■4月3日/シーザース・パレス・ドバイ,アラブ首長国連邦/WBO世界J・ライト級タイトルマッチ12回戦
王者 ジャーメル・ヘリング(米) VS 元2階級王者/WBO3位 カール・フランプトン(英/アイルランド)
熱心なサッカーファンでなくとも、「UAE」や「ドバイ」と聞いて多くの日本人の脳裏に即座に思い浮かぶのは、おそらくワールドカップのアジア予選ではないか。
80年代のF1から随分時が経ってしまったけれど、フットボールとカジノに続いて、いよいよオイルマネーがボクシング界にも流入浸透?。
122ポンドでセンセーションを巻き起こしたフランプトンが、レオ・サンタクルスから一度はフェザー級のWBAタイトルを奪取して世界を沸かせたのは、もう5年前の出来事になる。
サンタクルスとの再戦(2017年1月)に敗れたアイリッシュのニュースターは、ボクシングにおける父と言っても過言ではないバリー・マクギガン(80年代に大活躍したアイルランドの元スター選手)の下を離れ、MTKとの新体制を公表。イングランドのトップ・プロモーター,フランク・ウォーレンと組んでリスタート。
※左から:メンター的な存在だったバリー・マクギガン(80年代にフェザー級で大活躍したアイリッシュの英雄),フランプトン,シェーン・マクギガン(チーフ・トレーナー/バリーの息子)
※左から:新体制の要ジェイミー・ムーア(チーフ・トレーナー),コンラッド・カミングス(ムーアの指導を受けるアイリッシュのミドル級),フランプトン,フランク・ウォーレン(プロモーター),マイケル・コンラン(フランプトンに次ぐ新たなスター候補),トミー・コイル(ムーアのサポートで2019年6月まで現役だったイングランドのS・ライト級)
2018年4月には落日のノニト・ドネアを126ポンド契約で突き放したものの、同年12月に実現したIBF王座への挑戦は、ジョシュ・ウォーリントンによもやの0-3判定負け。
1年近く休むと、2019年11月に米本土を訪れ、カルロス・アダムス,オスカル・バルデスらのアンダーカードに登場。128ポンドのS・フェザー級契約で、オハイオ出身のトップアマ,タイラー・マクリアリー(16勝1分け7KO/アマ87勝15敗)を10ラウンドの判定に下したが、武漢ウィルス禍によって止む無く中断。
昨年8月、ヨーク・ホール(我が国の後楽園ホールに該当するロンドン伝統のボクシング・ホール)でイングランドの中堅選手を7回TKOで一蹴したが、この時のウェイトは何と134ポンド1/2のライト級だった。
公称165センチのフランプトン(実際はもっと小さいのでは?)は、フェザー級でもサイズの不利が目立っていただけに、130ポンドでの復活には大きな不安が付いて回る。
我が国には、163センチの小兵をものともせず、フェザー級とJ・ライト級を海外で奪取した柴田国明の例があるけれど、柴田には類稀な強打と驚異的なハンドスピードに加えて、鋭く思い切りのいい踏み込み(と秀逸なボディワーク)があった。
柴田に匹敵するパワーと切れ味はもともと望むべくもないが、34歳になったフランプトンに、柴田のハンドスピードと踏み込みの速さを求めるのは酷というもの。
昨年の夏に1試合をやって、ブランクを最小限に止めたことは大きなプラスには違いないけれど、我らが伊藤雅雪を完封して王座に就いた長身の技巧派サウスポーは、いささか荷が重過ぎるように思う。
2019年5月に伊藤を追い落として念願のチャンピオンとなったヘリングも、11月にラモント・ローチを3-0の判定にかわして初防衛に成功した後、ボブ・アラムがMGMグランドと組んで常設した無観客用の専用ホール「ザ・バブル」に参戦。
昨年9月にフェザー級の元コンテンダー,ジョナサン・オケンドの挑戦を受け、3ラウンドにダウンを奪った後、度重なるヘッドバットに悩まされたが、遂に8ラウンドで主審が失格を宣告。
内容にはとても満足できないだろうが、とにもかくにもV2に成功。年齢はフランプトンよりも1つ上ながら、堅実なアウトボックスに磨きをかけ続けてきたお陰で、フィジカルの傷みはほとんど感じられない。
まとまりのいい分怖さも無いヘリングだが、180センチ近いタッパとリーチの壁を突き破るのは、今のフランプトンには厳し過ぎる。
□主要ブックメイカーのオッズ
<1>Bovada
ヘリング:-135(約1.74倍)
フランプトン:+105(2.05倍)
<2>5dimes
ヘリング:-130(約1.77倍)
フランプトン:+110(2.1倍)
<3>シーザースパレス
ヘリング:-130(約1.77倍)
フランプトン:+110(2.1倍)
<4>ウィリアム・ヒル
ヘリング:5/6(約1.83倍)
フランプトン:1/1(2倍)
ドロー:14/1(15倍)
<5>Sky Sports
ヘリング:10/11(約1.91倍)
フランプトン:1/1(2倍)
ドロー:20/1(21倍)
幾ら何でもオッズは接近のし過ぎではないか。ヘリングを過小評価し過ぎだろう。
※左から:バリー・ハンター(著名なトレーナーの1人),エイドリアン・ブローナー(以前スタッフォードの選手だった),ヘリング,マイク・スタッフォード
チームを率いるマイク・スタッフォード(シンシナティ出身/2003年~2005年にかけて米国ナショナル・チームのコーチを務めた)も、「126(ポンド/フェザー級)ならともかく、契約は130だ。悪いが彼(フランプトン)はノー・チャンスだ。」と自信を述べる。
「ボクサーにはそれぞれベスト・ウェイトがある。身長が何インチだとか、そんな単純な話じゃない。(フランプトンは)バッド・チョイス(階級アップ)を後悔することになる。」
