ネットオヤジのぼやき録

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駆け引き上手の新旧黒人サウスポー対決 - ヘリング VS シャクール戦プレビュー -

2021年10月24日 | Preview

■10月23日/ステート・ファーム・アリーナ,ジョージア州アトランタ/WBO世界J・ライト級タイトルマッチ12回戦
正規王者 ジャーメル・ヘリング(米) VS 暫定王者 シャクール・スティーブンソン(米)

「今週は」と言うより、来月6日のカネロ登場まで、いわゆる国際的な注目が集まるビッグ・イベントが無く、10月の後半は静かな週末が2週続く。

そんな中でも、正規と暫定がぶつかる130ポンドのWBO内統一戦は、ドバイで開催予定だったIBF王座決定戦がなかなか確定しない尾川賢一(帝拳)の動向も含めて、一応チェックしておくべき興行になる。


トップランクとの契約を発表して、いよいよこれからという伊藤雅雪(横浜光)を追い落として、WBOのベルトを手中にしたのが2019年5月。プロになってから6年半の歳月そのものは、けっして遅咲きには当たらないが、海兵隊に入隊して豊富なアマ・キャリアを築いたヘリングは、この時既に33歳を過ぎていた。

ラモント・ローチ(2019年11月/カリフォルニア州フレズノ/3-0判定勝ち)、ジョナサン・オケンド(2020年9月/ザ・バブル,ラスベガス/8回反則勝ち)を退け、パンデミックの嵐が吹き荒れる中で2度の防衛に成功。

そして今年4月3日、3階級制覇を狙うアイリッシュのアイドル,カール・フランプトン(英)を問題にせず、2度のダウンを奪って6回TKO勝ち。


堅実を絵に描いたような長身痩躯の黒人サウスポーは、れっきとしたオリンピアン(2012年ロンドン五輪L・ウェルター級代表)であることさえ、教えられなければまず気が付かないだろう。それぐらい地味がべったり板に張り付いた職人肌で、華やかなスポットライトに恵まれて来なかった。


※2012年ロンドン五輪に出場したヘリング(ナショナルチームのキャプテン)/初戦(Round32)でダニヤル・イェレシノフ(2012年:ベスト8/2016年リオ大会にはウェルター級で出場・金メダルを獲得/プロ10連勝中)に9-19の大差で敗北

そんなだから、顔と名前が売れた人気者と対峙する時は、大体いつも前評判がふるわず、アンダードッグ扱いになってしまう。

30代も半ばに近くなり、ボクサーとしての峠をとっくに越えて、160センチ台前半のタッパしかなく傷みも顕著なフランプトンに、そもそも130ポンドで戦うことが現実的な選択肢になり得るのか。

ボクシングを一定の年数以上見続けた者なら、ちょっと落ち着いて考えれば分かりそうなものなのに、本番直前のオッズはなんと1.7~1.8対2.0~2.1。



WBOのランク9位で伊藤に挑戦した時も、概ねどこのスポーツブックも1.5対2.7~3.0で、しっかりBサイドに落ち着いていた。

かく言う私も、「(伊藤が)苦戦することはあっても、負ける心配まですることはない。」とタカを括っていた口なので、偉そうにあれこれと能書きをたれる資格はないけれども、フランプトン相手にそこまで接近するかと、余りの過小評価ぶりが気の毒になるレベル。

必要なことを必要なだけやって、無駄や無理は極力排除する。判定決着を前提にした着実なポイントメイクにこそ、冷や飯に耐え続けて世界のベルトに辿り着いた苦労人の真骨頂。

しかし、ヘリングが行う「必要なことを必要なだけ」の手堅いボクシングに、童顔で若く見える小兵のオールド・タイマーは為す術なく打ち据えらる。体格差もさることながら、歴戦の疲労と蓄積したダメージが隠し切れないフランプトン(試合後引退を表明)には、過酷に過ぎる階級アップだった。


余裕でV3を達成した試合巧者に続いて用意されたのは、鳴り物入りでプロに転じたリオの銀メダリスト。26歳のヘリング(現在35歳)が叶わなかった五輪のメダルを弱冠19歳で持ち帰り、プロキャリア僅か2年半,22歳の若さで世界タイトルの檜舞台をモノにして、2つ目の階級に挑むシャクール・スティーブンソン(現在24歳)。


※2016年リオ五輪バンタム級メダリスト/左から:スティーブンソン(銀),ロベイシー・ラミレス(金/キューバ),ムロジョン・アフマダリエフ(銅/ウズベキスタン/現WBA・IBF J・フェザー級王者),ウラディーミル・ニキーチン(銅/ロシア)/全員プロ入り:アフマダリエフとシャクールが世界王座を獲得


