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鑑三翁に学ぶ[死への準備教育]

内村鑑三翁の妻や娘の喪失体験に基づく「生と死の思想」の深化を「死への準備教育」の一環として探究してみたい。

[Ⅹ 330] 世は進歩しつつあるか‥(8) / スマートシティ外縁に貧民窟

2025-01-28 12:33:40 | 生涯教育

2017年にバンディ・リーが編纂した『ドナルド・トランプの危険な兆候 精神科医たちは敢えて告発する』(日本語版2018、岩波書店)では、27人の精神科医や心理学者がトランプの精神状態に関する論文やエッセイを収録。彼ら精神医学者らは異口同音にドナルド・トランプの偏った人格、自己愛性パーソナリティ障害、社会病質問題を指摘した。これらの性格特性が彼の判断力やリーダーシップ能力に悪影響を与える可能性、すなわち公益のための警告として、彼の精神状態がアメリカ国内外の安全保障や民主主義そのものに及ぼす危険性、またポリティカル・コレクトネス(政治的公正さ)をトランプは攻撃しており、性差別や人種差別撤廃や弱者救済などに関する基本原則を侵犯する恐れを警告した。そして2017-21年の4年間トランプは大統領在任中、これら精神医学者らの指摘通りに振る舞った。そして二期目の選挙で敗北し権力をバイデンに譲ろうとする際には選挙結果を認めず2021年1月共和党狂信支持者を扇動して連邦議会を襲撃させた。トランプはバイデン政権の4年間、”復讐”の暗い情念の炎に身を焼いていた。トランプは来る日も来る日も復讐すべき対象者は全て逐一ノートに記していたに違いない。報復の内容も一緒に‥こいつは刑務所行き〇年、ホスト剝奪、身辺警護解除、家族脅迫、種々様々の手の込んだ危害等々、暗殺まであるとの見方もある。そして24年1月魔訶不思議な選挙結果で大勝し、直ちに復讐のための報復作業にとりかかり現在進行形である。大統領就任の公式行事として首都ワシントンの大聖堂を訪れた際、主教から「性的マイノリティーの人たちの中には命の危険におびえている人たちもいる。移民の大多数は犯罪者ではない。いま、おびえている人々に慈悲の心を持って下さい」と諭された。するとトランプは主教に対して不快であると謝罪を求めた。あろうことか連邦議会議事堂襲撃事件で有罪となった襲撃犯1500人ほぼ全員に恩赦を与えた。続々とトランプの復讐のための報復が進行中である。政権中枢にテスラのイーロン・マスクを登用しやりたい放題の乱暴狼藉を働かせようとしている。マスクがナチス式敬礼をすればトランプ支持者が「狂喜乱舞」する映像も見せつけられた。そして連邦憲法改正で大統領三選を目論んでいる。私にはトランプの全ての言動がサタンの指示のように見える。アメリカ国内のみならず各国首脳にまでこのトランプの言動が影響を及ぼし始めている。世界の富豪やトップクラスの経済人がトランプ詣を繰り返している。これらを先述の精神医学者たちはTrump Effectと称した。好ましくはない影響のことだ。そして今やTrump Infection つまりトランプによる悪性感染症があらゆる場でパンデミックを招来しつつある。今やアメリカ国民の半数以上がコントロール喪失感、無力感、トランプががホワイトハウスにいることによる不確実な政治状況についての心配など「トランプ不安障害」ともいえる心理に陥っている。著名な経済学者であるジェフリー・サックス教授は、ドナルド・トランプ政権は「同盟国」と「敵対国」の両方をいじめていると述べた。「私は、このような米国の横暴は終盤戦を迎えていると考えている。しかしそれはとても危険な終盤戦であるが」と。トランプが腰を振ってダンスしながら登場する映像を見ると私は眩暈と吐気を催す。世界に蔓延する邪悪と低劣をこの金髪オヤジが示しているからだ。

