ばちかぶり季記 人生いきあたりばったり

なんとかなるもんよ。・・・・・・たぶんね。

白内障の手術を受けました。その3。

2022年04月27日 | 眼科の話
『白内障の手術を受けました。その1。』
『白内障の手術を受けました。その2。』からの続きです。
備忘録として書きますので、だらだら長いのはご容赦を。



1日8,800円(税込)、一泊二日で17,600円の病室です。
フロア案内図を見ると検査室とか男女別更衣室とか浴場とかあったので
普段は人間ドックの宿泊に使われてるんじゃないでしょうか。ユニットバス内にも手すりがなかったし。
備品は冷蔵庫とテレビ(テレビ機能のみ)と湯沸かしポット。1人用のテーブルと椅子一脚。
アメニティといえるものは煎茶とほうじ茶のティーバッグが3個ありましたが、
お茶碗・カップ類なし。どうやって飲めと?(笑)
手指用消毒液のボトルはコロナ禍では必須。洗面台には薬用ハンドソープ。
コロナ禍でタオル類は持ち込み不可でレンタル制。顔も洗えない私は契約せず(^^A;
ホテル並みにアメニティ豊富な1日14,300円の個室(一昨年に利用)に比べれば簡素だけど、これで充分でしょ?
一般病棟4人部屋は6,600円なので、お得でした。w



夕食。人間ドック用フロア(たぶん)だけあって、同じ階にあるレストランで食べるシステムでしたが
術後ということで「運んでもらいましょうか?」と聞かれ、それに甘えました。
主菜は筍にお肉を巻いて甘辛に煮付けたものでした。
小鉢のほうの材料は謎。お揚げ?と思ったら違う。大豆たんぱく加工品のような食感。
一般レストランでの調理なので全体に普通においしかったです。完食。



朝食。ウィンナソーセージです。小鉢は山菜にツナをのせたもの。浅漬けは夜と同じだな。完食。

この2日間は、はるか南南東沖に台風1号がいて風が強く雨模様でした。
窓の外はこんな感じ。



動画もあります。風音が大きい。

←動画(YouTube)

寝起きのスッピンをマスクなし&順光で自撮りしたら、あまりのババアっぷりに驚愕。(実際ババアだけどさ)
マスクして逆光で撮り直す。これなら「見せられる」か。ちっちゃくして載せちゃえ。



術後に入室した時に血圧など測った以外は医療行為なし。
本当に「お泊り」しただけの入院でした。
ゆっくりたっぷり寝すぎて、持病の「寝起きの腰痛」がひどかったけど(^^A;
朝9時近くに一般外来診察階へ移動。待合室で順番待ちして診察。
顔に貼られたテープをまたしてもベリベリはがされます。おお、視界が明るい。
「大丈夫そうですね。」
一週間後の診察日まで洗髪・洗顔・化粧禁止ですよ。
寝る時に着けるゴーグルを買わされました。1,650円(税込)。
投薬は目薬2種。術前と同じ抗菌剤クラビット(1日3回)と抗炎症剤ステロイドのサンベタゾン(1日5回)。
通常はもう一種、痛み止めの目薬が出るらしいけど私のアレルギーを危惧して、無しでした。

「なにかご質問は?」と言われたので
「眼内レンズの実物が見たいです。」
「えっ?」 予想外&初めての事らしく、先生(若い。30代。)アタフタ。
「画像では見てますけど、実物見たいじゃないですか。」
「いやーー、サンプルはないですねえ。えーー7mmくらいのものです。」
まあ、勘弁してあげる(笑)

病室に戻って荷物まとめて退院です。お会計は保険診療分が5万円弱。
室料、ゴーグル代など自己負担分含めても7万円でお釣りが来ました。
私の医療保険では水晶体再建術は診療明細と領収書のコピーだけで保険金の申請ができる。
手術数日後には保険会社に書類を郵送済みです。
スマホアプリで写真添付でも請求できるようだけど、
PC入力に慣れた古い人間はスマホ入力より紙書類を揃えるほうが楽だわ。

術後の右目の視界はくっきりはっきり。未施術の左目よりも明るく明暗のコントラストが強い。
たとえれば右目視界は快晴、左目はやや薄曇りです。
ただし黄斑前膜はそのままなので、ゆがみも明確になって(笑)焦点はあっても文字の読み取りはキツイ。
目玉を縫ってあるので、眼がチクチクごろごろします。5日目くらいから少し楽になりました。

術後一週間目に再診察。視力検査などを経て診察。
経過良好で洗髪・洗顔・化粧の許可が出ました。就寝時のゴーグルもいらない。ひゃっほ~~~♪
ドライシャンプーを数回使ったから地肌は痒くはないけれど髪の毛が段々重くなってねえ。
顔はレンチンした熱いタオルで拭いてましたよ。お手入れは目の周りを避けてクリーム少々。
日頃、簡素な手入れしかしてない丈夫な顔で良かったw
術後に処方された目薬をなくなるまで差すようにとの指導あり。

仕事は事務と接客なので術後3日で復帰。地肌すっぴんに眉毛だけ描いていた。マスクさまさま。
埃が多い場所での仕事や重い物を運ぶ仕事の場合は、もっと長く休業する必要があります。
再診後からは通常の化粧に復活してます。元々たいして盛っていませんが。
目のごろごろ的違和感はまだあって充血あり、しんどいと片目つぶってる。
次の診察は1か月後。黄斑前膜をどうするか眼底検査をします。
ま、手術するのは右目が完全安定してからでしょうし当分先のことになりますでしょう。

以上、こんなもんかな。長々とおつきあい頂きありがとうございました。
白内障による右目水晶体再建術の体験記でした。

2年前の開腹手術による子宮および付属器全摘出の体験記が未読でしたらどうぞ。→ こちら(全4回)
ずっと3カ月毎だった婦人科診察。術後2年を経て、めでたく次回は半年後です♪


