■9月10日/カジノ・デル・ソル・リゾート,アリゾナ州ツーソン/WBC世界S・フェザー級タイトルマッチ12回戦
王者 オスカル・バルデス(メキシコ) VS WBC14位 ロブソン・コンセイソン(ブラジル)
今年2月、実力者のミゲル・ベルチェルトを劇的な10回KOに打ち破り、疑問符が付いていた2階級制覇を達成。同胞対決を制して、大いに株価を上げたばかりの新チャンピオンが、ドーピング違反をやらかした。
フェザー級王座を返上ベルチェルト戦までの間に、2回こなした130ポンドのテストマッチで、バルデスは満足の行くパフォーマンスを発揮できていない。
<1>2019年11月30日/コスモポリタン・ラスベガス
アダム・ロペス(米/フェザー級リミットで計量)に7回TKO勝ち
※第2ラウンドにダウンを奪われる
<2>2020年7月21日/ザ・バブル(MGMグランド内)
ジェイソン・ヴェレスに10回TKO勝ち
※一進一退の拮抗した拙戦
最終的にはTKOで決着してはいるものの、中堅クラス相手の苦闘ぶりから、バルデスの2階級制覇は相当に難しいと、試合を観た多くのファンが感じた筈。
それだけに、ベルチェルト戦のパフォーマンスに驚いたファンの中には、「ああ、やっぱりね・・・」と、変な風に納得してしまったのではないか。
メキシカンのドーピング違反と聞けば、即座に思い浮かぶのは「クレンブテロール(ジルパテロール)である。
ボクシング界の稼ぎ頭となったカネロ・アルバレス、先だって遂に天罰が下った(?)日本人の怨敵ルイス・ネリーを筆頭に、ベルチェルトと激闘を繰り広げたフランシスコ・バルガス,レイ・バルガス,フリオ・セサール・マルティネス・・・。
メキシコの有力王者たちが、相次いでドラッグ・テストに引っ掛かっては、「メキシコ産の牛肉を食べていたから」だと、臆面もなくシロを主張する。
だが、バルデスのA・B両検体から検出され、陽性反応を示した禁止薬物はステロイドではなく、「フェンテルミン」という利尿剤。バルデスが強弁するエクスキューズは、「ハーブ・ティーが原因」。
バルデスが愛飲する3時のお茶は、ティー・カップではなくバケツで用意されるらしい・・・。
もっとも、「史上最強のドーピングの大家」とも言うべきビクター・コンテ(全世界を震撼させたバルコ・スキャンダルの本家本元)によれば、「そんな単純なものではない。専門家による様々な調整は必要だが、興奮(覚醒)作用だけでなく、顕著な筋肉増強効果をもたらすこともできる」らしい。
利尿剤や利尿効果のある禁止薬物は、パフォーマンス向上の為に採取するPED(Performance Enhancing Drug)を、体外に排出する目的で用いる。
いわゆるマスキング剤に該当するもので、「フェンテルミン」も当然WADA(World anti-Doping Agency世界アンチ・ドーピング機関)が公開している禁止薬物リストに、しっかり掲載されている。
ところがどっこい、開催地を所管するパスクァ・ヤキー・トライブ(Pascua Yaqui Tribe/アリゾナにあるネイティブ・アメリカンの居住区の1つ)のアスレチック・コミッションと、チャンピオン・シップを承認するWBCが、「バルデスは無罪放免」と言い出したからさあ大変。
彼らの主張はこうだ。
「フェンテルミンは確かにWADAの禁止リストに掲載されている。だが、違反の対象となる期間はあくまで”競技中”だ。”競技中”の開始時期とは、まさに試合のスタートに当たる。」
「今回報告された陽性反応は、WADAが規定した違反要件に該当しない。」
WBCは自ら作成する月例ランキングの中で、挑戦資格を持つ15位以上のランカーと王者に対して、漏れなく尿&血液のランダムテストを義務付けしているのみならず、世界タイトルマッチの都度、王者と挑戦者は五輪スタイルのランダムテストを受けなくてはならない。
