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ネットオヤジのぼやき録

ボクシングとクラシック音楽を中心に

新世紀のゴールデン・ボーイ、2度目のロスで生き残る - リナレス VS キャンベル レビュー -

2017年10月15日 | Review
■9月23日/イングルウッド・フォーラム,カリフォルニア州/WBA世界ライト級タイトルマッチ12回戦
王者 ホルヘ・リナレス(ベネズエラ/帝拳) 判定12R(2-1) WBA1位/ロンドン五輪バンタム級金メダル ルーク・キャンベル(英)




「(折角)盛り返していたのに、勿体ないですねえ・・・。」

第11ラウンドを攻めずに流す挑戦者キャンベルに対して、エキサイトマッチでもすっかりお馴染みの顔となった飯田覚士(ゲスト解説/元WBA J・バンタム級王者)が、思わずそう口にする。

ラウンドの開始に合わせて、「通常の10回戦を超える11~12回を、チャンピオンシップ・ラウンドと言います。この2ラウンズを制した者が勝つ。」と、古くて新しい常套句についてひとくさり語ったジョーさん。2-1のスプリット・ディシジョンが下された後、再びこの点に言及した。

「11ラウンドを取れというのが、(ボクシングの世界戦で)クロス・ファイトになった時の鉄則です。最後の12ラウンドは、(放っておいても)お互いに頑張る。キャンベルは、11ラウンドを落としたのが痛かった。」


それぞれのコーナーを守るチーフ・トレーナーが、かつてキューバのナショナル・チームを率いたイスマエル・サラス(リナレス)とホルヘ・ルビオ(キャンベル)だったことから、「キューバ人コーチ対決」にも注目が集まっていたけれど、第11ラウンドに臨む姿勢のみを単純に比較すれば、トップボクサーを預かるプロとしての年季の差が出たというところか。

サラスとルビオは当然旧知の間柄だが、こと「プロの指導&コーナーワーク」に関する限り、2人の間には10年を超える経験の差があり、実績にも大きな開きがある。


中盤を押さえた挑戦者陣営は、「ラスト・ラウンドにいい形を作りさえすれば、もう問題はない。間違いなく勝った。」と早計してしまったのだろう。おそらく英国サイドは、第4~第10までの7ラウンズを、すべて取ったと考えていた。彼らの計算では、ラスト2ラウンズを残して、93-96で3ポイントのビハインド。11回をリナレスに与えても、103-105で2ポイント差。第2ラウンドに喫したダウンによる失点を挽回しただけでなく、セーフティ・リードを確保したと、そう判断したに違いない。

しかし、開催地はカリフォルニア。興行を主催するゴールデン・ボーイ・プロモーションズ(以下GBP)の本拠地であり、総力をあげてリナレスをバックアップしている。ホームのイングランドならともかく、英国陣営の読みは余りにも楽観的に過ぎたと言わねばならない。

独立騒ぎの真っ最中で、イングランドと根深い歴史的対立を背景に持つとは言え、ジャッジの1人にスコットランドから派遣された審判が加わったことから、競った状況になった場合、採点が割れるであろうことは誰の目にも明らか。大英帝国を代表して米本土に乗り込んだキャンベルに、肩入れしない方がおかしい。

実際この審判は、ひたすら守りに徹するだけだったキャンベルに11回を振り、あろうことか最終12回を10-10のイーブンにしている。この日有効だった挑戦者の左ボディに対して、果敢に右ストレートを合わせ、間髪入れずに返した左フックをクリーンヒットして挑戦者をグラつかせ、最後まで押し続けたリナレスの攻勢を無かったことにしてしまう。

開催地カリフォルニアから選出されたマックス・デルーカが、まさかあの展開に1ポイントの最小得点差を付けるとは思わなかったが、GGG VS カネロ戦に引き続き、振り分け採点の矛盾と欺瞞、試合内容が競った時の恐ろしさを実感させられた。


それにしても、立ち上がりのリナレスのなんと素晴らしかったことか。今思い返しても、ため息が漏れる。手足と身体全体の速さは言うに及ばず、頭と肩を左右に振りながら、前傾と直立を繰り返し、無理なく無駄なく金メダリストに圧力をかけて行く。