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白内障の手術を受けました。その2。

2022年04月27日 | 眼科の話
『白内障の手術を受けました。その1。』からの続きです。
備忘録として書きますので、だらだら長いのはご容赦を。

さて手術当日。
寝間着用の着替えと歯ブラシしか入ってない、化粧も洗顔も禁止なので化粧ポーチも入ってないスカスカのキャリーバッグ。
これにお出かけ用品が詰まったミニトートもぶち込んじゃって、完全すっぴんは抵抗あるので眉毛だけ描いて出発。
こういう時は今のマスク必須生活はありがたいですな。
11時前にクリニック棟の入院相談室へ。あれこれ書類を受け渡しのあと場所を変えてコロナの抗原検査。
鼻の穴に細い綿棒を突っ込まれてイタタタタタ。
30分ほどで出る結果はスマホ通知もしくは近くのロビーにいれば直接教えに来てくれる。
待つことしばし。結果はマイナス。クリア!!!パチパチパチパチ。
実はこの関門が一番心配していました。症状はないけど感染してたら困るなーーーーっと。

無事にクリニック棟の外来手術室へ移動です。
待合室で待機のあと呼ばれて更に中へ。荷物はロッカー。上半身は全部脱いでキモノ式病衣に着替え。
これは、万が一の緊急救命事態にすばやく対処するための支度でしょう。
同じ目的で右腕に点滴用のラインも確保。
頭には不織布のキャップをかぶせられてテープでぺたぺた固定保護。
間隔をあけて目薬をさされながらまた待機。
やっと手術室へ呼ばれたのは予定通りの13:30でした。

左腕に血圧計の腕帯。右手指先にパルスオキシメーター。
顔は更に布やテープでペタペタと覆われていきます。目を開きっぱなしにする器具も装着。
そういえば私、眼科で外科的処置を受けるのって人生初なんですよね。
気分は「時計仕掛けのオレンジ」。。。。
局所麻酔薬やら消毒薬だかなんだかじゃぶじゃぶかけながら
「はい、眼を洗いますねーーー」
って、うわああああ、ちょっとちょっと、もしかして指で目玉洗ってますかぁーーー????
麻酔効いてるから全然痛くはないけど、物理的な感触は少しありました。
そしてなにを装着されたのか目は開いてても普通には見えていません。
暗い中に3つの光点があって、それを見ているように指示されます。
目玉にナニかされていること10分か20分間くらい? でしたでしょうか???
『うげぇぇぇぇーーーー 私の目玉にナニしてんのーーー!!』
という、ある種、根元的な不快感ですね。痛くはないですけど。
「もう終盤ですよーーー」と声がかかる頃には視界の縁、周辺部が見えていて、
先生が糸で縫うような動きをするのがわかりました。
もっと見えるようになる前に右目は眼帯ガーゼで覆われて、
かわりに事前に顔にいっぱい貼られた保護テープがベリベリはがされる。
「これが一番痛いって言われますね。」とか言いながら容赦なくベリベリ。
まったく、もうっ

「終わりました。お疲れ様でした。」「ありがとうございました。」と歩いて部屋を出て、
自分の服に着替えてしばし待機。私は入院するので病室看護師の迎えを待って念のため車椅子で病室階へーーー。

具体的に私が目玉にナニをされたのか解説しましょうか。
目のレンズ(水晶体)を包む袋状の膜(水晶体嚢)に小さい穴をあけ、濁った水晶体を超音波で砕いて吸い出します。
残った膜の中に柔らかい人工レンズを挿入します。顕微鏡下での作業らしいです。

この人工眼内レンズが一般化する前は、水晶体除去後はメガネやコンタクトレンズで補正していました。
40年以上前に私の知人が手術した時は、高齢者ゆえに初めてのコンタクトレンズに苦労していましたね。
今の眼内レンズは死ぬまでもつそうですから、技術の進化はありがたいものです。
このレンズ、単焦点と多焦点のものがありまして、この病院では単焦点レンズのみということで
私は一番短い焦点のレンズを選択しました。手元の文字が見えれば良し。
若い頃から近視なので遠くが見えないのは慣れている。遠くは物の形がわかればいいんです。

さて「その2」はこのくらいで。
続きやどうでもいい話は「その3」に続くーーー。
『白内障の手術を受けました。その3。』


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白内障の手術を受けました。その1。

2022年04月27日 | 眼科の話

海辺に咲くハマエンドウ

お久しぶりです。私の生存確認は「今日のクラウスたち。」でお願いします。
あっちは毎日更新しています。
日々のちょっとした事もついでに書いちゃうので、余計にこっちがご無沙汰に(^^A;

さて、わたくし、64才と1カ月にして右目の白内障の手術を受けました。
水晶体を人工レンズに交換してプチ・サイボーグになりました。
自覚したのは2年くらい前になるかな。強い光が視界に入るとやたらまぶしい。白内障かな?と。
だけど、普段、朝日を背負って出勤し夕日を背負って帰宅するのでそれほど気にしなかった。
あるとき夕日に向かって自転車を走らすハメになったとき、うわあああーー2m先が真っ白で見えない!!
で、これはヤバイ、マシな左目になにかあったらどうするんだと。。。
改めて片目ずつ世界を見てみれば右目視界は濃霧の世界。完全にすりガラス越しでした。
それでもまだ、内科・婦人科・消化器内科・整形外科とあれこれ受診でついつい後回しになっていた眼科。
3月に「えいっ!!今日は眼科行ってくる!!」と貴重な休日つぶして予約なし受診したらば、
初診で手術日が決まりました。春休み中は職場が忙しいので4月半ばという希望で。

白内障ったら、もうはっきり目が白くなっちゃうもんだと思ってたけど、私の目は素人目にはそれほどでもなかった。
あの白い目になっていた婆さま爺さまはどのくらい物が見えていたんだろう??

右目は元々10年以上前から黄斑前膜(→ 参考資料)を発症していましてね。
黄斑前膜は黄斑変性(失明する危険がある)とは違って、物がゆがんで見えるだけなんですが、
物は見えていても文字がゆがんで読み取り辛くなって不便です。
左目がまだ視力があるので生活できていたわけですが。
9年前に診断された時は「将来、白内障の手術する時に黄斑前膜の手術もやることになるでしょう。」って言われたのに。
思ったより早くその時が来たら「リスクが大きいから別々にやります。どうしてもと言うなら大学病院を紹介します。」
ってさ、最近この大病院って色々細かい面倒は極力排除してるような。。。(担当医は当時と違う)

今は白内障手術は日帰り手術が主流です。技術が進化して術後の絶対安静の必要がなくなったせいでしょう。
とはいえ片目で帰された翌日には診察があり、2日にわたって送迎要員が必要です。
(うちに免許持ちはいない。当然、車もない。バス+電車+バスで片道1時間。)
先生も「う~~ん、車なしで帰るにはちょっと遠いかな。」
だいいち、風呂どころか洗顔もできない身で帰宅して、もしかして私、ゴハン作るの??
化粧も出来ないのにまた出かける支度して病院来るの??それって帰宅する意味ある???
と思ったので、一泊入院も付けてもらいました。