そのテストを請け負っているのが、ラスベガスに所在する「VADA(The Voluntary Anti-Doping Association)」という民間の検査機関で、最近好調を回復している赤穂亮が、自身のyoutubeチャンネル内で、WBCのランキングに復活した後、「本当に前触れ無しで、突然ジムにやって来た。」と語っていた。
※アップされた映像の中では、「WADA」と言い間違えている。
今からおよそ10年ほど前、バンタム~S・バンタムで衝撃的なKOを量産していたノニト・ドネアが、アマチュアのトップ・アスリートと同じ「競技外検査」を受けると公表。
「競技外検査」の対象となったアスリートは、定められた期間(1年間)の行動予定を統括機関に提出し、実施機関の担当者がいつでも検査を行えるよう、報告した日時に報告した場所にいなければならない。
パッキャオの後を追って、複(多)数階級制覇に乗り出したドネアは、遅かれ早かれ自身にもPED使用の疑いがかかることを覚悟していた。あれこれと騒ぎ立てられる前に、自ら進んでシビアなチェック&テストを受けると表明したのである。
ドネアの増量(肉体改造)をサポートしたのが、上述したビクター・コンテだったことも、そうした判断に大きく影響していたようだ。
例えば、ドネアに「競技外検査」を勧めたのは、他ならぬコンテ自身だったと報じる記事もあった。司法取引に応じて刑期を大幅に短縮されたコンテは、アンチ・ドーピング活動への積極的な協力を約束し、出所後新たな会社を興して、プロ・アマを問わず多くのトップ・アスリートのサポートを再開。
最も早い時期にコンテと契約した顧客の中には、ドネアだけでなく、フロイド・メイウェザー・Jr.やザブ・ジュダー、アンドレ・ウォードらも含まれる。
カリフォルニアで設立した新しい会社を、コンテは「SNAC Nutrition(Scientific Nutrition for Advanced Conditioning)」と名付けた。フィジカル&ストレングスの強化とコンディショニングに関するオーソリティとして、コンテのアドバイスを求めるアスリートが「SNAC」の軒に並ぶ。
センセーショナルな存在となったドネアも、コンテにとって大事なお得意様には違いないが、同時に”ワン・オブ・ゼム”でもある。
ドネアのチームに呼ばれて、フィジカル・トレーニングを託されたマイケル・バゼルは、「SNAC」のノウハウを学んだコーチの1人で、今やボクシングを始めとする格闘技を主な活躍の場とするまでになった。
バゼルに対する”フィリピノ・フラッシュ”の信頼は厚く、本番のコーナーを率いたことも1回ではない。
とにもかくにも、ドネアが検査の実施を依頼したことで、「VADA」はボクシング・ファンと関係者に広く名前を知られるようになった。日本のファンを完全に敵に回したネリーの違反も、当然VADAがテストを行っている。
今回報告されたバルデスのケースも同様で、VADAによる抜き打ち検査が8月13日に行われて、フェンテルミンの陽性反応を確認。A・Bいずれのサンプルもアクティブだった。
しかし、8月30日に行われた再テストで陰性となり、「使用する意味も効果も確認できない」というのが、恥知らずなWBCの見解である。
バルデスがカネロを長くサポートするエディ・レイノソのチーム(カネロ・プロモーションズ)に合流していることから、「疑惑はいよいよ深まるばかり」といった様相。
11月6日にカネロとの4団体統一戦が決まったカレブ・プラント(IBF S・ミドル級王者/21連勝12KO無敗)は、チーム・レイノソの一員となったバルデス陽性の一報を伝え聞くと、下品なスラングを容赦なく用いて舌鋒鋭く言い放った。
「Nah, Reynoso and Alvarez deserve bitch of the year!」
意訳するなら、次のような感じだろうか。
「ハーブ・ティー?。ンなワケねえだろ。ナメてんのか?。ヤツらに相応しいのは、”ビッチ・オブ・ザ・イヤー(最低のクソ野郎ども)”だろ!」
栄えあるリング誌のファイト・オブ・ジ・イヤーに選出(2019年度/昨年度はタイソン・フューリー)されたカネロを、レイノソごと揶揄したという次第。