なにしろ、パンチの切れ味が凄い。ジャブ,ストレート,フック,アッパー・・・あらゆるパンチが研ぎ澄まされ、一瞬の隙も挑戦者に許さない厳しさが加味される。135ポンドでは「軽さ」が目立ったリナレスのパンチに、キレと同時に相応の重さが感じられた。”目も覚めるような”と良く言われるが、使い古された比喩を嫌でも持ち出したくなる鮮やかさ。



現地入りしてからのインタビューで、「It's my prime.(今が全盛期)」としきりにアピールしていたが、その言葉にウソはないと恐れ入るしかない。「140ポンドに上がる準備もできている。」と、マイキー・ガルシアを意識した発言も再三聞かれ、「それは無茶だ。」と内心ヒヤヒヤしていたが、「これなら、S・ライト級でも一応の勝負になるかも・・・。」と、妙な期待まで抱く始末。


そして第2ラウンド、先制のノックダウンを奪ったシーン。ショートの右ストレートを突っかけ(両腕を締めて顔面をがっちりブロックするキャンベルの左腕を叩く)、リナレスの追撃を確認する為、キャンベルが両腕の間を開けて覗き見する瞬間に合わせ、鋭く踏み込んで2発目の左フックを振る。

キャンベルが流石なのは、真っ直ぐ下がらず自らの右方向(リナレスから見た左サイド)へステップを切り、崩しの左フックに続く3発目の右に備えている点。しかしリナレスは、想像を超えるスピードでさらに1歩を踏み込み、右サイドへ逃れようとするキャンベルの顔面を、3発目の右ストレートで痛烈に打ち抜いた。

2段階のステップイン+3発のパンチ(2発の崩し+1発の決定打=3発のコンビネーション)に要した時間は、1秒にも満たない。キャンベルには最後の右ストレートが見えていたが、右サイドへ身体を逃がしながらのステップバックで、態勢を保つのに精一杯。さらなる防御の動作は不可能な状況。これこそが、紛うことなきコンビネーションの効用であり、リナレスには尋常ならざるスピードが加わる。









「速かったですねえ・・・。」

名調子のジョーさんも、ただただ解説席で唸るしかない。なおかつ、キャンベルは右目のすぐ下、頬の上方部分をカットして出血する。飯田元チャンプも、「滅多にカットする場所じゃないんですが、それだけリナレスのパンチがキレてるってことですね・・・。」と、感嘆の声を上げた。並みのチャレンジャーなら、闘志が萎えても致し方のない場面ではあったが、金メダリストは続く第3ラウンド、気持ちと態勢を作り直して王者に立ち向かう。




対サウスポーの定石とされる左回り(キャンベルの右サイド)を採らず、ほとんど正面に近いポジションで正対するリナレスは、上述した通り頭と肩を良く振りながら、これまで余り使わなかった深めの前傾姿勢も操り、”間断無いウィービング”とまでは呼べないながらも容易に的を絞らせない。





スタイリッシュなアップライトの構えを基本にしてきたリナレスにとって、ダッキングやボビングに近い上下の動きは、自身の美意識に反するものかもしれないが、上体を柔らかく保ち上下左右に振るボディワークは、そのまま自然なヘッドムーヴとリズムを生む。致命的な打たれ脆さをカバーしながらサイズの不利を克服し、135ポンドで勝ち残って行く為には必須の技術と言える。


「ヘッド・ハンティング(顔面をヒットするの)は難しい。」

金メダリストのコーナーを率いるホルヘ・ルビオの指示なのだろうが、キャンベルはリナレスのボディに的を絞った。自慢の左(ストレート,フック)を、顔ではなく腹,それもミゾオチを中心とした胸の辺り目掛けて打ち込む。踏み込んで距離が接近したら、アッパー気味に下からねじ込んだりと、なかなか芸が細かくしつこい。キャンプで取り組んでいたに違いない。

公表されていない為、当日のウェイトは不明だが、キャンベルはかなり戻してきた。公称では3センチ弱の身長差しかない筈なのに、リナレスとは明らかに上半身の厚みが違う。150ポンドの半ば(S・ウェルター~ミドル級)くらいはゆうにありそう。