タワー棟個室(税込14,300円×2日)か一般病棟4人部屋(6,600円×2日)か希望を聞かれ、婦人科の時と同様に個室を希望。
ただしコロナのせいで病室不足の折、どっちになるかは前日連絡とな。
近くのホテルに泊るって案もチラリと脳裏をよぎったけど、あの辺のホテル高いのよね。
顔半分べったりガーゼで独りでリゾートホテルってのもねえ。ホテル泊じゃ入院保険金でないし。
白内障手術なら手術保険金がでるし。保険診療分はあらかじめ健保から「限度額適用認定証」もらっておいたし。
有給休暇も3日間取った!!!プラマイ足りるかな、と。w

手術前日、電話あり。
「申し訳ありませんが、個室は空きがございません。」
あーーー 4人部屋かあ。ま、一晩だけだしーー と一瞬思ったら
「クリニック棟6階の個室ならご用意できます。1日8800円です。」
そんな部屋があるんかいっ 「はいっ それでお願いします!!」
4人部屋の3割増しで個室はお得でしょ。よしっ。

術前検査は色々やりました。
血ぃ採られ、おしっこ採られ、心電図録られ、様々な眼科検査機械の前を転々と・・・
黙ってると何やられているかさっぱりなので、最初の検査のあと「今の機械なあに?」と聞いてみた。
次の機械からは「これで〇〇を測ります。」と教えてくれました。
どういう仕組みで何がどうわかるのか興味津々、根掘り葉掘り聞きたい事象だったけれど
検査は次から次へと続くし、どうせ文系アタマでは聞いてもたいしてわからぬ。
実際なにを測ったのかも、聞く端から忘れてもうた婆です(笑)

それから、手術3日前から1日3回抗菌剤の目薬(クラビット)を差します。
それはちゃんと覚えてたんだけど、「さて、と」と事前に渡された書類も広げてみたら、
術前2週間の体温記入表なるものが出て来た。ひょえ??・・・コロナ対策ですな。
ええと、職場で毎日測って記入しているのを写しました。根拠ある数値なのよ。まとめて書いたけど。
保証人のハンコは半月前に郵便往復で実兄にもらっておいたから大丈夫♪♪

さて、事前の話はこんなもんかな。ではこれは「その1」として、続く。

『白内障の手術を受けました。その2。』





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謹賀新年。

2022年01月01日 | 諸々

あけましておめでとうございます。
虎図ったら伊藤若冲でしょ。
模写絵だそうですけど、元絵より有名w
個人年賀状に使おうかなとも思ったけど、
ま、やっぱり自分とこのトラ猫共にしておいた。

今年も「季記」になるような気がしますが
思い出したらここを覗いてみてくださいませ。
生存確認は猫ブログ(→こちら)のほうでよろしくお願いします。

2022年 元旦 うりゃ

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ご無沙汰にもほどがある。

2021年11月04日 | 諸々
はい。11月ですね。「季記」とはいえ、梅雨も夏も中秋すらすっとばして晩秋の域に入りましたな。
私の生存確認は、猫ブログ 「今日のクラウスたち。」でお願いします。
あっちは相変わらず毎日更新してますんでw

何事もない日々が続いております。
仕事行ってーーー 疲れ果てた休みの日は家でうだうだしてーー 
たまの遠出は地元クリニックか安房鴨川の病院で定期診察。
腫瘍マーカー値は下がったきり変化なし、造影剤入りCT検査も無事クリア。
脚と腰の痛みが続くので、ついでに整形外科も受診。
当日飛び込みながら(予約制)無理を言ってベテラン先生に診てもらう。
レントゲン結果は「トシ相応だね。ストレッチしなさい。」うむむ。

新型コロナウイルスワクチンは地元クリニックで7月末とお盆過ぎの2回終了。
1回目副反応は接種当日夜が腕の痛みのピークだったらしく、翌朝には軽減。
腕があがらない、なんてこともなく。熱も出ず。
2回目は当日と翌日ひたすら眠かった眠かった。寝すぎて常に増して腰が痛かった。
年齢が年齢ですからまあこんなもんでしょ。

緊急事態宣言下にも関わらず、夏休みの海っぺりホテルは忙しかったです。
例年なら早くから予約で埋まる時期、キャンセルも多かったけれど
前日から当日朝にどんどこ入る新規予約。
「やっぱりどっか行こうよ、あ、部屋空いてるよ!」で来るんでしょうな。
いつもとは少し違う種類のお客様が多かったように感じましたね。(多くは語らん)
そして海水浴場が開設されず海の家もなく監視員もおらず海辺の公営駐車場はすべて閉鎖。
宿をとらず日帰りで海遊びに来ても車を止める所がないので、
「お金払うから駐車場を使わせてくれないか。」という問い合わせ多々。
「お泊りのお客様で満車予定ですので。」って断るよねーーー。(実際に満車)
ま、なんとか無事に夏は終わり、緊急事態宣言が解除されても今は閑散期です。

庭の箱畑だけで栽培した夏野菜はキュウリとミニトマトと紫蘇のみ。
ああ、収穫物の写真すら撮っていやしねえ、アタシ。
最初にウワッと生る「キュウリ地獄」は、職場に持って行って配ることで解決。
日持ちするトマトも住み込みスタッフ達に数回配布しました。好評なり。
去年のこぼれ種から発芽したもののキュウリに負けてへろへろしてたゴーヤは、
ツルを撤去するときになって「あら、実ついてたのね。」 ・・・時すでに遅し。

今日、トマトの跡地にソラマメの種をまきました。去年の残りの「打越緑一寸」です。
家の裏の畑は今季も放置です。(こまめに管理する時間と根性がない)

そんなわけで半年分の写真、一気掲載。季節はずれにもほどがある。
(猫ブログで掲載済み多。)



↑ 今年のクジャクサボテン。6月上旬。花が終わったあとで久しぶりに植え替えしました。



↑ 庭のすみっこの黄ユリ。6月中旬。白ユリは完全に消えたらしい。



↑ 今年のマーマレードと梅ジャム。





↑ いやんなるほど快晴。千倉駅跨線橋上からと安房鴨川の海。6月15日。



↑ 庭のハブランサス。背後は青紫蘇。6月上旬から庭のあちこちで開花。



↑ 7月8月の写真が何もない。いきなり9月中旬のヒガンバナ。



↑ やっと静かになった9月下旬の海。



↑ 10月の海。たっぷんたっぷん。

使用カメラ:arrows Be3 F-02L
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春から初夏へ。そして梅雨も間近。