さらに悪い話を付け加えると、実戦を1回も行うことなく、足早にフレディ・ローチの下を去ったルイス・ネリーも、レイノソのチームに馳せ参じている。
誤解のないようついでに申し添えると、初黒星を喫したブランドン・フィゲロア戦に備えて、ネリーはレイノソからも離反。
初代チーフでありメンター的存在のイスマエル・ラミレス(山中との2試合で来日したオリジナル・チーム)と復縁した。アーロン・アラメダ戦の不出来が、直接的な引き鉄とのこと。
かつてはカネロ1人の為のバックアップ体制だったが、アンディ・ルイス,フランク・サンチェス(18連勝中のヘビー級プロスペクト)に、135ポンドの寵児ライアン・ガルシアまでが参集。
※左から:アンディ・ルイス(元統一ヘビー級王者),カネロ,エディ・レイノソ’(前・中央),フランク・サンチェス(ヘビー級のニューカマー),ライアン・ガルシア,バルデス
ネリーのフィジカル・トレーニングを任されたアンヘル・メモ・エレディア(ドネアと揉めたカシメロも担当)なるコーチについては、別の記事でじっくり触れる予定だが、ヘビー級の2人はともかく、ガルシアまでおかしな事にならなければいいが・・・。
「私はアマチュア時代に、ロンドン・オリンピック(と北京の2大会)に出場している。アマ・プロを通じて、パフォーマンスの向上を目的にした意図的なPEDの使用など、ただの一度もやっていない。」
堂々たるステートメントを出し、潔白を主張するバルデスだが、「いやいや、ちょっと待って欲しい」と、当然のごとく横槍が入る。勿論、バルデス陣営もすぐに言い返す。
トップ・アスリートにPEDを処方する専門家たちは、大会(試合)のスケジュールに合わせて、投与したPEDをいつまでに体外に排出させるべきかを計算するが、排出を促進する為に使われるのが利尿剤や利尿効果を持つ禁止薬物だ。
体外への排出に要する時間(期間/日数)は、処方するPEDによって様々だが、「我々が本当に禁止薬物に手を出していたなら、プロ中のプロ(メモ・エレディア)が計算を間違える訳がない。」と、疑惑を逆手に取る格好で反論。
メモ・エレディアの関与を示す確たる証拠はないし、ご本人も真っ向から否定している。その点は尊重されるべきだ。けれども、8月30日に行われた再検査は、どう考えてもバルデスを救済する為のものでしかない。
正当性をいくら主張したところで、「クロ」が「シロ」に引っくり返ったと信じ込んでいるのは、WBCとバルデス陣営だけである。
VADAは検査のみを請け負っているだけで、選手に対して処分を下す立場にはない。VADAにはVADAのプロトコルがあって、すべての禁止薬物について、WADAと軌を一にする訳ではないとのこと。
そしてボクサーのライセンスを管理するのは、それぞれの国(米国内は各州)のプロボクシングを統括するコミッションであり、WBCでもVADAでもない。従って、メディアからどれだけ見解を求められようとも、VADAがそれに応じることもない。
最大の問題は、本来コミッションが行うべきドーピングテストを、タイトル認定団体のWBCが、何の合意形成もなしにおっぱじめてしまった事にある。
メキシコのコミッションがほとんどまともに機能しておらず、WBCの積極的な関与無しには試合運営がままならないというお国柄,特別な事情が、亡くなった先代スレイマン会長の立場をより強固なものにしてしまった。
最晩年の先代ドン・ホセは、実質的にメキシコ国内のコミッショナーを兼務する異常事態だったけれど、跡目を継いだ御曹司のマウリシオも同様。
もっとも、世界に冠たるネバダやカリフォルニア,ニューヨークでも、この期に及んで尿検査しかやっていない。我がJBCはさらに酷くて、世界戦以外の興行になると尿検査すらも行わない。
単純にコストの問題(血液検査は尿検査よりも高価)なのだが、ライセンス管理にけっして関わってはならないWBCに、「クリーン・プログラム」の正当性を主張されても、文句を言いづらいのは確かである。
もはや語るべき言葉もない状況だが、泣いても笑っても怒っても、なにしろ試合は行われてしまう。
