萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

終章またはact.0 雪嶺の楔、act.1 予兆

2022-02-02 23:06:06 | Lucifer
予兆、終わりの始まりへ
暁24歳、春3月


終章またはact.0 雪嶺の楔、act.1 予兆

夢、そう解かっている。
それでも白銀あざやかな蒼穹まばゆい、雪山の朝だ。

―この稜線はあの山だ、もう標高3,000は超えてる、

夢、けれど吐く息あわく凍えて白い、めぐらす銀嶺ほどけて融けてゆく。
頬なぶる風は髪も凍えさす、呼吸あがる鼓動が熱い、この感覚リアルに温まる。
いま眠っているのだと自覚していて、それでも白と青の世界が嬉しくてたまらない。

登っているんだ、三千峰に。

『…あきら?』

呼んでくれる声、でもリアルにこの場所では呼ばれない。
けれど今こうして呼ばれるなら逢いたくて、また聴きたかった声が言う。

『暁、北岳草を見せて?』

約束、憶えてくれるんだ?

そう訊きたくて振向いて、けれどいない。
見あげた先にもどこにもいない、こんなに逢いたいのに?

『約束したよね暁、必ず見せて…なにがあっても、』

なにがあっても、って「何」がある?

訊きたい、けれど声も出ない。
ただ視界だけ見まわして、そして姿ひとつ現れない。
ただ白銀まばゆい稜線、青い空、それから舞いあがる風花の光。

「…のぞむ、」

名前こぼれて視界ゆっくり披きだす。
ほの暗い天井は夜明が遠い、そうして現実の朝は明けた。

・・・・・・

かたん、

椅子ひいて座った食堂、昼の香が腹を空かせてしまう。
こんな日でも人間は食べられる、そんな自覚おかしくて暁は独り笑った。

「…俺もタフだな、」

つぶやいて、でも周り誰も聴いてはいない。
まだ早めの時刻に席は空いている、けれどすぐ埋まるのだろう。
その日常にジャージ姿で箸とった向かい、かたり椅子ひかれて笑顔が座った。

「鷹居さん、トレーニングルームにいたんですか?」

あ、この声いま一番聴きたくなかったかも?

なんてつい想って笑ってしまう。
こんなにもナーバスになっている、けれど切り替え笑いかけた。

「おつかれさまです、浦部さんはランニングマシンでしたね、」
「見てたんだ?声かけてくれたらよかったのに、」

笑顔さわやかに返してくれる、でも今はなんだか小憎らしい。
そう想ってしまう本音はきっと夢の所為だ。

―なんで希が三千峰で呼ぶんだ、登れない標高なのに、

いるはずのない場所、けれど声だけは呼んでいた。
どうしてこんな夢を見たのだろう?その心当たりに記憶はメールひとつ読みあげる。

From  :希
Subject:Re:哲人
本 文 :写真すごくきれいでした、ありがとう。
    都心も冷えこんでいます、鍋料理がおいしかったです。
    沈黙は守るほうが無難だけれど、でも解らなくなることも多いって僕は想うよ?

この最後の一文ずっと考えこんでいる。
これは何を伝えたい?訊きたくて、けれど聴けないまま時過ぎてゆく。
こんなふう逡巡するなんてらしくない、もどかしさごと飯ひとくち呑みこんで呼ばれた。

「鷹居さん?」
「はい?」

応え笑いかけた先、白皙の笑顔が瞬きひとつする。
端正な瞳すこし困ったよう見つめて、そのまま穏やかに訊いてくれた。

「なんだか鷹居さんボンヤリしてますね、いつも緻密なのに。何かあったんですか?」

あった、でもおまえには話したくない。

そう肚底また毒づいてしまう、こんなのは八つ当たりだ。
そんな自覚また可笑しくてつい笑って応えた。

「俺もボンヤリくらいしますよ?お話、聴いてなくてすみません、」
「いや、たいした話はしてないから、」

爽やかなトーン言ってくれる、その言葉に他意はない。
こんなふう良いヤツだとは解かっている、それでも腑に落ちない確信を言われた。

「湯原くんのこと話していたんです、高田がメールやりとりしたこと、」

ほら、そういうこと言うから癪なんだ。

―俺より希の行動知ってるみたいでムカつくんだよな、メールは解からないし、

電話や会話ならいくらか把握している、それは小さな機械のお蔭だ。
それは安全確保のために使っていて、けれど本人が知ったら怒るだろう?

―無断で盗聴なんて周太きっと怒るよな、でも心配だし、

君が心配でたまらない、だって「普通」の状況にいない。
もし「何事もない」生活してくれるならこんなことはしない、でも今は違う。
こんな現実は本音やっぱり重たくて、だから見たかもしれない夢に訊きたくて尋ねた。

「高田さんには仲良くしてもらってるみたいですね、森林学講座の話ですか?」
「うん、本を教えてもらったらしいよ、」

なにげない笑顔さわやかに教えてくれる。
ごく当たり前の応答は警戒の必要ないだろう、けれど水飲みかけて言われた。

「高田と湯原くんが仲良くなったキッカケって、盗聴器のことだって聴いてる?」

え?

