ラヂオデパートと私

ロックバンド“ラヂオデパート”におけるギタリストとしての津原泰水、その幾何学的な幻視と空耳。

Roland JC-120

2006-12-06 06:02:53 | アンプ
 ローランドJC-120を僕は所持していないが、若い頃から最も使ってきたアンプの一つには違いない。殆どの練習スタジオの各室に常備されており、ライヴハウスに備え付けを訊ねれば、必ず最後には「あとJC」の一言が付く。恐るべきベストセラー機であり、一時、売行きが低迷して廃番と化しそうになった際も、プロ達が署名嘆願して生き残らせたという。あの時ばかりは僕も、JC延命のために一台買おうかと思った。
 このアンプは、世界遺産化は無理としてもニューヨーク近代美術館には入れるべきだ。「音が歪まない」「壊れない」アンプといういかにもエンジニアらしい発想を貫いた製品が、現場のギタリスト達に歓迎され、三十年以上も「同じ音」で生産され続けているという事実は、余りにも美しい。フェンダーのギターだってマイナーチェンジを繰り返しているというのに、JC-120は音を変えないための部品調達に腐心しているという。似非文学者に勳章をやっている暇があったら、こういう偉大な技術者達を正当に称えてほしい。これ程の平和への貢献者が、どこにどれほど見つかるというのか。彼らは世界中を幸福にした。

「歪まない」というのはギター的な話であって、オーディオ的にJCの音は物凄く歪んでいるのだと思う。なのに、とてもクリーンに聞える。このポイントを見出した点もJCの素晴しさだ。聴衆にはこれが「澄んだ綺麗な音」に聞えるのだという、いわば文化的な基準をJCは提供し続けている。
 にもかかわらずJCにはDISTORTION(歪み)のツマミが用意されていて、つまり、あえてここで歪ませることも出来ますよ、という話なのだが、これが毀誉褒貶を生んでいる。ギタリストに嫌われる、トランジスタアンプ特有の「わ、歪んだ」という歪みなのだ。
 しかしながら、クリーンアンプとしての定評がありながら未だこの回路を排除していないところに、僕はローランド社の良心を見る。技術者が提供するのはハードウェアすなわち可能性であって、それで何が出来るかというソフトウェアは音楽家の領分と割り切っている。いつかこの種の歪みが見直される日が訪れないとは限らない。ジャコ・パストリアスの特徴的な歪みだって、たしかAcoustic社360アンプのソリッドステート回路から生じていた筈だ。あの音がせこいと文句を云う人は見た事がない。才人は用途を見出すのだ。

 で、まあ才人ではないが一画抜いた十人くらいにはなりたい僕も、しばしばJC-120の活用法に思いを馳せるのである。何度も書いてきた「絞り込み」の観点から語れば、JCは「味付けは食う人に任せる」という思想で作られている。もし必要なら――と同社はBOSSブランドのエフェクターを大量かつ安価に供給してもいる。たぶんあれらをエフェクト・ループ(プリ部とメイン部の間にエフェクターを介すための入出力)間に並べるのが正統的なのだろう。実験した事は無いが、ギターとアンプ入力の間に挟んだ時とは、まるで音が違うと云う人もいる。
 むろんボスに拘る必要はどこにも無い。ここに何を挟むかで、きっと僕らの人生は変わる。実験の機会は僕にも与えられている。間に合うかな。

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