一方のリナレスも、140ポンド台後半~150ポンド台前半(S・ウェルター級)まではリバウンドする。それでもなお、生まれ持った骨格の違いは大きく、だからこそ「階級の壁」は不文律として語られ続け、今も厳然と存在し続ける。単純な数値だけでは測り切れない、人体の不思議としか表しようがない。






体重をしっかり乗せたキャンベルの左ボディは、第4ラウンド以降、王者の勢いを殺ぐことに成功。ステップ(主に後退)&ボディワークが完全に止まってしまった訳ではないが、踏み込みの出足が決定的に鈍り、相対的に手数も落ちたリナレスは、息を吹き返したキャンベルに中盤戦を完全に抑えられてしまう。

ブロック&カバーにも綻びが散見されるようになり、顔面へのヒットも奪い返されたが、ヘッドムーヴ(ボディワーク)を徹底していたおかげで、致命傷には至らなかった。個人的に最も懸念していたチョッピング・ライト(打ち下ろしのストレート,やや外周りのフック)は、大きな問題にまではならずに済む(ゲスト解説の飯田元チャンプが何度か注意していた)。



勿論私たちTV画面の前で観戦している視聴者は、ボディが効いていたのはわかったけれど、まさか肋骨を骨折していたことまでは知る由もない。ステップバックはそれなりに機能するが、ステップインの鋭さを喪失した為、WOWOW解説陣が指摘していた「ポジショニングの問題」が(結果的に)顕在化する。


これもまた上述したが、サウスポー対策の定番とされる左回り(キャンベルの右サイド)を、リナレスはまず採らない。オーソドックスに対する時と同様、ほぼ正面に留まってジャブから組み立てる正攻法を貫く。

「こういう(左回りをしない)サウスポーの攻略法もあるんですが・・・」と飯田元チャンプも口にしかけていたように、例えばビセンテ・サルディバルとベン・ビラフロアを敵地で打ち破り、”サウスポー・キラー”の名を欲しいままにした柴田国明(日本人唯一の海外奪取による2階級制覇)、ジェリー・ペニャロサや柳光和博に対峙した時の徳山昌守が一番分かり易いけれど、左回りなど特段意識することなく、フェイントも交えた駆け引きで隙を誘い、ジャブから逆ワンツーを含む崩しのコンビネーションを的確に叩き込む。


勿論サウスポーの側にも、セオリーに囚われない自由闊達なムーヴを駆使しながら、手練れのオーソドックスを痛い目に遭わせるつわものもいる。右ストレートのカウンターをものともせず、わざと標的になるかのごとく左側(相手の右サイド)へ動き、マッハの踏み込みとともに左ストレートを突き刺した全盛のマニー・パッキャオ。

我が国が世界に誇る昭和の3大サウスポー、海老原博幸,具志堅用高,渡辺二郎の面々も、セオリー通りの右回りから一転、逆のステップを切りつつ右構えの顔面やボディめがけて、切れ味鋭い左をお見舞いするのが巧かった。相手が左に動くのを敢えて待ち、右フックや左ストレートのカウンターを狙うなど、卓越した芸の細かさも併せ持つ。

そして具志堅は、左サイドへ斜めに切り込むように踏み込み(逆周りの一種)、ショートの右フックから左を返す独特の感性を発揮したし、オーソドックスの左ジャブに右ストレートをクロス気味に被せて、左に回れないようにする大切なセオリーも、彼らは当然のように得意にした。


歴史にその名を刻んだ名王者たちに共通するのは、秀逸な決定力(パンチング・パワー,カウンターの精度&練度)もさることながら、身体的なスピードに恵まれていたこと。さらにここぞという場面で、踏み込みをまったく躊躇しない。勇気と思い切りの良さ、勝敗を分ける分水嶺を見誤らない勝負勘に優れ、ここ一番に一切の迷いがない。

第2ラウンドのリナレスにも、偉大な先達たちに引けを取らない決断と、彼らをも凌駕する驚異的なスピードがあった。ところが、キャンベルの左ボディによって、”前に出るスピード”と運動量(と手数)が殺がれ、我慢のラウンドを重ねる事態に。

踏み込みの速さと手数さえ健在なら、ポジショニングの問題などあれこれ考える必要が無かったとも言えるし、リナレスのポジショニングが左ボディの呼び水となったとも言える。ニワトリと卵の例えではないが、WOWOW解説陣の指摘はごもっともと思う反面、単純に過ぎやしないかとの疑問も・・・。