「っ…ぐはっ」

噎せこんで水ぐわり逆流する。
掌に口もと抑えこんでなんとか呑みこんで、けれど咳が始まった。

「ごほっ、こんごほっ」

ああカッコ悪い、こんな不意打ちくらうなんて?

いま盗聴のことを考えていた、だから後ろめたさが噎せさせる。
こんな事態あまりに不甲斐なくて、その投石した手がティッシュさしだしてくれた。

「大丈夫?こんな噎せるなんて風邪気味かな、今朝も水浴びたんだろ?」

おまえの所為だってば?

「ごほっ…だいじょっ、ぶですっごほ」
「うん、でも風邪の前兆かもしれないよ?ここのとこ忙しかったし、今朝も冷えこんだから、」

応えながら食卓まわり拭いてくれる。
色の白い手、けれど大きく頼もしいのが今は癪で、それでも微笑んだ。

「風邪ではありません、ちょっと水に噎せただけです、」
「念のため今日はゆっくりしたほうがいいよ、せっかくの非番だし、」

大丈夫?そう微笑んでくれる言葉は優しい。
その優しさも癪で、こんな自分勝手おかしくて見た窓に声が出た。

「あ、雪?」

ふわり、白くガラスふれて消えてしまう。
その珍しさに先輩も頷いた。

「三月の雪だね、東京だと珍しいけど、」

三月の雪、

そんな言葉に去年が懐かしい。
あれから時間ずいぶん隔たった、その実感に向かいが微笑んだ。

「今日は大学の合格発表なんだね、ニュースが賑やかだ、」
「はい?」

言われてふり向いたテレビ画面、見憶えあるキャンパスが映っている。
悲喜いりみだれた光景は例年通りで、そして本音すこし妬けてしまう。

―俺も受験したかったな、内部推薦なんかじゃなくて、

自分の大学受験は母が壊してしまった。
けれど本当に壊した人間は別にいる、その事実ゆるやかに肚焦がす。

―観碕がいなかったら俺も違ってたな、それ以上にもっと…希も、

観碕征治、

あの男ひとりいなければ自分たちの今は違う。
それは幸せだったろうか、けれど出逢えなかったかもしれない。
幸福か不幸か、そのジャッジ決めかねるまま気になることを確かめた。

「浦部さん、盗聴器って国村さんの件でしょうか?七機に赴任したころ、」

そう表向きは始末されている。
そのままに先輩はうなずいてくれた。

「そうだよ、やっぱり聴いてるんだね?」
「はい、無線とラジオで探知したんですよね、」
「高田はあれが巧いんだ、工学部出身だけあるよ。湯原くんも工学部なんだってね、」

話してくれる笑顔は穏やかに清々しい。
この貌なら「湯原くん」も親しくなるのは当然だろう?納得に妬ける傍らニュースが言った。

「1月に…で起きた強盗殺人の容疑者が起訴されました、本人は否認するも…また余罪の可能性が」

この事件、前にも聴いた。
その記憶と箸うごかし会話するむこう、ふっと足音に意識とられた。

―黒木さん?でもなんか違う、

足音で誰なのか解かる、けれどいつもと違う。
かすかな違和感に顔上げてすぐ硬い声が呼んだ。

「鷹居、浦部、すぐに来い、」

ほら?「何」かが起きた。

“沈黙は守るほうが無難だけれど、でも解らなくなることも多い”

そう告げたのは君だ。
そのままに今も電話きっと繋がらない、そんな現実が迫る。

「三月だからね、県警の山岳警備隊は遭難対応でアテに出来ないからウチが動く、っていうのは建前で極秘処理するためだよ?」

指示するテノールはいつも通り明るい、けれど硬質な緊張わだかまる。
その理由は「極秘」のせいだ、そんな現実を上司は隊員一同へ告げた。

「犯人は山岳ガイドの男で山小屋に立て籠もり中、人質は小屋主ほか3名。内1名は総務省官房審議官、犯人の要求は強盗殺人犯の無罪判決だよ、」

総務省官房審議官、

その肩書に肚底ぐわりこみ上げる。
そこにある「極秘処理」そして明方の夢まっすぐ暁を引っ叩いた。

『約束したよね暁、必ず見せて…なにがあっても、』

君が言っていた「何」はこれのこと?

―籠城事件ならSATが出る、官僚の救助なら尚更だけど総務省だって?

なぜ「総務省」なのだろう?

