ハリソンさんはカノ紳士 ーフランス通過編 ー(後半)

今は昔の18世紀欧州が舞台の歴史大河ロマン。

疫病禍の市中各所に出没する「ロビンソン・クルーソー」作者親戚

2021年08月25日 | 各話末エッセイ
【各話末エッセイ②の1】



 あまりにも有名なダニエル・デフォー作
「ロビンソン・クルーソー」。
それがあまりにも有名すぎて、
同じ作者が他の小説や政治・報道関係の文章も
沢山書いているのに、案外知られていないようです。

 そんな中でも1665年の英国を舞台に書いた、
ペストについての作品は、コロナ禍によって、
カミュ作の「ペスト」と共に注目されるようになりました。

 昨年秋にはNHK の「100分 de 名著」で
4週に渡り紹介され、番組内でも言われていたのですが、
当時の人々がペスト蔓延下で取った行動が、
現代コロナ禍真っ只中の人々と一々ソックリなのです。

 現在、医療機関が逼迫し、自宅療養中の死亡者の続出が問題になっています。
ペスト禍当時のロンドンでは、法令により感染者の出た家を
「監視人付きの家屋封鎖」にしていました。
感染者の家族も共に閉じ込められ、同じ病に感染して
〈大勢の人々が悲惨な監禁状態で死んでいった〉
とあります。

 また、

●飲食店・娯楽施設の取り締まり
●罹患した人が焼けっぱちになって取った行動
●町から逃げ出す富裕層
●職を失う人々
●人間不信
●危険と隣り合わせの買い物
●好転の兆しに浮かれて次の伝染の波を招いてしまう人々

等、「これ、今回もあったな」と思ってしまうような事が、
日本では4代将軍徳川家綱が治めていたのと
同じ頃の英国で次々と起こるのです。

 時の行政が、その当時にできる事を必死にしていたが、
人々が従わなかったり、効果が上がらなかったり
しているのも似ています。
そんな中でも、自発的に助け合う人達が当時もいた
という事が、この淀んだ雰囲気の作品中でも清涼感を放って
いるのでした。

 個人的に気になったのは、
占い師や予言者が現れ、ニセ医者は怪しい薬を売ったり治療を施したという箇所。
 護符もあったらしく、あの
「アブラカダブラ」ABRACADABRA
の文字をピラミッド型に並べた物
が効くとされていた
らしいのです。
これって、こういう風に使えるんだ。
そして…当時もやっぱり詐欺を働く人々がいたようです。

 病状が急激に悪化して死亡する人が、
やはりいたそうですが、今まだコロナで出ているとは聞かない、
無症状のまま最後まで気付かず突然死する人
がいたとの事で、
このタイプが今後の変位株で出て来たら、
もう最恐・最凶でしょう。

 疫病終息後の人々の心のケアの問題も出て来るだろう
という事も書かれていました。

 全編の語り手はデフォーの父の兄が
モデルと言われているらしく、
この人が見聞した事という設定で描かれています。
様々な場所に出没し、様々な人達と話をするのですが、
主人公格だけあって(!)最後まで生き残ります。

 翌年ロンドンは浄化の如き大火に見舞われ、
町の大半が焼け落ちてしまいます。
再建された町は以前とは全く違う姿に生まれ変わりました。

 NHK の番組にはデフォーのこの作品の新訳
「ペストの記憶」を出した方、
武田将明氏が出演していました。
この本は私がよく行く図書館にもありましたが、
実はまだ借りて読んでいません。
 家には栗本慎一郎氏が訳した本があり、
これは全訳ではありませんが読了しています。
冒頭の写真の本は、
図書館の蔵書で一定期間が経った物を
無料で来館者に譲渡するサービスで入手しました。
なので背の部分にシールがあります。



 NHK のテキストは本屋で気になって購入したのですが、
終わりの方に英国18世紀文学の翻訳シリーズ本
(「ペストの記憶」はその中の第3巻)の広告が
掲載されていました。
…そこには、この漫画の前編で活躍していた、
ウォルポールさん(後編では出番ないかも)の
モデルになった人物が書いた小説が、
「オトラント城」のタイトルで入っていたのです。

 ぺストは18世紀にも発生しました。
1720年のマルセイユでの発生がきっかけとなり、
デフォーが1722年にペストについての書を執筆したのでした。

 デフォーの危機感は杞憂に終わりましたが、
英国の政財界では大事件が起こりました。
株価が大暴落してバブルが崩壊、
後始末のためにウォルポールさんのお父上が大奮闘。
世界初の総理大臣が誕生したのです。

 その他の大事件といえば、イースター島が発見され、
モアイ像がミステリー界デビューを果たしたのでした!