ちなみに、セオリーに即したポジション取り、差し手争いの好例としては、タイの天才ソット・チタラダに神代英明が立ち向かったWBCフライ級戦(1988年1月31日/大阪城ホール/ソット8回TKO勝ち)、渡辺二郎とセルソ・チャベスの技術戦(1984年3月15日/大阪城ホール/WBA J・バンタム級/渡辺15回TKO勝ち)、スモーキン・ジョーばりのウィービング&ボビングで、スティーブ・ジョンストンに迫り続けた坂本博之(1997年7月26日/横浜アリーナ/WBCライト級/ジョンストン12回判定勝ち)などが思い出されるが、北陸金沢で日本ボクシング史上初のウェルター級奪取に挑み、WBA王者ピピノ・クェバスの豪打に沈んだ辻本章次の奮戦(1976年10月27日/金沢実践倫理会館/クェバス6回KO勝ち)も忘れ難い。

いずれの場合も、オーソドックスは左、サウスポーは右周りばかりやっている訳ではなく、必要に応じて逆周りも使いながら、優位な間合いとポジションを探り合う。当たり前の話だ。豪腕クェバスも、単純な突進とスウィングの繰り返しではなく、前に出る足の運びは、左右両サイドを丁寧に使い分けている。


閑話休題。

ボディが効いていたのは明白。だが、多くのファンは右の拳を心配していたのではないか。リナレスのスローダウンの主な原因は、ボディブローによるダメージもあったけれど、2015年10月の初渡英から昨年9月の再渡英までの1年間を、丸々休む破目に陥ったナックルの故障が、もしや再発したのではないかと。私もそうだった。

それにしても、肋骨骨折の重傷を抱えて、よくぞあれだけ動けたものだと逆に感心する。甚大な被害を悟られることなく、致命的かつ決定的な被弾を回避しつつ、それなりの攻勢も維持しなければならない。そうやって厳しい状況を耐えしのび、ラスト2ラウンズの反撃に備えたペース配分にも心血を注ぐ。

基本的なポジショニングを変えなかったのは、負傷を隠すという目的以上に、動きを制限しなければならない苦境にあってもなお、傷めた肋骨に追撃を許さない自信と目算が、リナレスにはあったと見るべきか。

そして完全アウェイにありながら、希望的観測に基づく(?)、やや楽観的なポイント計算でチャンピオンシップ・ラウンドを迎えたと思われる挑戦者陣営に対して、王者陣営が読んでいたスコアはより周到でシビアだった。


もっともリナレスは、プロ46戦のうち、4割近い17戦を敵地で戦っている。しかも通算12回に及ぶ世界戦は、ホーム:4戦(約33%)、アウェイ:8戦(約67%)と逆転。

東京でプロ・ライセンスを取得し、大阪(府立体育開館)でデビューしたリナレスだが、日本国内で行われた世界タイトルマッチは、ショッキングな陥落劇が繰り広げられたサルガド戦(2009年10月/国立代々木第二体育館)と、3階級制覇を達成したハビエル・プリエト戦(2014年12月/東京都体育館)の2試合だけである。

□ホーム及び準ホーム:29戦(%)28勝(18KO)1敗
1)日本国内:23戦22勝(14KO)1敗
※世界戦:2戦1勝(1KO)1敗
2)ベネズエラ:4戦4勝(2KO)
※世界戦:1戦1勝(1KO)
3)パナマ:2戦2勝(2KO)
世界戦:1戦1勝(1KO)
※ホーム及び準ホームでの世界戦:4戦3勝(3KO)1敗

□アウェイ:17戦(約37%)15勝(9KO)2敗
1)米国:7戦6勝(2KO)1敗
※世界戦:3戦2勝(1KO)1敗
2)メキシコ:5戦4勝(4KO)1敗
※世界戦:2戦2勝(2KO)
3)英国:3戦3勝(1KO)
※すべて世界戦
4)アルゼンチン:1戦1勝(1KO)
4)韓国:1戦1勝(1KO)
※アウェイでの世界戦:8戦7勝(4KO)1敗
※世界戦通算:12戦10勝(7KO)2敗