2021年05月14日 | ずぼらな菜園
前回から早くも2か月たちましたか。ううむ。
4月20日で昨年の子宮全摘出から丸一年たちました。年寄りの一年は短いっ。
3カ月毎の腫瘍マーカー値も経腟エコーも異常なしで過ぎております。
いまだにたまに腹の傷が痛いくらいで婦人科的には問題なし。
夏過ぎにはCTを撮るらしいな。





3月中旬はチューリップが咲き、何年も前に植えた実桜が初めて花をつけ。







スナップエンドウの花が咲きほこり、ソラマメがすくすく。青紫蘇が発芽する。
そして、4月半ば。
庭に作った半坪ほどのソラマメ畑の収穫とスナップエンドウの収穫。



近年の当地のソラマメはずいぶん早くてね。4月上旬から出荷が始まって、下旬までにはほぼ終わってた。
今年は数キロ先では霜やら潮やらで「全滅」した地域もあちこちに。
とりあえず収穫できた我が家周辺はマシだったようだ。
私が育てた品種は「大粒濃緑一寸そらまめ  打越緑一寸」。普通の品種より豆のミドリ色が濃くて好き。



お歯黒の"お"の字もないヒスイ色の超早採り。これが食べたくて自家栽培する。
その後2回ほど少量の収穫をして、先日「さて。トマト畑の準備をするべ。」と株元から刈った。
そしたら株元にびっしり花がついていた。



すごいなーーー。でももう実にはならないでしょ?
幼虫時代からずっとアブラムシ退治に働いてくれたテントウムシがいる。
高いところから飛ぶ習性から「高いところーー高いところーーあれ?先がない!?」
と、刈ったところを登ったり降りたりしてるのを見かねて捕まえて、
私の指先を空に掲げて飛ばせてあげました。そんなに遠くへは行かなかったけど。





道端のクワの木に実がたくさん。黒くなれば食べられる。
クワの葉が好きなミスジマイマイがいる。



よその家のアジサイの花が目立ってきた。もうそんな季節。



緑色の蕾がびっしりと集まっているのを見ると
どこか畏敬の念に近いものを感じる。いや、なんか凄いなーーーと、さ。

夏野菜畑の準備をする前にトマトとキュウリの苗が届いてしまった。
うん、まあ、次の休みの日になんとかするわーーー。

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春かな。

2021年03月11日 | 温暖な土地


スズランスイセンが盛りです。



昼下がりに帰宅したらオキザリスが目いっぱい開いていた。
鉢から地面に逃げたヤツらのほうが大輪になってる。
カタバミ属は丈夫でいいね。



朝方や夕方、曇りの日にはきっちり巻いている。お日様大好きな花。



上方は何年も植えっぱなしで年々小さくなるムスカリ。



むくむくと盛り上がるカラスノエンドウ(ヤハズエンドウ)。
古来は食用。今では雑草だけど有用植物ではある(緑肥とか根粒菌とか)。



チューリップの鉢を覗いたら、おお、ツボミが



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もう春が来るのか。

2021年02月20日 | ずぼらな菜園
ふと気が付けば、あと一週間ほどで今年も6分の1が過ぎます。なんてこった。

数年前に苗木で買った実桜。品種は忘却。
毎年初秋の台風の潮風害で葉っぱが落ちてしまうせいか
いまだに実どころか花もつきません。
でも! 去年は! 台風が来なかったので!!
初めて紅葉するまで葉っぱがもちました!!!



写真は1月上旬。さすがにその後の寒波で落葉しましたが、
・・・今年の春は少しは期待してもいいのか???
他の落葉樹も今季は長持ちしましてね。



裏庭に滅多やたらに勝手に生えてきて、たいへん邪魔なイヌビワ。
今年は西日を浴びると黄金色に輝いておりました。おお、綺麗じゃないか。
これも1月上旬撮影。現在は裸んぼう。

畑を断念して庭先で9株だけ育てているソラマメ。すくすく。
ここのところの暴風で少し折れましたが、花がたくさん咲いております。



もうそろそろ先端を摘んでいいのか?(摘むと早く実がつく)
ソラマメは播種から収穫まで6か月かかる、長期戦の作物です。
コロナ対策自粛とGoToキャンペーン停止で職場が暇で勤務日が大幅減少。
こんなことならイノシシ対策しながら畑で作れたんじゃないかと思うけど、
まあ、種まきの頃は超多忙だったので仕方ないね。



1月1日、初日の出から30分後の海(笑)。

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謹賀新年。

2021年01月01日 | 諸々


あけましておめでとうございます。
こちらのブログは今年も「季記」としてがんばりますっ
日々の話は「今日のクラウスたち。」でどうぞ(笑)

うりゃ


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今年、短くないか?w

2020年12月12日 | 諸々


さてさて、前回から3カ月半近くたちましたか。
うん。特に何事もありませんでした。せっせとパート仕事行っております。
GoToキャンペーンのせいでそこそこ忙しいです。
それにしても関連業務がメンドくさい。
GoToトラベルの適用&宿泊費割引、地域共通クーポンの発行&使用に加えて
千葉県の「ディスカバー千葉」宿泊優待クーポン。
さらに年末のせいか「ふるさと納税」による宿泊クーポン。
お客様、それ、チェックアウト精算時じゃなくてチェックインの時に出してくださいな。
クーポンの裏面にもしっかり書いてあるよね??(泣)
そして地域共通クーポンも、紙ならともかく、電子クーポンの取得は普通のシニア層には難関。
(旅行サイトにログインしてIDや宿泊予約番号を入力する)
通話とライン程度しかスマホを使わず、「サイトに接続する」の意味もわからない。
よりによって顧客にそんな方々が多い某旅行サイトが電子クーポンだったので、
慣れない操作で「ああっまた元のとこに戻っちゃった!!」というマダムの悲鳴がロビーに響く。
こっちがヒマな時ならお客様のスマホ借りて代わりにクーポン取得してあげましたけどね。
さすがに苦情が殺到したらしく、16日から紙クーポンになるそうですわ。やれやれっと。

