り、その中には200以上の部屋があり一番奥には冥界の神・オシリス神がいる。そして正妃・ネファルタリの墓はエジプトで最も美しいとされていて、現在は特別な許可がないと中には入れない。 

 

 

 

ラムセス1世-BC1295-1294(KV16 古代エジプト第19王朝の第1代ファラオ ホルエムヘブの忠実な腹心)                                                                                                            ┣ セティ1世-BC1294-1279(KV17 第2代ファラオ)ヒッタイトを押し戻しヌビアへ遠征 アメン神殿多柱室、自身の葬祭殿建設 王家の谷に墓建設                                                                                                                            シトレ   ┣ ラムセス2世-BC1290-1224(KV7 第3代ファラオ、ミイラは@カイロのエジプト考古学博物館) ヌビアに遠征 アブシンベル神殿を造営                                                                       トイ ┣ ラムセス2世の王子(KV5)                                                                                                                                                                                                       ┣ メルエンプタハ -BC1212-1202(KV8)60歳を超えての即位                                                                                                                         ネフェルタリ ┣ アメンメセス-BC1202-1199(KV10)                                                                                                                               プタハ  ┣ セティ2世-BC1199-1193 (KV15)                                                                                                                                   ?   ┣ サプタハ-BC1193-1187(KV47)政治の実権はセティ2世の妃・タウセルトと宰相のバイが握る                                                                                                                                         ?  ┣ タウセルト女王-BC1185(KV14 第19王朝最後)                                                                                                                                       タウセルト ┣ セトナクト-BC1185-1182(KV14 第20王朝初代) カルナックのアメン=ラー神殿建設                                                                                                                                              ┣ ラムセス3世-BC1186-1152(KV11)海の民撃退(ジャヒの戦) カルナックに神殿造営 暗殺                                                                                                                                            ティイ   ┃ ┣ ラムセス4世-BC1151-1145(KV2)父が暗殺された後、混乱を収束させて即位                                                                                                                                       (メルエンプタハの娘)┃ ? ┣ ラムセス5世-BC1145-1141(KV9)アメンの神官団の台頭 天然痘で死去                                                                                                                                                    ┃  テントオペト                                                                                                                                                    ┣ ラムセス6世-BC1141-1133(KV9)クーデターで王位簒奪し、王墓も奪う                                                                                                                                                    ┃     ┣ ラムセス7世-BC1133-1126(KV1)治世記録が無い                                                                                                                                                      ┃     ?                                                                                                                                                      ┣ ラムセス8世-BC1125-1126(王墓不明 同王朝で最も不明瞭な支配者)                                                                                                                                                      ┣ メンチュヘルケプシェフ                                                                                                                                                       イセト  ┣ ラムセス9世-BC1126-1108(KV6)                                                                                                                                                      タカト(KV10)┣ ラムセス10世-BC1108-1098(KV18未完成)                                                                                                                                                               ? ┣ ?ラムセス11世-BC1098-1070(KV4)第20王朝終焉                                                                                                                                                                ティティ?                                                                                                                                                              この頃テーベはアメン大司祭国家となりエジプトには南北二つの王家が並立する 

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エジプト史跡を巡る-9 アスワンハイダム

2019年10月18日 | 記紀創世紀

 アスワンダムは、ナイル川の氾濫防止と灌漑用水の確保のために建設された。エジプトのガマール・アブドゥル・ナセル大統領が、ソ連の支援を受けて国家的事業として計画した。このダムによって出現した、表面積5250 km2の巨大な人工湖は、大統領の名をとってナセル湖としている。

アスワン・ハイ・ダムの完成によって、毎年のように起こっていたナイル川の氾濫はなくなり、合計2.1 GWが発電供給されている。またダムにより出現したナセル湖から供給される水は、不足がちだった農業用水を安定させ、周辺の砂漠の緑化も行われた。さらに、ナセル湖での漁業は活発で、豊富な水産物は重要な食料として活用されている。

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エジプト史跡を巡る-8 王家の谷・ラムセス9世(KV6)の墳墓