敵地で勝ち続けることができずして、真のトップに上り詰めることはできない。荒川仁人とのエリミネーターも、東京ではなくラスベガス(2014年3月/MGMグランド/カネロ VS アングロ戦のアンダー)での開催。逸材のスカウトに成功した本田会長は、ハナから米本土での大勝負を見込んでいた。リナレスのポテンシャルなら、充分にそれが可能だと確信していたに違いない。

”明白な僅差2-1判定”で金メダリストを英国に送り返したリナレスには、マイキー・ガルシアとの「WBC内統一戦」への道が開けた。年末のミゲル・コット戦(!?)に言及するマイキーとの交渉は、様々な面で難しい問題を孕んでおり、一筋縄ではいかないと思われる。デラ・ホーヤと本田会長が、果たしてどんな決断を下すのか・・・。


◎リナレス(32歳)/前日計量:134.2ポンド
戦績:46戦43勝(27KO)3敗
WBCライト級王座(V4)
※正規王座V2+ダイヤモンド王座V2
WBAライト級王座(V2)
WBA S・フェザー級王座(V1)
WBCフェザー級王座(V1)
世界戦通算:12戦10勝(7KO)2敗(2KO)
アマ通算:156戦151勝 (100KO・RSC) 5敗
身長:172.6センチ,リーチ:175センチ
※ハビエル・プリエト戦の予備検診データ
右ボクサーファイター

◎キャンベル(29歳)/前日計量:134.8ポンド
前WBCシルバーライト級王者(V2)
戦績:19戦17勝(14KO)2敗
アマ通算:153勝24敗
2012年ロンドン五輪金メダル
2011年世界選手権(バクー)銀メダル
2008年欧州選手権(リヴァプール)金メダル
※階級:バンタム級
身長:175センチ,リーチ:180センチ
左ボクサーファイター


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■リング・オフィシャル

主審:ジャック・リース(米/カリフォルニア州)

副審:
ビクター・ローリン(英/スコットランド):113-115(キ)
マックス・デルーカ(米/カリフォルニア州):114-113(リ)
ザック・ヤング(米/カリフォルニア州):115-112(リ)

立会人(スーパーバイザー):ロバート・マック(米/ワシントン州/WBA法務担当)


□オフィシャル・スコアカード





心配していた通り、スコットランドからやって来た審判は、最後の2ラウンズにやらずもがなの手心を加えた。「イングランド開催なら、地元判定で普通にリナレスは負けにされていた。そうした観点に立つなら、113-115は許容範囲だろう。」との意見もあると思う。

「ベルトはリナレスの手元に残った。実現するかどうかは別にして、マイキー・ガルシア戦への可能性だけはつながった。十分な成果と表すべき。」

なるほど、そうかもしれない。けれども、副審の1人にスコットランド人を加えた政治的決着(キャンベルを渡米させる為の絶対条件の1つ)を、結果オーライを持って良しとしていたのでは、何時まで経ってもボクシング界は前進しない。世界戦は勿論、地域タイトルマッチを含む国際戦には、中立国から4名の審判団を構成する。80年代以降本格化した「中立・公正なレフェリング&スコアリング確立」の流れに、現在の王国アメリカは完全に逆行している。

90年代末~2000年代前半にかけて、州ごとにルールや採点方法が異なっていた米本土に、「ユニファイド(米国統一)・ルール」が制定され、米国内で開催される世界戦やローカル王座戦は、すべてこのルールが適用されることになった。

それまでは世界戦と言えども、各州が定めたローカル・ルールとスコアリングで運営されるのが通例で、認定団体(主要4団体)の独自ルールが採用されるケースも皆無ではないものの、数はそれほど多くない。各州ルールで開催される世界戦のオフィシャルは、当然開催地の州から選ばれた審判のみで構成される。海外からわざわざ呼んだりはしない。