スマートシティ(smart city)構想は、2020年代に日本で導入が検討されている都市計画のことで、政府の「科学技術基本計画」で示された社会像の一環として企画立案されたものだ。これはICT(※Information and Communication Technology、日本語訳:情報通信技術)等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)の高度化により、都市や地域の抱える諸課題の解決を行い、新たな価値を創出し続ける、持続可能な都市や地域‥と内閣府で定義している。簡単に言えば新技術を活かして住みやすい都市をつくることである。

構想は机上の作文のような、小学生が画用紙に描く「未来の町」のような、理工学部学生の紙上シミュレーションのようでもある。人間は快適で清潔で便利極まりない生活を営む計画だ。完璧な自動運転の車や交通手段で移動するので交通事故は極小になり、住環境は快適に整備される。人工的な川や池で水遊びはできるがカエルやドジョウは住まない。遺伝子編集されたモミジはアポトーシスで葉を落とすことなく一年中紅葉し吉野桜も一年中花をつける。ここの住民がこれを望むからだ。街路樹は葉を落とすと街路が汚れるので一年中落葉しない遺伝子操作された灌木類が植栽される。AIを使ってビッグデータが個人の犯罪予測をして犯罪は限りなく低下する。構想には記されていないが特定され指名された何者かが厖大な巨額のゼニを懐に入れることになっている。

だがしかし、ここで生活する人間は幸福なのだろうか、幸福感に充たされて生活するのだろうか。サクラやモミジを季語にした俳句や短歌はどのように詠まれるのだろうか。犯罪は本当になくなるのだろうか。病気はなくなることはないだろうが遺伝子治療により治療できる病気は増えるのだろうか。外国からの輸入感染症はなくなるのだろうか。耐性菌は幾何級数的に増大しないだろうか。精神の平衡を保つ人間ばかりになるのだろうか‥人間が人間である限り葛藤は生じるけれど社会の差別や矛盾に抗うことを止めるのだろうか。

人間の生死は、どうなるのだろうか‥死の時は自分で選択する事ができる町になり、遺伝子診断により死の原因やその時が予測できるので安楽な死を選択する者は増え自死者の割合が高くなる。倍賞千恵子が好演した『PLAN75』の世界。死の時が定められているから人間は享楽放縦の人生を選択するに違いない。スマートシティのコストを負担できない者は居住を拒まれて故郷の土地に住めずに周辺に住むようになり、そこは貧民街のようになる。‥‥このような人工的に快適な街づくりなど紙上での構想は容易すぎるほど容易な事だ。しかし私はこんな街に住みたいとは思わない。中国の巨大都市にもみられるような昨日の夫婦生活まで暴かれ個人生活が完璧に情報管理されたスマートシティだ。が、私はそんな時代に生きることなく猥雑さの中で詩を書き下手な短歌を季節ごとに詠んでいける社会で死んで行けることを幸福な事だと思う。私は貧民窟に住みたいと願う。

2023年3月に亡くなった作曲家音楽プロデューサーの坂本龍一さんは、病床日誌に次のように記している(坂本龍一:ぼくはあと何回 満月を見るだろう、新潮社、2023)。「かつては、人が生まれると周りの人は笑い、人が死ぬと周りの人は泣いたものだ。未来にはますます命と存在が軽んじられるだろう。命はますます操作の対象となろう。そんな世界を見ずに死ぬのは幸せなことだ。(2021年5月12日)」

赤ん坊が生まれると人間は笑い、人間が死ぬと泣いた、ところが遠くもない将来、人間の生命は軽んじられて生死に無感覚となり、箱のような住居空間で人工的に支配された環境の下で人間は生活し、日常生活は国家権力監視下の下で完全にコントロールされルチーン化されて処理されていく。今日の中国はこれを一部実現した‥市民国民の幸福感までもが管理され統制され、人間の生は特定の者たちの価値基準で左右され操作され、人間の死も同じく特定の富者らの価値基準で処理され有無を言わせぬ安楽死は日常となる‥世界は人間は間違いなくこのようになるだろう。そんな世界になる前に自分の死を死ぬることができるのは幸福なことだよ‥坂本さんはそのように言っている。繊細で感性に満ちた生死観だ。坂本さんの言葉は真理をついている。

