■5年目の初挑戦に懸けるチャレンジャーは波乱万丈(?)の苦労人
サーキットの街(第二次大戦中の海軍工廠,本田技研の工場も有名),三重県鈴鹿市出身の矢吹は、本名を佐藤正道という。
2016年3月のプロ・デビューに際して、今も使い続けるリング・ネームを登録した。あらためて断るまでもなく、由来は漫画「あしたのジョー」である。
2歳年下の弟,政法(まさのり)もプロボクサーで、こちらは「力石」をリングネームにしていて、プロ入り時点(2017年7月)では薬師寺ジムに所属していたが、その年の暮れに兄と同じく緑ジムに移籍。
階級は兄より大分重いライト級(漫画の力石は大型フェザー級の設定)。アマチュアで21勝5敗の成績を残し、プロ・レコードは10戦9勝(5KO)1敗。現在のランキングは日本6位(OPBF8位)で、吉野修一郎(三迫)への挑戦有資格者だが、直近の試合(昨年11月)は131ポンド台で調整しており、S・フェザーへの階級ダウンを視野に入れているのかもしれない。
ボクシングとの関わりは長く、幼稚園の頃には「自宅の練習場(!)」で真似事を始めていたというから、父君の来歴は不明なれど、アマチュアでの活動(兄弟揃って)も含めて、立派な親子鷹と表して間違いないだろう。
明確な年齢は伝えられていないが、早くから近隣のジムに通い、キッズの大会(U-15ではない)にも出ていた。性根を入れて取り組むようになったのは、ご本人の弁によると「中学から」だそうである。
奈良朱雀高時代にはインターハイに出場したとのことだが、大きな戦果を残すまでには至らず。高校を卒業してからプロ入りまでかなりの年数が開いているが、大学でボクシングをやっていた訳ではなく、一般の社会人だったらしい。
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□関連映像
<1>アマチュア時代の試合映像
2010(平成22)年度全国高校選抜フライ級
群馬県総合スポーツセンター
佐藤正道 VS 佐々木健介
https://www.youtube.com/watch?v=G525Xqg6aEM
この間のつまびらかな経緯を私はよく知らない。なにしろ17歳で最初の子供を授かったとのことで、人生の船出はなかなかに波乱万丈だったと思われる。
ボクシングから離れていた間もプロ入りを諦めることはなく、機会を求めて上京した時期もあったとのことだが、仕事もボクシングも思うように事が運ばなかった。生活が第一だから、ジムに通う余裕(時間的にも経済的にも)がなく、時間をやりくりして公園で練習していたと聞く。
21歳の頃に第2子も授かり、建築の現場で働きながら生活の基盤を築く。名古屋に移って薬師寺ジムに入門。ボクサーとしてのリスタートを切った。同じ名古屋市内とは言え、自宅からジムまで、片道2時間をかけて往復を続けてC級ライセンスを取得。
2016年3月に4回戦でデビュー。いきなり新人王戦にエントリーして、3連続KO勝ちで西の代表となるも、東の代表はなんと中谷潤人(M.T.)。一進一退の大善戦も、0-3のユナニマウス・ディシジョンで惜しい星を落とし、初見参の後楽園ホールでプロ初黒星を喫するとともに、全日本の優勝は成らず(2016年12月)。
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□関連映像
<2>デビュー前の選手紹介とデビュー戦/薬師寺ジム公式チャンネル
https://www.youtube.com/watch?v=tfAuT209v8Y
<3>中日本新人王獲得後の紹介映像/薬師寺ジム公式チャンネル
https://www.youtube.com/watch?v=Mfbhel8Pdqs
<4>2016年11月16日/エディオン・アリーナ(大阪府立体育会館)
新人王西軍代表決定戦/4回戦
矢吹 TKO1R 那須亮祐(グリーンツダ)
https://www.youtube.com/watch?v=eXA0bDmcX8s
<5>2016年12月23日/後楽園ホール
全日本新人王決勝戦/4回戦
東日本代表:中谷潤人(M.T.) UD4R 西日本代表:矢吹