「作戦?。普段通りやるだけさ。特別なことや変わったことをやる必要はない。」
◎ヘリング(35歳)/前日計量:129ポンド1/4
戦績:24戦22勝(10KO)2敗
アマ戦績:不明
2012年ロンドン五輪代表(初戦敗退/L・ウェルター級)
2012年全米選手権優勝
2012年米軍選手権優勝
2011年,2009年全米選手権出場(いずれも2回戦敗退)
2010年世界軍人選手権(World Military Games)銀メダル
身長,リーチとも178センチ
左ボクサーファイター
◎フランプトン(34歳)/前日計量:129ポンド3/4
戦績:30戦28勝(16KO)2敗
元WBAフェザー級スーパー(V0),元WBOフェザー級暫定(V1),元IBF J・フェザー級(V3/WBA王座吸収)王者
アマ通算:114勝11敗
2007年EU選手権代表(バンタム級)
2009年(バンタム級)及び2005年(フライ級/ジュニア)アイルランド国内選手権優勝
2005年ジュニア欧州選手権代表(タリン,エストニア/フライ級2回戦敗退)
身長:165センチ,リーチ:157センチ
右ボクサーファイター
※参考映像:公式計量
Herring vs. Frampton: Weigh-In
Top Rank Boxing
https://www.youtube.com/watch?v=nXN_DnJ4PKs
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■リング・オフィシャル:未発表
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■中東のラスベガスにボクシング興行は根づくのか?
公式計量のステージ上に控えていただけでなく、フェイス・オフの都度、選手を挟んで中央に立ち続ける民族衣装(UAEではトープではなくカンドゥーラと言うのだそう)の人物がいた。
男性の名はアフメド・A・サディキと言い、実質的に本興行を手掛けるMTKグローバルのメンバーで、肩書きは「ミーナ地域ボクシング・アドバイザー(MENA Region Boxing Advisor)」となっている。
※主催プロモーター:ホセ・モヘン(Jose Mohen)/「ラウンド10プロモーションズ(Round 10 Promotions)/在ドバイ」
「MENA(Middle East & North Africa)」は、サウジアラビア,UAE,クウェートを中心とした中東の産油国を軸に、中国,東南アジアに代わり、ローコストかつ潤沢な労働力の供給源として注目される北アフリカを加えた新興経済圏と位置づけられ、「ブリックス(BRICs:Brazil,,Russia,India,China)の次はミーナ(MENA)」ということになっているらしい。
またこの人物は、UAEを代表するファミリー企業の一員でもある。フォード,フォルクスワーゲン,BMW,プジョーなどの自動車メーカー、あるいはウォルマートの名前を挙げるまでもなく、今もなお同族が経営権をがっちり握り続ける大企業は少なくない。
我が国では読売新聞(正力一族)とユニクロ(ファースト・リテイリング)をすぐに思い浮かべるが、中東地域のGDPにおけるファミリー企業が占める構成比は60~70%とも言われ、雇用する労働者も就業人口は80%にも登るという。
高級時計も扱う宝石商として財を成したサディキ家は、各種のサービス関連事業だけでなく、教育やヘルスケア,不動産ビジネスにも進出して、コングロマリットの形成を目指す。
会場となったシーザース・パレス・ドバイ(シーザース・ブルーウォータース・ドバイ/Caesars Bluewaters Dubai )と、サディキ家の関係は今1つ判然としないけれど、巨大カジノ・ホテルと言えば週末に開催されるエンターテイメント。
芸能関連のイベントとともに、ラスベガスやアメリカ各地にあるインディアン・カジノにおいて、その中核を担ってきたのがボクシング・・・という訳で、MTKグローバルは「ミーナ(MENA)」にボクシング・マーケットを築くべく、サディキ家とタッグを組んだという流れのようだ。
勿論のこと、イスラム教国のUAEでは、カジノは合法化されていない。ドバイに建てられたシーザース・パレスにも、地元の人たちが出入り可能な遊興施設を作ることはできない筈だが、海外からやって来るブルジョワたちの週末を盛り上げる”お祭り”は必要不可欠。
ヘリングを直接保有し、フランプトンの米国内でのプロモート権を持つボブ・アラム(トップランク)、フランプトンを傘下に収める英国イングランドを代表するプロモーター,フランク・ウォーレン(クィーンズベリー・ボクシング・プロモーションズ)が、共催プロモーターとして名を連ねる。
ロマチェンコ,村田とともにゾウ・シミンを獲得し、様々な協力支援を行いながらボクシング興行開催のノウハウを提供したものの、思うに任せない中国市場への進出は、武漢ウィルス禍と米国政府の対中強硬姿勢によって中断を余儀なくされた。
長年に渡る台湾問題に加えて、香港の問題も大きい。米中の対立に拍車をかけずにはおかず、中国との融和へと一気に傾くのではないかと懸念されたバイデン政権も、表面的には対中政策の根本を変えてはいない。
サウジ開催によるパッキャオ VS アミル・カーン戦が話題となった際、パックマンとの契約が残っていたアラムは、「そんなに上手い話はない。」と言下に否定。
一旦はオイルマネーの流入と影響力拡大の阻止に動いたが、米本土が武漢ウィルスの猛威に晒され、そうも言っていられなくなったということだろうか。