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長年連れ添ってきた習慣を手放すのは難しい。
習慣とは行動であったり、考え方だったり。
しかしそれらは新たな習慣にとって変わり、
やがては過去のものとなっていく。
心理技法の1つ、「短期療法(ブリーフ・セラピー)/解決志向
アプローチ」の基本に、このような哲学があります。
「うまくいっているなら、そのまま続けよ」
「うまくいっていないなら、やっていないことをせよ」
役目を終えた習慣は、知らず知らずその哲学に
準じて別な習慣にとって変わるのかもしれません。
さて私の日常は、ここのところ混沌としています。
心理カウンセラーなのに混沌とすることがあるの?と
思われるかもしれませんが、カウンセラーとて人間。
カウンセラーモードになれば解決に導く方法は
ありますが、そのスイッチを入れるかどうかは
自由意志。
私は今、その自由を謳歌して、混沌としている自分に
苦しみながらも、どこか楽しんでいます。
あれ、私なんだかおかしいゾ。
そう自覚したのは1週間ほど前でしょうか。
思えば1ヶ月ほど前から何となく不調が続いていました。
気持ちが満たされずに、なんとなく上の空。
人の話や授業の内容が頭に入ってこないのです。
おまけに昔の考え方や習慣が蘇ってきて
自分をさらに追い詰める方向へ。
私の悪しき習慣は、孤独に陥っていくもの。
「助けて」と言う変わりに、「どうしてこの苦しさに
気づいてくれないの?」と、本当は助けてほしい相手に
よそよそしく接してしまったりするのです。
周りの人にしてみればサイキックじゃあるまいし、
私の考えなど分かるはずも無く(笑)、
私のよそよそしさに何か感じ、気遣って、
かえって距離をおいていくという悪循環。
10年前、その悪循環に陥っている私を救ってくれたのは
一人の友達。
多くの人が気遣って遠回しに接する代わりに、
もっともストレートな方法で私との距離を詰めてきました。
「腹減って機嫌悪いんでしょ」
その言葉に私は大笑い。
なんてデリカシーが無いの?と怒ることも忘れて、
それよりもなんてバカな意地を張っていたんだろうと自分の
至らなさを痛感したものです。
そして気づいたのです。
苦しさを携えるよりも、こうして笑っているほうがどれだけ
気分がいいことか!
それをきっかけに私の悪しき習慣は氷解し、
それから10年以上たった今はそんな習慣があったことさえ
忘れていました。
ところが。
それが再び1週間ほど前に戻ってきたんです。
あれ、なんだろう、この感覚。
昔味わったことのあるような苦しさとせつなさ。
その日は飲み会が入っており、そしてそれを1ヶ月も前から
楽しみにしていたというのに、行きたくない。
行っても楽しめない。
そのくせ、楽しんでいない自分を見てほしい。
なんたる矛盾!
私はいま、孤独を感じたいと思いながらも
誰かに優しく接してもらうことを最も望んでいる。
それを自分勝手とか、わがままとは、そのときは考えられない。
自分のことで頭がいっぱいだから。
飲み会の時間が近づき、行きたい気持ちと
行きたくない気持ちが半分・半分。
すると友達から「いまどこ?」と電話。
「早くおいで」。
その言葉に励まされて飲み会へGO!