https://www.youtube.com/watch?v=ki2lKEcNX6A
4回戦で再起した矢吹は、6回戦に進んでまた3連続KO勝ち(2017年3月~11月)。順調な復調で周囲を安堵させた矢吹だが、2017年の暮れに緑ジムへの移籍が決まる。
将来を嘱望される強打のホープを、本人が希望するままにすんなり移籍させるジムはまずない。ましてや僅か1ヶ月で話がまとまる訳もなく、水面下で様々な話し合いが持たれていたに違いない。
いずれにしても、弟の政法とともに緑ジムに合流した矢吹は、新天地で新たなスタートを切る。8回戦の初陣で迎えたのは、現フライ級日本王者のユーリ阿久井政悟(倉敷守安)。右に1発のある強打者同士の正面衝突とあって、一部マニアの間で注目を集めた対決だった(2018年4月)。
アウェイの岡山に勇躍乗り込んだ矢吹は、「相手が誰でも倒すだけ。」と意気軒昂。だがしかし、開始間もなく阿久井が肩越しの右を先にヒット。大きくグラついた矢吹は、懸命にダウンを堪えて反撃を試みるも、阿久井が強引に詰めてラッシュ。ロープを背にして手が止まり、主審がストップを宣告する。
「止めるのが早い」
矢吹ファンの間から不満の声が漏れたが、効いていたのは明白で、将来のある者同士の8回戦という背景を考慮すれば、致し方の無いレフェリングだったと思う。
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□関連映像
<6>2018年4月8日/サントピア岡山総社(岡山県総社市)
ユーリ阿久井政悟 TKO1R 矢吹
https://www.youtube.com/watch?v=MQKQDdrxG0A
初回僅か1分半余り。移籍第1戦でのショッキングなTKO負けにもめげず、4ヵ月後の6月17日に実戦復帰。相手に選んだのは、前(2017)年の暮れ、拳四朗に挑戦した経験を持つ元ランカー,ヒルベルト・ペドロサ(パナマ)。
挑戦権を認められない下位ではあったが、一応肩書きもWBC L・フライ級16位(WBCは40位まで公表している)。110ポンドの契約ウェイトは、フライ級を主戦場にしてきた矢吹に負担になるのではと危惧されたが、拳四朗の右を浴びて4回でストップされたペドロサに強烈な左ボディを見舞い、2回KOで一蹴する。
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□関連映像
<6>2018年6月17日/刈谷市あいおいホール
110ポンド契約8回戦
矢吹 KO2R ヒルベルト・ペドロサ(パナマ)
https://www.youtube.com/watch?v=7KkH5ylTxPI
この試合の結果とコンディションに手応えを感じたのか、3ヵ月後の9月29日は、やはりL・フライ級のWBA10位ダニエル・マテリョン(キューバ)を招聘。Danganの主催興行で、中谷戦以来となる後楽園ホール再登場。
110ポンド契約の8回戦は、やや保険をかけた印象も受けたが、ロンドン,リオに続いて東京五輪にも出場したヨスヴァニー・ベイティア(2017年世界選手権金メダル/3大会連続メダル獲得/五輪でのメダルはゼロ)の影に隠れて、国際的な知名度には欠けるものの、マテリョンは想像以上に上手い選手で、矢吹は自慢の強打を決め切ることができず、僅少差の1-2判定負け。
テクニック,インサイドワーク,スピード,スタミナ。パンチング・パワー以外のあらゆるファクターにおいて、当時の矢吹が及ぶ相手ではなかった。接近していたポイント差もさることながら、スプリット・ディシジョンについて「露骨な地元判定だ」と、厳しく指摘するファンが大勢だったのではないか。
いつもなら戦略的に後退する矢吹が、気持ちで押されて下がっていた。圧力も相当なものだったのだろう。純粋に実力のみにフォーカスすれば、矢吹が対峙した最強のオポーネントに違いない。
パナマシティを活動の拠点にするマテリョンは、昨年2月、アレナ・ロベルト・デュランにメキシコのエリック・ロペス・ガルシア(2018年にオスワルド・ノボアと12回を戦ってドロー)を招き2-0の判定勝ち。108ポンドのWBA暫定王座に就いている。