米国統一ルールの施行以来、米国内で行われる世界戦に、ヨーロッパやアジアの審判が登場する機会は稀だ(もともと少なかったが)。主審1名と副審2名を開催地の州コミッションから出し、残りの副審1名を他の州から招く方式が、完全に定着してしまった。米国外から頻繁に呼ばれるのは、国境を接したメキシコ(WBC本部国)とカナダ,カリブ沿岸地域におけるボクシング界の要所プエルトリコ(WBO本部国)を除けば、WBA本部国のパナマぐらいのものだろう。3名の副審がすべて異なる州から選抜されたり、今回のように1人だけ海外からというケースは、極めて例外的である。
※IBF本部は東海岸のニュージャージー州スプリングフィールドに所在。

世界最大のボクシング(スポーツ)・マーケット=圧倒的な経済力を背景にした「アメリカだけは特別」を、いったい何時まで続けるのか。ジャブ(軽打)とペースポイントに重きを置き過ぎるスコアリング、ホールディングを始めとする反則行為に大甘のレフェリングの一切合財をひっくるめて、「米国を洗濯いたし候」という声が、彼の地の識者たちから聞かれても良さそうなものだが・・・。


※ジョーさんと飯田元チャンプのスコア:115-112でリナレス



※管理人KEINのスコア:115-112でリナレス




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□パンチング・ステータス

○ヒット数/トータルパンチ数(ヒット率)
リナレス:140/414(33.8%)
キャンベル:141/524(26.9%)

○ジャブ:ヒット数/トータルパンチ数(ヒット率)
リナレス:64/218(29.4%)
キャンベル:44/227(19.4%)

○強打:ヒット数/トータルパンチ数(ヒット率)
リナレス:76/196(38.8%)
キャンベル:97/297(32.7%)


また繰り返しになるが、パンチ・スタッツはあくまで参考資料。優劣を見極める為の、1つの指標に過ぎない。序盤で肋骨を痛めたリナレスは、運動量と手数が落ちた。一方のキャンベルも、リナレスのカウンターを警戒して駆け引きに費やす時間が長くなり、左ボディ以外に有効な打開策は見い出せず。

故障をキャンベルとルビオに気付かれることなく、ダメージを最小限に抑えつつ、ワンサイドにさせない為に必要な手数をセーブしながら放ち、終盤の反撃に備えてディフェンスとペース配分に注力する。

リナレスとサラスは、難しくも厳しい勝負(攻防)の綾を見抜き、焦らず騒がず慌てず、己を信じて勝利に向かって着実に歩みを進めた。金メダリストは敗北を受け入れず、再戦への意欲を示し続けているが、アンソニー・クローラとの第1戦時、試合後直ちに雪辱戦のセットに言及したプロモーターのエディ・ハーンは、「我々は負けていない。」と語るのみで、ダイレクト・リマッチに動く気配は無し。

リナレスの負傷は、今のところ海外では報じられていないようだ。もしもハーンが肋骨骨折の事実を知らされているとすれば、「復帰には時間がかかる。」と見てのことかもしれないし、「現時点で、リナレスの攻略は困難。」との判断を下したと、素直に考えることもできる。

いずれにしても、リナレスの視線の先にあるのは、マイキー・ガルシアとのライト級最強決定戦のみ。キャンベルとの再戦に応じることはないだろう。


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■気分はまさに「夕闇(After Dark)」に沈む・・・?

一仕事終えて帰宅し、WOWOWの録画をチェック。お目当てのメイン・イベントを再生する。「Are You Ready !?」の決めゼリフで、徐々にお馴染みの顔となりつつあるジョー・マルティネスのアナウンスを聞いて、一瞬腰を抜かしそうになった。

「・・・Boxing After Dark.・・・」

「えっ・・・?。World Championsip Boxingじゃないのか?。」





HBOの名物アナリスト,ハロルド・レダーマンも、公式サイトに設けられた自身のコーナーで、以下のように書いていた。

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Linares vs. Campbell happens Saturday, Sept. 23 live at 10 PM ET/PT on HBO World Championship Boxing.
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9月21日/Watch: Hey Harold! Linares vs. Campbell
http://www.insidehboboxing.com/inside/2017/9/21/hey-harold-linares-campbell

Boxing News 24やBad Left Hookなどの専門サイト上でも、「HBO World Championsip Boxingで中継」という一文が掲載され、露ほども疑っていなかった私は、もはやHBOの公式サイトを確認する気力すらない。