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[Ⅹ 329] 世は進歩しつつあるか‥(7) / 大手ゼネコン哀歌

2025-01-21 08:20:23 | 生涯教育

TVコマーシャルでしきりに目につくようになった大手ゼネコンの広告は、若い男女が輝く太陽のもとでそよ風に向かいながら手をつないで歩いていく、AIで作成したのだろう人工的で整った高層建築物には屋上か途中フロアに芝生の広がる庭園が広がり半裸の男女が寝そべって談話し、その脇にはベビーカーが置かれている、遠景にはこれまた高層建築が見えてその空間に空飛ぶ自動車が飛ぶ‥こんなコマーシャルだ。この人工的な都市空間には害虫もおらずカラスやスズメは空を飛ばず小川にはナマズやゲンゴロウはいないのだろう。

ケッ ! と私は言葉ならぬ言葉を吐き捨てる。あそこにいる人たちは「幸福なのだろうか?」と思う。清潔で整っていて健康で病気にもならず死を忘れたかのような日々の生活だ。健康は幸福の条件ではある。だがこの夫婦は喧嘩別れしたり夫・妻以外の人間を愛したり不倫したり子どもを虐待したりはしないのだろうか。喧嘩もせず不倫もせず虐待もない家族は幸福の条件ではある。だがそんな清浄な人間の生活を幸福と言えるのかどうか。人間の葛藤や死生の困惑や悩みも一緒に薄れていくものなのだろうか。

大手ゼネコンや商社の仕事場の日本市場は、どこもかしこも人口減少で限界集落ばかりが急増している。仕事になるのは東京大阪名古屋福岡仙台‥くらいだ。これらの都市の空き地を探しまくってもどこにも土地はない、なので古い歴史的建造物や家屋やビルをスクラップして高層ビルをオッ建てて‥こんな知恵しか浮かばない。海外事業での仕事は中国企業や新興国企業にさらわれ続けている。技術力云々と誇らしげに喧伝したところで、これらはすぐに追いつかれるし、入札価格で勝負にならない。どこでも連戦連敗だ。コンサルも知恵を絞ったり途上国の元首やら族長に接待したり日本の技術の優位性を叫ぶが、その優位性も中国に追い越されている。

ゼネコンもコンサルも仕事がないのだ。業態を代えようとしてもゼネコンにぶら下がる中小零細協力企業があって仕事を作らねばならない、一挙に業態を変えることもできない。空中庭園のある高層ビルに住んでみませんか ! このコマーシャルはゼネコン/コンサルの悲痛な叫びなのだ。神宮百年の森もゼネコンにとっては邪魔な雑木だらけの空間だ。歴史的建造物を修復し強度を加え更に百年‥といった発想は邪魔なだけだ。何しろゼニにならない。この際文化的価値なぞどうでもいい。雑木林は一挙に伐採しバチカン大使館の建造物としての価値などには目をつむり、跡地には味も素っ気もなきピカピカの高層ビルを建てるのが最も効率的でゼニにもなる。ユネスコや地元住民やSNS上での数多の反論にやや弱腰の態度を一応は見せて偽装して伐採する樹木の数をわけもなく減らして、神宮の森開発を強行している。一度噛みついた獲物はカミツキガメのように離せないのだ。大手ゼネコンの新卒者募集のCMは”地図に残る仕事をしよう”と言っているが、正しくは”地図に残るバカな仕事”である。何が社会の進歩か‥と思う。無残である。