パンデミックで休止していたが、今年6月に再起。オプションを握られているのか、メキシコに遠征してホセ・アルグメドに3-0判定勝ち。
リゴンドウほど極端に消極的ではなく、自分から前に出るし、結構大きなパンチも振るったりする。ただ、ディフェンス重視の基本姿勢が変わることはなく、ホーム,アウェイを問わずどうしてもポイントは微妙になりがち。内容的には完勝と言って良く、まともに貰わない上手さは流石と称すべきか。
リオ五輪の出場権を得られず、亡命して2016年の秋にパナマシティでプロ・デビュー。引き分けを2つ(3~4戦目)挟んではいるが、未だに無敗。連勝を12(6KO)に伸ばしている。
カリフォルニアかラスベガスでWBA内の統一戦をやったら、4-6で京口に不利かもしれない。スタイル的には、京口より拳四朗の方が上手く戦えそう。良く仕上がった状態でも、相当に厄介な試合になるのは確かだが・・・。
フライ級での可能性をあらためて探るべく(?)、2019年1月に組まれた復帰戦は、初の海外となる韓国遠征。4勝(2KO)1敗1分けの6回戦ボーイからダウンを奪い、無事に5回TKO勝ち。
5月1日には三度び後楽園ホールのリングに上がり、2013年度のフライ級全日本新人王で、L・フライ級のユース王者にして日本2位の大保龍斗(おおほ・りゅうと/横浜さくら)と、110ポンド契約の8回戦で対戦。
矢吹も108ポンドのOPBF10位に入ってはいたが、ランキング入りを目指す矢吹に、格上の大保が胸を貸す格好。160センチそこそこの大保に対して、体格差を利したジャブでペースを作った矢吹は、切れ味を増した左フックを有効に使い、接近戦でも優位に試合を運ぶ。
第4ラウンドに大保の左瞼を切り裂くと、出血に危機感を覚えたこともあって、大保が懸命の反撃。両者1歩も退かない打ち合いが続く中、第6ラウンドに矢吹も左瞼をカット。双方譲らぬ打撃戦は、大保の傷が悪化した為このラウンドでドクターストップ。
3度目の正直ではないが、後楽園ホールでの初勝利を矢吹は素直に喜んだ。この勝利でL・フライ級の日本1位に上昇した矢吹は、日本タイトルへの挑戦権を懸けて、日本2位芝力人(RK蒲田)と地元の刈谷で対戦(5月1日)。
かつての名門近畿大で主将を務めた芝は、デビュー3戦目でユース王座を獲得。4戦目で初防衛にも成功。プロ5戦目にして、最強挑戦者決定戦に歩みを進めてきた。
近大出身とは言え、アマ時代に大きなタイトル歴を持たない点は矢吹と同じ。単純に「雑草 VS エリート」の図式に当てはまるかどうかは微妙ではあるものの、プロモートの都合上、そうした煽り方にはなってしまう。
公称163センチの芝とは数字以上に体格差が明白で、スタートから矢吹の圧力がかかる。第2ラウンドに奪った最初のダウンは左だったが、下から上に返すダブル,クロス気味のストレート,長めのフックやボディ等々、変化を伴う右の強打が十二分に効いていた。
パワーで優る矢吹は、左右のコンビネーションとカウンターで攻め立て、たまらず芝が2度目のダウン。矢吹が落ち着いて再セットアップしたこともあり、第3ラウンドを凌いだ芝だったが、第4ラウンドに右のフェイントから放った左フックで3度目のダウン。
さらに鋭角的なショートの左ボディで4度目のダウンがあり、何とか立ち上がった芝に、同じパンチで5度目のダウン。流石にレフェリーストップとなる。
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□関連映像
<7>矢吹 TKO4R 芝力人(RK蒲田)
第4Rのみ
https://www.youtube.com/watch?v=lncZ_Lt93Tg
時の王者,高橋悠斗(白井・具志堅)への指名挑戦(昨年3月15日/刈谷市あいおいホールで開催予定)が決まり、いよいよと意気込む矢吹だったが、武漢ウィルス禍の影響で4月30日までの興行はすべて中止。
5月6日開催でリセットされたのも束の間、緊急事態宣言の発出を受けて再延期。「7月中には」と報じられたものの、4月上旬に高橋がベルトを返上。引退してしまう。
