お母さんと読む英語の絵本

読み聞かせにぴったりな英語絵本から、米国の子どもたちの世界をご紹介
子どもをバイリンガルに…とお考えのお母さんに

Toy Story とおひなさま

2011-03-07 | from Silicon Valley

おなじみのキャラクター『おもちゃ』が勢揃いする TOY STORY 3

共働きのせわしない暮らしに追われがちだった私は、子どもが小さいうちから、季節の行事がおろそかになりがちで、いつも反省することばかりでした。さすがにお正月は、年末から学校も休みになることもあって、元旦のおせち料理やお雑煮を忘れたことはありませんでしたが、2月は娘のお誕生日のせいで、その直前の節分の豆まきはついうっかり忘れ、その後はバレンタインデーのカードをクラスの人数分持たせたり、スキーウィーク(と称するお休みがあります)を乗り越えてやれやれ……と思ったりしているうちにアッという間にたちまち3月。そうなると今度は「あ、まだお雛様も出していなかった……」とあわてるのが常でした。この頃では、もう娘も育ちあがって余裕があるはずなのに、今年も仕事に追われているうちに3日になってしまい、急いで居間に緋毛氈を広げました。

我が家のお雛祭りは、娘のお内裏様を飾って、まわりにありったけのお人形やぬいぐるみの動物などを集めて並べます。これは私の姉譲りの伝統で、年の離れた姉がまだ小さい姪に「お雛祭りの間だけはお人形さんもお祭りでお休みよ」と言い聞かせていたのを私が真似たものです。娘が小さいころにはぬいぐるみの動物も人形も数えきれないほどたくさんあり、抱きしめて遊ぶ娘より大きいクマさんから、娘の掌に載る大きさのトロール人形やビ―ニ―ベイビーまでがお雛様を囲んでずらっと並んだところはまるでパーティ! 壮観でした。

これらのお人形やぬいぐるみはどれも愛着があって手放しがたく、大学に進学する年になっても娘の部屋いっぱいに積み重なっていました。ところが昨年、家族の複雑な事情で寂しい思いをしているお子さんと知り合うことになり、その子がぬいぐるみが大好きだと知るや、娘は訪問ごとにぬいぐるみを持っていくようになり、その子がそれらのぬいぐるみベッドに並べて一緒に寝ていると聞くや、遂に昨年のクリスマスには最後まで持っていた「大好き」なぬいぐるみのほとんど全部をプレゼントしてしまいました。

そんなわけで、今年のわが家のお雛祭りは昨年までとうってかわって静かなものになり、お内裏様と一緒に雛あられのお膳を囲んだのは、昨年暮れにいただいたばかりの木彫りの親子のウサギさんのほかには、娘が「どうしても」と言って手元に残したぬいぐるみ二つだけ。ひとつは赤ちゃんの時からネンネのお供だった「ヒツジちゃん」、そして大好きな絵本の主人公にちなんでクンクンと名づけた犬です(長く一緒に遊んだせいで、『クンクン』の鼻の頭は擦り切れているのですが……)。あまりに寂しいので、思わず娘の部屋にあった大きなブタの貯金箱まで一緒に並べてしまいました。

そうして、ひとりお雛様を眺めているうちに、思いだしたのが映画『Toy Story』です。昨年公開されたシリーズ3作目『Toy Story 3』では、大学生になった主人公の男の子(Andy)が、幼いころから遊んだおもちゃたちを「どう処分するか……」がテーマ。映画では、息子を遠くの大学に送りだす寂しさから、お母さんは"カラ元気"な声をはりあげて「部屋はちゃんと片付けていってよ! 要らないものはちゃんとゴミ袋に入れて出してね! 取っとくモノは、その辺に散らかさないで。箱に入れて屋根裏にしまうのよ!」なんて言いつけるのでした。

そうか、じゃあ、今年のお雛祭りは『Toy Story』の映画を観ることにしよう!と思い立ち、シリーズ3本をたて続けて観ました。そうして改めて観て見ると、子ども連れで封切り初日に映画館で観たのとは、まったく違う感慨がありました。そう、実によくできた映画なんです。

『Toy Story』は、言わずもがな、Andyの”おもちゃ”たちが主人公の映画です。1995年に第1話が公開されるや爆発的なヒットとなり、その年の興行収入は3億6,200万ドルにものぼったそうです。第1作と同時並行で制作されていたという第2話は3年後の1999年に公開され、10年を経て、昨年シリーズ3作目が公開されました。この間、Andyは幼稚園から小学生になり、そして高校を卒業して大学に進学します(もう17歳!)。ベビーベッドに入っていた赤ちゃんの妹はお洒落でこ生意気な小学生に成長し、シリーズ第1話でクリスマスプレゼントとしてやってきた子犬はシリーズ第3話では太ってすぐに居眠りしてしまう老犬になっています。第1話でAndyの身長を柱に記していたポニーテールの若いお母さんも、いまでは成長したAndyに背丈を抜かれました。ちなみにAndyのうちは母子家庭です。第1話でそれまで住んでいた家を売るいきさつは、あのとき離婚したからかもしれませんね。お母さんはきっと苦労したと思いますが、でも、子どもは二人ともやさしいよい子に育っています。

そんな人間ドラマを背景に、映画の主人公はあくまでも『おもちゃ』。子どもと関わるおもちゃたちの気持ちが、もっぱら”おもちゃの視点”から描かれます。モノを持ち過ぎている現代の子どもたちにとって、おもちゃは消耗品? そんな状況をおもちゃはどう感じている? 成長していく子どもたちに見向きもされなくなるおもちゃの気持ちは? モノを大切にしない子どもに扱われるおもちゃたちの恐怖は? 遊び相手を持たなかったり、遊び相手にはぐれてしまったりしたおもちゃたちのトラウマは? そして最後に、「処分」されるおもちゃたちの思い、そして行く末は?

おもちゃのドラマと人間のドラマを結びながら、「モノであふれた」現代の消費社会への辛口の批判が、決して声高でなく、しかししっかりと織り込まれている、なかなかスグレモノの映画です。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする