■1月26日/トヨタ・センター,テキサス州ヒューストン/WBO世界J・ミドル級タイトルマッチ12回戦
王者 ハイメ・ムンギア(メキシコ) VS WBO3位 井上岳志(ワールドスポーツ)
気が遠くなるほど、かけ離れたオッズ。次代のトップ・スターと目される若き俊才の生贄として、遥々太平洋を渡った日本人中量級は、確かに国際的な認知は皆無。ランク入りの根拠は、WBOが直轄するアジア太平洋地域のベルト獲得のみで、世界タイトルのコンテンダーに値するリアルな実績はまだ無い。
□主要ブックメイカーのオッズ
<1>Bovada
ムンギア:-3500(約1.03倍)
井上:+1200(13倍)
<2>5dimes
ムンギア:-3050(約1.03倍)
井上:+1400(15倍)
<3>SportBet
ムンギア:-2803(約1.04倍)
井上:+1647(17.47倍)
<4>ウィリアム・ヒル
ムンギア:1/66(倍)
井上:14/1(15倍)
ドロー:25/1(26倍)
<5>Sky Sports
ムンギア:1/100(倍)
井上:16/1(17倍)
ドロー:25/1(26倍)
昨年4月、40歳の大ベテラン野中悠樹(井岡)を12回判定勝ち。IBF2位にランクされた井上は、IBF王者ジャレット・ハード(米)への挑戦権を懸けて、IBF1位ジュアリアン・ウィリアムズ(米)とのファイナル・エリミネーターへと進むも、どういう訳か交渉は難航。
185センチの長身から繰り出す自慢のパンチで、アマ77勝(10敗)+プロ25勝(15KO/昨年4月時点)をマークした黒人パンチャーは、井上が野中を打ち破った同じ4月、ランク4位のナサニエル・ガリモア(米)とのプロスペクト対決を2-0の12回判定で勝ち残り、5位から1位へと躍進。
2016年暮れの初挑戦で、ジャーモル・チャーロ(米)に5回KO負けを喫した初黒星の後、ギルモア,イシェ・スミス(この選手も40歳で息が長い)を含む3連勝(1KO)で復調。無名の日本人中量級を警戒する必要性は皆無と思われたが、交渉は容易に進展しない。業を煮やしたIBFは、6月後半に入札を行うと発表。
しかし6月25日(日本時間)になって、両者の対戦が合意され入札は回避と報じられる。8月4日の日付だけがフィックスされたとのことだったが、結局この決定(?)も履行されることはなく、井上の渡米は胡散霧消してしまった。
4位(ガリモア)と5位(ウィリアムズ)による1位決定戦もどうかと思うが、9位(井上)と11位(井上)に「2位決定戦」を承認するIBFの意思決定プロセスには疑問を禁じ得ない。何を言ってもせんないことだが、これが主要4団体の世界ランキング運営の現実。
ヒューストンでの初挑戦が決まった井上は、駿台学園高時代に国体優勝(2007年/ジュニア)を果たし、法政大学に進んだアマ経験者。大学出身で55戦の試合数は少ないが、S・ライト級を超えると一挙に選手層が薄くなる我が国では、これもまた止むを得ない。
大学ではタイトルに恵まれなかったが、練習に対する取り組みの姿勢と統率力を買われて(?)主将を任された。ボクシングを始めたきっかけは、中学時代に気の荒い転校生と喧嘩になり、「殴り合いの楽しさを知ってしまった」からだという。
一方的に呼び出されて、「顔(を殴るのは)は無し」との約束でパンチを出し合ったらしい。「顔面無し」の喧嘩もおかしいが、殴り合いを楽しいと感じる井上のユニークな感性も面白い。
プロ入りに際してワールドスポーツジムを選んだのは、齊田竜也会長が駿台学園高と法政大学で活躍した大先輩という縁だと思われる。L・フライ級で活躍した齊田会長は、全日本選手権で優勝したのみならず、アトランタ五輪(1996年)のアジア予選で3位に食い込んだ実力者。
2010年4月、無期限の活動停止処分を受けた亀田ジムから、3兄弟をバラバラにして別のジムで練習させるとの決定が為された時、渡嘉敷(勝男会長),セレス(小林会長)とともに名前が挙がったのが、齊田会長のワールドスポーツだった。
もともと亀田一家のシンパで、常に理解者の立場を取ってきた渡嘉敷,セレス両会長には、何の異存も違和感もないといった様子。受け入れの打診に対して、「ウェルカム」の即答だったに違いない。
人気者でバラエティ番組への出演も多かった渡嘉敷会長と、世界戦の解説に良く呼ばれるセレス小林会長に比べると、メディアに登場する機会がほとんど皆無と言っていい齊田会長は、東日本協会からの唐突な要請と降って湧いたような取材攻勢に戸惑いを隠さず、「(スパーリング等で)ジムとしての交流はありましたが・・・」と口を濁し、「とにかく急な話で、(詳しい事情は)何もわかりません。」と正直に答える姿が、今も記憶に残っている。
働き盛り,男盛りの齊田会長(40代前半)は、自らチーフトレーナーも勤めるプレーイング・マネージャーとして、高校・大学の後輩でもある井上の指導にあたってきた。大学時代の井上は、ガードを固めてすり足で距離を詰めて行く、どちらかと言えばファイターに近いスタイルで戦うことが多かった。
ロンドン五輪に合わせて改訂された、AIBAの新しい国際ルールを意識していたのは確かだと思うが、リードジャブが少なく、ブロック&カバーの上を打たせながら前に出る姿は、お世辞にも見栄えがいいとは言えない。
ジャブを突きながら足を使って前後左右に動く、いかにもアマらしいボクサータイプが、どうしても格好良く見えてしまう。自分の距離に入ってしまえば、逞しく鍛え上げた上半身から繰り出すパワーショットで圧倒できるが、捕まえ切れない展開が続くと打開できずに試合を落とす。
プロに転じた後も、基本とする戦い方に大きな変化は無いが、前後左右のステップと上体を左右に振るボディワークを採り入れ、無駄にガードの上を打たせなくなった。時には下がりながら相手を誘い出し、右のカウンターを狙う余裕も見せる。
日本,OPBFの王者となり、WBOアジア・パシフィックのベルトを巻いた現在は、オーソドックス・スタイルのボクサーファイターと表して差支えがない。
両方のグローブで頬を挟むような構えは、昔懐かしいピーカブーを思い出させるが、いきなり下からアッパーを振り上げたり、相手のガードの外側にステップアウトしながら、死角から左右フックを打ち込むなど、想像以上に細かい芸を操るだけでなく、ガッシリした筋肉質の体型に似合わず、柔らかく身体を使う術も相応に身に付けている。
「ムンギアは、”力の運動”が上手い。力をバネに返す(パワーをバネに転換する身体の使い方と技術)感じで、本当に素晴らしい選手。」
クレバーなボクシングと同様、対戦相手の分析眼にも独特の冴えを見せる井上は、木村悠(元WBC L・フライ級王者/帝拳:引退)のインタビューを受けた際、独自の表現でムンギアの特徴について語っていた。
「”力の運動”を止めることができれば、いけるんじゃないかと思う。ムンギアが”力の運動”を始めようとしたら、ぶつかっていって(先手で動いて)動きを止める。(連勝で勢いに乗っている分)リズムを崩された時の対処ができず、戸惑うんじゃないかと・・・。」
すなわち、距離を与えないことがカギになると、井上は考えているようだ。自由に動かれると、全身をバネのように使って、スピーディかつキレのいいパンチを打ち込んで来る。一旦調子に乗せてしまうと、手の付けようがない。
小学生の頃に夢中になっていたのはサッカーだったそうだが、「その頃から身体が強くて、ディフェンダーをやらされた」という。プロ入り後もフィジカル・トレーニングに取り組み、「自分より大きな相手とやっても、簡単に当たり負けしないようになった。」と自信を述べる。ムンギアとの10センチの身長差は、ほとんど気にしていない。
ムンギアも黙って井上の接近を許してはくれないだろうから、一定のディスタンスをキープする為に、ジャブと打ち下ろしのストレートを打つ。井上がダッキングしてかわそうとするところへ、抜け目なくショートアッパーも狙うだろう。
心配なのは、上体を真っ直ぐ立てて戦う現代流。選手層の薄い国内、東洋圏内では大きなトラブルに直結せずに済んできたが、世界となると話は変わる。日本(東洋)の規格の外にいる長身のパンチャーの強打から身を守り、大過なく接近する為には、上体を低く前傾するクラウチング・スタイルや、その態勢で頭を上下左右に振るボディワークが不可避。それができないと、序盤で沈んだサダム・アリのテツを踏みかねない。
テキサスはカリフォルニアに次いで、メキシコ系移民の人口構成比が高い。ムンギアもテキサスでの試合は初めてらしいが、会場のトヨタ・センターは、ムンギアを応援する同胞で埋め尽くされているに違いない。
完全アウェイの真っ只中で、好漢井上がどんな男っぷりを見せてくれるのか。「吉報を待つ」などと、簡単に書くことはできない状況を、どこまで切り拓いていけるのか。今はただ、ミゲル・コットに手も足も出せなかった亀海喜寛(帝拳/引退)の失敗を、繰り返さないで欲しいと願うのみ。
◎ムンギア(22歳)/前日計量:153ポンド1/4
戦績:31戦全勝(26KO)
アマ通算:128勝10敗
メキシコ国内選手権優勝,及び3位(ジュニア/L・ウェルター級)
※年度不明
身長:183センチ
右ボクサーファイター
◎井上(29歳)/前日計量:153ポンド1/2
元日本S・ウェルター級(V1),前OPBF同級(V0),元WBOアジア・パシフィック同級(V0)王者
戦績:14戦13勝(7KO)1分け
アマ通算:55戦39勝(21KO)16敗
2007年第62回国体優勝(ジュニア/ウェルター級)
駿台学園高→法政大(主将)
身長:173センチ
右ボクサーファイター
※チーム・ムンギア
左から:ハイメ・シニア(実父/マネージャー),ムンギア,ロベルト・アルカサール(チーフ・トレーナー)
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■リング・オフィシャル:未発表