2019年10月18日 | 記紀創世紀

 ラムセス9世は、古代エジプト第20王朝の第8代ファラオである。祖父ラムセス3世が没すると、その後を継いだラムセス4世からラムセス8世までのファラオ達は短期間で没し、王権も次第に衰退していった。ラムセス9世の約20年の治世には、衰退傾向に歯止めがかかり若干の安定が得られた。 治世中の建築事業の多くは、カイロから10kmほど離れたヘリオポリスで行われた。ヘリオポリスは古王国時代以来の太陽崇拝の中心地である。しかしアジアにおける領土は既に失われており、かつてエジプトの属国であったシリアやパレスティナは海の民と総称される諸民族の勢力が乱立する地となり、西方のダクラ・オアシスなど、僅かに周辺諸国への影響力を残しているにとどまる。ラムセス9世の治世には、頻繁に王家の谷の王墓群で盗掘が行われていたことが発覚。埋葬されてから20年程しか経っていないラムセス6世の墓もその標的になっていたという。死後、ミイラは王家の谷のKV6に埋葬され、後に他の王たちのミイラと共に「ロイヤル・カシェ」に移された。「ロイヤル・カシェ」というのは「王家」を意味するロイヤルと、フランス語の「隠し場所」を意味するカシェの合成語である。

 ルクソールのナイル川西岸に位置するクルナ村には、考古学者、道案内、穴掘りなどの人々が住んでいた。その中には、夜陰にまぎれて盗掘をするラスール一家がいた。ラスール家の3人の兄弟の一人が、デイル・エル・バハリ近郊の山間部で偶然に岩窟墓を発見していた。そこには副葬品などはなく、石棺や、剥き出しのミイラばかりだった。彼らはミイラに添えられていた護符や石棺などを引っぱり出し、盗品市場に出し続けたのである。やがてミイラに関する遺物が盗品市場に出回っているという知らせに、マリエットの後任として考古局長兼カイロ博物館長に就任したマスペロは、調査を開始し、ラスール一家のしわざであることを突き止めた。その結果、その岩窟墓は第21王朝時代のアメン大神官パネジェム2世のものだとわかり、そこには40体という大量のミイラが集積されているということが判明した。書き込まれたヒエログリフにより、そのミイラが古代エジプトの頂点にあった君主たち、およびその家族のものだということが判明したのである。それを聞いた世界中が興奮に包まれたことは言うまでもない。この岩窟墓が「ロイヤル・カシェ」と名づけられた。

 

ラムセス9世(KV6)の墳墓内

(2019/9/13時点で、スマホによる写真撮影はOK カメラによる撮影も300EP支払えばOK)

在位:紀元前1126年 - 紀元前1108年

墳墓入口

 

イスラム教徒に顔を削り取られている

ラムセス1世-BC1295-1294(KV16 古代エジプト第19王朝の第1代ファラオ ホルエムヘブの忠実な腹心)                                                                                                            ┣ セティ1世-BC1294-1279(KV17 第2代ファラオ)ヒッタイトを押し戻しヌビアへ遠征 アメン神殿多柱室、自身の葬祭殿建設 王家の谷に墓建設                                                                                                                            シトレ   ┣ ラムセス2世-BC1290-1224(KV7 第3代ファラオ、ミイラは@カイロのエジプト考古学博物館) ヌビアに遠征 アブシンベル神殿を造営                                                                       トイ ┣ ラムセス2世の王子(KV5)                                                                                                                                                                                                       ┣ メルエンプタハ -BC1212-1202(KV8)60歳を超えての即位                                                                                                                         ネフェルタリ ┣ アメンメセス-BC1202-1199(KV10)                                                                                                                               プタハ  ┣ セティ2世-BC1199-1193 (KV15)                                                                                                                                   ?   ┣ サプタハ-BC1193-1187(KV47)政治の実権はセティ2世の妃・タウセルトと宰相のバイが握る                                                                                                                                         ?  ┣ タウセルト女王-BC1185(KV14 第19王朝最後)                                                                                                                                       タウセルト ┣ セトナクト-BC1185-1182(KV14 第20王朝初代) カルナックのアメン=ラー神殿建設                                                                                                                                              ┣ ラムセス3世-BC1186-1152(KV11)海の民撃退(ジャヒの戦) カルナックに神殿造営 暗殺                                                                                                                                            ティイ   ┃ ┣ ラムセス4世-BC1151-1145(KV2)父が暗殺された後、混乱を収束させて即位                                                                                                                                       (メルエンプタハの娘)┃ ? ┣ ラムセス5世-BC1145-1141(KV9)アメンの神官団の台頭 天然痘で死去                                                                                                                                                    ┃  テントオペト                                                                                                                                                    ┣ ラムセス6世-BC1141-1133(KV9)クーデターで王位簒奪し、王墓も奪う                                                                                                                                                    ┃     ┣ ラムセス7世-BC1133-1126(KV1)治世記録が無い                                                                                                                                                      ┃     ?                                                                                                                                                      ┣ ラムセス8世-BC1125-1126(王墓不明 同王朝で最も不明瞭な支配者)                                                                                                                                                      ┣ メンチュヘルケプシェフ                                                                                                                                                       イセト  ┣ ラムセス9世-BC1126-1108(KV6)                                                                                                                                                      タカト(KV10)┣ ラムセス10世-BC1108-1098(KV18未完成)                                                                                                                                                               ? ┣ ?ラムセス11世-BC1098-1070(KV4)第20王朝終焉                                                                                                                                                                ティティ?

