366日ショートショートの旅

毎日の記念日ショートショート集です。

よみがえる寅さん

2012年08月27日 | 366日ショートショート

8月27日『男はつらいよの日』のショートショート



「ああ、いい女だなあ、と思う。その次には、話がしたいなあ、と思う。ね。その次には、もうちょっと長くそばにいたいなあ、と思う。そのうちこう、なんか気分が柔らかくなってさ、ああもうこの人を幸せにしたいなあと思う。もうこの人のためだったら命なんかいらない、俺死んじゃってもいい、そう思う。それが愛ってもんじゃないかい」
松竹、奥の院に秘密裡に作られた特別試写室。社のお歴々は、困惑の表情でスクリーンを見つめていた。
「ちょっと停めてくれたまえ」
重役のひと声に、さくらと寅さんの掛け合いが一時停止する。
スクリーン袖で涼しい顔をしている山田洋次監督に、ひとりの重役が問いただした。
「これが社の命運を左右する企画とやらかね?この『男はつらいよ』シリーズの名場面ダイジェストが?渥美さんが亡くなった時、シリーズを封印したのは監督ご自身でしょう?」
すると監督が尋ね返した。
「では、まだ違いにお気づきにならないと?」
違い?
あらためて一時停止した画面を確かめる。
最新技術でデジタルリマスターされた映像は鮮明だ。だが、まぎれもなくシリーズが始まった当初の初々しい『とらや』の面々。
「まさか寅さんを『スターウォーズ』のように3Dにするとか?」
さすがに監督、吹き出してしまった。
いや!
驚くなかれ、一時停止していた寅さんたちが肩を震わせて笑いを必死にこらえているじゃないか!
そして思わず吹き出す、寅さん、さくら。
「お偉いさんがた、宇宙じゃテキ屋はできねぇぞ」
寅さんがしゃべった!スクリーンの向こうから!
監督が寅さんを制する。
「まあまあ抑えて抑えて。皆さん、おわかりですかな?今、話している寅さんは、バーチャル世界の渥美さん演ずるところの寅さんなのです」
試写室がどよめきに包まれた。
「監督、バーチャルのレギュラー陣で新作を作り続けることが可能だと?」
監督がスクリーンの渥美清に目を向ける。
「やるよ。やるけどさ、毎回とびっきりのマドンナ、頼んだよ」
寅さんの新作ができる!永遠に!これで社は安泰だ。
諸手をあげて喜ぶ中、ひとりが質問した。
「だが監督。さすがに永遠に脚本・監督は無理でしょう?」
すると、スクリーンの寅さんがカラカラ笑った。腹巻からリモコンを取り出すと監督に向けて「ピ」。
監督が一瞬にして消える。
なるほど。バーチャル映画を作る、バーチャル監督か。こいつはいけるかもしれない。