アマではバンタム級(54キロ上限)だったが、2017年4月にフェザー級契約の6回戦でデビュー後、10連勝(6KO)をマークして10回戦に進むと、2019年4月にクリストファー・ディアス(伊藤との王座決定戦に敗れて階級ダウンを選択)とのテストマッチを3-0判定でクリア。

7月にはバンタム級で山中慎介に挑戦(9回KO負け)したアルベルト・ゲバラ(メキシコ)を3回で倒し、さらに同年10月、カリフォルニアのホープ,ジョエト・ゴンサレスを大差の3-0判定に下して、空位のWBOフェザー級王座を獲得。


130ポンドへの転出を公表しておきながら、グズグズと態度をはっきりさせなかったオスカル・バルデスの後釜に座ったシャクールに、IBF王者ジョシュ・ウォーリントン(英)との2団体統一戦が浮上。

「これをきっかけに、126ポンドを完全制覇したい。ただ、ウェイトもキツくなっている。交渉が長引くようなら、130ポンドに上がることになるだろう。」と、階級アップを匂わせつつ、4団体統一への意気込みを語ったのも束の間、武漢ウィルスが猛威を振るい始めた。

ウォーリントンとの統一戦は流会となり、先行きが不透明な状況に世界中のボクサーが不安を抱えていた昨年6月9日、トップランクとESPNがMGMグランドの協力を得て設置した「ザ・バブル(無観客専用の小規模ボクシング・ホール)」に登場したシャクールは、130ポンドの契約ウェイトで、中堅どころのプエルトリカンを6回KO。


すると翌7月上旬、1度も防衛することなく126ポンドのベルトを返上(後継王者はトップランク傘下のエマニュエル・ナバレッテ)。130ポンドへの定住を正式に表明する。

年末の12月12日には、再びザ・バブルのリングに上がり、トップ・アマ出身組みのトカ・カーン・クレイリー(28歳/アマ:119勝11敗/ロンドン五輪代表候補)にフルマークの3-0判定勝ち。

フレディ・ローチのサポートで戦うトカ・カーンは、現IBFフェザー級王者キッド・ギャラハドとの米英プロスペクト対決(2018年10月)に敗れた後、S・フェザー級に階級を上げて3連勝(2KO)をマーク。復調の途上にあった。


本来なら、世界のベルトが懸かってもおかしくない好カード(との位置付け)。

スピード&シャープネスを売り物にするスキルフルな黒人サウスポー対決は、全米のボクシング・マニアが注視する似た者同士の一騎打ちでもあり、かつシャクールにとって、来たるべきへリング戦を見据えたテストマッチを兼ねる。

試合は大方が見立てた通り、フェイントと崩しを仕掛け合うインサイドワークの応酬に終始。シャクールがフルマークの3-0判定勝ちを収めたが、トップ・レベルのプロに相応しい決定的な場面は無し。


技術的に大きな開きはなく、勝敗を分けたのは、1発1発のパンチの重さと距離の取り方(瞬間的な見切り・反応)の差だった。パワーの差を武器に圧力をかけつつ、トカ・カーンの出足に合わせてシャクールは素早くステップバック。

言葉で表すとたったこれだけの事なのだが、あと1歩を踏み込む勇気と思い切りがトカ・カーンにはない。パンチ力の違いを克服して、クリーンヒットを奪う自信がない。ギャラハド戦でも垣間見えた、「正真正銘のプロになり切れないトップ・アマの限界」と言ったら口が過ぎるだろうか。


※「注目のプロスペクト対決」は互いにリスクテイクを嫌って鍔迫り合いのまま終了/期待外れの判定決着となった


正直な感想をありのままに述べると、「退屈な凡戦」。高度な技術と豊富な経験に裏づけされた駆け引きはいい。それが無ければただの殴り合いである。

しかし、安からぬ報酬を受け取るトップ・プロである以上、「その先」にあるもの,否応なしに勝負が決したと誰もが納得し得る「決定的な場面」を見せてナンボではないのか・・・と、せんない繰言がついつい口を突いて出てしまう。

80年代前半以前のプロボクシングなら、ほとんどのラウンドが10-10のイーブン。遅くとも4~5ラウンドには、焦れた観客のブーイングが場内を飛び交い、「ファイトしろ!」とレフェリーから1回目の催促が出る。


とにもかくにも、トカ・カーンとのテストマッチを無難に終えたシャクールは、WBOから指名挑戦権を認められた。

そしてシャクールとの指名戦履行(期限:今年1月一杯)を条件に承認されたヘリング VS フランプトン戦が、パンデミックとフランプトンの怪我等で延期を繰り返した為、暫定王座決定戦が用意される。
※当初:昨年12月19日→1月17日英国開催(ESPNの中継の都合)/武漢ウィルス禍の影響で2月27日(ロンドン開催)に再延期→フランプトンの怪我で3月27日に再々延期→4月3日ドバイ開催でフィックス