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エジプト史跡を巡る-7 王家の谷・ラムセス6世(KV9)の墳墓

2019年10月15日 | 記紀創世紀

 第20王朝の国力減退を象徴する王・ラメセス6世の時代は、強国エジプトの姿はまったく見られず、政権はまったくの無策に終始し、国力が衰えていくのを止められなくなっていた。そしてラメセス6世の治世中、ヌビア以外の外国領土をすべて失ってしまった。これは政権内部における、血塗られた闘争があったことが理由であるという。ラメセス6世は、「最後の偉大なエジプト人ファラオ」ラメセス3世の息子である。ラメセス3世は存命中につぎつぎと王子たちに先立たれ、王位継承の段にはラメセス4世と5世、少年だったラメセス6世、幼いラメセス8世の4名にすぎなかった。兄ラメセス5世を追放して王位についたラメセス6世はいくつかの建造物および彫像にカルトゥーシュを残したが、彼の関心事はどうにかして兄を追い落として王位につくかということであり、国政の舵取りにはほとんど関与しなかった。

 ラメセス6世を唯一熱中させたのは、壮麗な王墓を王家の谷に造営することだった。彼が残した唯一の「生きた証」はラメセス6世王墓(KV9)である。ラメセス6世王墓は早くから存在が知られ、学術調査も1820年代という早い時代に行われた。この王墓は当初、ラメセス5世のために掘削が開始された。ところがテーベで内戦が始まったため放置された。死せるラメセス5世は弟ラメセス6世の治世2年目に、弟の手によってここに埋葬されたのだという。兄を埋葬したラメセス6世だったが、自分の生命が残りわずかだと察したラメセス6世は、兄が眠る玄室の奥に、自分のための玄室を増築することを命じた。

 ラメセス6世王墓(KV9)は、セティ1世王墓と同じく直線型の構造をもっている。下降通路から前室までは「アム・ドゥアトの書」、そして太陽と天体の運行を図柄化した「昼の書」と「夜の書」の壁画が描かれている。前室から玄室に入ると、今までの王墓には見られない「大地の書」や「洞穴の書」が壁面いっぱいに描かれ、さらにドーム型になった天井には、前室と同じ「昼の書」と「夜の書」がカマボコ型ドームを半分に分ける形で美しく描かれている。「昼の書」とは東の空で生まれ出た太陽が天の河を流れ、最後にヌト女神に飲み込まれるまでを描いた太陽運行の概念図である。一方の「夜の書」は、西の空に沈んだ太陽神が船に乗り、12の門を経て東の空にまた昇るまでを概念的に描いたものである。「昼の書」と「夜の書」はこれまで「アム・ドゥアトの書」や「門の書」、そしてセティ1世王墓に代表される天体運行図などの要素を統合した、いわば「宇宙思想の集大成」ともいえるものである。ヌト女神の体を宇宙に見立てた天体運行図は第20王朝になってから主流化したもので、最後の作品として、ラメセス9世王墓(KV6)にもコンパクト化された同様の図柄が認められる。だがラメセス6世王墓の玄室に残るものがもっとも完成度が高く、かつ損傷が最小限に抑えられた例なのである。

 前室において神々と謁見する王の像には当初ラメセス5世のカルトゥーシュが添えられていたと思われるが、弟はこの墓に自分も入ると決めたとき、兄のカルトゥーシュを自分のものに刻み直してしまった。それで彼は兄の墓を横取りしたのだ、という悪評が後世まで伝わった。その悪評を物語るかのように、玄室に置かれた王の石棺は無惨にも粉々に破壊され、さらにひっくり返されてもいる。1898年に、ラメセス6世のミイラはアメンヘテプ2世王墓(KV35)で発見された。学者たちの懸念通り、それはもはや人間の形をしていなかった。盗掘者たちによって胴体と首、四肢は完全にバラバラにされたようで失われた部分も多く、第21王朝時代、カルナック神殿のアメン神官団による修復は施されていたものの単なるパーツの継ぎ合わせにすぎなかった。解剖の結果、少なくとも3人のミイラが部分的に使われていることが、約2900年後、エリオット・スミスがその包帯を丁寧に取りのぞいたとき、わかったのである。

