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米吉に六世歌右衛門の面影を見る~伝統歌舞伎保存会「本朝廿四孝 十種香・奥庭」を観る

2017-12-23 10:30:52 | 劇評

あでやかな大輪の華が一輪、またあらたに生まれた。米吉の「本朝廿四孝 十種香・奥庭」の八重垣姫である。かれの八重垣姫を見て、私は、歌舞伎役者のもつ「輪廻」ということについて考えさせられた。

きのうは第21回伝統歌舞伎保存会の研修発表会が国立劇場の大劇場で催された。吉右衛門ら幹部俳優による、ざっくばらんな「お楽しみ座談会」につづいて、非常にここちよい緊張感をたたえながら舞台に登場したのが、米吉の八重垣姫であった。彼にとっては初の大役といってもよいだろう。父の歌六が座談会で、大変恐縮しながら息子の晴れ舞台を寿いでいて、それはまた歌舞伎のもつ「永遠の家族性」を感じさせる感慨深いものであった。

米吉は、どちらかといえば、いままで可憐な容姿の中に驕慢さとおきゃんな一面をのぞかせる娘役が多く、そこにはかれなりの現代青年の主張を感じ取れたものだ。しかし、三姫のひとつである八重垣姫には、その現代性を抑制しつつ、むしろ恋の神話に生きるはかりしれない情熱と狂乱が求められる。また、私ももちろんみたことのない、六世歌右衛門の若き日の美貌が、米吉の横顔にふと宿り、米吉の未来の立女形としての可能性を現出したことは、今回の舞台の大きな特筆すべきことであった。

舞台の描写に戻ろう。まず、振り返った時の姿のうつくしさ、みずみずしい感性は、今日の若手女形随一のものであろう。ときにきんきんとしたセリフ回しになるのを直すのは今後の課題だが、若い米吉なりの、2017年の「八重垣姫」像を見せ切ったのは、圧巻でもあった。八重垣姫の、勝頼への恋情のはげしさは、「十種香」ではまだ淡彩だ。が、つづく「奥庭」での狂乱で米吉は八重垣姫のマグマのような想いを描きつくして見せた。狐の精に取りつかれる場面も気魄十分。精一杯、歌舞伎役者の青春を舞台にぶつけ、清新な舞台を生んだ。ここで驕ることなく、謙虚に舞台に精進してほしい。

また清新な配役、一日限りの大役に体当たりでいどんだ若手・中堅たちに拍手を贈りたい。勝頼の音一朗は、気品にあふれ、これからの有望株。菊史郎はベテランだが、濡衣のかなしみを丁寧に魅せた。圧巻だったのが、吉兵衛の長尾謙信で、朗々としたセリフ回し、堂々たる風姿は、師匠の吉右衛門ゆずり。しかも、どこかその風格には、17世羽左衛門の篤実な面影もやどり、おもわず落涙した。蝶三郎の原小文治、白須賀六郎の吉二郎はごくろうさま。吉二郎はセリフがきっぱりしているが、イトにのっての動きがさらにきびきびしたものになるといいと思うので、精進してもらいたい。人形遣い(狐)の蝶八郎は端正な舞台で好感が持てる。全体に非常にレベルの高い舞台で、監修をつとめた雀右衛門・菊之助・又五郎の労をねぎらいたい。また葵太夫の指導のもと、舞台をつとめた、拓太夫、樹太夫ら竹本連中にも清新な魅力を感じたものである。

一日限りの舞台に情熱をもやす若者たちの白熱した演技に、心洗われる思いの、隼町の師走の夜であった。芝居のことしの見納めとなったが、すがすがしい感動とともに、劇場をあとにした。(了)

 


 

 



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