萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第81話 凍結 act.2-side story「陽はまた昇る」

2014-12-18 23:00:00 | 陽はまた昇るside story
storage shed 堆積の眼



第81話 凍結 act.2-side story「陽はまた昇る」

開かれた扉の風景は、2ヶ月前と何も変わらない。

活けられた花の種類は違う、けれど同じ色調は主の趣味に合せている。
物静かな銀髪のネクタイ姿も変らない、それでも小さな変化に英二は笑いかけた。

「こんにちは、中森さん。今日は寒いね?」

コート脱ぎながら笑いかけた玄関先、銀髪の微笑が頭を下げる。
優雅な挙措にチャコールグレイ優しいニットの背起こし、静かな声が微笑んだ。

「おかえりなさい、英二さん、」

おかえりなさい、って出迎えるんだな?
この変化すこし困りながら、それでも笑って応えた。

「ただいま、ヴァイゼは?」
「今来ると思います、ほら、」

静かな微笑が見たむこう、明るい回廊を黒い犬が駆けてくる。
陽だまりで昼寝していたのだろう?そんなジャーマンシェパードに笑いかけた。

「ただいま、ヴァイゼ、」
「くん、」

鼻かすかに鳴らし前に座ってくれる。
その鼻づら掌さしだすと小さく舐めて、ころり仰向き腹をさらした。

「ありがとう、ヴァイゼ?」

笑いかけ屈んで腹そっと撫でてやる。
ふわり毛並やわらかに掌くるむ、和毛を透かす体温ふれる。
見あげてくれる瞳は茶色やさしく澄んで変わらない、それでも交じる白い毛に寂寥を微笑んだ。

「中森さん、ヴァイゼは何歳になる?」
「この春で11歳です、」

答えてくれる声は慈しみ柔らかい。
大型犬の11歳がどういう意味なのか、それが解かるから尋ねた。

「ヴァイゼも少し耳が遠くなった?出迎えが遅かったけど、」

前は庭まで出迎えてくれていた、四年ごし訪れた秋も庭先で遊んだ。
それが今は玄関を入ってから来ている、この変化に家宰は頷いた。

「はい、年末あたりから少し。食事は変わらず摂りますが、昼寝が増えたようです、」
「冬の寒さが堪えるのかな、ヴァイゼ?」

笑いかけ頷きながら鼓動そっと軋みだす。
この昔馴染みともいつか別れがくる、その時間の堆積に微笑んだ。

「ごめんなヴァイゼ、4年も、」

四年間、ずっと自分はここに来なかった。
その時間の経過は犬と自分に違う、いま気づかされた後悔に家宰は言った。

「これからは4年分お帰り下さい、ヴァイゼも報われます、」

この犬まで引き合いに出すんだな?
こんな論法が可笑しくて、けれど巧みに突かれた弱点に笑った。

「じゃあ俺、ヴァイゼとだけ遊んで帰るよ?」
「それでも克憲様は喜ばれますよ、テラスにどうぞ?」

静かに微笑んで案内の手伸べてくれる。
もう一度やわらかな腹そっと撫で、立ちあがると愛犬も起き寄りそった。

「ヴァイゼは英二さんがいると元気ですね?」

また家宰は微笑んでホールを歩きだす。
チャコールグレイのニット端正な背は変わらない、それでも銀髪は白くなった。
そんな後姿を眺めながら歩く足元も黒い犬の背は白まじる、この時の流れに言われた言葉が響く。

『それでも克憲様は喜ばれますよ、』

犬とだけ遊んで帰る、そんな自分の言葉に家宰は微笑んだ。
そこにある意味はきっと2年前の自分なら解からない、けれど今は解る。

―俺がいる気配だけでもってことなんだ、それだけ今は、

もう九十を超える齢、それだけ少なくなった時間は求めるのだろう。
そこにある孤独感も焦燥も今の自分は知っている、だって別れの哀痛も恐怖も知ってしまった。
残された時間のカウントに気づいてしまった、そして喪う可能性が怖くて哀しくて自分こそ泣きたい。

―だから周太、逢いたいよ?

あの人は今、何をしているのだろう?

そんな問いは秋から幾度も廻らせる、そのたび聴きたいけれど訊けない。
もう詮索してはいけない場所に今あの人はいる、それが嫌だから今日もここに来た。

だって知っている、この屋敷の主人なら全ての鍵を自分に渡すだろう?