大規模開発案件がなければゼネコン業者は路頭に迷うことになるのだ、いや路頭に迷うという強迫観念に支配されているのだ。だから国連の提案するSDGsの750円のバッチを胸につけて都会の箱庭を蟻のように営業して回るのだ。その貧相な現実を虚飾で覆ってくれるのは、これまたTV業界の広告収入に頼る大手広告代理店の製作するあの悪夢のような仮想現実の映像なのだ。現実感覚を喪失した人間たちは、これまたこの仮想現実に感動の涙を流して目のくらむような高層ビルで暮らしたいと願い続ける。中国の大都市で必ず見かける超高層ビル群での生活だ。かの国ではこの高層ビルの入居者は、耕作地を奪われて代替入居権を与えられた元農民工が多いと聞く。

大手ゼネコンが売り出し建築するビルの実質的なオーナーは今や中国の金満家が資本投入した日本法人‥という現実も顕著だ。日本の土地が中国の金満家に根こそぎ買われる日も遠くはない。これらの土地はとりあえずのゼニになる太陽光パネルで埋め尽くされる。中国では太陽光パネルは過剰生産で買い叩くことができる。日本政治はこうした現実に呆然と立往生して指をくわえたたままだ。児戯と成り行きに身を委ねてきた昨今の政治家は国家百年の計‥といった発想は皆無だ。政治が何をしていいのか皆目わかっていない。

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[Ⅹ 328] 世は進歩しつつあるか‥(6) / AIは人間を超えて行く

2025-01-14 08:25:57 | 生涯教育

日本の政治家は単なる俸給生活者(サラリーマン)だ。”国家百年の計”などという事柄はとてもとても。人間としても腑抜けて凡庸が極まった俸給生活者ばかりとなってしまった。彼らは人間としての”言葉”をもたなくなった。物事を指し示し心を表現する”言葉”をもたない方がいいと考えているのか、はたまた”言葉”を喪失してきたのか。日本の政治家は後者である。そして俸給生活者だから何よりも失職を過度に恐れている。‥‥私がこの事を再確認したのは、年が明けて1月8日ノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の代表者が石破首相と受賞後始めて面談した際の事だ。石破氏の言葉は凡庸に死んでいた。そもそも世界で唯一の被爆国として「核兵器」不使用を訴える団体がノーベル賞を受賞した事の意義は大きい。人類の智慧と良心が辛うじて残っているという希望を抱かせる事実だった。ところが今夜も核兵器発射のボタンを抱いて眠りにつくロシア/アメリカ/北朝鮮/イスラエル/イランetcの暴力国家の指導者に向けて、核兵器がもたらす地獄を見せて核兵器抑止禁止の理念又は核兵器廃絶のプロセスを明示する絶好の機会だったのに、受賞後も石破氏はこのメッセージを世界に向けて発信しなかった。ダモレスクの剣を吊り下げる細い糸を名誉欲と強欲に満ちた邪悪の国家指導者の手で切断させてはならないのだ。彼ら邪悪の者たちに”良心”の切り込みを入れる絶好の機会を石破氏は喪った。被爆者たちにも死んだ言葉を返しただけだった。幽明界を異にすると言うけれども私は新年早々幽界にいるのだろうと思った。

 

人間のDNAのすべての塩基配列はすでに解読された。個人間の配列のわずかな違いも違いに関係する病気や体質などもわかってきた。そうすると次は病気に関係する配列を除いて書き換えれば、病気にかかりにくいゲノムをもつ人間をつくることができる。

リスクのない希望するヒトゲノムの人工合成が可能な時代が来ている。ヒトゲノムの合成は、どこまで許されるかという問題が残る。病気にかかりにくいゲノムなら許されても、どこまで走っても疲れない運動能力抜群のゲノムや天才の何倍もの知力をもったゲノム、普通の人間の何倍も長生きできるゲノムは、理論的にも技術的にもつくることは可能になる。問題は我々人間がそれを望むのかということだ。だが必ず”病気にかからず天才的な知能をもちアブラハムのように何百年も生きたい”と考える人間は存在するだろう。ここでも人間の”幸福”とは何かが問われ続けることになるだろうし、人間とは何かが問われ続けることになるのだろう。

