ネットオヤジのぼやき録

ボクシングとクラシック音楽を中心に

”神の子” VS ”ハイテク絶対王者” - リナレス VS ロマチェンコ 直前プレビュー VI -

2018年05月13日 | Preview

■相性考・・・アマ時代の敗戦

2007年の世界選手権(シカゴ/フェザー級)決勝で、絶対王者に唯一の土を着けたロシアの雄アルベルト・セリモフは、いかにしてウクライナの天才児を打ち破ったのか。

当たり前だが、サリドの無法はアマの世界では許されない。けれども、セリモフの採った戦い方も、近代ボクシングのセオリーと評して間違いなく、ベーシック以外のなにものでもなかった。


※試合映像:2007 11 03 Vasyl Lomachenko vs Albert Selimov I
<1>2007年11月3日 世界選手権(シカゴ)フェザー級決勝(57キロ/2分×4R)
UICパビリオン,イリノイ州シカゴ
https://www.youtube.com/watch?v=9O7_KAzR3jU

体格で優るセリモフ(長身のサウスポー)は、中腰の姿勢で頭を低めにし、肩を揺すりながらフェイントを繰り返して、小柄なロマチェンコにプレッシャーをかけて行く。

そうしておいて常にワンテンポ早く動き、前に出た右をストレートでボディへ伸ばし、やや忙しく丁寧に距離を出はいりしつつ、懐に潜り込もうとするロマチェンコにカウンターを当てて(サイズのアドバンテージ)、5ポイントのビハインドをもぎ取った(16-11)。


よもやの苦杯に悔し涙を流し、雪辱に燃えて奮起したロマチェンコは、北京五輪の本番でセリモフと再び対峙すると、後手を踏まないよう動き出しのタイミングに注意を払い、せわしないステップでセリモフの圧力を散らし、14-7の大差で雪辱を果たす。



さらに両雄は、ノーヘッドギア+3分×3ラウンド制(5回戦)のWSB(World Series of Boxing)で三度び相まみえる。因縁のラバーマッチ(決着戦)は、僅差の2-1判定(48-47×2, 47-48)で、絶対王者が辛くも逃げ切り。

57キロ上限のフェザー級から、60キロ上限のライト級に階級が変わり、タッチスタイルからの脱却を標榜し、積極的にインファイトを奨励するAIBAのルール変更が、応分な負担となって圧し掛かったことは否めない。

<2>試合映像:Vasyl Lomachenko vs Albert Selimov II
2008年北京五輪1回戦(R32)
ロマチェンコ 14-7 セリモフ
2008年8月11日/北京工人体育館 (フェザー級/57キロ,2分×4R)
https://www.youtube.com/watch?v=00P3ulXsK4E
<3>試合映像:2013 03 30 Vasyl Lomachenko vs Albert Selimov III WSB
ロマチェンコ 5回判定(2-1) セリモフ
2013年3月30日/セルヘッチ・オリンピック・スポーツセンター,バクー(アゼルバイジャン)
オフィシャル・スコア:48-47×2,47-48(ライト級/60キロ,3分×5R)
https://www.youtube.com/watch?v=Ym8wzs1q2d8


◎幻の黒星:ロブソン・コンセイソン戦

試合映像:Vasyl Lomachenko vs Robson Conceicao
World Boxing Championships Baku 2011, 1/8 Final, 60 kg
ロマチェンコ 19-18 コンセイソン
2011年10月4日/セルヘッチ・オリンピック・スポーツセンター,バクー(アゼルバイジャン)
https://www.youtube.com/watch?v=VAuTL3RP7kM


母校東洋大の職員として働きながら、後輩たちの指導に当りつつ再起した村田諒太が、AIBAによる国際ルール変更を追い風に、銀メダルの快挙を成し遂げ、併せてロンドン大会への切符も手にした忘れ難い世界選手権。

女子の正式競技採用に伴い、36名の参加人数枠(3階級×12名)を覚悟する為、男子のフェザー級が廃止となり、絶対王者ロマチェンコはライト級への増量を余儀なくされる。