6月12日にラスベガスのヴァージン・ホテルでセットされた決定戦は、武漢ウィルスの猛威に晒されて以来、「制限無しの有観客」をネバダ州が認めた第1号となり、ボブ・アラムは「ボクシング興行の復活」を声高に叫ぶ。

ホテル内に設けられた試合会場は、最大2,100人収容(制限撤廃とは言え屋内での開催を考慮して規模を慎重に判断)。前売りのチケットセールスは、用意された客席の約80%と公表された。

ランク1位のシャクールが迎えるのは、2位に付けたジェレミア・ナカティラ(ジェレマイア・ナカティラ,あるいはナカティリャと発音していた)。ナミビアの出身で、右構えのテクニカルなボクサーファイタータイプ。

アマチュアでの戦果も含めた詳しい来歴はわからず、身体データ(身長・リーチ)も不明。年齢は31歳とのことで、シャクール戦時のプロキャリアはおよそ8年半。21勝(17KO)1敗の立派な数字を残している。

唯一の黒星は、ロシアの突貫小僧エフゲニー・チュプラコフ(来日して伊藤雅雪に挑戦/7回TKO負け)に、敵地エカテリンブルクで喫した10回0-2判定負け(2016年11月/WBOインターコンチネンタル王座戦)。


166.5センチ(伊藤戦の予備検診データ)のチュプラコフよりも、10センチぐらいは高いのではないかと思われる長身痩躯から、的確なジャブ,ワンツーを飛ばしつつ、ベーシックなボディワークをソツなくこなし、接近戦での揉み合いも上手く思いのほか気も強い。

プロになって以降、唯一の海外遠征でチュプラコフに地元判定(?)で負けた後は、ナミビア国内で10連続KOを記録。

WBO直轄のアフリカ地域王座とグローバル王座を獲得して、このベルトを地道に守り続ける。、国際的な認知は皆無に等しい状況ではあるものの、律儀に承認料を納め続けたお陰で、首尾良くランク2位まで上昇した。


シャクール戦のコールに”ロッキー”の二つ名が付いていたのは、10連続KOの快進撃をこれ幸いに、興行を少しでも盛り上げようとするトップランク側のアイディアだろうが、1発で倒すハードヒッターではなく、あくまでカウンターを効かせてストップを呼び込むテクニシャン型。

恵まれたタッパと計量後のリバウンドの効用を考慮すれば、フィジカルも常に当たり負けするほど弱いとは思えないけれど、いざという場面で身体全体を使って押し切るだけの力はないし、そうした展開に陥ることがないよう、技術&神経戦に持ち込むことを身上にする。

そうしたナミビア人以上に、どこからどう見てもインファイトが得意とは考えづらいシャクールは、押しては退いてを繰り返しながら相手を引き出し、タイミングと見栄えのいい単発でポイントを稼ぐ、いつもの駆け引き合戦に持ち込むしかない。

見せ場の少ない小競り合いが続くんだだろうと、半ば諦めに似た気持ちで観ていると、案の定としか表しようのないラウンドが繰り広げられ、フルマークの3-0判定でシャクールの手が挙がった。


※「暫定」の但し書き付きながらもWBOのベルトを高く誇らしげに掲げるワリ・モーゼス(義理の祖父・最初のトレーナー/メンター)とシャクール


左右の違いはあれど、「長身の黒人技巧派」という括りで考えれば、ほぼ同じサイズのトカ・カーン戦で試すことができなかった「体格差」に関して、対へリング用の予行演習になったと言えなくもない。

直前のオッズは、驚くほどの大差が付いた。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
ヘリング:+550(8倍)
シャクール:-700(約1.19倍)

<2>5dimes
ヘリング:+850(9.5倍)
シャクール:-1200(約1.08倍)

<3>ウィリアム・ヒル
ヘリング:5/1(6倍)
シャクール:1/9(約1.11倍)
ドロー:22/1(23倍)

<4>Sky Sports
ヘリング:1/10(1.1倍)
シャクール:5/1(6倍)
ドロー:25/1(26倍)


いくらアンダー・レイテッドがお馴染みとなったヘリングでも、流石にこれはどうかと思う。シャクールへの行き過ぎた期待、過大評価と言い換えるべきかもしれないが・・・。

無理と無駄を何よりも嫌い、効率&安全第一を旨とする戦術への志向、例え僅差の微妙な判定でも勝ちは勝ちと割り切り、まずは「負けないこと」を最優先するメンタリティ、オリンピックに出場した東部出まれの黒人サウスポー等々・・・。

