Long afterward I roamed about 涯なる家路
第71話 渡翳act.1-side story「陽はまた昇る」
久しぶりの家は、梢あわく秋へ移ろい始めた。
運転席から降りた空気は涼やかで乾いた甘い香に黄葉あわい。
停めた門の駐車場は既に1台停まり、その車種もナンバーも見知っている。
やはり姉から電話で聴いた通りに滞在中なのだろう、その温もりへ英二は微笑んだ。
「お祖母さん、ありがとう、」
祖母がこの家に来てくれているなら、安堵できる。
あの祖母なら母子ふたりとも受けとめ安らがすだろう、そんな信頼通りに家の空気は穏やかに凪ぐ。
まだ一昨日の朝に聞いたばかりの叫びは耳朶あざやかで、その傷みは今も哀しい。
『周、目を開けて周太!』
早朝の盗聴器を越えて美幸の声は鼓動に刺さった。
過労の高熱に昏睡し喘息発作を併発、そんな息子の姿に彼女が何を見つめたのか?
その傷が普段と違う声から響いて今も疼く、そして選択に今、分岐点を迷うため家に帰ってきた。
-このまま周太を辞職させることも出来るんだ、体を理由に、
もし身元引受人であり家族でもある美幸が、周太の疾患を理由に退職を願い出たなら。
それを美幸が望んだなら警視庁も周太自身も拒否は難しい、そんな現実に考えてしまう。
正式に弁護士も通して辞職させたなら「あの男」が綯い続ける鎖も今ここで断絶出来る?
-父さんに弁護士を紹介してもらおう、検察にも立場が強い人がいい、
本当なら国際弁護士としても有名な父に助力して貰えたら有利だ。
けれど血縁と「顔」の事がある以上、父本人を巻き込むことは危険すぎるだろう。
もしも馨を知る人が父の顔を見たなら血縁に気づく可能性が強い、それは周太と美幸の反応で解かる。
―挨拶に来た時も父さんの顔を懐かしそうに見てた、妻と息子ですら似てるって想うんだ、
父と馨は母親同士が従姉妹で血族6親等、顔が似ていても不思議はない。
年齢もさして変わらない二人は体格も似ていた可能性がある、それも今日は確かめたい。
そして場合によっては父の安全確保も考えなくてはいけないだろう、そんな思案と木造門を押した。
ぎしっ…
軽やかに重く軋んだ音が、帰ってきたと想い掴む。
この門を初めて潜ってから季節一巡りした、もう幾度も押す重厚の手触り懐かしい。
音に感触に、見つめる木目に、帰ってきたかった本音が拒絶の可能性に怯えている。
それでも門を潜り扉を閉めて、ふわり頬を撫でる庭木立の風は優しくて英二は微笑んだ。
「…ただいま、って…言って良いのかな、俺は、」
ただいま、と、この家に告げることは自分に許される?
一昨日の朝に周太が発熱したとき、美幸は自分に連絡してくれなかった。
自分ではなく自分の姉に電話して縋って、そして姉から自分は周太の病を知らされた。
なぜ美幸が自分を頼ってくれなかったのか?それが解らなくて「ただいま」の自信が無い。
『ホント家族ってモンが何だか解かってないよ、家族だからこそ気遣い過ぎて遠慮するんだろが?』
そう光一は言ってくれた、その通りに自分は「家族」が本当に解かっていない。
自分は両親の愛情を肚では信じていない、そんな自分に「家族」が何かなど訊かれても知らない。
だから美幸の遠慮が解らなくて怖い、それ以上に周太が独り抱え込んでしまう全てが哀しくて帰ってきた。
―盗聴なんかした罰なのかな、こんな擦違いを知ってこんなに…泣きたいなんて、
そっと独りきり微笑んで英二は飛石に踏み出した。
レザーソールの踵が石に鳴る、その音を刻んで歩きだす。
かつん、一歩ごと鳴る音に鼓動が敲いて視界が森へ染まってゆく。
八重桜、染井吉野、そして山桜に椛と楓。
名を教えてもらった花木たちは緑で、けれど黄金の一刷毛あわい。
すこしずつ夏から秋へと移ろってゆく梢は陽光を零し、その陰翳が足許ゆれる。
朝の住宅街は通勤時間の喧騒が消えて鎮まらす、ただ穏やかな静謐の樹間に白い衣が見えた。
「…周太、」
名前が唇こぼれて、視線がもう惹きこまれる。
庭木立の奥深い木蔭、光きらめくベンチに浴衣姿は白く佇む。
ブルーグレーのカーディガン羽織らす肩はどこか華奢で、白い衿から首すじ儚い。
―やつれた、周太、
とくん、鼓動ひとつ見つめた想いが泣きたくなる。
いま2週間ぶりに見つめる姿は14日前に見たスーツ姿の背中と違う。
小柄で少年のまま稚い空気が周太はある、けれど鍛えた洗練の肢体は美しい。
それは華奢な骨格を無理した努力でもある、そんな無理の結果が見つめる横顔を透かす。
「…どうして、」
どうして?
