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熊さんのトリ小屋通信

800羽のトリを飼いながら自給自足の農業をつづけている農家の日々の思いを綴ったもの

「未曾有の危機」

2012-09-23 21:10:15 | エコ
 昔のことわざに「暑さ寒さも彼岸まで」。今年の彼岸は雨模様。前日までの暑さは何処へやら。この日を境に、嘘のような涼しい日がよみがえって来た。コンピューターを駆使した天気予報も昔の人の知恵の前に兜を脱いだ。あまりの蒸し暑さの最中は、この夏は終わらないのではないかと疑ったが、これまで、死ななかった人はいなかったし、終わらなかった夏もなかったのだった。いかに現実が惨めでも、暗闇の向こうには輝く明日がある。そう考えないと生きていけない。
 民主党と自民党の党首選が始まった。国民から見れば、井の中の蛙の親分の決定戦である。これまでの奴に変わり、誰が庶民をいたぶるかの決める選挙である。誰が勝とうが我々の明日は暗いものとなろう。この阿呆どものいざこざの中で、ほんの少しまともな人間がいたとすれば、民主党の赤松元農水大臣だったと思う。しかし、彼の主張に耳を貸す人間はいなかった。
 野田は、のらりくらりと解散を先延ばしにするだろうが、永遠というわけにもいくまい。選挙になれば自民党プラス維新の会プラス民主党の新自由主義者の面々が勝利する。憲法は改正され、原発は全て再開、新設もすんなり通ることになる。事態は震災前より後退し、我々は夏は終わっていないことに気がつくだろう。
 代議制民主主義、そんな民主主義はこの世にないのだ。選挙で何票とろうが、知ったことではない。愚かな民が誰を選択しょうが、そんなものは私の代表ではない。社民や共産、緑の党が一定の支持を得る前に国は滅ぶと思う。私たちにできるのは、選挙に行かず、「選挙は無効だ。不正があった」とデモるしかないと思う。
 みすぼらしい世相は忘れ、涼しさに乗じて牧草をまいた。牧草さえあれば冬怖いものはない。妻は秋野菜の種まきに忙しい。夏の花菜類と違い、秋野菜は虫の被害が多い。虫のこないように布で覆う。生物農薬なるものもあるそうだが、得体のしれない者は使わない。
 イネの方は熟れ色になって来た。遠目には豊作に見えるようだが、よく見ると枝梗いもち病が酷い。あわてて石灰(鳥インフル防止にと、行政が配布したもの)を振るが、時、すでに遅し。年を取ると体が動かず「明日しょう、明後日しょう」と言っているうちに時期を逃してしまう。「おいぼれ」とはこのことか?他人さまのイネにもいもち病が来ているのを確かめ己を慰める日々~。
 オスプレイが2~3機墜落し、原発が2~3基爆発する。これ以外に、この国を変えることはできないのかもしれない。私には良い農政も悪い農政もいらない。愚かな行為の巻き添えになることだけは御免こうむりたいのだ。

           Fhoto 「夏草(イネ)や つわもの(イノシシ)どもの 夢のあと 」
 

 「新3K」、「旧3K」、キーワードは「かっこいい」?