もともと体格に恵まれなかった為、階級アップを危惧する声も聞かれたが、それでもなお、北京に続く2連覇は間違い無しとの前評判。この世界選手権でも、前回(2009年/ミラノ)に続く連覇を確実視されていた。

初戦でトンガの代表を初回RSCでし止めると、2回戦ではホセ・カルロス・ラミレス(現WBC S・ライト級王者)を16-9で撃破。170センチ台後半のラミレスは、体格差を利して抱き付き戦術も繰り出し、第2ラウンドを終了した時点では3ポイント差(6-9)の大善戦。

しかし最終3ラウンド、明確なリードを印象付ける為に、絶対王者が手数を増やしてポイントを取りに行く。クリアなダメージを与えるヒットは互いに無かったものの、インサイドから放つロマチェンコのショートが精度で優り、かつ3発程度をまとめるコンビネーションもジャッジの受けが良く、終わってみれば想像以上の大差となった。

最大の障害となるであろう、キューバのヤスニエル・トレドも危なげのない安定した内容で勝ち進んではいたが、「これなら問題なくいきそうだな・・・」と衆目の見解が一致した矢先、思わぬトラブルが勃発。


2016年のリオ大会に向けて、ブラジルの期待を一身に集めていたコンセイソンは、ホセ・C・ラミレスとほぼ同サイズの大型で、ボクシングを始めたのが13歳と遅かったが、ストリートファイトで顔と名前を売っていただけあり(?)、すぐに適性と才能を発揮したらしい。



アセリーノ・フレイタスとルイス・ドレア(ロンドン大会で女子ライト級の銅メダリストとなったアドリアーナ・アラウージョのコーチ)の指導を受け、二十歳の時に北京大会にも参加(フェザー級/初戦でジョシュ・テーラーに完敗)。2大会連続での出場と入賞(ベスト8以上)を、目標ではなく自らの責務と任じていた。

ロマチェンコと同様、シドニーから北京まで続いた「2分×4R+タッチゲーム」に合わせてチューンされたボクシングは、ハンドスピードを追求する為にしっかりグローブをしっかり握らず、インサイド(オープン)・ブロー気味に下から突き上げるチャイナ・スタイルも採り入れながら、軽快なフットワークと反応で当て逃げに徹するしたたかさとセンスも併せ持つ。

ブラジル陣営は敢えてロマチェンコのステップインとコンビネーションを待ち、打ち終わりに速いショートの連打を返して、すぐに抱きつき絶対王者の追撃を絶つ戦術を選択。

クリンチ&ホールドで動きを止める露骨なやり方は、ホセ・C・ラミレスのコピーと言っても差支えがない。ロマチェンコがフラストレーションを溜め込むのに、さほどの時間は要さなかった。


しかも韓国から選出されたレフェリー,キム・ソクウォンは、頭を下げて飛び込もうとするロマチェンコに対して、バッティングの注意を繰り返すのみならず、得意のボディショットにもローブローのチェックを怠らない。北京大会以前のスタンダード、昔ながらの煩いレフェリングである。

かたやコンセイソンの執拗なホールディングには、お目こぼしの連発。ロンドン大会に合わせて改訂された国際ルールでは、積極的なインファイトと強打の応酬を奨励する目的から、バッティングとクリンチワークに対する注意が緩和された。

しかし、コンセイソンのホールドはラミレス以上にあからさまで、しかも使用頻度が高い。のべつまくなしといった状況にもかかわらず、初回はチェックする気配すら無し。

クリーンヒットの数で明白にロマチェンコが取ったと思われた第1ラウンド、公表されたスコアは5-5のイーブン。

第2ラウンドに入り、ようやくキム主審もコンセイソンに注意をしたが、とにかくロマチェンコに対するチェックの多さに驚く。流石にこれだけ頻繁に試合が止まると、アマのP4Pキングと言えども流れを引き寄せ切れない。