メイン・イベントに華を添える人気リング・アナウンサーが、外国人選手の名前(発音)や、その他諸々の言い間違い(階級名称,戦績,出身地等々)は別にして、最も重要な情報の1つである番組名を間違う筈がなく、リナレス VS キャンベル戦は「Boxing After Dark」の枠で中継されたのだろう。

Boxrecのエンサイクロペディアでは、番組名を「After Dark」と掲載。
※参考記事:Jorge Linares vs. Luke Campbell /Boxrec
http://boxrec.com/media/index.php?title=Fight:2178491


残念としか言いようがないけれど、真のトップとは言い難いメキシカン3人(ファン・C・サルガド,アントニオ・デマルコ,セルヒオ・トンプソン)に手痛いTKO負けを献上し、長い回り道を余儀なくされたリナレスに対する、米国ボクシング界の客観的な評価と受け取るしかない。

加えて、リナレスが出場した世界戦は通算12回に及ぶが、米本土で顔と名前を知られた強豪は、フェザー級時代にラスベガスで倒したキャリア後半のオスカー・ラリオスただ1人。126ポンドと130ポンドでの防衛も1回づつ。王座統一も果たせなかった。

そして3階級制覇を確実視された、アントニオ・デマルコ戦(2011年10月/WBCライト級王座挑戦)での逆転TKO負け。両瞼と鼻の3ヶ所をカットして大流血。名カットマンとして名高いジョー・チャベス(フレディ・ローチの盟友/後にミゲル・コットのチームに移籍)も、まったく手の施しようがない。

同じベネズエラの出身で、帝拳傘下に入ってS・フェザー級の世界王座に辿り着いたエドウィン・バレロが、ワンサイドの展開で押し捲り、8回でギブアップに追い込んだデマルコに、体当たり&バッティング上等の乱戦を許し、視界を遮られたリナレスは一気に瓦解。翌2012年3月の再起戦(カンクン/メキシコ)で、露骨なメキシカン・トラップ込みとは言え、伏兵トンプソンにダウンを奪われ序盤のTKO負け。

リナレスの株価は、この連敗で急落した。ライト級王座再挑戦までに3年を要し、3度の渡英とWBA王座の吸収統一により、ようやく一定の回復に漕ぎ着けはしたものの、ピラミッドの頂点を争う(一握りの)真のトップ・グループ入りはまだ遠い。ラスベガスでラリオスを粉砕した勝利によって、そのスタート地点に立つ資格を認められかけたが、リナレスの現在地は、2007年の夏~秋当時(21~22歳)と同じと言う訳にはいくまい。

■世界戦通算:12戦10勝(7KO)2敗
<1>フェザー級:2戦2勝(2KO)
WBC暫定→正規昇格(V1)
在位:1年1ヶ月(2007年7月~2008年8月)
※右肩の腱筋断裂により長期ブランク。王座を返上してS・フェザー級参戦へ。

<2>S・フェザー級:3戦2勝(2KO)1敗
WBA正規(V1)
在位:10ヶ月(2008年12月~2009年10月)

<3>ライト級:7戦6勝(3KO)1敗/在位中:2年10ヶ月
WBC正規(V2):2年10ヶ月(2014年12月~2016年2月休養認定)
※右拳の骨折により戦線離脱→WBA王者アンソニー・クローラとの統一戦で復帰
WBCダイヤモンド(V2):1年1ヶ月(2016年9月~現在)
WBA正規(V2):1年1ヶ月(2016年9月~現在)
リング誌王座:1年1ヶ月(2016年9月~現在)


懸案のマイキー・ガルシア戦が瓢箪から駒のように実現して、どんな内容と結果であれリナレスが勝ち残った場合、すなわち大方の予想を裏切るアップセットという意味だが、ライト~S・ライト級シーンは大きく様相を変える。

卓越したスピードを前面に押し出した慎重かつ丁寧な戦術選択(イスマエル・サラスの頭脳と分析眼&経験がいよいよ問われる)と、一切のギャンブルを排して作戦を堅持する鋼鉄の意志、より一層ブラッシュアップされたフィジカル&ディフェンス、これ以上を望むのは不可能というくらい研ぎ澄まされたジャブ・・・。