だけどやっぱり楽しめない。
みんなの楽しそうな声を聞く度に、
私の気持ちは孤独に陥っていく。
そんな流れを切ってくれたのは、またしても一人の友達。
いつも私を笑いに誘ってくれる人。
10年以上前の私と今の私の最大の違い。
それは「気持ちが落ちてる」と正直に言う事ができること。
たまたま貰った彼からのメールの返答に、
オマケのように書いた一言。
すると他の部分には反応せず、
私の状態のところにだけ反応して
「なんで?」と単刀直入に聞いて来る。
彼からのメールはいつも短い。
だいたいが1行か2行。
それだけにダイレクトに心へ向かってくる。
問われると人間は考え出します。
そして言葉にすることで、心の中の、形にならなかった
もやもやしたものが次第に形になってきます。
彼の疑問を通して私は考え始める。
そしてどうしたいのか、心の奥底に眠っていて
出てくるチャンスを窺っていたニーズが掘り起こされる。
ここまで来ると、私の心は前に向かって歩き出すだけ。
自分で発する言葉を眺めながら
「あぁ、私、こうして誰かに気持ちを聴いてほしかったんだ」と
理解する。
思えば近頃、こうして自分の気持ちをアウトプットすることを
忘れていた。
忙しさにかまけて友達に会って話したり、こうしてブログに
書くこともしていなかった。
いろいろなことがあって、いろいろなことを考えながらも、
思いは頭と心の中でぐるぐると渦巻くばかりで
表面的な結果は出せても、自分がどうしたいのか本当の
欲求を見つけることが出来ていなかった。
アウトプットは重要。
人に聴いてもらうことはとても在り難い。
苦しいときには、苦しいと言っていい。
うまくいかない自分がいてもいい。
人の力を借りることは、ダメなことじゃない。
弱さを認めることは前に向かうための一歩だ。
自分に正直に生きることはとってもステキなこと。
そういう自分を誇らしく思ってほしい。
すっかり忘れていて、そして手放したかと思っていた
私の悪しき習慣が、今こうしたことを教えてくれたのだと
思います。
そしてこれはガイドによる「お試し」だったようにも感じます。
次のステップを歩き出すために、身軽になるための準備。
今日このブログを書くにあたって、自分の悪しき習慣を
初めて理性的に考え言葉にして、改めてこの習慣から
決別できそうな気がします。
私は今後、孤独に陥る代わりに、「話を聴いて」と
自分から言って人の援助を願いでようと思います。
今まで誰かの力を借りることに抵抗を感じ、
甘えることができなかった自分。
自分で自分を守るために創ってきた壁。
だけどそうするよりも、笑っている方が断然気分がいい。
日々いろいろなことが起こる中で、心を素通りしていくものが
たくさんあります。
けれど時には素通りする前にキャッチしてみるのも
いいものだな、と思います。
自分の心に敏感であれ!
一見、悪しき習慣のように映っても、それが自分に
必要なときがあります。
それがあることで助けられることや、自分を保つのに
役立っているときがあったからこそ行動は習慣化するのですから。
けれど必要なくなったときには新たな習慣を受け入れる
心の準備をしておいてください。
悪しき習慣は理性でどこかに閉じ込めるのでなく、
自然に風化していくもの。
新しい習慣は外側からもたらされるのでなく、
自分の内側から生まれるものです。
そのときを楽しみに・・・・★
今日はエンライトメント(悟り)のためのワークショップに
行って来ました。
悟りを開くということは高い次元に生きることを指します。
集まったのは25名の、アセンションを共に目指すために
今生に転生してきたメンバー。
エンライトメントは眉間にある第6チャクラとの関係が強く、
その前にある7つのヴェールを取り除くことで開いていくとのこと。
ワークショップではそのヴェールの取り除き方を学んできました。
ここのところ、自分らしさを欠くような出来事が続いて
コントロール不能な状態が続いていた私。
ワークショップに向かう電車の中で、
その理由が急に降りてきました。
出来事の数々は『お試し』だったのだ、と。
とうに乗り越えてきた問題のぶり返し、
経験できずに諦めてきた事柄への、今更ながらの切望。
それらは今日のワークショップを理解し、
深い体験ができるように、スケジュールを合わせて
計画されたかのよう。
やることがニクイねー、ガイドたち!(笑)
講師はもちろん、私以外にも数人のサイキッカーが出席し、
他にもスピリチュアルな研鑽を積んできた人たちが
計26名も一堂に集まったわけですから、
場のエネルギーがすごいことに。
中にはエネルギー酔いして座りこんでしまう人も。
その方のオーラを整えに回った私も、
第7チャクラを通じて創造主とつながった瞬間から
大変なことに。
いつもなら細いコードで繋がる程度なのに、
今日のコードは意図せず、50cm以上もあるパイプと化して
あっという間にドーーーーンと全身にエネルギーが
降り注いできてしまいました。
大丈夫かな、私?
その不安は的中し、今度は私自身がエネルギー酔い。
うーーーー、頭が割れそうに痛いイタイ・・。
けれどパワフルなワークの数々への好奇心と、
久しぶりにスピリチュアルなことに触れた喜びとで
テンションは高まるばかり。
ワークの最中も、現実世界へ戻ってくるのが
困難になり、そのまま高次元のエネルギーの中に
とどまっていたいと何度も思いました。
昨日の夜まで『お試し』によってあれほど気持ちが
落ちていたというのに
(実を申せばワークショップをキャンセルしようかと
頭によぎったぐらい)、この変わりよう・・・!