 

ラムセス6世(KV9)の墳墓内

(2019/9/13時点で、スマホによる写真撮影はOK カメラによる撮影も300EP支払えばOK)

この墳墓はツタンカーメンの墳墓の真上に位置する

 

下降通路から前室まで

「アム・ドゥアトの書」、そして太陽と天体の運行を図柄化した「昼の書」と「夜の書」の壁画が描かれている。「アム・ドゥアトの書」とは、

太陽神が日没に死を迎えてから地下世界を移動し、次の朝に再生した姿で東の地平線に現れるまでの道程を、12の章で記述したものである。

 

ラムセス6世

陶工の神・クヌム

昼の書 : 太陽が東の空で誕生し、天の川を通り、女神ヌトに吸収される世界が描かれている

 

夜の書 : 西の空に沈んだ太陽神が、太陽の船に乗って東へ進み、再び女神ヌトから生まれる世界が描かれている 

  

  

  

前室から玄室に入ると、今までの王墓には見られない「大地の書」や「洞穴の書」が壁面いっぱいに描かれ、

さらにドーム型になった天井には、前室と同じ「昼の書」と「夜の書」がカマボコ型ドームを半分に分ける形で美しく描かれている  

 

ドーム型になった天井には、前室と同じ「昼の書」と「夜の書」

 女神ヌゥト(天空の女神)が空を形成していて昼と夜とが背中合わせで描かれている。夜側はヌゥトの体に星がたくさん描かれ、太陽を飲み込み、アメンラー神が船にのって旅をしている絵が描かれてる。昼側は、ヌゥトの口から太陽が生まれるところが描かれている。

この玄室には盗掘者に破壊された棺は無く、壁面は「大地の書」や「洞穴の書」がいっぱい

 

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エジプト史跡を巡る-6 王家の谷・ツタンカーメンの墳墓

2019年10月15日 | 記紀創世紀

BC1300年以上も前、エジプトの若き王が亡くなり、慌ただしく葬られると

全建造物から彼の名は抹消され、彼の存在は人々から忘れ去られ

以降3000年間、歴史から消えることとなる。その名はツタンカーメン

 

ツタンカーメンの墳墓内(ラムセス6世の墳墓の下に位置する) 

(2019/9/13時点で、スマホによる写真撮影はOK カメラによる撮影も300EP支払えばOK)

 

 

この墳墓KV-62が発見されたのは1922/11/4、発見者はイギリス人のハワード・カーター

発見のきっかけは王の名が彫られた盃

当時はツタンカーメンの存在は知られておらず、カーターは興味をひいたという

 

 

墳墓への階段を塞ぐ第一の壁(左:厚さ1m)と第二の壁(右)

 

 

発見当時、手前にあった壁を壊して進むと玄室・黄金の間があり、少年王・ツタンカーメンのミイラが眠っていた 身長165cm

ここにはミイラを包む 部屋いっぱいの大きさの金色の巨大な厨子があった

厨子は四重になり、その中には石棺

また石棺の中には金箔で覆われた人型の棺が三重構造になっていた

第二の棺は装飾が施され、第三の棺は全てが黄金

最後の棺の中には黄金のマスクを被ったツタンカーメンのミイラが現れた

黄金のマスクの額には王妃がささげたヤグルマギクの花輪が添えられていたという

 

 

壁画右は、オシリス神姿のツタンカーメンが後継者の王によって開眼の儀式を受けているというが

オシリス姿のネフェルティティがツタンカーメンを祝っているという説もある

壁画中央は、死者の王オシリスになったツタンカーメンがヌト女神によって死後の世界に迎えられている

壁画左は、ツタンカーメンがあの世でオシリス神に直接加護を受けている

時間の門を守る12頭のヒヒで表された「アム・ドゥアトの書」

 

 