リナレスに求められる”心技体の完成”は、遥けき彼方の高みに見えるかもしれないが、可能性を信じてもいいのではないかと、個人的には思い始めている。序盤3ラウンズの水際立ったボクシングの冴えは、かつて満員の後楽園ホールにおいて、観る者を見果てぬ夢に駆り立てた魅力に満ち溢れていた。もう一度だけ、”新世紀の神の子”に錯覚してみたいと、素直にそう思った。

HBOで真のメインを張るチャンスは、相手が誰であれ、どの階級であれ、勝ち続ける限りいずれ訪れるだろう。その日が来ることを、信じて待ちたい。


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□「World Championship Boxing」関連記事

<1>Jorge Linares to Defend Lightweight Titles Against Luke Campbell Sept. 23 on HBO
8月27日/Inside HBO Boxing(HBO公式)
http://www.insidehboboxing.com/inside/2017/7/27/jorge-linares-to-defend-lightweight-titles-versus-luke-campbell-sept-23-on-hbo

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WBA, WBC Diamond and Ring Magazine world lightweight champion Jorge “El Nino de Oro” Linares (42-3, 27 KOs) will put his titles and 11-fight win streak on the line Saturday, Sept. 23 when he takes on Olympic gold medalist and No. 1 contender Luke Campbell (17-1, 14 KOs) in a 12-round main event from Los Angeles’ “Fabulous” Forum. The event will be televised live on HBO Boxing After DarkR beginning at 10 p.m. ET/PT.
######

<2>Watch: Hey Harold! Linares vs. Campbell
9月21日/Inside HBO Boxing(HBO公式/ハロルド・レダーマンのコーナー)
http://www.insidehboboxing.com/inside/2017/9/21/hey-harold-linares-campbell

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HBO Boxing unofficial scorer Harold Lederman previews the lightweight championship bout between Jorge Linares and Luke Campbell. Linares vs. Campbell happens Saturday, Sept. 23 live at 10 PM ET/PT on HBO World Championship Boxing.
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<3>Weigh-In Recap + Slideshow: Linares-Campbell Portends Change In the Air
9月22日/Inside HBO Boxing(HBO公式)
http://www.insidehboboxing.com/inside/2017/9/22/weigh-in-recap-slideshow-linares-campbell

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By Kieran Mulvaney LOS ANGELES, Calif -- There is a feeling of familiarity ahead of Saturday night’s World Championship Boxing lightweight title bout; and yet, at the same time, change is in the air.
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<4>Jorge Linares vs. Luke Campbell Results
9月24日/Boxing News 24
http://www.boxingnews24.com/2017/09/jorge-linares-vs-luke-campbell-results/

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By Scott Gilfoid: WBA World lightweight champion Jorge Linares (43-3, 27 KOs) defeated #1 WBA Luke Campbell (17-2, 14 KOs) by a 12-round split decision on Saturday night on HBO World Championship Boxing from The Forum in Inglewood, California.
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<5>Linares vs Campbell: Harold Lederman previews the fight
9月22日/Bad Left Hook
https://www.badlefthook.com/2017/9/22/16349068/linares-vs-campbell-harold-lederman-previews-the-fight

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by Scott Christ:Veteran judge and HBO commentator Harold Lederman sat down with a quick look at Saturday’s HBO World Championship Boxing main event between lightweight titleholder Jorge Linares and Luke Campbell.
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<6>Linares vs. Campbell on HBO: Live results and discussion
9月23日/Bloody Elbow
https://www.bloodyelbow.com/2017/9/23/16351862/jorge-linares-luke-campbell-hbo-boxing-live-streaming-results-discussion

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by Fraser Coffeen@FCoffeen:HBO World Championship Boxing Linares vs. Campbell airs live today Saturday, September 23. Fight time is 10:00 p.m. ET. We’ll have live results and discussion right here.
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<7>Jorge Linares vs. Luke Campbell - LIVE BoxingScene Scorecard
9/23/Boxing Scene
http://www.boxingscene.com/jorge-linares-vs-luke-campbell-live-boxingscene-scorecard--120778

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Fighters from around the globe do battle when WORLD CHAMPIONSHIP BOXING:JORGE LINARES VS. LUKE CAMPBELL is seen SATURDAY, SEPT. 23 at 10:00 p.m. (FT/PT) from The Forum in Inglewood, Cal,
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