本音を言ったら、
one scene 某日、学校にてact.8 驟雨―side story「陽はまた昇る」
雨後の空気は、水の香が懐かしい。
清澄な風とゆれる街路樹は、梢に陽射しが翻る。
水たまり避けて歩いていく道、並んで歩く隣の髪にも陽光きらめいていく。
ふわり風に髪払われて聡明な額が露になる、眩しそうに睫伏せる翳が綺麗で。
こんなふうに「きれいだ」と並んで歩いた1年前は、切なかった。
きれいだと、隣を想う。
そのたびに触れられない切なさが痛くて、哀しくて。
あの瞬間の傷みを知っている、だから尚更に今も瞬間が愛しい。
この愛しさに微笑んで、英二は隣を歩く人に笑いかけた。
「周太、ちょっと寄り道していい?」
「ん、いいよ?」
黒目がちの瞳が見上げて笑ってくれる。
この笑顔をずっと見ていたい、そしてもっと笑ってほしい。
あのときと変わらない「笑顔を見たい」この願いに笑って英二は、いつもの店の扉を開いた。
「こんにちは、お久しぶりですね、」
馴染みの店員が迎えてくれる。
ラーメン屋でも久しぶりだと言われたけれど、確かに新宿を歩くことは暫くなかった。
このところ忙しかった時間を想いながら英二は微笑んだ。
「こんにちは、夏服もう入ってますよね、」
「はい。ごゆっくり、ご覧くださいね、」
笑顔で彼女はカウンターで服を畳みながら見送ってくれた。
いつも英二は自分で服を選ぶから、そのことを彼女は知って構わないでいてくれる。
これが英二としては嬉しい、彼女に感謝しながら英二は2階へと上がった。
明るいコーナーを見まわすと涼しげな服が並んでいる、その中から何点か目に着いたものを手早く英二は選んだ。
「ほら、周太。これどうかな?着てみて、」
試着室の壁に服を掛けながら振向くと、困ったよう黒目がちの瞳が見つめてくれる。
どうしたのかなと笑いかけた英二に、遠慮がちに周太は口を開いた。
「あの、英二、それ着てみるけど…でも、今日は俺、自分で買うね?」
よく英二は周太の服を買う、こんな服を着てほしいと思うから。
そのことを周太は申し訳ない様に思ってくれるけれど、何も遠慮してほしくない。
だから今も正直に英二は婚約者へ笑いかけた。
「ダメだよ、周太。周太の服は俺がプレゼントしたいんだ、言うこと聴いて?」
「…でも、いつも悪いから…」
困ったよう言って見つめてくれる貌が可愛い。
こんな貌するから余計に服を買いたくなる、笑って英二はすこし屈んで恋人を覗きこんだ。
「俺が選んで贈ったものを着て欲しいんだ。そうしたら周太、いつも俺のこと忘れられないだろ?そうやって独り占めしたいだけ」
独り占めしたい、これが本音。
だから言うこと聴いてほしいな?そう見つめた周太の頬がゆるやかに赤くなっていく。
あと一押しで言うこと聴いてくれるかな、英二はすこし悪戯な気持と一緒に笑いかけた。
「それに自分で贈った服を脱がすのって、俺、嬉しいんだけど?」
言葉に、さっと周太は額まで真赤になった。
この赤くなる所が可愛くて好きで、つい恥ずかしがらせたくなる。
嬉しくて見つめていると周太は少し唇噛んで、すぐ口を開くと素っ気ない言葉を英二に投げつけた。
「っ、えいじのばかえっちへんたいっどうしてすぐそういうこというの?」
「えっちで変態だからだろ?周太限定でね、」
即答して笑いかけると、黒目がちの瞳が大きくなった。
困ったよう眉がしかめられて、大きくなった瞳が睨むよう見上げてくる。
けれど、くるり踵返すと周太は試着室に入って、ざっと勢いよくカーテンを引いてしまった。
―怒らせちゃったかな?
やりすぎたかな?そんな反省と一緒に英二はソファに腰掛けた。
いま引かれたカーテン一枚に隔てられている、こういうシーンをどこかで読んだ?
そんな考え廻らして、記憶の抽斗から出た答えに英二は微笑んだ。
「…そっか、『天の岩戸』だな?」
太陽の女神が怒って洞窟に隠れてしまう、そんなシーンの話。
あのとき残された者たちは困って、女神が出てくるよう宴会をして気を惹いた。
太陽が現われなければ、万物は枯れてしまうから。そんなストーリーに想い重ねて英二は微笑んだ。
―俺にとったら、太陽の女神は周太だな?