2012-09-20 06:28:24 | エコ
 別府大学と県の農山漁村・担い手支援課の主催で「農家の子せがれネットワーク(なんのこっちゃ?)地域交流会」のシンポジウムをやるという。講演者のテーマは「新3K」(かっこよくて、感動あって、稼げる)だそうだ。もちろん、私も私の仲間も呼ばれない! 年中、長靴、絣のモンペをはいて畑で鍬と鎌をふるい、トリ小屋の鶏糞にまみれているのでカッコ悪い。稼ぎが悪くて自転車操業。台風や鳥インフルにおびえながらの生活は感動からほど遠い。私の仲間の農家の生活もさほど変わらない。こんなテーマの集会には我々の様な筋金入りの農家(でもないか?)は「お呼びでない」。
 新3Kは分かったが旧3Kが思い出せない。「きつい」、「きたない」・・・、あと一つが思い出せない。「嫁のKIてがない」だったか?「きも~い」だったか。どちらにしても農家の現状。今も農家の置かれている状況は少しも変わっていない。私のような小規模平飼い養鶏家や有機農業を目指す者たちはその具現者である。こんな職業に就く者などいないというのが主催者の考えだろう?・・・?
 「新3K」の方は、ことさら新しいものではなく、「大型で、儲かる」(感動の方は置いておく?)のは、ここ数十年来繰り返し唱えられてきたものだ。しかし、この「かっこいい」、「感動」「稼げる」は連動するように見えるが、私の見るところ、相反する対立項でもある。補助金を貰って大型農業をするとかっこいいのだが、一年中忙しくて、ものに感動する暇がない。知り合いの大農家は一年中忙しく、農繁期には料亭から折を取って、空いた時間にそれどれで立ったまま昼食をとるという。あまり真似をしたくない光景である。
 大型機械で作業すると効率はいいのだが、その借金の返済に追われ苦しむことになる。3000万円稼いでも、3500万円借金があるのでは感動できない。この30年、行政の口車に乗って企業的経営を目指した多くの仲間が消えてしまった。この辺りでは最も大きいモデル畜産農家は安愚楽牧場(大分県は優良事業者として認定していた)の餌食になってしまった…。
 もちろん、われわれの様に汚い恰好で、きつくてきたない仕事をしているのはかっこいいとは言えないだろうが、細々とは生きてはいける。少なくとも、現状のシャープの経営よりましである? 貯金はないが借金もなく(他人さまに威張れることではないが)、夏は自転車、冬はマラソン、合間合間に西アフリカの太鼓、ジャンべを叩きまくり、いい消費者といい人間関係を30年も続けているのはかっこいいといえないだろうか?下手にもうけに走らないで、自分の能力にあった規模で、生きとし生けるものに感動、日々感謝して生きるのもかっこう悪くはないだろう。燃料を原発に頼らず、ドイツ製の巨大斧でまきを割る暮らしも、このご時世、時代の先端になりそうな気がする。むしろ、かっこ悪いことを30年変わらず実践し、同じ主張を繰り返しているのはかっこいいと思うがどうか。
 いまどき「かっこいい、感動する、稼げる」などという使い古された言葉を繰り返しているのは、かっこう悪い。農業は農業である。稼ごうと思うのなら他の仕事を選びなさい。「騙まされてはいけません」というのがこの道30年の老人の忠告である。「どちらにしても、あんたたちはお呼びでないよ」と言われれば、「え?お呼びでない。こりゃまた失礼!」

                       Fhoto 「ジャンべの乱れ打ち~in 農業公園」

『「角」を飲む』

2012-09-14 20:09:59 | エコ
 妻が里帰り。老いたる母の面倒をみるために3~4日尾道に帰った。こんな時こそ羽目をはずさねばならない! といっても、この田舎。外せるものは脚立しかない。妻の不在に脚立をはずしてどうする? 
 いい酒でもと思い近くのスーパーに入る。焼酎しかない。棚の端の方にサントリーの「角」がある。このところハイボールがブームらしく、「小雪」や「菅野美穂」が盛んにサントリーの宣伝をしている。こんないい女がいる店が自転車で行ける場所にあるなら毎晩行くのだが、あいにく、この街にあるのはおばさん飲み屋。それもほとんどつぶれた。羽目が外れる前に眼鏡が外れる。
 仕方がないので角を買って帰る。1150円也。円高で輸入品が安いので、この値段だと、ホワイトホース、バレンタイン ファイネストなどが買える。角が、それらに対抗できるかどうかは分からない。しかし、田舎のスーパーでは選択肢はない。
 封を開けるが、音がしない。サントリーならばズン、ズン、ズン、ズン、ズビズバ~、ズン、ズン、ズ、ズ、ズ~ン・・・と、来なくてはいけない。久しぶりの角の味は悪くない。辛口である。どこかバーボンの香りもする。すっかり忘れていた味である。
 私たちが大学生のころもウィスキーの水割りが流行っていた。下宿の近くに「みつばち」という小さなスナックがあって、広島出身のママさんがいて、ちょっとかわいいアルバイトがいた。我々は、ブラックニッカの水割りを飲みながら恋のさや当てをした。5~6年前、スナックのあった辺りを訪ねたが、店はすでになく、場所そのものも分からなかった。
 学生時代には二人の恩師がいて、コンパ(いまでもコンパと呼んでいるかは不明)の後は2次会に連れて行ってもらった。一人は、こてこてのマルクス経済学者。彼が連れて行くのは高級クラブ。マルクス経済学者がどうしてそんなところへなじんでいるのかは不明であったが、「ただなら何処までも行く」というのが当時の我々のスタイルであった。この老学者から学んだのは「中小企業の存在分野」という概念であった。大企業が入ってこれない分野があるという説である。手間暇がかかって大量生産できない、消費が限られていて大量に生産しても意味がない・・・などである。われわれの平飼い養鶏はまさにそれである。
 もう一人のN教授は「農業問題研究会」の顧問であった。田舎からやっと逃げてきた私は、農業問題などという「見苦しいもの」の研究はしたくはなかったのだが、寮の同僚に騙されて参加されてしまった。この教授は2次会では必ずつぶれた。タクシーで自宅まで送って、自宅で3次会になるのであった。彼は酔うと「星の流れ」を歌った。この曲は、戦後すぐの時代、橋の下に立っていた娼婦の身の上話しを聞いた作詞家が一晩のうちに作ったという。彼の口癖は「ソ連は農業を国営化した。しかし、食料は不足している。なぜか?」であった。それは社会主義思想のその後を予見していた。東欧の社会主義が崩壊したとき、私が真っ先に意見を聞きたかったのは彼であった。しかし、そのとき彼は亡く、私はいまだにその答えを見つけられずにいる。
 角を飲んでいると雷が鳴り響く。久しぶりのウイスキーは私のみすぼらしい脳細胞を麻痺させた。強烈な雷がパソコンを焼き尽くすかもしれない。ソケットを引き抜いて、今宵のスナックは閉店。