「克憲様、おかえりになりました、」

静かな呼びかけに安楽椅子の横顔が身じろがす。
白皙すこし笑って、楽しげな深い低い声が透った。

「中森の勝ちだな?」

勝ち、なんて言葉が何かすぐ解かる。
老人ふたり何をしているのだろう?可笑しくて少し笑った。

「中森さん、俺が1月に来るか賭けていましたね?景品は何ですか、」

こういう信頼が二人にはある。
それが救いのよう想えて楽しい隣、優しい瞳が微笑んだ。

「後ほどお教えします、今夜は何を召し上がりたいですか?」

てらいない声と言葉が訊いてくれる。
この微笑には敵わないな?そんな素直に笑いかけた。

「和風のローストビーフは出来る?茸のソースと焼いた野菜を添えたやつ、」

本当はあのひとに作ってほしいけどね?
そう本音ひとり笑いかけて家宰は微笑んだ。

「かしこまりました、」
「よろしく、」

笑いかけた腕からコート受けってくれる。
端正に礼ひとつして、チャコールグレイの背中むこうへ行くと安楽椅子に腰かけた。

「相変わらずヴァイゼは英二に絶対服従だな、」

この台詞、前も聞いたな?

―11月も同じこと言われたよな、庭先で、

晩秋、四年ぶりの再会に祖父は同じ言葉を言った。
こんな事すこし可笑しくて、足元の犬そっと撫でながら微笑んだ。

「お元気そうですね、」
「英二はまた佳い貌になったな、テレビで観るより美形だ、」

深く低く透る声は笑っている。
揄っているようで瞳は満足に細めさす、そんな祖父に問いかけた。

「観碕征治を宮田の祖父の通夜に招いたのは、あなたですか?」

これを確かめたくて今日、ここに来た。
この回答次第では赦せない、けれど祖父は呆れ顔で笑った。

「なぜ私が観碕など招くのだ?」

馬鹿らしいことを言うな?
そんなふう端正な眼差し哂いだす、その正直な眼に微笑んだ。

「通夜で話したと観碕さんから言われました、母に俺の事を褒めたと言っていましたよ?」
「ああ、美貴子にも話しかけていたな、」

陽だまりに深い低い声が記憶をなぞる。
その貌は秋の再会と変わらない、あの時と同じ端整な顔は酷薄に微笑んだ。

「あれは呼ばれざる客だ。だから軽く脅したが、その仕返しが美貴子の我儘だろうな?寂しがりを利用して英二の進学を妨害させて、」

ほら、祖父は全て解っていた。
こんなふうカード幾つも隠している、この近親者に問いかけた。

「あなたは全て納得ずくで俺の進学を邪魔させたんでしょう?それは観碕を牽制するためですか、俺を警察庁で出世させて“ Fantome ”も脅かして?」

最初から自分の進路は仕組まれていたのだろう?
それくらい祖父なら簡単だ、そう見つめた陽だまりに白皙の微笑は尋ねた。

「英二が警察に入ったことも私の意図か、なぜそう想う?」
「あなたが理事の大学に入れておけば進路の操作など簡単です、現に、警視庁は先輩のアドバイスでしたから、」

答えながら昔の自分に忌まわしい、こんな簡単なことも気づかなかった。

―あの先輩も体よく使われていたんだな、だから伝聞系で話してたんだ、

警視庁も悪くないらしいよ?

そんな他愛ないアドバイスだった、けれど自分に進路を示して動かした。
あの一言も祖父が仕組んだのなら全て納得できる、その証拠の発言たちを微笑んだ。

「11月にも言っていましたよね?ノンキャリアから警視総監になった前例は無いが俺なら可能性ゼロとも言えない、性格的にも軍人向きだ、ストレートに警察庁も良いけれど前例を超えることは喜ばしい。どれも俺が警察庁に入ることを最初から望んでいた発言です、あなたは俺を検事よりも警察にしたくて母の我儘に従ったフリをしたんだ、俺が司法修習を保留することも最初からの計画なんでしょう?」

警察官の途は自分で選んだと思っていた、けれど違う。
そう気づかされてプライドは罅割れる、苛立つ、それでも冷静が告げていく。

「警察そのものが正義の秘密で、正義だからこそ内務省の三役は権力者だと仰っていましたよね?あなたは俺を使って全てを握るつもりですか、あなたが踏みこんでいない警察に俺を入れて観碕を追い詰めさせるつもりですか?そこまでして観碕を牽制したい目的は権力ですか、それとも暇潰しのゲームですか?」

こんなふうに自分は結局、手駒にされている。
司法修習を保留して警視庁に入った、それは自分の意志で反抗でもある。
けれど「意志の動機」反抗の原点から操作されていた、こんな祖父に自分は敵わないのだろうか?