ワークショップ後にそれを先生に伝えると、
ここのところグランディング出来ていなかったことを
指摘されて反省。
通学の道のりを歩いたりヨーガをしたり。
毎日ガイドや天使と繋がってはいるものの
スピリチュアルな力はさほど使っていなかったため、
わざわざガイア(地球の女神)と繋がるまでもないと
思っていたのですが、瞑想はやっぱり必要なようです。
ワークショップの最後には、アセンションをリードする
日本への期待や希望を一人一人が宣言し、
1つのローズクオーツにエネルギーとして封じ込めました。
それは天照大神からのミッション。
そのクオーツは来週、伊勢神宮へと運ばれることになり、
そこにエネルギーの柱を立てるのだとか。
そのような神聖なプロジェクトに参加できたことを
誇りに思い感謝します。
今日のブログ、読んだ方には全然分からないですよね。
まだ興奮冷めやらず、そしてグランディングできていない
ということでお許しを!!
ワークショップはスピリチュアル度200%の内容でしたが、
とっても素晴らしい内容でしたので、できるだけたくさんの
方にシェアしたいと思いました。
僅かな人だけが知っているだなんて、勿体無さすぎ!!
大好きなユニコーンとのつながりを深めるワークもあり、
個人的にはとっても嬉しかったんです。
ご興味のある方はご一報をお待ちしております。
どのようにシェアしようか考えてみます。
さてオリンピック、バスケットが始まるので
今夜はこの辺で!!
「こだわり」や「信念」というのは、
私たちが考えている以上に生き方に影響を与えています。
心理学的に言う「認知」とは、
何か起こったとき、とっさに浮かぶ情動。
認知は前ぶれなくあまりにも一瞬のことなので、
その次につながる「思考」にとって変わることで
当人でさえ、ついつい見過してしまいがちなものです。
誰かに何か質問したとき、
「この前も同じこと聞いたよね」と言われたとします。
あなたならどう感じるでしょうか?
ショックのあまり一瞬言葉を失った後で(=認知)、
恥ずかしく思いながら(=思考)、
「もう一度教えてください」と頼む(=行動)かもしれないですね。
あるいは、
傷ついて胃の辺りがギュッとしめつけられた後で(=認知)、
このヤロウという怒りにとって代わり(=思考)、
「もう一度教えてください」と苦々しく言う(=行動)かも
しれません。
それとも、
ぷーっと吹き出した後で(=認知)、
驚きながらも(=思考)、
「そうでしたっけ?もう一度教えてください」と笑いながら
言う(=言動)かも。
人には”思考のパターンがある”と言われます。
でもそれよりも重要なのは、この”認知のパターン”では
ないかと私は考えています。
言動や思考というのは、そう願えば意識することで
コントロールできるものです。
ところが認知はとても原初的なものゆえ、
「意識」でコントロールするのはほぼ不可能。
「意識」と一言で言っても、それは大別すると2つに
分けられます。
1つは「顕在意識」。
私たちが知っている自分のこと。
理性としての自分と言ってもいいかもしれません。
もう1つが「無意識(潜在意識)」。
自分でもよく分かっていない自分。
膨大な過去のデータが蓄積され、未知数の力を秘めて
いる本能的な自分の領域です。
顕在意識は「意識全体」のわずか3-7%と言われ、
その残り、ほとんどの部分が無意識です。
認知は、この無意識から発動されるもの。
自分で気付いていないところから生まれるわけですから
コントロールできないのは致仕方ありません。
私たちは好ましくない自分を変えたいと思うとき、
まずは言動を改めようと考えます。
ところが言動の元は思考であり、
思考の元には認知があるわけですから
言動を変えることに成功したところで、
心中は穏やかではありません。
それがストレスの元。
ストレスは外側(環境や相手)に原因があるのでなく、
それを自分がどう感じるか、内側に本来の原因が
あります。
「こだわり」や「信念」は、例えるなら心のフィルターと
いえるかもしれません。
それらがまず有りきで、思考や言動を選択します。
思考や言動の選択肢は無数にあるのに、
瞬時にたった1つのパターンばかりを選びだして繰り返す。
そうしてみて、まるでそれしか方法はないかのように
疑う余地さえなく、当然のように振る舞ってしまう。
かと言って、無意識にある認知をコントロールするのは
ほぼ不可能だと先ほど書きました。
しかし変える方法、実はあるんです。
心理カウンセリングで?