キックボクシングから転向した高橋は、2014年遅れに国際式デビュー。協栄→K&W→白井・具志堅とジムを渡り歩き、2019年10月、大ベテランの堀川謙一(SFマキ→三迫)を10回3-0の判定に下し、日本チャンピオンとなった。
矢吹 VS 芝戦を観戦する(矢吹の勝利を見届ける?)為、わざわざ刈谷まで足を伸ばしてリングサイドに陣取り、試合後はリングに上がって雰囲気を盛り上げていただけに、ファンに与えたショックは大きい。
年齢は27歳で、ボクサーの高齢化が進んだ現在では十分に若いが、先が見えないで状況で延期が繰り返され、「気持ちの維持が難しい」と引退の理由について述べている。
比嘉大吾の計量失敗と王座陥落(2018年4月)をきっかけに、責任を取る形で野木丈司トレーナーが退職。以降急速にジムも勢いを失ってはいたが、3月中旬には比嘉もジムを去ることを発表。
高橋の引退表明から3ヵ月後の昨年7月末を持って、白井・具志堅ジムは解散。四半世紀に及ぶ歴史に幕を閉じた。こうしたジムの内情が、高橋の決断に影響したと見るマニアも少なくない。
高橋の引退により、ランク2位佐藤剛(角海老)との決定戦が承認される(昨年7月26日/刈谷市)。2015年デビューの佐藤は、サウスポーのボクサーファイター。2016年度の新人王戦にエントリーしたが、なんと初戦で敗退。この後半年休んで、2017年に再スタート。再び新人王に挑み、見事栄冠を射止めた。
2018年~19年にかけて5連勝(3KO)をマーク。10勝(5KO)1敗1分けの星を残し、年齢も24歳と若く勢いに乗っている。
武漢ウィルス騒動で中断した後、ボクシングでは国内初となる有観客興行。載冠を大いに期待される矢吹に対して、「簡単には勝たせて貰えないだろう」との意見もあり、成り行きに注目が集まる中、開始のゴングが鳴った。
一回り以上小さく見える佐藤が、左構えの上体を揺すりながら前進。矢吹はいつも通り前後左右にステップを踏み、適時間合いを調整しながら、アッパーとストレートを軸にした右で迎撃。
矢吹が下がりながら放つ右は、軽く振っているように見えるパンチも含めて、そのすべてが例外なく重い。
中谷に敗れたことを理由に、「サウスポーが苦手なのでは?」との見方もされたが、あくまで4回戦の新人時代の話である。
成長した矢吹は、鋭い左フックも大きな武器にしていて、右だけに意識を取られると、容赦なくショートの左ボディや顔面へのフックを見舞う。
第1ラウンドの中盤、佐藤も左フックを浴びてダウン。重量感に溢れた右のバリエーションを突き崩せず、それでも前に出て突破にトライしていた。
規定のエイト・カウントで再開されると、佐藤は右をリードからフックにつないで応戦。態勢を立て直したかに見えたが、矢吹の右フックを浴びてグラつき、息をつけない連打で防戦一方となる。
あっという間にコーナーに詰められ、再び痛烈な右フック。腰からドスンと尻餅を着くように落ちた佐藤は、必死に立ち上がろうとして四つんばいになり、そのまま横転。カウントを数えていた主審が、その様子を見て直ちに止めた。
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□関連映像
<8>2020年7月26日/刈谷市あいおいホール
日本L・フライ級王座決定10回戦
矢吹 KO1R 佐藤剛(角海老)
遂に念願のベルトを巻いた矢吹は、昨年12月26日、常打ち小屋のあいおいホールに、ランク1位大内淳雅(姫路木下)を迎え、10ラウンズをフルに渡り合って、ほぼフルマークの3-0判定勝ち。
矢吹のパワーショットを警戒して、攻めながらも終始堅く守る大内。ペースを掌握してポイントでの圧倒的優位を自覚した矢吹も、力尽くで強引に攻め込まず、ジャブで距離をキープしつつ大内に追わせてカウンターを狙う。
「KOを期待してくれたファンには申し訳ないけど、アンパイに行きました。ここまで来て負けは許されないんで・・・」と語り、キャリア初となる判定勝ちについて、「ジャブの安定感と10回をフルに戦い抜いたことは収穫」だと、前向きに評価する声が多かった。
35歳の大内は、2003年にデビューした古参ボクサー。田口良一(ワタナベ),小野心(花形),黒木健孝(ヤマグチ土浦)らに敗れて苦しみ、日本タイトルへの初挑戦も黒田雅之(川崎新田)とドロー(2012年9月)。