周太が笑ってくれないと哀しい。
周太がいないと心が空っぽになって、虚しさが心覆ってしまう。
周太に出逢う前の自分は「生きている」ことにすら迷っていた、けれど今は夢までも抱いている。
そんな自分にとって「周太」は歓びで、自分の全てで、想うだけで明るく温かい。
こんな自分はもう「周太無し」だと枯れてしまう、太陽を浴びない花の様に。
だから失うことが怖くて。
周太にとっても自分を必要な存在にしたくて、すこしも自分を忘れてほしくない。
だから今も服を買いたい、着ているとき想い出してくれるように、そのたび「好き」だと想ってほしくて。
そして今みたいに困らせたくなる、構ってほしくて見つめてほしくて。
周太は今、怒ってる?
それとも困ってるだけかな、また俺に困らされてる?
俺に怒って困って、けれど俺が選んだ服に着替えながら、俺のことばかり考えてくれている?
こんなふう自分のことで頭を廻らせていて欲しい、他の誰かを考える暇がないくらいに。
そんな想いと見つめて待っているカーテンの向こう側、静かに気配が動いている。
そろそろ着替え終るかな?そんな期待と見つめたカーテンがゆっくり開いてくれた。
「…着たけど、」
ぼそっと言った顔が、恥ずかしげに頬赤い。
あわいブルーの半袖パーカーに明るいカーキのカーゴパンツ、その裾がすこし長い。
やっぱり着替えてくれたのが嬉しい、嬉しくて笑いかけながら英二は恋人の足元に膝まづいた。
「ちょっと裾、短めに折ると可愛いよ?」
言いながら足首が出るまで裾を折り上げる。
この辺と思うところへ折ると、立ち上がって眺めた。そのストレートな感想が勝手に口から微笑んだ。
「…かわいい、」
パンツの裾から出ている足首が、なんだかすごく可愛いんですけど?
こういう「裾が短い」格好は考えたら初めて見る、周太は足が綺麗だから出てると可愛いんだ?
今まで気付かなかった、つい見惚れてしまう、こんな予想外かなり嬉しいどうしよう?
やっぱり短パン買うべき?膝小僧とか可愛いだろな、でもそれだと露骨すぎる?
っていうか他のヤツに見せすぎるのも嫌だな、どうしよう?
「英二?どうしたの?」
声に我に返ると、黒目がちの瞳が不思議そうに見つめてくれる。
ほら、こんな貌も可愛いのに、こんな格好でされるとちょっと困りそう?
こんな自分に笑って英二は、クロップドパンツを選んで試着室に上がりこんだ。
「周太、こっちも履いてみて?」
「ん、…あの、英二?」
クロップドパンツを受けとりながら周太が首を傾げこんだ。
なんか問題があるのかな?そんなふう笑いかけて英二は一緒に首傾げてみせた。
そんな英二を見つめて周太は困ったよう訊いてくれた。
「どうして英二も試着室に入ってるの?」
「ダメ?」
ダメに決まってるんだけどね?
でも、もしかしたら目の前で着替えてくれるかな、なんて期待したんだけどね?
そんな内心と笑って英二は、素直に試着室から降りるとカーテンを閉めた。
―きっと周太、今、真赤だろうな?
いまの英二の行動に、きっと周太は困っている。
困らせる位は解かってやったことだし、困っている様子を見てみたかった。
本当はそのままカーテンの内側に居たい、こんな少しの時間すら離れていたくない、ずっと傍で見つめていたい。
こんな自分はワガママで駄々っ子みたいだ?けれど今は駄々っ子でも赦してほしい、だって今しかないかもしれない。
いつか離れる時間が訪れる、その向こう側に再び共に過ごせる時間があるとしても、別離の時間は怖い。
だから「今」一緒にいられる時間であるならば、少しでも一緒に過ごしていたい。
本当は「今」ちょっとの間も離れていたくない、少しでも多く君の時間を独り占めしたいから。
本当はずっと自分の体で君を抱きしめていたい、けれど出来ないから、代わりに自分が贈った服で君の素肌を包みたい。
そして許される時には服を脱がせて、自分の素肌で君を包んでしまいたい。
本当は自分の懐から君を出していたくない、誰の視線にすら触れさない、独り占めに体温を感じていたい。
こんなの酷いワガママ勝手で君の自由を奪うと知っている、それなのに閉じ込めて離したくない、それが本音。
これが今の本音、とてもワガママで自分勝手だけれど、本音だから仕方ない。
もしこの本音を言ったら君は、なんて答えてくれるだろう?
こんなワガママでも赦してくれる?