さらに、非常に恣意的なレフェリングに負けず劣らず、ジャッジも酷かった。初回のイーブンもどうかと思うが、第2ラウンドの「5-8」は無い。確かにコンセイソンも懸命に反撃し、下がり(打たれ)っ放しにならないよう頑張ってはいたけれど、より正確に当てているのはロマチェンコで間違いなかった。


余りにも分かり易過ぎる様相に、暗澹とした気分に襲われる。もはや嫌な予感しかしない最終第3ラウンド。当然のことながら、3ポインドのリードを許した絶対王者に火が着く。ゴングと同時に、脱兎のごとくブラジリアンに駆け寄り、激しい連打を繰り出す。逆にコンセイソンは、完全な逃げ切り態勢。

逃げるコンセイソンを追いかけ、いきなりの左ショートや鮮やかなコンビネーションをヒットするロマチェンコ。コンセイソンも強引な左右を振り回すが、自分から抱きつきに行っては倒れ、時間稼ぎに専心する。

韓国人レフェリーはこの期に及んでなお、ロマチェンコのバッティングに注意を与え、コンセイソンのホールドはノーチェック。決着を急ぐロマチェンコは、しつこいホールドを強引に振り解こうと必死。互いにプッシングが増え、そこでまた注意が入って流れが一時停止。

ここまで来ると、ロマチェンコの攻勢を意図的に分断し、スタミナの厳しいコンセイソンを休ませつつ、上手い具合に時計を進めているとしか見えなくなってくる。


そして残り1分20秒を切ったところで、遂にこの不埒なレフェリーがやらかした。左から右を連射するボディから、2発目の右をそのままアッパーで顎に振り上げるロマチェンコ自慢のスリーパンチ・コンビ(プロで成功した現在も崩しの重要な武器として使用中)が放たれると、主審がまたまた試合を止め、コンセイソンにニュートラルコーナーでの待機を命じる。

減点だ。



主審は自身のベルトラインより少し下を両手で交互に触り、ローブローによる1ポイントのマイナスを宣告。1発目の左ボディは、カメラの角度で丁度死角になり、断定することはできないけれど、しっかりコンセイソンの右脇腹(エルボーブロックの少し後方)を捉えていた筈だ。

2発目の右ボディは、ブロック(肘)の後ろをきっちり叩いており、とてもローブローには見えない。流石にこれは無いと、場内から抗議のブーイングと口笛が飛び交う。確認の為に後で録画映像をスローで何回か見直したが、ベルトラインの下は打っていなかった。

絶対王者はこのコンビネーションを十八番にしており、余程のことが無い限り、ヒッティング・ポイントを打ち間違えたりしない。と言うより、「ここで打てばローブローになる」という状況(態勢・ポジション等々)で、ロマチェンコがこのコンビネーションを打つことはまず無い。




だがしかし、この減点で意気消沈するほど、絶対王者はヤワじゃなかった。再開と同時にさらにヒートアップ。ギアをまた一段上げてコンセイソンを追う。ロマチェンコの闘志恐るべし。

ロープ伝いにブラジル人をコーナーに追い込み、上下に打ち分ける連打で畳み掛けると、大番狂わせが眼の前にぶら下がるアンダードッグは、恥も外聞も無くホールドに逃げ込む。

離れ際にロマチェンコが形だけの抗議をすると、一体全体どうしたことかキム主審、ここまでずっと見逃し続けたコンセイソンのホールディングに対して、いきなり減点1を与える。

なかなか鳴り止まないブーイングと口笛に恐れをなしたのか、これでバランスを取ったつもりならお門違いも甚だしい。

残り時間が1分を切った。ガス欠気味のコンセイソンは、底を尽きかけているスタミナを総動員して脚を使う。あられもない逃げ切りだが、この様子を見たロマチェンコが、ここぞとばかりにボディに手数を集中する。するとまたホールド。