「暑いよ暑いよ」 → 「ん?ちょっと涼しい」 → 「いや、まだ暑い」 →
「おお?いつの間にか汗拭きタオルいらない」 → 「冬の手袋どこにしまったっけ」←今ここ
昨日、雑草を抜いていたらゴーヤがこぼれ種から2本発芽して成長していました。
ゴーヤって地温25度以上が数日続かないと発芽しないはず。
それだけ先月11月の気温が高かったということです。半袖を着てた日もあったもんな。
しかも10月以後まとまった降雨がないそうで当地では断水予告が出ていますが、
我が家あたりは違う系列からの取水なので断水範囲外です。
全国ニュースになっていたので、念のためご報告。

10月の通院日は 検査室で血液採取→消化器内科→婦人科→最後に乳がん検診(マンモ)と
待合室を4カ所まわるクアドルプル。まあ効率よく正味3時間半で終わりました。
消化器内科と婦人科の診察月は両方3カ月毎ながら本来ずれていたのですが、
9月に処方を変更して1か月様子を見たために同じサイクルになりました。
次回1月は内科の腹部エコー検査が入ったのでまたクアドルプルですわーー
腫瘍マーカー値も問題なく、乳がん検診も後日「異常なし」の結果が送られてきました。
腹のキズは実はまだ時々チクチクチクッと痛いのですが、う~~ん・・・脂身だから???(笑)

10月初頭に庭のゴーヤやミニトマトや万願寺唐辛子を撤去しました。
トマトなどの跡地にはソラマメを10粒ほどーー。ベランダ菜園程度ですが順調に育っております。



ゴーヤ跡地にはホウレンソウの種を蒔き、大きめプランター程度の広さなので2回ほど収穫してお終い。
さらにそのあとにスナップエンドウの種を蒔いたのが一昨日の事。大きくなあれ。
↓ ここ


イノシシやアナグマが出没するので畑のほうは今年はあきらめました。こまめに手入れをする余裕もないし。
枯野原と化した畑にあるのはバジルの株だけ(笑)



3個100円で買って春にちゃんと咲いたチューリップの球根。
掘りあげておいたのを10月上旬に鉢に植えておきました。
そのあと庭に侵入したイノシシにひっくり返されて植え直したので、
小さい球根は深く潜っちゃったのもあるかもしれないな。
猫よけ網をはずしてみたら、もう発芽してました。早すぎないか??



春、といえば今年のマーマレードの写真を載せてないのに気づき・・・



最後に作ったやつ、あまり固まらずゆるいので「マーマレードソース」としました。
伊予柑のは固すぎたしなぁ。毎年作っても思うようにはなりませぬ。
マーマレードソースならあと数個残ってまっせ。ヨーグルトには最適かな。

↓ 8月末の海。


↓ 8月末の空。


↓ 9月の海と空。


↓ 12月の海と空。


嵐や台風のたびにレンガ敷き舗装がバラバラはがれて、しかもいつも翌年度まで補修されなかったこの公園。
そもそもこの海っぺりにレンガ敷きなんて仕様、誰が承認したんやっ(市営です)
と毎回思っていましたが、昨年の台風被害がやっと修理されました。カラー舗装になりました(笑)。

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子宮全摘手術のこと。その4。

2020年08月31日 | 子宮全摘出
「子宮全摘手術のこと。その1。」
「子宮全摘手術のこと。その2。」
「子宮全摘手術のこと。その3。」
の続きです。

梅雨明けして以来続く猛暑。ほんとうにお暑うございます。皆様ご無事でしょうか。
8月1日に職場が営業再開して以来、繁忙期なのに休業前より半減したスタッフ人数で日々疾走しておりまして
「ああ、これが冬だったらもっと痩せるのにーー」(私、夏は極端に代謝が落ちる省エネ体質)
お腹はすくし食欲がまったくないわけではないけれど、「食べる行為がダルい」んですよ。
お茶碗持って箸であれこれ取って口に運ぶのがダルい。途中で疲れて嫌になる。
ワンディッシュでスプーンで食べられるものを少量、がベスト。
そもそも火を使う料理自体がしんどいですな。労働疲れももちろんあるけど、大元は暑いせいだな。
水分補給のほうは、9時間ほどの勤務時間中だけでもスポドリ系飲料を3本消費してますから大丈夫。

さて、開腹による子宮全摘手術から4カ月以上がたちました。
3カ月めにあたる7月21日に診察がありました。
術後に腹腔内に少し溜まっていた血もすっかり消えました。(経腟エコー確認)

血液検査では腫瘍マーカー値がどれも激減していました。
腫瘍マーカーの値ってのは、基準より高くてもそれだけでは悪性腫瘍(がん)がある証拠(エビデンス)にはなりません。
たとえば私の場合なら胆石持ちなので、胆石のせいであがる腫瘍マーカー値もあるのです。
良性腫瘍のせいであることもあります。
だから画像診断や細胞診などを併用して不調の原因を調べていくわけです。
しかし摘出なりなんなりの治療でガンを除去したあとでマーカー値が下がったならば
「ああ、これはやっぱりガンによる数値だったんだね。」ということになります。
そして月日がたってまたその数値が上がる事があれば、がん再発の目安になるわけです。
私は子宮および付属機器はすべてまるっと取ってしまったので、同じ部位の再発はありえないですけど。

体調はというと、術後40日で出血が終わったあとはオリモノもなく。
不随意に出てくるものが何もない生活がこんなに快適だってこと、すっかり忘れておりました。
だって、月経も含めれば半世紀ぶりのことですよ???(笑)
50歳すぎのころに少しあった尿漏れは、膝を痛めたことによる筋肉変化という怪我の功名wで止まったきりだし。
長年の習慣でパンティライナーだけは付けてますけど、日々カラカラです。

ただ、腹の傷の表面は実はまだ時々痛いです。縦直線にケロイドになった上っ面です。
梅雨時は低気圧のせいかと思っていましたが、8月猛暑の中でいきなり日々激務のせいか
時々チリチリチリチリ痛い。ま、「いててててて」って思うだけでさして実害はありません。