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one scene 某日、学校にてact.8 驟雨―side story「陽はまた昇る」
雨後の空気は、水の香が懐かしい。
清澄な風とゆれる街路樹は、梢に陽射しが翻る。
水たまり避けて歩いていく道、並んで歩く隣の髪にも陽光きらめいていく。
ふわり風に髪払われて聡明な額が露になる、眩しそうに睫伏せる翳が綺麗で。
こんなふうに「きれいだ」と並んで歩いた1年前は、切なかった。
きれいだと、隣を想う。
そのたびに触れられない切なさが痛くて、哀しくて。
あの瞬間の傷みを知っている、だから尚更に今も瞬間が愛しい。
この愛しさに微笑んで、英二は隣を歩く人に笑いかけた。
「周太、ちょっと寄り道していい?」
「ん、いいよ?」
黒目がちの瞳が見上げて笑ってくれる。
この笑顔をずっと見ていたい、そしてもっと笑ってほしい。
あのときと変わらない「笑顔を見たい」この願いに笑って英二は、いつもの店の扉を開いた。
「こんにちは、お久しぶりですね、」
馴染みの店員が迎えてくれる。
ラーメン屋でも久しぶりだと言われたけれど、確かに新宿を歩くことは暫くなかった。
このところ忙しかった時間を想いながら英二は微笑んだ。
「こんにちは、夏服もう入ってますよね、」
「はい。ごゆっくり、ご覧くださいね、」
笑顔で彼女はカウンターで服を畳みながら見送ってくれた。
いつも英二は自分で服を選ぶから、そのことを彼女は知って構わないでいてくれる。
これが英二としては嬉しい、彼女に感謝しながら英二は2階へと上がった。
明るいコーナーを見まわすと涼しげな服が並んでいる、その中から何点か目に着いたものを手早く英二は選んだ。
「ほら、周太。これどうかな?着てみて、」
試着室の壁に服を掛けながら振向くと、困ったよう黒目がちの瞳が見つめてくれる。
どうしたのかなと笑いかけた英二に、遠慮がちに周太は口を開いた。
「あの、英二、それ着てみるけど…でも、今日は俺、自分で買うね?」
よく英二は周太の服を買う、こんな服を着てほしいと思うから。
そのことを周太は申し訳ない様に思ってくれるけれど、何も遠慮してほしくない。
だから今も正直に英二は婚約者へ笑いかけた。
「ダメだよ、周太。周太の服は俺がプレゼントしたいんだ、言うこと聴いて?」
「…でも、いつも悪いから…」
困ったよう言って見つめてくれる貌が可愛い。
こんな貌するから余計に服を買いたくなる、笑って英二はすこし屈んで恋人を覗きこんだ。
「俺が選んで贈ったものを着て欲しいんだ。そうしたら周太、いつも俺のこと忘れられないだろ?そうやって独り占めしたいだけ」
独り占めしたい、これが本音。
だから言うこと聴いてほしいな?そう見つめた周太の頬がゆるやかに赤くなっていく。
あと一押しで言うこと聴いてくれるかな、英二はすこし悪戯な気持と一緒に笑いかけた。
「それに自分で贈った服を脱がすのって、俺、嬉しいんだけど?」
言葉に、さっと周太は額まで真赤になった。
この赤くなる所が可愛くて好きで、つい恥ずかしがらせたくなる。
嬉しくて見つめていると周太は少し唇噛んで、すぐ口を開くと素っ気ない言葉を英二に投げつけた。
「っ、えいじのばかえっちへんたいっどうしてすぐそういうこというの?」
「えっちで変態だからだろ?周太限定でね、」
即答して笑いかけると、黒目がちの瞳が大きくなった。
困ったよう眉がしかめられて、大きくなった瞳が睨むよう見上げてくる。
けれど、くるり踵返すと周太は試着室に入って、ざっと勢いよくカーテンを引いてしまった。
―怒らせちゃったかな?
やりすぎたかな?そんな反省と一緒に英二はソファに腰掛けた。
いま引かれたカーテン一枚に隔てられている、こういうシーンをどこかで読んだ?
そんな考え廻らして、記憶の抽斗から出た答えに英二は微笑んだ。
「…そっか、『天の岩戸』だな?」
太陽の女神が怒って洞窟に隠れてしまう、そんなシーンの話。
あのとき残された者たちは困って、女神が出てくるよう宴会をして気を惹いた。
太陽が現われなければ、万物は枯れてしまうから。そんなストーリーに想い重ねて英二は微笑んだ。
―俺にとったら、太陽の女神は周太だな?