DNAを編集して人間は死ぬことのない生命を生きることができるかもしれない。その可能性は全くないわけではない。だがそれが人間にとって「幸福」かどうかは別問題だ。

AIに関しても同じような問題がある。今やバカでもチョンでもAI万能と言う時代だ。こんな記事を発見した(MIT Technology、240805)。

「中国では生成AIの進歩に伴い故人を動画の中でよみがえらせるビジネスが急速に広がっている。「愛する家族とまた会える」「まばたきしてほほ笑み、話し始める」‥‥ネット通販サイト「淘宝網(タオバオ)」には、そんな宣伝文句のサービスが数百件も並ぶ。南京市のベンチャー企業は中国大手の生成AIモデルを活用し、これまで3千人以上の客に提供してきた。きっかけは昨春二人の友人からの依頼だった。亡くなった父の生成動画と対面した友人は涙を流して感謝を述べたという。長さ数十秒の動画さえあれば声や姿、表情も極めてリアルに再現できる。動画は1週間前後で完成し、料金4000元(約8万8000円)から。依頼者の身元や使用目的を詳細に確認した上で引き受ける。張氏は「たとえデジタルの命であっても人の痛みを癒やすことができる」と強調する。」(読売240710) 

この企画は個人の映像をベースにして物理的に代替物の「光」で映像化するもので、心が脳が想起する愛する者のイメージとは全く異質の物理的なモノであり、それ以上でも以下でもない。だがこのように創作されたモノ(いわば虚の光の映像)に人間はいともたやすく涙を流すことができる。モノによって騙されているという感情はあっても、その虚の光によって生成される編集物に人間は没入し、いつの間にか本物と仕分けがつかなくなるのだ。そしてこの幸福感に浸ることで満足するのだ。愚かしい‥と私は思う。

「一度ごまかす人間はもう一度、しかも自己認識について、ごまかすであろう。」(ユング:ヨブへの答え、p.87)という心理がはたらき、映像を見て涙を流すのである。

「知的レベルの高いものが、劣っているものに制御されている例はほとんど見たことがない。AIの知的レベルがわれわれ人間を上回った場合、AIに支配権を握られるのではないかと思えてくるはずだ。」これは2024年ノーベル物理学賞を受賞したAIの研究者ジェフリー・ヒントン氏の言葉だ。ディープラーニング(深層学習)システムの”暴走”を防ぐためにその構造への理解を深めるべきだと訴えているヒントン氏のいわば「AI悲観論」は大きな話題となった。AIの機能は急速に向上し、科学者の理解がAIの進化に追いついていないのではないかとの批判も起きている。

「文明と道徳とは並行しない。逆行する。斯くありてはならないと何人も言ふ。然し乍ら斯くあることを何人も認むる。そして聖書は事実を教へる。議論を語らない。…世は文明に進歩しつゝある間に、道徳的には暗黒の極へと進む。」(全集28、p.152) 

DNA編集とかAIに対する鑑三翁の大皮肉と私は読み取っている。

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[Ⅹ 327] 世は進歩しつつあるか‥(5) / 私にもできるが私はそれをしない‥

2025-01-07 10:31:14 | 生涯教育

少し前の記事だが当時私はこの記事を読んで愕然とすると同時に来るべきものが来たことを痛感した。ファイルに保管していたその記事の要約である。

「中国の一人の大学准教授が、ヒトゲノム編集国際会議で発言しHIV(エイズウイルス)に感染しないよう遺伝情報を書き換えた双子の女の子が産まれたと報告した。彼は双子の女児がHIVに感染しないよう受精卵のDNAを編集し「ルル」と「ナナ」と呼ばれる双子が「正常かつ健康」に生まれたと明らかにした。」(BBC181129)