イアフメス1世        -BC1546(古代エジプト第18王朝の第1代ファラオ)                                                                                                       ┣ アメンホテプ1世    -BC1524(古代エジプト第18王朝の第2代ファラオ)カルナック神殿を建設                                                                                               ネフェルトイリ  ┣ トトメス1世-BC1518 (古代エジプト第18王朝の第2代ファラオ)シリア、ヌビアへ遠征 アメン大神殿の造営を継続                                                                                                                            イアフメス  ┣ トトメス2世       -BC1504                                                                                                                    ヌトネフェルト ┣ トトメス3世 -BC1425 ハトシェプストの補佐政治後はエジプト史上最大の帝国を築く カルナック神殿の大増改築KV34                                                                                                                                                                               ハトシェプスト ┣ アメンホテプ2世  -BC1419 エジプトの国威と広大な帝国を維持 KV35                                                                                                                                                                                                                イシス  ┣ トトメス4世 -BC1386 アメン神官団の影響力の排除                                                                                                                                                                                                                                                                            ティアア ┣ アメンホテプ3世-BC1349 絶頂に達した王国を継承 ルクソール神殿を建設 メムノンのモデル WV22                                                                                                                                                                                                                                                        ムテミヤ  ┣ アメンホテプ4世 -BC1333(アクエンアテン)アトン神を崇拝(アマルナ改革)KV55?                                                                                                                                                                                                                        ティイ   ┣ スメンクカーラー    -BC1334 アクエンアテンの弟 本拠地はメンフィス KV55?                                                                                                                                                                                                                             ネフェルティティ  ┣ ツタンカーメン-BC1324 首都をテーベに戻す KV62                                                                                                                                                                                                               キヤ  ┣ アイ  -BC1319 ネフェルティティの父 ティイの兄                                                                                                                                                                                                                 アンケセナーメン ┗ ホルエムヘブ(KV57 第18王朝最後)                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             (                                       (ネフェルティティの娘)

 

 近年、この黄金のマスクは元々ツタンカーメンの為に作られたものではないという説がでている。黄金のマスクに彫られているカルツーシュ(王名印)にはツタンカーメンを示しているが、削られ修復された跡があり、それを復元すると、その名はネフェルティティだったという。ネフェルティティには男子は生まれず(6人すべて女子)、アクエンアテン王の第二王妃・キヤに男子ツタンカーメンが生まれた。キヤはアクエンアテンの妹であるから、ツタンカーメンの両親は兄弟であった(DNA鑑定済)その直後に第二王妃・キヤは謎の死を遂げる。アクエンアテンと同じ権力を持ったネフェルティティ及び兄アイが次王ツタンカーメンの即位をねたんだ仕業か?この頃アメン神を破壊されたことに怒った神官や民衆が多く、アクエンアテン王権は失墜していった。回復を狙ってネフェルティティは単身テーベへ行くのであるが、その間にアクエンアテンはアケトアテン(アマルナ)にて謎の死を遂げた。次のファラオはネフェルティティなのか、ツタンカーメンなのか、この時、ネフェルティティはヒッタイトの王に、王位継承の権限を持つ王子の迎えようと手紙をだしている。ヒッタイト王はこれに応えるが、王子はエジプトに向かう途中で殺されている。かくしてBC1336年ごろ自らスメンクカーラーと名乗ってファラオの座についた。しかしスメンクカーラー何者かに毒殺される。ヒッタイトに近づいたことがエジプトへの裏切りとされたようである。この時、ツタンカーメンは9歳 BC1333年頃である。その10年後、ツタンカーメンは謎の死を遂げる。かくして謎の死を遂げたアクエンアテン、ネフェルティティ、ツタンカーメンの一族は王名標にも表れず忘れ去られた。そしてホルエムヘブ王により神殿のレリーフは削り取られ歴史から一族は消された。しかしながら、そのおかげで、ツタンカーメンの墓は盗掘に会うことがなかったのである。

 

ホルエムヘブ王

 老王アイの後を受けて即位したホルエムヘブ王(在位前1315年頃~前1295年頃)は、アメンヘテプ3世の時代に頭角を現した元軍人である。権力指向が強く、またみずからの王位を正当化するために先王の記録を徹底的にこの世から抹殺したりといった暗躍ぶりも伝えられており、既得の政治的地位を守るために手段を選ばなかったという。アクエンアテン王による宗教改革が頓挫したとき、彼は身を挺して国家宗教をアテン信仰からアメン信仰に戻すため尽力したり、また首都移転という政治的混乱にも的確に対処して悪影響を最小限に抑えた。さらに王になってからは、従来の官僚体制に鋭く切り込んで、廷臣をはじめ公務員の勤務意識の改革を行ったりなどした。そんなホルエムヘブ王は、50代でツタンカーメン王の総司令官職に補任されていた時期、すでにサッカラに自分の墓を造っていた。サッカラの墓のレリーフには総司令官ホルエムヘブの勇猛な戦闘ぶりや、宮廷人ホルエムヘブの優雅な生活など、賛辞で満ちあふれていたが思いがけず王として即位することになったため、サッカラの墓には眠ることがなかった。この墓は放棄され、彼のふたりの妻が眠ることになり再整備された。