一回り離れた齢の差とサイズを除けば、ヘリングとシャクールもまた「似た者同士対決」には違いない。


相手の動き出しに対する反応の鋭さとパワーは、間違いなく若いシャクールに分がある。それだけ全神経を集中して張り詰める時間が、ベテランらしく適時緩急を付けながら展開を組み立てて行くヘリングより長いとも言える。

頭と肩を振らずに上半身を直立させる傾向(現代流)はお互い様だが、それでも柔軟性とボディワークを軸にしたディフェンスと攻防の切り替えは、当たり前と言ってしまえばミもフタもないが、老巧のヘリングに軍配を上げざるを得ない。

前後だけでなく左右を隙無く使うステップワーク(ポジショニング)と、そうした動きを込みのコンビネーションの変化と多彩さでもへリングが一枚優る。


年齢の割りに老成した感が否めないシャクールのボクシングが、それでもヘリングに比して直線的でワンパターンに見えてしまうのは、上体の柔らかさと下半身の使い方の差だと言ってしまっていいだろう。

「普段通りにやれば問題ない。」

シャクール陣営が本当にその言葉通りの準備しかしていないとすれば、肝心要のミドルレンジで生命線とも言うべき制空権を掌握し切れず、想定外の判定負けも充分に有り得るというのが、老婆心と繰言が常習となってしまったオールド・ファンの見立てになる。

「勢い」はさておき、サイズ&経験値に加えて、ボクシングの幅と奥行きにおけるディス・アドバンテージを、シャクールが若さとセンスで突き破ることができるのか。

個人的な思いとしては、6-4でヘリングのアップセットを望むけれども・・・。


◎ヘリング(35歳)/前日計量:129.8ポンド
戦績:25戦23勝(11KO)2敗
アマ戦績:81勝15敗
2012年ロンドン五輪代表(初戦敗退/L・ウェルター級)
2012年全米選手権優勝
2012年米軍選手権優勝
2011年,2009年全米選手権出場(いずれも2回戦敗退)
2010年世界軍人選手権(World Military Games)銀メダル
身長,リーチとも178センチ
左ボクサーファイター


◎スティーブンソン(24歳)/前日計量:130ポンド
戦績:16戦全勝(8KO)
アマ戦績:詳細不明
2016年リオ五輪バンタム級銀メダル
2015年ユース全米選手権(18歳以下対象)バンタム級優勝
2014年ユース世界選手権(ソフィア/ブルガリア)フライ級金メダル
2014年ジュニアオリンピック(ネバダ州リノ)フライ級優勝
2014年ユースオリンピック(南京/中国)フライ級金メダル
2013年ジュニア世界選手権(キエフ/ウクライナ)フライ級金メダル
2013年ジュニア全米選手権フライ級優勝
身長,リーチとも173センチ
左ボクサーファイター


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□オフィシャル

主審:マーク・ネルソン(米/ミネソタ州)

副審:
グレン・フェルドマン(米/コネチカット州)
エド・カナー(米/ジョージア州)
ロッキー・ヤング(米/フロリダ州)

立会人(スーパーバイザー):未発表


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■主なアンダーカード

東海岸とフロリダのプエルトリカンたちが熱い視線を送る中量級ホープ,サンダー・サヤス(19歳/10戦全勝7KO)、イヴェンダー・ホリフィールドの息子でアマ80戦超のキャリアを持つイヴァン・ホリフィールド(24歳/7戦全勝5KO/S・ウェルター級)が6回戦で登場予定。


東京五輪ミドル級代表(2回戦敗退)のトロイ・アイズレー(23歳/2勝1KO)、東京五輪の代表候補からプロ入りした期待のライト級,ハーレー・メデロス(21歳/1勝1KO)、”ホット・ロッド(Hot Rod)”のニックネームで急上昇中のウェルター級,ロドリカス・リブジー(38歳/8勝5KO1分け)、”ヒットマン”の異名で売り出し中のフェザー級,ヘブン・ブレイディ・Jr.(19歳/3勝3KO/開催地のジョージア出身)が4回戦に出場予定。


左から:サンダー・サヤス,イヴァン・ホリフィールド,へブン・ブレイディ・Jr.


※左から:トロイ・アイズレー(東京五輪代表),ハーレー・メデロス,ロドリカス・リブジー


また、ホームレスからシカゴ・ゴールデン・グローブスのチャンピオンとなり、地元メディアの取材を受けて話題になったアントワン・コブ(アントニー・コブ)が、4回戦でプロ・デビュー戦を迎える。

そして、8月14日にオクラホマでデビューを済ませたニコ・アリ(21歳/1勝1KO)は、モハメッド・アリの孫という出自が大きな話題になったばかり。ミドル級の4回戦で、2戦目のリングに上がる。


※写真左:ニコ・アリ/写真右:アントワン・コブ(アントニー・コブ)