彼が使った遺伝子編集技術CRISPR(クリスパー)は2012年に発明されたもので、科学の世界では新しいものではない。これは「分子のはさみ」を使って、ゲノム上の特定の箇所を任意に削除したり置き換えたり修正することができる技術で、一部の深刻な難病治療にすでに活用されている。理論的には、受精卵のDNA情報を一部削除したり改変したりすることで、遺伝で伝達される重病を予防できるとされている。

しかし受精卵のゲノム編集について世界の科学界は懸念している。なぜならばこの技術は直接生まれてくる子供だけでなく、未来の子孫への(悪しき)影響の可能性を否定できないからだ。したがって多くの国では、生殖補助手段としての受精卵ゲノム編集を法律で禁止している。体外受精胚(受精卵)を使った編集技術の研究は認められているが、研究後はただちに廃棄することを義務づけられている。

この中国の医師の行為に関しては、そもそも父親がHIV陽性でも、生まれる子どもに感染させずにすむ方法はあるのに何故受精卵のDNA情報編集という行為を選択したのか‥という批判が起こったのは当然であった。生まれてきた子どもたちへの影響は未知数で予想外の悪影響が出ることもあり得る。子どもに異常が生じるリスクや、長年のモニターの必要性を考えると、子どもを実験材料に使ったとしか考えられない。しかも今後もモニターされ続けるという双子「ルル」さんと「ナナ」さんは、モニターされることに同意してもいない。彼女たちの人間としての尊厳を守れるのか。そして何よりも彼女たちは幸福になれるのか。

今回の試みがどのような倫理審査を経たかについてもこの医師は明確に答えず、医師の所属する大学も双子を出産させたことを知らなかったという。この研究に参加した夫婦には出産などの経費として多額が支払われていたという報道もあり、その倫理性も問われる。中国という国の倫理的恣意性や隠匿性が示された事例と言える。

この中国の医師の例は、デザイナーベビーや優生学的利用、人類の遺伝子の改変に向けたいわゆる”滑り坂”の第一歩という懸念がぬぐえない。これを防ぐためには倫理的規制が必要だ。つまりその技術適用が仮に可能であっても実行には"制動"をかける‥というのが倫理的規制である。「私にはそれが可能だが私はそれをしない」という宣言である。ところが「売名」「ビジネス」面からこの障壁を自ら破壊する者がこれからも間違いなく出てくるだろう。”滑り坂”はますます滑らかになり急な角度をつけていく可能性が強い。

中国のこの医師は「いずれ世界は受け入れるだろう」と自らを弁護したようだが、それは確信犯的な「詭弁」「詐弁」である。双子の子どもたちのその後の経過等について調べても機密国家中国のことゆえ詳細が不明だ。わずかに知り得た情報(MITTechnology)では、双子を加えた3人の子どもの現状については「健康そのもので成育状態に全く問題はない」と医師は説明していると言う。3人目の子どもは女児で、19年に誕生したことも明かした。双子は5歳を過ぎ、3人とも幼稚園に通っているという。だが子どもたちの生育状況はその後詳細には報告されていない。この医師は中国の法律に基づく裁判の結果、懲役刑で3年服役したと伝えられている。だがいずれにしても子どもたちの詳細は不明のままだ。情報統制万全の中国の事だから容易に詳細が報告されるとも考えられないが、不気味である。知られたくない”不祥事”は秘匿され、闇から闇に葬り去られることだろう。

進歩した技術によって病気が治癒すること自体は人間にとって幸福なことだ。しかしそれはあくまで個々の人間にとって(中国の双子の子どもたちにとって)幸福であるのか‥という原理と原則を外してはありえないことを、我々はあらためて確かめておきたいものだ。

アルベルト・アインシュタインの言葉がある。「テクノロジーが人間関係を凌駕する日が来ることを恐れている。世界はバカの世代を持つことになるだろう。」バカの世代とは痛烈である。人間のもつ特有の”知性”を無視する時代が到来することを指しているのだ。でもこのアインシュタインの”預言的大皮肉”はあながち間違いではないと私は考えている。

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