 デフォーの書はフィクションとノンフィクションが
取り混ぜてありますが、「ピープス氏の日記」は
実在の人物が書いたリアル日記です。
 この中にもペスト禍での日々の生活が描かれていますが、
こういう状況下でも幸運に恵まれる人はいるものです。
彼の貯金は、この期間に増え続け、
その後、サミュエル・ピープス氏は海軍大臣にまで
出世するのです。
そして、19世紀になるまで解読者が現れないような
謎の暗号文日記を残して18世紀の初めに世を去りました。

23-11 そして「悲運の商人アントニオと20個の卵の物語」へと続く

2021年08月23日 | 第23話 才能開花



 モーツァルトとマリー・アントワネットの
有名なエピソードは、第16話の「天才少年と手紙」
の中にも出て来ています。

 モーツァルト少年がアレクサンドラという少女にも
皇女様の時と同じような事を言ってるのですが、
アレクサンドラからは…やんわりと断られてしまった。
そこで姉のナンネルが吹き出し、
後でアレクサンドラに「実はね…」と話したらしいのです。

 前回書き忘れていましたが、
パリでは、現代でも誰もが知っている曲を作った人物が、
すでに活動していました。
バイオリンの名曲「ガボット」の作曲者ゴセックです。
この人、クラシック音楽界の一発屋かと思いきや、
長生きもして、フランス革命中もその後も
大活躍していたようです。

 マルセルの未来に立ち塞がる人物かもしれないのに、
フランス・バロック音楽の人達とは異質なためか、
すっかり忘れておりました。

 クレールさん、あれほど美しいのに浮いた話が
今まで一つも無かったというのも、
可笑しなものかもしれません。
しかも、貴族の若き当主の運命を狂わせていたとは…。
その若者は…実はもうこの物語中に登場しているのですが、
誰だか分かりますか?

 クレールさんは物入れを腰に紐で縛り付け、
更にその上からエプロンで被って隠しています。
そこから取り出した紙には、古いイタリアの物語が
書かれていたのでした。




23-10 モーツァルト家御一行と出会っていた人達

2021年08月18日 | 第23話 才能開花



 マルセルは、
バンドを組んでカフェで演奏している
ソルボンヌ大生達や、デュポン先生のような
一般の愛好家集団の所へと行ったり、
個人のサロンや私設楽団、そして当時最も勢いのあった
演奏会コンセール・スピリテュエルの
マネージメント部門にも聞いてみましたが、
先輩エドゥアール・トゥーザンの行方は分かりませんでした。

 ハリソンさんが歌っているのは、
18世紀の中頃にパリで人気のあったモンドンヴィル
作曲の「深き淵より」の終曲からで、
元々は葬儀のために作曲されたものですが、
出来栄えの素晴らしさが絶賛され、
その後もコンセール・スピリテュエルで度々演奏された
との事です。


             ▲
 ゆっくりなテンポで重々しく、
葬送の鐘の音がバックに聞こえて来るような
冒頭の部分。


             ▲
  途中からテンポが速くなり、突っ走った後に迎える、
ラストの部分。

 歌詞は聖書の詩篇第130篇。
終曲にはモーツァルト作曲「レクイエム」の
入祭文の頭2行と同じ文を足し、作曲されています。


             ▲
 同じく「深き淵より」の中からは、
第6話「カフェ・ブルトン」でデュポン先生が、
第4曲「朝の見張りから夜まで」を
現在では使われていない、
C管クラリネットで吹いています。

 小さく書いているある部分は、上の休符2つが
クラリネットパート、下の音符はチェロパートです。

 デュポン先生はインストゥルメンタル用に
編曲しているし、ハリソンさんはメロディを
自分で歌いやすいように変えているので、
掲示されている楽譜は、モンドンヴィルが
書いた物を正確には再現していません。

 マルセルがイタリアの話を聞いた相手は、
レオポルド・モーツァルト氏で、
この物語の第1話冒頭よりも少し前に
カレー市の英国ホテルで出会っていました。

 ハリソンさんは第16話「天才少年と手紙」で、
話の通り、居候先のシンプソン夫妻とモーツァルト少年の
コンサートに出かけています。
そして少年が「トリストラム・シャンディ」のテーマ曲
「リラブレロ」をクラヴィアで弾くのを聴いて
ギョッとする場面があります。

 18世紀中頃のフランスの音楽界では、ルクレールや
大御所ジャン・フィリップ・ラモー(この人がディドロ作
「ラモーの甥」の主人公〈ラモーの甥〉の伯父さん)が
活躍していました。
後にマルセルがオーディションで吹く事になる
曲の作曲者で、フルート奏者のミシェル・ブラヴェもいました。

 でもその人達は、現代ではフランス・バロック音楽の
愛好家の間では人気があっても、
一般には曲も名前も知られていません。

 誰もが知っている18世紀由来の曲といえば、
何と言ってもモーツァルトが編曲した事で、
現在は「きらきら星」の歌詞が
付いて残っている曲と、
元になった曲がこれの
         ▼



「むすんでひらいて」だと思われます。

 元になった曲は哲学者として有名なルソーの作曲で、
「村の占い師」という、当時大人気を博した
可愛らしい劇に付けられた音楽中の一曲。
この曲が様々な過程を経て、
現在知られている「むすんでひらいて」になったのです。

次回は第23話の最終回