―こういう男だから権力が寄ってくるんだ、今も、

こんな男を社会人2年目が凌げるはずもない、それが当り前なのだろう。
それくらい納得できる程度の謙虚は自分にもある、それでもプライドの怒りは鼓動から焼く。
この傷から逃げたくないから今日も「帰って」きた、だから座っているテラスに低く深い声が徹った。

「目的は復讐だ、宮田君を穢した罪を観碕に償わせる、」

今、祖父は何て言ったのだろう?

「今、復讐と言ったんですか?宮田の祖父を穢したってどういう意味ですか、」

もう一人の祖父のために復讐したい、そう今言ったのだろうか?
こんな事この男が考えるなんて意外で、けれど穏やかな瞳は冷徹に微笑んだ。

「宮田君の葬儀にあれほど相応しくない男はおらん、だが観碕は弁えもせず穢したのだ、」

穏やかに響く声、けれど酷薄が冷たい。
冷えきるほど焦がれる怒り見つめる真中、白皙の端整な顔は微笑んだ。

「宮田君は呆れるほど高潔で清廉な男だった、この私が敵わないと思う唯ひとりの男がおまえの祖父だ。泥塗れの私だからこそ宮田君の清らかさは沁みる、そういう理解も出来ないほど観碕は大義とやらに囚われているのだ。大義など小さな人間の愚かな畸形だとも気づけん、あれでは大義を遣うのではなく使われている、あれは囚人だ、」

遣うのではなく使われている「囚人」だ。
そんな言葉に祖父の感情と評価がわかる、そのまま尋ねた。

「元から観碕を嫌いなんですね?まったく顔には出さないでしょうけど、」
「卑しいものは嫌いだ、英二も嫌いだろう?」

深く低く徹らす声は否定できない、それくらい自分たちは似ている。
その自覚と座りこんだ陽だまりの席、穏やかな冷酷が微笑んだ。

「どんな偽善で飾ろうが囚人は卑しい、そんな男は清らかに生きた男の最期に踏みこんではならん。けれど観碕は弁えず参列したのだ、英二を目的にな?」

穏やかに澄んだ瞳は美しい、けれど冷たい酷薄が嗤っている。
この眼差しが祖父を今の地位に据えた、そんな納得に端正な微笑は言った。

「観碕が英二を狙った明確な理由は知らん、だが利用目的があるから美貴子を洗脳したのだろう?この私と宮田君の孫を手駒にしようなど赦せるわけもない、この報復は駒に咬み殺される屈辱が最も効く。だから罠に嵌ったよう見せてやったのだ、この復讐は英二も望むだろう?」

ほら、やっぱり自分たちは同類だ?

こんなこと認めたくはない、けれど言葉に改めて血縁の濃さを知らされる。
こういう祖父の孫だから自分の今を克ちとれた、そんな自覚に冷徹な熱情は微笑んだ。

「英二も私も傲慢だ、傲慢ゆえに尊敬の対象は大切になる。それを貶めた者を赦すほど英二は寛容でも甘くもない、報復を望むと思ったから警察を選ばせたのだ。何も知らず検事になるよりも全てを知る機会と判断を英二なら選ぶ、そう思ったから私なりにサポートしたつもりだが、迷惑だったなら謝る、」

この七年間ずっと祖父は何を想い、考えていたのか?
そんな吐露に答はひとつしかなくて悔しさと微笑んだ。

「あなたが言うとおり、俺は知る機会と判断を選びます。だからこそ大学を選ぶ時点で言って欲しかったですけど、」

あのとき最初に知っていれば近道も探せたろう?
そうしたら今こんなふうに大切な人を心配しなくて良かったかもしれない。

“もし自分が警察官僚に最初からなっていたら?”

こんな仮定を今更しても仕方ない、それに答なんて解っている。
それでも我儘な推論を見つめながら足元の犬そっと撫で微笑んだ。

「飲むものを貰ってきます、ワインですか?」
「もう5分で持ってくるだろう、」

低い綺麗な声に応えられて相変わらずなのだと可笑しくなる。
こんなふう祖父と家宰は紐帯が深い、それが今は温かに想えるまま質問を笑いかけた。

「姉とは最近、会いましたか?」

多分この数日後には会うだろう?
そんな予想と笑いかけた先、冷静な瞳すこし揺らいだ。

「月末に来ると言っているが、なにか訊いてるのか?」
「いいえ、」

短く応えて愉しくなる、だって今たぶん動揺しているだろう?
この祖父にも弱点はある。その人間らしい温度が今、素直に嬉しい。



(to be continued)

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