催眠療法で?
そう。
そのどちらもが、とても有効な手段です。
しかし、私たち専門家の手を借りずとも行う方法があります。
それは「意識化」すること。
内省してみることです。
それを繰り返していくと、自分のパターンが見えてきます。
そしてそれが本当に好ましいものなのかどうか、
そのとき考えてみるのです。
好ましいというのなら、パターンを変える必要はないでしょう。
「うまくいっているのなら、それをやり続ける」とは
行動療法の基本的考え方です。
「うまくいっていないのなら、それを変えてみる」。
無意識から顕在意識へとシフトされたものは、
いかようにもアレンジが可能です。
それを繰り返していくと、本当の自分・・・、
そうでありたいと願い、実際そうである自分の姿が
見えてきます。
言葉を変えれば、それは「悟り」。
悟りは究極のただ1つの行き着くところでは
ありません。
悟りには、粗いものから精密なものと幾つもの種類があります。
悟りには、低いものから高いものへと幾つもの段階があります。
だから、一度悟ったからと言って慢心するのは考えものです。
一度悟ったことで、すべてを手に入れたわけではありません。
人生が続く限り、その旅はまだまだ続き、
チャレンジのし甲斐があるのが人生ではないでしょうか。
「こだわり」や「信念」を、一度意識的に疑ってみるのは
一つのチャレンジです。
・それにとって変わる、より高いものはないだろうか?
・今ある「こだわり」や「信念」は自分を心底ハッピーに
させているだろうか?
・それらが生まれるきっかけは、誰か他の人から押し付け
られたものではなかったか?
・それらを思うとき、どこか嫌な気持ちになったり、
悲しい気持ちになったりしていないか?
あるいはその「こだわり」や「信念」の有効性を
意識的に緩めてみるのもチャレンジです。
いつもならばそれは絶対譲れない100%のものだけれど、
今日は70%まで緩めてみたらどうなるか?
50%まで緩めたらどうなる?
30%まで緩めたら?
これらの行為を試してみると、あるとき気付くことでしょう。
自分が楽になっていることに。
そして周りの人の、自分への扱い方や付き合い方が
変わっていることに。
自分が好きになっていることに。
チャレンジは、自分を自由にする翼です。
誰かに何か質問したとき、
「この前も同じこと聞いたよね」と言われたとして。
「あのとき説明が十分じゃなかったのか。
もう一度説明するチャンスをもらえるだろうか?」
相手はそんな風に思っているかもしれないのに、
あなたの反応によって、その言葉を飲み込んで
しまっているのかも。
自分が自由になっているときには、
相手の心をも開くことができるようです。
どうぞ試してみて。
先週、目には見えないスピリチュアルガイドと
チャネリング(交信?)していたときのこと。
『そろそろ方向をまとめたら?』という
メッセージを受けました。
その2~3日前、漠然とながら『言葉に絞ってみようか』、という
気持ちになっていたこととリンクし、妙に腑に落ちました。
私の”成し遂げたいことリスト”の1つに、
本を書くことがあります。
スピリチュアルガイドには3年以上前から
その準備を始めるようにと言われていたのですが、
腰の重い私。
なかなか本気モードになれずに今に至ります。
このブログは私の日常でもあり、スピリチュアルガイド
から皆さまに宛てたメッセージでもあります。
『必要なときに、必要なこと(メッセージ)を、必要な人へ
届けられる』のが私のチカラ。
何を書くか決めずともパソコンの前に座ったときには
指が動き出し、やがて止まって保存して終わる。
私の意思ではないチカラがより強く働くときには
自分でも何を書いたか覚えていない状態。
それはちょうど、車を運転してどこをどう走ったか
後ではっきり思い出せないけれど、
事故を起こすこともなく無事にガレージに戻って
きているような感覚です。
(分かるかな? 笑)
『言葉に絞ってみようかな』というのは、
日常を過ごす中で、ひらめきを得たり、気持ちが動か
される・・・つまりはインスパイアされる言葉を、
その場限りの一瞬の感動だけに終わらず、それをもう少し
突き詰めて考えてみようかな、という作戦です。
いずれは本にまとめ上げたいけれど、まずはブログで
始めてみようかな。
『今日の(気になる)言葉』。
そこから皆さまが何を思い、何を感じてくださるのでしょうか。