ところがどっこい、この絶好機を逃さないのが、絶対王者の絶対王者たる所以。離れ際にすかさず左右の強打をボディに放つと、たまらずコンセイソンが尻餅を着く。ブラジル陣営と一蓮托生のキム主審も、ここはダウンカウントを数えるしかない。

ダメージは想像以上に甚大だったが、コンセイソンも気力を振り絞って立ち上がる。ほんの僅かでもボディブローの打ち出しが早かったら、ブレイク中の可撃とみなされ、そのまま失格にされかねないタイミング。だが、そこを焦らず誤らないのがロマチェンコ。

大したものだ・・・と感嘆していると、キム主審がまたやらかす。コンセイソンへのエイト・カウントを数え終わると、何故か試合を再開せず、なんたることか、ロマチェンコにまた減点1・・・!

根拠があるとすれば、やはり離れ際を狙い打ちした微妙なタイミングだろう。ダウンカウントを取った上で減点?。プロじゃないんだから、反則パンチでコンセイソンが倒れたのであれば、ロマチェンコの失格負けにしなければいけない。どれだけ出鱈目をやっているのか、自らゲロしたようなものだ。


「お前がしっかり両選手の間に割って入り、ブレイクの時間をきちんと作れば良かっただけじゃないか」

思わずそう毒づきたくなったが、ロマチェンコは委細構わずノックアウトを狙って強打で猛チャージ。ここはコンセイソンも全力で打ち返したが、すぐに手が止まって後退する。

ロープ伝いに逃げようとするが、ロマチェンコが強烈な右フックをお見舞いすると、また自分からキャンバスに倒れ込む。強引な右で引っ掛けられたプッシングに見せかけ、時間を稼ぐ姑息で卑怯未練なやり方。

この時点で残り10秒を切っており、再開と同時に下がるコンセイソンは、負ってきたロマチェンコが右フックを振るうと、懲りずに自分から倒れて試合終了。

何1つ悪びれることなく、勝利をアピールするコンセイソンを見て、心底ウンザリした。オフィシャルのスコアは、19-20でブラジル人を勝者とした。超特大のアップセットである。

こんな有様で、ロマチェンコが世界選手権から強制退去させられるのかと思うと、悔しさよりは情けなさで胸が一杯になった。「こりゃあ、只では済まないな・・・」と直感したのも事実で、実際にウクライナの代表チームは、即刻AIBAに対して猛烈な抗議を行っている。けれども当初は、AIBAがウクライナの主張を受け入れる余地は無いというのが、偽らざる本音であった。


風向きが何時どこで変わったのかは知らない。試合当日から翌日にかけて行われたであろうAIBA幹部による再検討は、断るまでもなく非公開だからである。

しかし公表された再検討の結果は、意外なものだった。訂正されたスコアは19-18と逆転。最終回に宣告されたロマチェンコへの2度の減点が取り消され、コンセイソンが繰り返したホールディングと、自分から倒れる行為に対して、それぞれ1点づつの減点があらためて科された。

「受け入れ難い内容と結果だが、結論が出てしまった以上止むを得ない」

ブラジル代表チームは渋々決定を呑んだものの、メディアのインタビューに応じたコンセイソンは、「これはあくまで政治的な判断だ。勝利したのは私だ」と強弁を貫き、今日に至るまで自らの負けを認めていない。


王国アメリカを筆頭に、プロのレフェリング&スコアリングの腐敗は救いようのない泥沼の極と表するべきだが、アマチュアの世界も負けず劣らず汚れている。

ロンドン大会本戦で清水聡に仕掛けられた八百長は、まさに前代未聞,聞きしに優る悪質さだったが、買収を疑わざるを得ないレフェリング&スコアリングは、アマの方に目立つかもしれない。