次の診察は10月です。あ、年内の乳がん検診の予約もしなければーーー
子宮頸がん検診の予約はいらないよね、膣はあるけど頸部がもう無い(笑)。



↑ まだ梅雨明けしなかった7月末の安房鴨川の海。



↑ 近頃の空。
あちちちちちちちーーーーー

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今年の夏野菜準備だ。

2020年06月19日 | ずぼらな菜園


ひさしぶりの菜園話。
ここ7~8年はタネからミニキュウリを育てていましたが、
今年は思うところあって、苗からです。品種は普通にフリーダム。
小さい実が下の方にすでについてます。
銀色のキラキラは、ウリハムシ対策です。コタツ用保温シートのリサイクル。
少なくとも苗の時期だけでも食害から守れるし、乾燥防止にもなります。



万願寺唐辛子の花を撮っていたら・・・



小さな小さなカマキリみっけ。 大きくなれよーー



鉢植えのミニトマト(アイコ)。今年は庭で3本。畑に3本(←また草に埋もれる)



ゴーヤとシソ。 どちらも昨年のこぼれ種から発芽したのを植え替えてます。
この調子なら今年のゴーヤは大丈夫そう。昨年はシソより出遅れて成長が遅かった。
ってか、むしろ青シソのほうが心配です。



たいして使うわけじゃないけど、1本は欲しいバジル。
知人がいっぱい発芽させたのを分けてもらいました。

まだまだ安心してレジャーに行けない皆様用に海の写真も載せましょうか。





はてさて。今年の夏はどうなることでしょう。祭礼等のイベントはすべて中止が決定。
昨秋の台風、観光名物花畑の生育不調、そしてコロナ禍と当地の観光業界は追い詰められています。
南房総市はまだ決断をしていませんが海水浴場が開設されなくても、来る人は来るでしょう。
東京周辺の自治体が開設しない中で開設した場合の観光客の過度の集中、
開設しなければ水難事故の発生、ゴミの放置などなど。どちらにしても頭の痛い状況です。



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ずぼらでも咲く庭の花々。

2020年06月17日 | 諸々


先日雨が降ったのでハブランサス(レインリリー)が一気に開花した。
いっぺんに咲いた数としては今までで一番多いかもしれない。
みんな雨を待っていたんだな。





それにしても、球根なのによくもまあ、まんべんなく散らばったもんだ。
ぜったいにタネでも増えてるね。
3枚目の写真で右手前に咲いてる小さいのはハナカタバミ。
ハブランサスを綺麗に咲かすには、庭の草刈りのタイミングが難しい。(そんなの我が家だけ)



黄色いユリも咲いている。
白いヤマユリ系のは・・・・・・・・・・・・・消えたかな(^^A;。



鉢植えのクジャクサボテンはもう終わった。
昨秋の台風でダメージがあったので今年の花は10個のみ。これは6月3日撮影。

ああ、3カ月半もブログ放置したから春の花も載せてないな~~。



球根3個100円で買ったチューリップ。ひとつだけ早く咲いてしまったので撮影時3月25日には2本。



鉢から逃げ出して庭の隅で野良化したフリージア。居心地良くて元気いっぱい。3月25日撮影。

次回は「ずぼらな菜園」です。

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子宮全摘手術のこと。その3。

2020年06月13日 | 子宮全摘出
前々回 「子宮全摘手術のこと。その1。」
前 回 「子宮全摘手術のこと。その2。」 の続きです。
今回やっと手術の話です。

まずは手術前夜。おへその掃除をされます。オイル垂らして綿棒くりくり。
通常の飲食は21時まで。下剤の錠剤を服用。21時から翌朝6時までの間に経口補水液500mlを2本ちびちび飲みます。
寝るまでに1本以上は飲まないと間に合わない。
翌朝。日頃から快食快便なのでちゃんと出るもんが出ました。さらに浣腸。苦手(泣)。すぐ出しちゃう。
シャワーを浴びて術着に着替え、脚には弾性ストッキングを履きます。血栓予防ですね。
結婚指輪もメガネも入れ歯もはずします。私の耳ピアスは面倒なボディピアスなので家ではずして行きました。

さて出陣です。看護師さんと歩いてエレベーターに乗り手術室階へ行きます。
術着は背中が開いてるのでバスタオルを肩に掛けられています。試合前の格闘家ですか?w
大病院なので手術室がたくさんあるらしい。メガネ無いのでよく見えませんでした。
朝一番の開始だったので同時にあちこちから患者が連れられてきて大賑わいです。徒歩あり、車椅子あり、ストレッチャーあり。
手術室前のホールで病棟担当から手術室担当に引き渡されます。う~~ん、なんか奴隷市場みたいな?w

私が入ったのは13番室だったような気がします。幅の狭い台に上って横になります。麻酔医が登場。
背骨の間に硬膜外麻酔用の針が入ります。「背中を海老のように丸めてください。」
ああ、すみませんすみません。皮下脂肪が邪魔で背骨がよくわからないようです。
「16番の〇〇先生呼んできて!!」という声が聞こえます。やがて無事に入ったようです。
私「今何時ですか?」 誰か「9時すぎですね。」という会話が術前最後の記憶です。

深い睡眠に入った後で人工呼吸器の挿管や尿道カテーテル挿入、剃毛が行われます。まな板の上の鯉ですな。
私は自分である程度脱毛していったので剃毛はなかったでしょう。(剃ると後でチクチクするから嫌)
手術が終わって目が覚める前に呼吸器は抜かれます。
やがて意識が戻って、私「今何時ですか?」 誰か「11時すぎです。」 約2時間でした。
後で聞いた話ですが出血量は少なく、輸血や特定生物(豚)由来製剤の使用はありませんでした。
ガラガラとストレッチャーで病室へ戻ります。「せーーの!!」4人がかりでベッドへ。

この間に夫は摘出された臓器を見ています。私の要望どおり写真を撮っておいてくれました。
開始時刻が早かったので夫は術前には間に合わず(田舎なので自宅からの公共交通機関は1時間に1本)、
術後もコロナ対策に慎重な人なので会わずに帰宅しました。
ま、無事に留守番して猫共の世話をしてくれれば、それでいいので(笑)。

手術当日のその後は痛み止めがよく効いていてあまり記憶がありません。
両すねには血栓予防のためのフットポンプが装着されていて時々自動で圧迫されました。
腕にも自動で動く血圧計がついていました。時々どこかでピピピピと音がします。
背中から入る硬膜外麻酔用エピのボタンを握らされます。
「痛みが我慢できなかったらこれを押してください。麻酔液がはいります。」
↓ これです。一度押すと次は30分過ぎないと押しても薬は出ないそうです。