とても楽しみです。
★★★
私たち人間は3次元に肉体を持って生きているわけですが、
精神的なレベルは決して高いわけではないようです。
それゆえ悩んだり、傷ついたり傷つけたり、日々の出来事に
一喜一憂しながら、人として円熟するよう成長を続けている
わけです。
一方、スピリチュアルガイド(守護霊やハイアーセルフなど)は
高次元の存在と言われ、次元で言えば5次元以上とも
言われます。
彼らは3次元に生きる未熟な私たちのサポーター。
成長を見守り、助け、私たちが3次元を抜けてより高い次元へ
進むよう力を貸してくれています。
それは閃きやインスピレーション、直感、ある種の体感覚
として私たちに知らせてくれることがほとんどです。
それを大きく分類したとき以下の4つのクレア(能力)に
表現されます。
(1)霊感(体の感覚を通じて情報を得る力)
(2)霊聴(聴くことを通じて情報を得る力)
(3)霊視(視ることを通じて情報を得る力)
(4)霊知(上記の感覚を得ずに、すでに知っている力)
誰もがクレアを持っていますが、一般の人よりも強力な
クレアを持っている人を「サイキック」とか「霊能者」とか
「スピリチュアル」と呼んだりします。
クレアは、多くの人は複数の力を同時に使っていますが、
中には1つの力が突出して強い場合もあります。
私の場合には(4)と(1)が強く、
(3)はコンディション次第、(2)は苦手な方です。
もっとも、過去世や未来をみるときには映画のように
映像で視るので、(3)を使うことがほとんど。
カウンセリングの時にはもっぱら(4)と(1)が
使われます。
サイキックの中には自分なりの方法でクレアを使用
するためのスイッチをON・OFFする人もいるようですが、
私はどちらかと言えば必要なときにクレアの方から
やってくるのを待つ感じです。
スピリチュアルガイドとチャネリングするときには、
頭の中にポっと言葉が浮かび上がります。
それは効果的な一言のセリフのようなもの。
それまで時間をかけて考えてきたことや迷っていたことが、
その一言でどんでん返しに好転するような、言葉。
私はそこにインスパイアされるのです。
高次元からもたらされたアドバイスは、
普遍的で慈愛を感じます。
★★★
『今日の(気になる)言葉』をご披露することで、
皆さまにもそのエネルギーが届けられたら幸いです。
それではまた(^^)
今日も当ブログへ来てくださってありがとうございます。
久しぶりのワークショップのお知らせ!!
2012年7月28日(土)13:30PMより
『人間は一人ひとり考え方が違います。
ということは、当然思い描く将来の夢も違います。
ある人が思い描く夢が他の誰とも違うのは、その人にしか
実現できない夢だからなのです。
同じように、あなたが思い描く夢を実現できるのは
それを考えたあなたしかいません。
あなたにはそれを実現する力があるからこそ、
その夢を持つことができたのです。』
こちらは、喜多川泰さん著「手紙屋」より抜粋させて
いただきました。
先日参加したカウンセリングのセミナーで、
ご参加者の一人から薦めていただいた本。
主人公は就職活動で悩む大学4年生。
『手紙屋』という職業の人物と計10通の文通をすることで、
就職活動を通しながらも生き方としての気づきを得ていく
物語です。
ふんわりとやわらかな文調。
まっすぐで素直な主人公の人柄。
気持ちがほのぼのと、やさしくなれる本でした。
主人公と同じ年頃の方をはじめ、
人生の気づきを得た頃を懐かしみたい大人に、
あるいはまだ人生の気づきを得ていない、と思われる
大人にもよい本かと思います。
文中、私がよく話す言葉とリンクしていることが
幾つもあって、なんだか嬉しくなっちゃいました。
ピンチはチャンス。
乗り越えられない壁はない。
起こる出来事にラッキーとアンラッキーの区別はない。
どんな出来事も自らを成長させる糧にかえる。
そして、
『自分の人生と真剣に向き合い始めたときに変化は起こる』。
自分にしか生きられない人生を与えられた私たち。
他の誰とも違う人生を送ることこそが、
私たちに与えられた自由ではないでしょうか。
あなたが外に向けて発信できることは何でしょうか?
あなたの存在は誰かを幸せにしていますか?
「自分には何もない」と思ったときこそ、
すでに備わっているチカラに気づいてください。
変化をチャンスに!
True Colorsが応援しています