周太が笑ってくれないと哀しい。
周太がいないと心が空っぽになって、虚しさが心覆ってしまう。
周太に出逢う前の自分は「生きている」ことにすら迷っていた、けれど今は夢までも抱いている。
そんな自分にとって「周太」は歓びで、自分の全てで、想うだけで明るく温かい。
こんな自分はもう「周太無し」だと枯れてしまう、太陽を浴びない花の様に。
だから失うことが怖くて。
周太にとっても自分を必要な存在にしたくて、すこしも自分を忘れてほしくない。
だから今も服を買いたい、着ているとき想い出してくれるように、そのたび「好き」だと想ってほしくて。
そして今みたいに困らせたくなる、構ってほしくて見つめてほしくて。
周太は今、怒ってる?
それとも困ってるだけかな、また俺に困らされてる?
俺に怒って困って、けれど俺が選んだ服に着替えながら、俺のことばかり考えてくれている?
こんなふう自分のことで頭を廻らせていて欲しい、他の誰かを考える暇がないくらいに。
そんな想いと見つめて待っているカーテンの向こう側、静かに気配が動いている。
そろそろ着替え終るかな?そんな期待と見つめたカーテンがゆっくり開いてくれた。
「…着たけど、」
ぼそっと言った顔が、恥ずかしげに頬赤い。
あわいブルーの半袖パーカーに明るいカーキのカーゴパンツ、その裾がすこし長い。
やっぱり着替えてくれたのが嬉しい、嬉しくて笑いかけながら英二は恋人の足元に膝まづいた。
「ちょっと裾、短めに折ると可愛いよ?」
言いながら足首が出るまで裾を折り上げる。
この辺と思うところへ折ると、立ち上がって眺めた。そのストレートな感想が勝手に口から微笑んだ。
「…かわいい、」
パンツの裾から出ている足首が、なんだかすごく可愛いんですけど?
こういう「裾が短い」格好は考えたら初めて見る、周太は足が綺麗だから出てると可愛いんだ?
今まで気付かなかった、つい見惚れてしまう、こんな予想外かなり嬉しいどうしよう?
やっぱり短パン買うべき?膝小僧とか可愛いだろな、でもそれだと露骨すぎる?
っていうか他のヤツに見せすぎるのも嫌だな、どうしよう?
「英二?どうしたの?」
声に我に返ると、黒目がちの瞳が不思議そうに見つめてくれる。
ほら、こんな貌も可愛いのに、こんな格好でされるとちょっと困りそう?
こんな自分に笑って英二は、クロップドパンツを選んで試着室に上がりこんだ。
「周太、こっちも履いてみて?」
「ん、…あの、英二?」
クロップドパンツを受けとりながら周太が首を傾げこんだ。
なんか問題があるのかな?そんなふう笑いかけて英二は一緒に首傾げてみせた。
そんな英二を見つめて周太は困ったよう訊いてくれた。
「どうして英二も試着室に入ってるの?」
「ダメ?」
ダメに決まってるんだけどね?
でも、もしかしたら目の前で着替えてくれるかな、なんて期待したんだけどね?
そんな内心と笑って英二は、素直に試着室から降りるとカーテンを閉めた。
―きっと周太、今、真赤だろうな?
いまの英二の行動に、きっと周太は困っている。
困らせる位は解かってやったことだし、困っている様子を見てみたかった。
本当はそのままカーテンの内側に居たい、こんな少しの時間すら離れていたくない、ずっと傍で見つめていたい。
こんな自分はワガママで駄々っ子みたいだ?けれど今は駄々っ子でも赦してほしい、だって今しかないかもしれない。
いつか離れる時間が訪れる、その向こう側に再び共に過ごせる時間があるとしても、別離の時間は怖い。
だから「今」一緒にいられる時間であるならば、少しでも一緒に過ごしていたい。
本当は「今」ちょっとの間も離れていたくない、少しでも多く君の時間を独り占めしたいから。
本当はずっと自分の体で君を抱きしめていたい、けれど出来ないから、代わりに自分が贈った服で君の素肌を包みたい。
そして許される時には服を脱がせて、自分の素肌で君を包んでしまいたい。
本当は自分の懐から君を出していたくない、誰の視線にすら触れさない、独り占めに体温を感じていたい。
こんなの酷いワガママ勝手で君の自由を奪うと知っている、それなのに閉じ込めて離したくない、それが本音。
これが今の本音、とてもワガママで自分勝手だけれど、本音だから仕方ない。
もしこの本音を言ったら君は、なんて答えてくれるだろう?
こんなワガママでも赦してくれる?
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