この不正工作に加担したオフィシャルの面子を、一応記しておくことにしよう。


※写真上:不正工作をリング上で主導した韓国の公式審判キム・ソクウォン
※写真下:国籍と名前だけだが、何が何でもロマチェンコを負けにするつもりだった(?)ジャッジ5名
(1)フリオ・ピサロ(Julio Pizzaro/プエルトリコ)
(2)ヘラルド・ポッジ(Gerald Poggi/アルゼンチン)
(3)ファティ・マドフォァ(Fatih Madfoua/フランス/故人:病気で亡くなった模様)
(4)ニコラス・ポゥタシディス(Nicolaos  Poutachidis/ギリシャ)
(5)ケイラ・シディ・ヤコブ(Kheira Sidi Yakoub/)



誤解の無いよう敢えて書き留めておくが、コンセイソンは純粋にボクサーとして優れている。地元開催のリオ大会では、3大会連続の出場を果たすと同時に、悲願の金メダルを獲得。ライト級の第一人者として面目を施した。

405勝15敗(リオの本戦直前のインタビューでは”よく覚えていない”と断った上で280勝30敗と答えている)の通算レコードを残し、トップランクと5年の長期契約を結び、2016年11月,米国内でプロ・デビュー(6回戦)。

生活の拠点は変わらず、生まれ故郷のバイア州サルバドールで暮らしながらアメリカとの往復を続け、先月までに7連勝(4KO)をマーク。8回戦を2度こなしているが、いま少し6回戦を継続する模様。

ルイス・ドレア(アマ時代からの長い付き合い)にコーナーを託し、まさしくプロの修行中という次第。五輪に3回出たから仕方のないことだが、28歳での遅いスタートがどう影響するのか。


■結論

いかにロマチェンコの身体能力とセンス、技術と先(展開と流れ)を読むアビリティ(適応力)が突出しているとは言っても、サイズと敏捷性の両方を併せ持ち、手足のスピードに優れた選手には、半ば当たり前だが苦闘を強いられる。

問題なのは、リナレスがセリモフやコンセイソンほど大きくないこと。加えて、繰り返し指摘し過ぎだと我ながら呆れるが、打たれた際の耐久力(フィジカル・タフネス)の不足、打たれ諸さと致命的なまでの回復力の無さ。

パンチの精度,正確さと手数は、はっきりとウクライナのヒーローに分があり、心身のスタミナでもリナレスを上回る。いつも通りの正統派だけで渡り合うのは本当に大変で、骨の折れる仕事になるだろう。

左右の違いはあれど、セリモフの圧力のかけ方は、リナレスにとっての光明になり得る。2度のTKO負けを経て、強気を抑えて打ち合いを我慢する精神力を身に付けた。

田中繊大トレーナー(厳密にはフレディ・ローチ)からチーフを引き継いだイスマエル・サラスは、もともとバランスを重視する傾向が顕著ではあるものの、リナレスの本質を「世界最高水準のコンビネーション・パンチャー」だと見抜き、ディフェンスの強化に取り組んだ。

アンソニー・クローラとの再戦、ルーク・キャンベル戦の序盤で披露した上半身の動き(セミクラウチングの姿勢とムーヴヘッド)は、まさしくセリモフ,サリドのそれとも合致する。

キャンベル,メルシト・ゲスタとサウスポーが2人続いたことについて、「偶然ではない。ロマチェンコ戦を見越した、計画的なマッチメイクだ」と語ったリナレス。デマルコ戦の1試合のみを持って、「左は苦手」と決め付けるファンもそれなりにいるけれど、その言葉通りなら頼もしい限り。




リナレスの正攻法を「クラシック(時代遅れ)」と表し、ロマチェンコの類稀なムーヴィング・センスを、「イノベーション(革新・最先端)」と持て囃す在米マニアと識者は多く、なるほどと思わないこともない。

ゲスタ戦の出来について、「凡庸。閃きが感じられない」と切り捨てる声や、「135ポンドのリナレスは、パワーと耐久性不足」といった辛口の評価も聞こえてくる。

だがしかし、古典(正統派のオーソドックス/セオリー)が前衛(異能・異端のサウスポー)を駆逐した例だって無い訳じゃない。記憶に新しいところでは、得意の絶頂にあったナジーム・ハメドを完全に黙らせたマルコ・アントニオ・バレラ。