              Fhoto 「いたるところに朝顔のこぼれ種が~」

「ワイン祭りに参加」

2012-09-09 16:08:53 | エコ
 私の住んでいる大分県には、安心院と書いて「あじむ」と読ませる町がある。最近はグリーンツーリズムで名が出ているが、何といっても西日本有数のブドウの産地として有名である。また、それを使ったワインは良質で、何度か全国大会で優勝している。
 20年ほど前から、秋にワイン祭りを開いており、多くの客が押し寄せる。今年は9月8~9日。8日の夜のニュースでは、参加者がワインを飲みながらステーキをほおばって「最高です!幸せです! 天国です!」などとインタビューに答えていた。また画面には若い女性がワイングラスを抱えて右に左に闊歩する姿も映されていた。
 こんなテレビ画面を見せられて心の動かない人はおるまい。次の日は2万人以上の人が押し寄せた。私たち夫婦もその中にいた。「行ってみたいな~」とどちらかがつぶやいたら、娘が「送ってあげる」と二つ返事で運転を引き受けてくれたのだ。
 現地の会場付近は混雑するので、車を河川敷にとめて、無料のシャトルバスで行く。バスを待つ客は山のようにいるが、迎えのバスはなかなか来ない。あと何台で乗れるだろうかと参加者は気をもむ。なかには運営の不手際を愚痴る者もいる。乗客を整理している整理員の中に若い男がいた。「申し訳ありません!」、「お待たせしました~」と小気味よく客をさばいていく。客さばきがうまいので役所の人間かもしれない。終始笑顔を絶やさない。私は感心して見ていた。バスは来ないが、昼までは間がある。娘が就職したらこんな体験はできない。私は間を楽しんだ。
 やがて何台目かのシャトルバスに身を修めることが出来た。会場も混んでいる。整理券を貰う為に並んでいると「申し訳ありません! ステーキは無くなりました」と係の人の声。私たちの溜込んだ空気は一気にプシュ~と抜けた。それでも私たちはめげなかった。娘はジュース、私たち夫婦は赤と白のワイン。妻が赤で私は白。席に着くのに待ち切れず。一口グビィ~。うまい。歩きながら二口、三口。席に着いた時は2杯目に移る。目の前に若いアベック。ステーキをほおばっている。いかにもおいしそう。「ねーさん、一切れでいいんだが、この哀れな年寄りに恵んじゃ~もらえね~か。遠くから来たのに一きれの肉にもありつけなかったのだ。おねげ~だ。銭なら年金を下ろしたのがここにある!」と申し上げたかったが、ステーキは一切れ残らず娘さんの口の中へ…。変わりのつまみも結構いける。妻も私もトッポギをつまみに次々と杯を開けた。「昼間から、ワインに酔いしれる!」、こんな幸せがあろうか。
 舞台ではアジア太平洋大学(APU)学生による伝統芸能が続く。シンミョンという韓国のグループ。サムノリという打楽器を披露。西アフリカの打楽器、ジャンべの習得を目出す夫婦には興味深かった。誠に見事な演奏。4つの楽器があり、それどれが雲、風、雷、雨を表すという。学生の端芸とは思えないような高度な技。韓国の若者には誰もが習得している業なのか、それとも、厳しい練習のたまものか。彼らにプラスになるのか疑わしい大学教育の傍ら、すばらしい芸を見せてくれた彼らに感謝!
 帰りの駐車場にまだ彼はいた。いつ食事を取ったのか。笑顔で観客をさばいている。ワインを飲んではいまい。「お疲れ様でした。気をつけてお帰り下さい!」と笑顔を忘れない。この祭りの為にブレンドしたという白ワインの味も素晴らしかったが、この若者の態度は、それ以上にに素晴らしかった。ワイン祭りの宝の一つだ。私は、バスを降りるとき、「ありがとう。ご苦労さん」と彼に対して深々とお礼をして車上の人となりにけり。