満を持して出場した2013年の最強後楽園(当時の呼称)でも、堀川謙一(SFマキ時代)に判定負け。2016年8月、日本王者だった拳四朗にアタックするも、ワンサイドの0-3判定負け。姫路木下から角海老に移籍していたが、この敗戦を機に姫路に戻る。
関西復帰の初戦、エディ・タウンゼントジムの油田京士に6回TKO負けを喫した上に、網膜はく離を発症。療養を含めたブランクは1年4ヶ月に及ぶも、宿痾とも言うべき業病を克服して現役を続けていたが、拳四朗戦後の練習中に眼の不調を訴えた。
以前から状態は良くなかったらしく、を理由に無念の引退。幸いにも手術は成功して、平穏な日常を回復。ボクシングへの情熱は冷めず、2019年5月に3年近いブランクを経てカムバック。2連続KO勝ちで矢吹への挑戦が実現した。
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□関連映像
<9>2020年12月26日/刈谷市あいおいホール
日本L・フライ級王座V1
矢吹 UD10R 大内淳雅
https://www.youtube.com/watch?v=HrkbnsoN4pg
粘る大内に付け入る隙を与えず、長いラウンドでもしっかり戦えることをあらためて証明した矢吹は、「もう十分でしょう。後は世界しかない。拳四朗と戦いたい。」と発言。国内ランクからの卒業を宣言すると、V8の安定王者に挑戦をぶち上げる。
2000年代以降、世界戦における日本人対決は日常茶飯となり、人材の枯渇が顕著な105~108ポンドにおいては、女子も含めて日本人対決無くしては興行が成立し得ない状況(苦境)に追い込まれている。
そうした流れにパンデミックがさらに追い討ちをかけ、止むを得ない事だと理解はしつつ、ファンが心底納得できるカードは思いのほか少ない。
初防衛戦の時点で3位だった矢吹のWBCランキングは、遂に1位へと昇格。本来ならばそのまま指名挑戦者を意味する世界1位の肩書きが、矢吹の現在地に本当に相応しいポジションか否かは別にして、「ファンが納得できる日本人対決」であることに異論を唱える者はいない筈。
デビュー当時はノーガードで相手を挑発しながらジャブを突き、ダッキングしつつ素早くサイドへ回り込んでまた挑発を繰り返す、センシブルではあるが少々嫌味なボクシングもやっていた。
4~6回戦では、頭1つ抜けたパンチング・パワーと体格差+ムーヴィング・センスがそれを可能にしていた面もあるが、自分よりも上背のある中谷潤人にはあと1歩及ばず。
キャリアを積んで上位に進むに連れて、ガードを保持してジャブとワンツーを軸に組み立てる、セオリー通りの戦い方に収れんされてきたが、自分と同じくらいパンチとスピードのある相手は滅多におらず、プレッシャーを受ける場面が少ないこともあって、阿久井が放つクロス気味の右(矢吹自身も得意にする肩越しのカウンター)をまともに浴びた。
年季の入ったファンの1人としては、新人時代の生意気で怖いもの知らず(?)なスタイルをもう一度見てみたい気もするし、「国内上位クラスには、もっと注意深く距離を調整して、手堅く行かなきゃダメだ。」と、真逆な声援をかけたくなったりもする。
◎参考映像:公開練習と久田哲也によるプレビュー
◎参考映像:長谷川穂積のプレビューを含む煽り映像
いわゆる「1人親方」として生計を立てながら、家族とともに日本タイトルに辿り着いた矢吹は、「世界チャンピオンになって金銭的にも成功したい。家族に少しでも楽をさせてやりたい。」とはっきり言い切る。
良くも悪くも、ハングリネス無くしてプロボクシングの今日はない。「何よりも深く愛する家族の為」というモチベーションがそこに加わった時、想像を超える底力を発揮する場面を、年季の入ったファンは嫌というほど見てきた。
世界チャンピオンとして抜群の安定感を維持してきた拳四朗に、努々(ゆめゆめ)油断や抜かりは無いと思うけれど、何はともあれ仕上がりが心配。ほんの少しでも調子の悪さを垣間見せたら、きっと矢吹は見逃してはくれない。
単に強打者だからという事以上に、身体が温まり切らない立ち上がりは、とりわけ注意が必要になる。