スマホでこんな写真と自撮りをして、さらに加工してSNSで生還報告までしてるんですから
まあ、大丈夫だったんでしょう(笑)。
やたら喉と口内が渇いて、看護師さんが持ってきてくれた吸い飲みを手が届く所に置いて
水を時々ちびちび飲んでいたのは覚えています。

手術翌朝。体温・血圧・血中酸素濃度測定のあと、フットポンプがはずされてベッドから降りました。
簡単に言ったけど、まず起き上がるのも大変です。どっち向いてどこを支点にすれば激痛ではなく動けるのか?
まあなんとかゆっくりジタバタして起き上がり脚をなんとか床に降ろし・・・
部屋の入り口まで歩ければ尿道カテーテルが抜けます。
左腕に点滴、背中には麻酔がつながっていますがこれでトイレに行けます。
ただし排尿しようと腹圧をかけるとハラが痛い。そっとそっと・・・
術後数日は便がゆるかったのでマシでしたが、その後半月以上は排便には勇気が必要でした。
腹圧かけた時にグワァァッと痛く、モノが出た後もジイイイイーンと痛い。ああ、便秘体質じゃなくて良かった。
術後50日以上たった今でも排泄時の痛みは少しありますな。勇気は必要なくなったけどね。

点滴はこの日のうちにはずされました。どのタイミングだったかは忘却。朝食後でしょうか。
背中への麻酔が抜かれたのはそのまた翌日だったかな。もうカラになっていました。
麻酔薬を使いきっちゃうくらいだから、すっごい痛かった。個室なので遠慮なくうめいていました。
前回に書きましたが、この私が食欲ないくらい痛かった。2日前の夜以来、何も食べてないのに。
うんがぁーーーーー!!!!!! ぴぃーーーーー!! へとーーーーーーー って感じかな。

さらにお仕着せの術着?が上腿にすれて痒い。痒い。
常用の処方薬とともにリンデロンVG軟膏も持ち込んでいたので、看護師さんの許可を得て塗り塗り。
天然繊維じゃなきゃダメとかではないですが、皮膚炎をおこしやすい体質です。自分で自分にかぶれる。
硬膜外麻酔がはずされてやっと全身自由になったタイミングで私服(化繊です)に着替えました。
・・・・・・あれ?術後のT字帯から自前のショーツに履き替えたのっていつだったんでしょ??(^^A;

そういえば、術後から腹帯というものをお腹に巻いていました。サラシでできた腰ベルトみたいなやつです。
縫合場所が広がらないように抑え込むためだそうです。
これがね、筋肉質のお腹ならビシッと固定されるんでしょうけど、ぽよんぽよんのお腹だと、ずれる・・・
縦に切られた切開部分だって平らなお腹だったらもっと小さく済んだろうな、とお腹の肉を持ち上げてみる・・・
溶ける縫合糸を使っているので抜糸はありませんでした。縫合部を覆った半透明の保護テープには、かぶれました(お約束)
自然にはがれるまで放置という指示に従っていて、退院後はがれてみたら四角く真っ赤(笑)。
それはリンデロン軟膏ですぐ治ったものの、いまだに縫合部周囲のお腹全体がときどき猛烈に痒い。
チクチク痛いのはまだ溶けきってない縫合糸のせいではないかと思っているのですが、術後1カ月の診察の時に尋ね忘れました。
先生は病理で発見されたガンの告知をするので少し緊張してるようでしたが、それは想定内のことでしたので当方は平気で(笑)。
次の受診は術後3カ月の7月です。

ああ、話の時系列が飛んでしまいました。
そんなこんなで痛みにうめく数日が過ぎたあとは、なんとか我慢できる程度の痛みにおさまり、
食事も完食しながらだらだらと過ごしました。詳しくは前回の「その2」に書きました。
経過良好ということで「火曜日退院予定でしたけど月曜日でも大丈夫ですよ?どうしますか?」と聞かれました。
1日早ければ14,300円+食事代が浮きます。私の入院保険の一日分では赤字ですもん。即決です。
さっそく、車で迎えに来てくれる約束をしていた知人に連絡。夫にも連絡。
入院9日間、術後1週間で娑婆に戻りました。
退院当日、手続き・会計やら保険用の書類申請やら院内ベーカリーに行ったりで広い病院内を動き回ったのと
しばらくは自転車にも乗っちゃダメなので帰宅途中でスーパーで買い物したりしたので、ヘロッヘロになりましたけどね。
退院時に処方された内服薬は痛み止めカロナールと胃粘膜保護のレバミピド。
痛み止めは入院中から私の胃と相性が悪いロキソニンを拒否。小児でも飲めるカロナールだってそこそこは効くんです。
しばらくは500mgを1回2錠1日3回も飲んでましたが、退院後じきに服用をやめました。
ある程度なら痛みは慣れるんです。慣れているうちに軽くなれば忘れてしまいます。

九州博多の婦人科女医さんのブログによれば(以下、引用)
『患者さんたちが一番気になるのは術後いつになったら元気になるのでしょうか、という点だと思うのですが、
3ヶ月もすれば周囲の人間はあなたが手術をしたことを忘れます。その事実は忘れなくても、たぶん日付は忘れます。
主治医の名前なんてあっという間に忘れますし、平成何年だったかもあやふやで、
子宮を取ったか卵巣を取ったかの記憶も定かでなくなります。オットなんて特にそういう生き物。
でも、おそらくご本人は2年くらい主治医と日付を忘れてないという印象を受けるので、
真の意味で「元気になる」には2年くらいかかるんじゃないかと思います。』(引用ここまで)
婦人科部長闘病記

ま、私は既に元気です。腹圧かけると腹はまだ少し痛いけれど。腹を下にうつ伏せになれるようになったのは最近だけど。
主治医の名前もちゃんと憶えてますが一番最初に漢字を読み間違えたので「あれ?読みはどっちだっけ。」(^^A;。
卵巣がなくなると更年期障害が出るはずですが、私は既に閉経していたようです。
不正出血でなにがなんだかでしたが、もう還暦すぎてますからねえ。いくらなんでもねえ。
術前までの間、ごくたまにホットフラッシュを経験した以外に更年期障害らしき症状はありませんでした。
術後はホットフラッシュも出てません。老化現象のほうがイタイです。
お? 子宮筋腫がなくなったという事は、いざとなったら女性ホルモン補充療法も使えるようになった!!という事!!
ラッキー♪♪(笑)
脳みそが女なら、子宮や卵巣がなくなっても女です。
私の脳みそが女脳なのかどうか若干の疑問はありますが、それがどうした、私は私だ。文句あるか。


