つばさ

平和な日々が楽しい

油断するとそんなまっとうな感覚がふっとまひする。この道具にひそむ魔力である。

2013年02月02日 | Weblog
春秋
2013/2/2
 北風もあれば太陽もある、ということだ。囲碁の日本棋院が最近、対局中の棋士の携帯電話が2度鳴ったら即負けにする規則を取り入れた。マナーモードの振動音もダメ、という徹底ぶりで、まわりの棋士の迷惑を考えて携帯を厳しく取り締まる、いわば北風流だろう。
▼一方、米ロサンゼルスのレストランは入り口で携帯を預けると勘定を5%割り引くサービスを始めた。お客さんの4割が携帯抜きで食事しているそうだ。「気を散らすものを持たず、目の前の料理と対話を楽しんでほしい」とオーナーシェフは話しているという。こちらは、ご褒美つきでやんわり携帯に遠慮願う太陽流か。
▼世界に開かれた窓のごとくポケットやバッグで幅を利かせ、ナイフ、フォークや食器の同類のように我がもの顔でテーブルに並ぶ。大切このうえない携帯も、碁盤を挟んだ相手や食事をともにする家族、友人、恋人の前では出番などない。油断するとそんなまっとうな感覚がふっとまひする。この道具にひそむ魔力である。
▼「どのくらい時間が要りますか」「1時間ほど」「了解。さあ始めましょう」。まだ携帯のない時代にある政治学者を取材したとき、挨拶を交わすと彼はわきにあった電話の受話器をさっと外し、横に置いた。あなただけに時間を差し上げる、という意思表示だ。心地よさと緊張と。しびれて汗ばむような高揚が今も残る。