萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

皐月三日、水芭蕉―immortality

2021-05-04 00:05:25 | 創作短篇:日花物語
天涯より、
5月3日誕生花ミズバショウ水芭蕉


皐月三日、水芭蕉―immortality

深い高い青、その道。
ことり敲く木道、ふわり頬が涼む。

「まだ冷たいな、」

肌ふれて冴える風、見わたす尾根に銀色のぞく。
高峰まだ雪の時間、そんな道たどる風かすかに渋く甘い。

『遠くから来たんだね、あったかいうちどうぞ?』

雪嶺の風なぞる声、記憶あわく匂いたつ。
あわい湿度ふくんで渋く甘い、この風に春が雪解ける。

「よっ、」

とんっ、木道の裂け目ひとつ跳ぶ。
星霜に朽ちたのだろう、そんな板底を清流きらめく。
この水たどれば辿りつける、あの春と同じ道は早緑まばゆい。

「きれいだな、」

声の唇あわく冷たく薫る、雪まだ風匂う。
あまい渋い風馳せてゆく、風ゆらす梢からから澄んで鳴る。
この音も香も変わらない、ずっと歩きたかった道を踏んで水が香った。

「あった…」

泉のほとり、星霜つもる小屋。
ダークブラウン深い木目なつかしい、屋根の色すこし褪せたろうか。
それでも窓のガラスあざやかに青映る、あの歳月また見つめて戸口くぐった。

「こんにちはー」

呼びかけた小屋の壁、青空の山嶺が窓光る。
まるで絵画みたいだ、あのころと同じ想いに声が返った。

「はーい、」

穏やかに澄んだ声まだ瑞々しい。
変わらない響きの真中さらり、バンダナに包んだ黒髪ゆれた。

「ちょっとお待ちください、すぐ行きまーす!」

ことことん、登山靴かろやかに響いてくる。
変わらない足音のままエプロン姿が微笑んだ。

「お待たせしました、ご予約されていますか?」
「はい、」

肯いたカウンター越し、赤いバンダナ零れる髪が光る。
やわらかな黒髪は変わらなくて、けれど光る三筋の銀色に微笑んだ。

「十年ぶりに予約しました、お元気でしたか?」

※加筆校正中

水芭蕉:ミズバショウ、花言葉「変わらぬ美しさ、美しい思い出」

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村
純文学ランキング
PVアクセスランキング にほんブログ村
著作権法より無断利用転載ほか禁じます

萬文習作帖 - にほんブログ村

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 墨彩の花、黒百合の初夏 | トップ | 睡蓮ゆれる、皐月の花画 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

創作短篇:日花物語」カテゴリの最新記事