            Fhoto 「ワインの味は分からねど、こいつは美味い、安心院ワイン」

「2030年?・・・?」

2012-09-06 19:50:54 | エコ
 2030年時点で原発をどうするか。0パーセント、15パーセント、30パーセント。政府がアンケートを取った。大半の国民が0パーセントと答えたらしい。大手マスコミも2030年に原発はどのくらい必要か、国会議員を対象にアンケートを試みている。2030年? 2030年に何かあったか?と考えたが思い当たる節がない。しかも、今年は2012年。2030年までは18年ある。18年をどうするつもりなのであろうか。18年後に「危険だから無くしたい」ものならいまでも危険だから無くすべきだ。事故は、今、起きるかもしれないのだ。
 2030年を2050年にしたら、いい加減と思うだろう。2015年にしたら、すぐに行動しないといけないので方策が見つからない。やる気は無いのだが、それを悟られるのはまずい。2030年はちょうどいい年である。18年後に議員を続けてはいまい。国民の方も、明日から節電もいや、一万六千円の光熱費が、原発を0にすると2倍の三万二千円になる(枝野経済産業省の試算による)のもいや。2030年には自然エネルギーの進展で何とかなるだろうと0パーセントに賛成。2030年はいい加減で無責任な両者にとって魔法の年であった。
 ただ、政府の目算には誤算があった。日本の国民は物分かりがよい。少子高齢化だから消費税を30パーセント上げようとすれば、「そうか?少子高齢化時代だ、30パーセントは無理だが15パーセントは仕方ないだろう」と答えてくれる。理由は分かっていなくても真ん中あたりでうなづいてくれるのが常である。今回も15パーセントが多数になると目算していた。ところが今回は違った。
 15パーセント,30パーセントは見向きもされなかった。もっと数字が近接していれば「15パーセントでした」とやらせをするつもりであった。が、結果はあまりに完敗であった。これを覆すには2つの方法しかなかった。1つは、「このアンケートは真実を表していない」と主張することである。もう一つは、9月6日のニュースで前原が語ったように、2030年代にと、「時点」を「代」に変え、10年引き延ばす方法であった。「2030年」を考えた奴は偉い。前原、お前も偉い! 「康介さんを手ぶらで返すわけにはいかない」と答えたロンドンオリンピックの男子水泳陣に並んで、「2030年」は今年の流行語対象になるだろう・・・・・・?



































































































































































































































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ほとんどの人が0パーセントと答えたため隠しきれず、ゼロパーセントが多数であったと認めざるを得なかった。 

はじめまして

朝日新聞、大分版で5年続いた「熊さんトリ小屋通信」は2008年3月で終わりました。1年の空白がありましたが、再びブログで再開します。ごぶさたしました。そして、始めまして。 私たち夫婦は相変わらず半島の片隅で800羽のトリと少しばかりの田畑を耕しています。二人の子供たちも家から仕事場に通っていて変化はありません。たった一つ変ったことと言えば、毛嫌いしていたパソコンの練習を私が始めたことぐらいでしょうか。  もともと都会に背を向けて生きてきておりますから「100年に1度の金融危機」には関係が無く(万年不景気と言えばそれまでですが…)、住む家と食べ物があり、自分の仕事があります。今更ながら、農家であることに感謝する毎日です。 あ~、重大なことを忘れていました。トリ小屋を守ってくれていた愛犬トランクスが2009年2月17日に亡くなりました。14歳と6か月私たちと暮らしました。動物でも人間でも命の重さに変わりはありません。一時は、立っても涙、座っても涙でした。あ~してやればよかった、こ~してやればよかったと反省の連続です。私が貰ってきた犬ですから、トリ飼いをしているのが見える場所に私が丁寧に埋めてやりました。彼は生きてそこに眠っていると思うことにしています。朝晩、「トラ君元気か」呼びかけています。(返事はしませんが…) 養鶏を取り巻く状況は1年前と少しも変わっていません。鳥インフルエンザの原因はいまだ不明だし、幾らか下がったとはいえエサ代は高騰したままです。燃料のガソリンも高止まりしています。世の中でもっとも悲惨な職業それは養鶏業だということは今も変わりません。  良寛は「死ぬ時に死ぬがよろし」と述べています。そこまでの「悟り」には至りませんが、自分で始めた仕事ですから、何かがあったとしても誰を恨むものではなく、自業自得と受け入れようと考えています。ありがたいことに日々の忙しさは全ての悩みを忘れさせてくれるのです。 「行けるところまで行こう」と始めた養鶏ももうすぐ30年になろうとしています。これから始めるブログは私と妻が日々の暮らし、その中で考えた思いを拙い言葉で綴ったものです。しばらくのお付き合いを…