陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その123・かぶと窯

2010-05-05 09:32:45 | 日記
 やがてあらゆる方角から伸びてきたレンガの最前線は、ドームのいちばん中心に位置する最高点で結ばれた。最後に天頂部のレンガがくさびのように打ちこまれると、空は完全にふさがった。登り窯完成の瞬間。それは初秋の、とっぷりと日の暮れ落ちた夕刻遅くだった。
 ドームの石室を囲んで、みんな雄叫びをあげて喜び合った。出たり入ったりの代替わりをくり返したメンバーは、この時点で、片手に余るほどのわずかな人数に減っていた。ひやかしや思い出づくりで参加した人物たちが、長続きするような仕事ではない。残ったのは、初志を貫徹した熱い仲間だけだった。オレたちは、つなぎ材の泥にまみれた手でハイタッチをくり返し、石粉を厚くかぶった顔で笑い合った。しかし歓声がこだまとなったそのあと、奇妙な沈黙が横切る。そこでようやく、じんと深いものにひたった。春先からつくりはじめ、暦を半周以上してついに完成にこぎ着けたのだ。掛け値なしに、自分たちの登り窯だ。頭の中に虹が立つような気分だった。
 太陽センセーは満面に笑みをたたえていた。肩の荷を降ろした心持ちだったにちがいない。念願の窯を手に入れた火炎さんは、泣きまねをしてみんなを笑わせた。そのメガネの下のつぶらな瞳は、実際に潤んでみえた。みんな浮かれながらも、しんみりと感慨にふけった。ビールで乾杯し、言葉数も少なく、その夜は窯のかたわらでいつまでもすごした。
 できあがった窯は、三の間から伸びる長い長い煙道が山の斜面を伝い登り、やがて空へと向かうエントツが特徴的だ。三つ連なるコブのような背もたくましい。ツノを高々と掲げ、山を登らんとするカブトムシのように見える。窯は「かぶと窯」と命名された。
 さて、窯は完成したが、それはスタートにすぎない。甲虫つくって魂入れず、では意味がない。窯には炎という生命を吹きこみ、その真価を発揮させなければならないのだ。再びあのしんどい、そして楽しい楽しいマキ窯焚きがはじまろうとしていた。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園