直前の賭け率は、とんでもないマージンで”疑惑の王者”を支持。正式発表された時点で15位(挑戦権有資格の最下位)だったWBCランキングは、ご祝儀相場で1つ繰り上がっただけ。
どこから誰がどう引っくり返して見ても、栄光に輝くリオの金メダリストは、”ネギを背負ったカモ”以外の何ものでも有り得ない。
□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
バルデス:-1400(約1.07倍)
コンセイソン:+750(8.5倍)
<2>5dimes
バルデス:-1375(約1.07倍)
コンセイソン:+900(10倍)
<3>betway
バルデス:-1587(約1.06倍)
コンセイソン:+650(7.5倍)
<4>ウィリアム・ヒル
バルデス:1/16(約1.06倍)
コンセイソン:7/1(8倍)
ドロー:25/1(26倍)
<5>Sky Sports
バルデス:1/20(1.05倍)
コンセイソン:8/1(9倍)
ドロー:25/1(26倍)
昨年10月のルイス・コリア戦における不出来が、コンセイソンのプロ・キャリアに暗い影を落とした。
今年4月に仕切り直しの8回戦をやって、無名のメキシカンを7回でストップしたものの、大きな期待を抱かせるまでには至らず。
ロンドン大会以降のアマが、「露骨な先行逃げ切り+タッチゲーム」から脱却していたとは言え、コンセイソンの本領が存分に発揮されるのは、やはりファイトではなくボックスだろう。
にもかかわらず、コンセイソンは積極果敢なインファイトにこだわる。けっして脆弱という訳ではないけれど、フィジカルの強度もパンチング・パワーもリアルなトップ・レベルとは言えず、打たれた際の耐久性にも不安が残る。
丁寧にジャブを突いてロング・ディスタンスを保ち、接近戦はクリンチ&ホールドで潰す。塩分濃度を可能な限り上げて、安全確実な省エネスタイルにシフトしないと、世界タイトル奪取は見果てぬ夢に終る公算が大・・・?。
◎バルデス(30歳)/前日計量:130ポンド
戦績:29戦全勝(23KO)
前WBO世界フェザー級王者(V6/返上)
アマ戦績:204戦(25~30敗)
2012年ロンドン五輪代表(ベスト8)
2008年北京五輪代表(初戦敗退)
2011年世界選手権(バクー/アゼルバイジャン)2回戦敗退
※階級:バンタム級
2009年世界選手権(ミラノ)銅メダル
2008年ユース世界選手権(グァダラハラ/メキシコ)金メダル
2010年パン・アメリカン選手権(キトー/エクアドル)銀メダル
2009年パン・アメリカン・ゲームズ(メキシコシティ)銀メダル
2009年AIBAプレジデント・カップ(バクー/アゼルバイジャン)銀メダル
※階級:フェザー級
身長:166センチ,リーチ:168センチ
右ボクサーファイター
◎コンセイソン(32歳)/前日計量:129.6ポンド
戦績:16戦全勝(8KO)
アマ通算:405勝15敗
2016年リオ五輪金メダル
2012年ロンドン,2008年北京代表(いずれも1回戦敗退)
2015年世界選手権(ドーハ)銅メダル
2013年世界選手権(アルマトイ)銀メダル
2011年世界選手権(バクー)3回戦敗退
※ロマチェンコに18-19で惜敗(判定を巡り紛糾)
2009年世界選手権(ミラン)緒戦敗退(フェザー級)
2011年パン・アメリカン・ゲームズ(グァダラハラ)銀メダル
※階級は2010年以降ライト級
WSB(World Series of Boxin):3戦全勝
APB(AIBA Pro Boxing):6戦2勝4敗
身長:179センチ,リーチ:178センチ
右ボクサーファイター
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■オフィシャル
主審:トニー・ザイノ(米/アリゾナ州)
副審:
スティーブン・ブレア(米/コロラド州)
クリス・テジェス(米/ニューメキシコ州)
オマール・ミントゥン(メキシコ)
立会人(スーパーバイザー):未発表