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エジプト史跡を巡る-5 王家の谷・ラムセス4世の墳墓

2019年10月15日 | 記紀創世紀

ここはルクソール ナイル川の西側 死者が住むという王家の谷

80ものファラオが眠る谷である

 

ラムセス4世の墳墓内

(2019/9/13時点で、スマホによる写真撮影はOK カメラによる撮影も300EP支払えばOK)

レリーフは極めて綺麗な状態で残っている

ラムセスとは、太陽神・ラーによって生まれたという意味の「ラー・メス・シス」から来ている

ファラオは神々の子孫であり、エジプト神話に於ける太陽神・ラーの息子とされた

今ではラムセスではなく、ラメセスと呼ぶのが一般化されているらしい

下降通路 壁ぎっしりに描かれたレリーフとヒエログリフ

 

 

 

玄室入口 天井には、「昼の書」と「夜の書」

 女神ヌゥト(天空の女神)が空を形成していて昼と夜とが背中合わせで描かれている。夜側はヌゥトの体に星がたくさん描かれ、太陽を飲み込み、アメンラー神が船にのって旅をしている絵が描かれてる。昼側は、ヌゥトの口から太陽が生まれるところが描かれている。

 

 

玄室中央の石棺は王家の谷最大

 

 

玄室の奥は立ち入り禁止

ラムセス1世-BC1295-1294(KV16 古代エジプト第19王朝の第1代ファラオ ホルエムヘブの忠実な腹心)                                                                                                            ┣ セティ1世-BC1294-1279(KV17 第2代ファラオ)ヒッタイトを押し戻しヌビアへ遠征 アメン神殿多柱室、自身の葬祭殿建設 王家の谷に墓建設                                                                                                                            シトレ   ┣ ラムセス2世-BC1290-1224(KV7 第3代ファラオ、ミイラは@カイロのエジプト考古学博物館) ヌビアに遠征 アブシンベル神殿を造営                                                                       トイ ┣ ラムセス2世の王子(KV5)                                                                                                                                                                                                       ┣ メルエンプタハ -BC1212-1202(KV8)60歳を超えての即位                                                                                                                         ネフェルタリ ┣ アメンメセス-BC1202-1199(KV10)                                                                                                                               プタハ  ┣ セティ2世-BC1199-1193 (KV15)                                                                                                                                   ?   ┣ サプタハ-BC1193-1187(KV47)政治の実権はセティ2世の妃・タウセルトと宰相のバイが握る                                                                                                                                         ?  ┣ タウセルト女王-BC1185(KV14 第19王朝最後)                                                                                                                                       タウセルト ┣ セトナクト-BC1185-1182(KV14 第20王朝初代) カルナックのアメン=ラー神殿建設                                                                                                                                              ┣ ラムセス3世-BC1186-1152(KV11)海の民撃退(ジャヒの戦) カルナックに神殿造営 暗殺                                                                                                                                            ティイ   ┃ ┣ ラムセス4世-BC1151-1145(KV2)父が暗殺された後、混乱を収束させて即位                                                                                                                                       (メルエンプタハの娘)┃ ? ┣ ラムセス5世-BC1145-1141(KV9)アメンの神官団の台頭 天然痘で死去                                                                                                                                                    ┃  テントオペト                                                                                                                                                    ┣ ラムセス6世-BC1141-1133(KV9)クーデターで王位簒奪し、王墓も奪う                                                                                                                                                    ┃     ┣ ラムセス7世-BC1133-1126(KV1)治世記録が無い                                                                                                                                                      ┃     ?                                                                                                                                                      ┣ ラムセス8世-BC1125-1126(王墓不明 同王朝で最も不明瞭な支配者)                                                                                                                                                      ┣ メンチュヘルケプシェフ                                                                                                                                                       イセト  ┣ ラムセス9世-BC1126-1108(KV6)                                                                                                                                                      タカト(KV10)┣ ラムセス10世-BC1108-1098(KV18未完成)                                                                                                                                                               ? ┣ ?ラムセス11世-BC1098-1070(KV4)第20王朝終焉                                                                                                                                                                ティティ?                                                                                                                                                              この頃テーベはアメン大司祭国家となりエジプトには南北二つの王家が並立する                                                                                                                                                         

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