≪番外≫ 
麻酔の事で思い出した事件があります。
2月の内膜全面掻把術の麻酔は、眠っているだけの軽い麻酔です。
(開腹摘出手術の場合は呼吸も出来なくなるくらい深い睡眠)
意識をなくす直前に手術室の天井を見て「攻殻機動隊にこんな図柄があったな・・・」と思ったのが運のつき。
術後に麻酔がさめかけた私が口走っていたのは・・・
「タチコマどこ?」「記憶が上書きされない!保存されない!」
わかる人にはバレてしまう、還暦過ぎの婆としては赤面もののうわ言です。
とりあえず、ただの『老オタク』であって『貴腐人』じゃなかったのは幸いかな・・・・・・・


おしまい。

★8月31日追記
続き書きました。「子宮全摘手術のこと。その4。」







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子宮全摘手術のこと。その2。

2020年06月13日 | 子宮全摘出
前回 「子宮全摘手術のこと。その1。」の続きです。
今回はいよいよ入院中の話にしましょう。

さて、手術前日。ひとりでバスと電車を乗り継ぎ、いつもはここからまたバスなのですが、
さすがに荷物もあるので病院までタクシー奮発。ワンメーターの距離ですけどね。
着いてから入院受付時刻まで間があるのでコンシェルジュ(!)に荷物を預けて院内のコンビニへ。
お昼を食べておきましょう。
院内にはレストランやカフェが何カ所もあるけれど、私、ローソンのおにぎりが好きなんです。
院内ベーカリーの焼きたてパンも美味しいけれど、この日の気分は昆布のおにぎり。
コロナ対策で密を避けるためにも、オープンテラスでおにぎり♪ これから大金使うから倹約倹約♪
敷地外の海岸も気持ち良いけれど、そこでゴハンはダメです。トンビが襲って来ますのでw。

さて頃合いです。受付で手続き済ませて指定病棟の指定階へ。看護師さんの案内で病室入り。
患者情報と各階入り口の扉を開くチップ内蔵のリストバンドを装着しました。



個室です。21平方メートル。窓手前のソファは付き添い用のソファベッドにもなります。
手前左にシャワーブースとトイレ。右側に大きな鏡とスツール椅子と洗面台(女性専用階だからかピンク色w)。
ベッド脇キャビネット内に冷蔵庫。入り口脇にクローゼット。
この病院は個室が多くて、相部屋も4人部屋からなのでどれも差額室料がかかります。
しかも相部屋はなかなか空きがありません。
貧乏人には優しくない病院ですが、開腹手術なので私のちゃちな生命保険でもそれなりの医療保険金は出るし。
術後にしんどいのも分かりきっていたので、個室を選択しました。室料1日 14,300円(税込)。

個室の場合はホテル並みにタオル類・アメニティ・ドライヤー・茶器セット等々すべて用意されているので、
自分が着る物と嗜好品とモバイルの充電ケーブルだけ持っていけば事足ります。
テレビも食事の注文などに使うタッチパネル兼用なので視聴は無料です。
あ、ベッド脇でスマホに充電できるように延長ケーブルも持って行きましたね。
後はティシューペーパーだけは自分で用意。

かつて亡母や夫の入院時に、指定された枚数のタオルや大型バスタオル、洗面器・マグカップ・シャンプー類などなど
大荷物を抱えて付き添った事を思えば、なんて楽ちんなんでしょう。
長年使ってる小型のキャリーバッグとそれにセットできるボストン1個で入院しました。
あれ、ホームページによると今現在は感染症対策で相部屋もタオルと院内着は日額制の強制レンタルになってますね。
私の時はまだ院内着強制じゃなくて良かったーー 暑がりなので薄物の半袖カットソーと伸びるパンツを着てました。



ちょとしか開かない窓から手を出して撮った風景。毎日毎日無駄に良い天気でした。
4日目くらいから起きている間ずっとソファに座って脚もあげて過ごしました。
私はリクライニングのベッドにいると腰が痛くなるんですよ。背あては垂直なのが心地いい。
コロナのせいで面会は全面禁止になっていたので、毎日ひとりでのんびりしてました。(それでも平気)
小説は1冊2~3時間で読んでしまう人間なので、本はどれほど持って行っても足りないので持ちこまず。
日数を考えるとスマホだけで十分だろうとパソコンもなし。(無料wifi環境)
コンビニで買った読み応えがありそうな趣味マガジン2冊とスマホアプリだけで済みました。
動き回れるようになってからは、1日1回運動兼ねてコンビニへ。
冷たい飲料とスイーツ1個買って戻る(笑)。
図書室にも行ってみましたが閉まってました。ボランティア運営だそうだから仕方ないですな。



↑ これはSNS用にまとめた画像です。クリックすると超拡大で見れます。
日々の食事の写真です。食事は3食とも2種類から選びます。朝は毎日パン食にしていました。
手術翌朝から常食でしたが、さすがの私もこの日は痛みで食欲なく写真も撮らず記憶もさだかでない。
朝はパン1個だけ食べてフルーツゼリーはおやつに残したような気がする。お昼もお魚だけは食べた。美味しかったのは覚えてます。
完食できたのは4日目(術後3日目)の夕食からです。この時の主菜は牛肉と豆腐の炒め煮「八宝豆腐」。
お魚料理が多いのはうれしかったです。毎回違う魚で毎回違う料理方法。脂身の少ない肉料理よりも魚のほうがいい。
ただし全体に薄味だったので、コンビニで鰹節のふりかけを買っておいたのは正解でした。
ローソンセレクト、製造は永谷園の「かつおふりかけ」。美味しい。白飯を残すと明け方にお腹がすきますもの。
日頃は朝6時に朝食とっていたから、早めの夕食から遅めの朝食までの間が長すぎました(泣)。
お金を出せば豪華な別メニュー(サーロインステーキとか刺身御膳とか)も注文できますが、はい、自粛しました。
そんなこんなで入院してる間に体重減りました。毎日スイーツ1個食べてても、摘出した臓器のぶんよりもかなり減りました。
でも退院後にすぐに取り戻してしまいましたわよーー(泣)。

さて、入院中のどうでもいい話で長くなってしまったので肝心の手術の話は、次回を待て!!!

んじゃね。

続きはこちら → 子宮全摘手術のこと。その3。
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