考えだして記憶いくつも重なりだす、これは「何」かある。
もう蟠りだす予兆とさっきの記憶に先輩が挙手した。

「小隊長、1月に起きた強盗殺人の容疑者が起訴されたとニュースで聴きましたが、犯人が要求するのはこの件ですか?」
「アタリだよ、ソレの件で立て籠もられちゃったね、」

応えてくれるテノールは落着いて明るい。
それでも静かな緊迫感に上司は口開いた。

「もう解かってるだろうけどSATが出るからね、で、現場が雪山だからウチがサポートしろってワケ。県警も一部の人間しか今は知らないから口外禁止です、」

説明する雪白の顔の向こう、窓ふる雪は積もりだす。
あわく白く滲みゆくガラスに気温が解かる、まだ正午前の時計に上司は言った。

「全員に拳銃携行を命じます、15分に救助車で集合。黒木は装備点検お願いします、浦部と鷹居は手伝いあるから残ってね、」

指示されて速やかに動きだす。
そして三人だけになった部屋、秀麗な雪白の顔は溜息と訊いた。

「あのさ…浦部も鷹居も射撃は上級だね?」

ほら「何」か告げられる。
この答もう解かるまま、暁はきれいに笑った。

「俺にやらせて下さい、山での発砲は俺のほうが経験あるはずです、」

きっとそういう事だろう?
その予測に上司兼ザイルパートナーがタメ息吐いた。

「まあねえ、鎌男のとき確かにオマエは発砲したけどね?」
「はい、狙いは的確でしたよね?」

事実のまま笑いかけて、ザイルパートナーの眼が眇める。
今は上司で3年先輩、けれど同年のザイルパートナーは呆れたよう言った。

「タシカに的確だったね、ホント鷹居は危険人物だよ?ねえ浦部?」
「そうですね、鷹居さん普段は好青年ですけどね?」

にっこり笑いかけてくる、その笑顔こそ「好青年」だろう?
そんな感想つい毒づいた現場、好青年先輩が姿勢あらためた。

「話を戻しますが、小隊長?サポートって狙撃もあるんですか?SATが出るのに、」
「可能性はある、」

すぐ応えてくれる声は落着きながら硬い。
きっと苛立ち隠している、そんなトーンが続けた。

「射撃上級者で雪山に強いヤツを1名選んどけって指示がきてる、ウチでは浦部と鷹居と、あとは俺だね、」

該当者は3名、そこにある意図は何か?
それくらい予測はつく、だからこそ暁は踏みこんだ。

「その3人なら俺が適任だと思います、国村小隊長は指揮官ですし、浦部さんは今回ガイド役になりますよね?」

名前に肩書つけて呼びかけて、その相手が真直ぐこちら見る。
いま立場を利用させてほしい、そんな意図くらい解かる男はため息吐いた。

「鷹居の言う通りだよ、浦部は長野に詳しいからって県警からもガイドに推薦されたね。浦部には遭対協にも伝手があるよってさ?」

推薦されて当然だろう、だって地元だ。
そこに知人も多い先輩は尋ねた。

「国村さん、そんな提案が県警からあったということは、県警の山岳警備隊は誰も出ないということですか?」
「それが上からの命令だね、」

即答して真直ぐに見つめてくる。
この「上から」は大元どこなのか?もう解かるまま暁は微笑んだ。

「では、俺が就くことで決まりですね、」

他の誰でもない、自分だ。

そんな予兆は目覚める前に始まっている。
だから夢を超えて約束は告げられた、そんな確信が可能性を見てしまう。

―のぞむ、希。警察を辞めたんじゃなかったのか?

警察学校を辞めた同期、そして自分の今の原点。
ずっと本当は会いたかった、今日、君に再会できるのかもしれない?
けれどこんな再会は望んでいなかった、けれど、ずっと予測していた。

―もし今日、希が選ばれているのなら…あの男はそういうつもりだ、

今日もし君が選ばれるのなら?
その可能性ずっと知っていた、だから今、そのために自分はここにいる。
この行く先は安全など遠い遠い場所、それでも自分は後悔など欠片もできそうにない。

―俺は希を守るだけだ、あの男の意志が何でも関係ない、

君を護る、それだけのために自分はいる。
こんな本音に全てが符号あわさってゆく、それでも「あの男」が望む結末を覆したい。

―総務省官房審議官が人質なんて見え透いてるな、でも本人は何も知らなくて、

人質、いま被害者にされている男は何も知らないだろう。
きっと「あの男」が巧妙に仕向けたことだ、そう解かるからこそ逃げる選択肢もいらない。
ただ自分の今できること全部すればいいだけだ?もうずっと決めている願いに言われた。

「鷹居、話したい人がいるなら伝言を託してください。きっと無事にすむって俺は信じるけどね?」

覚悟しろ、でも信じている。
そう告げてくれる眼差しは緊張して、それでも透けるよう明るく温かい。
そこにあるリスクの可能性は解かっている、それでも信頼と願いへ笑ってうなずいた。

「はい、必ず無事に任務は果たします、」

約束を笑って、そうして願いごとひとつ見つめてしまう。
この願いはリスクと背中合わせ、それでも渇くよう願っている。

―のぞむ、希。どこにいても俺は約束を果たすよ?

きっと今日の涯は死線。
けれど君の行方に寄添えるなら、それでいい。

(校正中)
→act.2
小説サイト「カクヨム」投稿版
連載「side story」のオリジナル版になります。
カクヨム投稿した版をこっちにも載せてみました、
あっちは加筆校正NGって縛りがあるらしく・理由わからなくもないけどソレナンダカなあ思う→納得いくまで加筆校正したいからコッチにて、笑
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