この時、アシスタントとしてバレラをサポートしていたのが田中繊大トレーナーであり、バレラのキャンプに呼ばれて”仮想ハメド”を努めたのは、国内軽量級屈指のスピード&ディフェンス・マスター,本田秀伸(グリーンツダ)だった。


独楽鼠のごとく休まず動き回るイヴァン・カルデロンを、軽量級離れしたパワーと突進力で押し潰したジョヴァンニ・セグラ。あるいは、キャリア晩年のパーネル・ウィテカーを蹴散らした、プエルトリコのヒーロー,フェリックス・トリニダード。

少し遡って、重厚なプレッシャーと執拗なボディ攻撃で距離を潰し、稀代のスピードスター,へクター・カマチョを封じ込めたフリオ・セサール・チャベス。

やりたい放題で手の付けようがなかったライト級時代のウィテカーを、無尽蔵のスタミナと溢れる闘志であと1歩のところまで追い詰めたアズマー・ネルソンも忘れ難い。

はたまた、有無を言わさぬフィジカルの強さと圧巻の連打で正面突破を敢行し、タイの天才児サーマート・パヤクァルンを僅か4ラウンドでし止めたジェフ・フェネック。

パナマが誇る難攻不落の長身技巧派イラリオ・サパタを、目も覚めるような右ショートの1発で撃沈したアマド・ウルスア。

古くは、ハリー・グレブ(多くの識者がミドル級のオールタイムトップ3に推す実力者/史上に残るラフ・ファイター)からミドル級の王座を奪い、スピーディかつセンシブルな動きを賞賛されたタイガー・フラワースにぶつかり、尽きる事を知らないスタミナとインファイトで、ウェルター級に続く2階級制覇を成し遂げた”トイ・ブルドッグ”ことミッキー・ウォーカー。


とまあ。こんな具合に過去の実例を思いつくままに並べてみたところで、「だからリナレスも勝てるのだ」と、簡単に言い切れない辛さと恨みは当然残る。

ごく当たり前に予想するなら、中差以上の3-0判定でロマチェンコとせざるを得ない。中盤以降、後半~終盤にかけてのストップも当たり前に想定するべき。

しかしながら、サイズ(当日の体重差に要注目/ESPNがちゃんと計量を実施して公表してくれれば良いけれど)で優位に立ち、スピードでも絶対王者に引けを取らないリナレスなら、戦い方を工夫するだけで勝機はグンと増すのではないか。

逸る打ち気の虫を押さえ込み、アゴをしっかり引いて低くめに下げた頭と肩を振って圧力をかけつつも、左ジャブを間断なく突いて適時距離を取り直し、丁寧かつしつこいボディアタックも交えながら、時間をかけてロマチェンコを引き出し、乾坤一擲、右ストレートのカウンターを打ち込む。


リナレスのスキルとスピード,思い切りの良さなら、甘過ぎると怒られるのは承知の上で、そうした夢と希望を語っても許されるのでは。ライアン・ガルシアのいささか楽観的な予想に、相乗りたいしたい気分が溢れて困っている。

米本土でリナレスのプロモートを仕切る、”旧ゴールデン・ボーイ”ことオスカー・デラ・ホーヤも、知ってか知らずか、ふとした拍子に表情に不安と懸念が浮かぶ。



現代における最高水準の攻防と、極めて高い次元の駆け引きの応酬は、リナレスの心身に激しい消耗をもたらす。その覚悟を決めたからこそ、オファーに応じてロマチェンコの挑戦を受けた。

ファイティング・スピリットと手足の速さは、パックマンに負けていない。苦しい時に敢えて1歩前に出る勇敢さも含めてだ。あとはスタミナと手数。そしてまたまた繰り返しになって恐縮だが、打ち気を抑えて我慢するところは我慢する。これもまた、真の勇気が試される大事な場面に違いない。

リナレスの悔い無き奮闘と、吉報が届かんことを願いつつ・・・