声に想い零れた向こう、樹影の横顔は透明の微笑に佇む。
たぶん本を読んでいる、そんな眼差しの明るさは周太らしい。
けれど頬が白くなった、鼻梁も顎も首すじもラインの繊細が際だつ。
たった2週間、ただ半月で24歳の男がこうも華奢になるなんて想わなかった。
―辞めさせたい、
今すぐ周太に警察を辞めさせたい、こんな状態で続けさせるなんて嫌だ。
たった14日間で周太は痩せた、それほど体が耐えかねている。
それでも今1週間の休暇にあるのなら周太はSAT隊員として合格したのだろう。
この1週間で身辺整理をつけろ、そんな意味の時間として周太は休暇を与えられ実家に帰ってきた。
こんな現実に確信は深くなる、こんなに体調を崩した周太を合格させるなら「計画」の存在は確実にある。
―SAT入隊テストなら身体検査も厳しいはずだ、周太の体を解かった上で入隊させている、
体を壊している人間をSAT隊員にするなど「普通」じゃない。
厳しい選抜基準を課されるほどSATの世界は体力知力とも試される。
性別から家族構成、体格、性格、能力、全てをクリアして初めて任務を担い得る。
そんな世界に周太の体が耐えられない事は今の姿に明白で、けれど「あの男」は離さない。
―ここまで執着する理由は何だ?
相手の意図は解かる、けれど理由が解らない。
その思案と飛石を踏んで見つめる真中、木洩陽の黒髪きらめいて振り向く。
きらきら樹影の翠に黒目がちの瞳すこし細めて見つめて、不思議そうに首傾げこむ。
そんな仕草も24歳を迎える男には見えなくて、少年のまま清楚な浴衣姿は立ち上がった。
誰なの?
そう問いかけるよう見つめてくれる瞳が森の硲を優しい。
あの瞳が自分を見たとき何を想うだろう、笑ってくれるだろうか?
どうか少しでも笑顔を見せてほしい、そんな願いに歩く樹影の向こう浴衣姿が傾いた。
―危ない!
心叫んだ瞬間、脚は樹影を飛び越えた。
そのまま動いた腕に体温の重み受けとめ抱き上げる。
ふわり、白い袖ゆるやかに翻らす少年の瞳ひとつ瞬いて自分が映りこんで、英二は笑った。
「ただいま、周太、」
ただいま、
いま帰ってきた、その想い素直に笑って名前を呼んだ。
呼んだ相手の瞳は驚いて見上げて、物言いたげな唇に愛しくなる。
すこし痩せた貌は繊細やわらかに初々しくて肌なめらかな透明が優しい。
どれもが過労と罹患の兆候を告げてしまう、それすらも綺麗だと見惚れて笑いかけた。
「熱あるなら気を付けないと。ね、周太?」
「あ…」
応えてくれる吐息は言葉にならず、けれど見つめられる幸せは温かい。
ただ嬉しくて単純に幸せが温まりだす、この温もりを今は抱きしめていたい。
今再び体温ふれあえる想いあふれて嬉しくて、こんな想い唯ひとり贈らす瞳に笑いかけた。
「帰ってすぐ抱っこ出来るなんて俺、今ほんと幸せだよ?」
ほんと幸せで今、ちょっと奴隷モード入りそう?
お姫さま抱っこする温もり甘くて、浴衣ひとつ透かす肌にときめいてしまう。
こんな自分の本音が可笑しくてまた幸せになる、こんな事態でも自分の恋愛は正直だ?
こんなふう自分はやっぱり恋の奴隷で唯ひとり傅きたがる、そんな想いごと抱きしめたままベンチに腰下した。
「周太、ほら」
呼びかけた真中から黒目がちの瞳が大きくなって見上げてくれる。
その瞳に幸せだけ見つめて、ふるえそうな指でやわらかな前髪かきあげて額に額ふれる。
ふれあう温もりに鼓動が響きだず、鼓動ごと想い募って降りつもるまま、もう離せない。
―このまま攫って逃げたい、
この腕に抱き上げたまま攫って、ふたり生きることが出来たなら。
そんな想いに立ちあがりたくなる、けれど「違う」のだと解かるから動けない。
このまま逃げても周太は何も救われない、もう向きあうしかないと解かっている。
それでも離したくない本音と募ってしまう想いに微笑んで英二は大切な人を見つめた。
「熱あるな、気管支の炎症と疲労が溜ってる所為だろ。周太、ベッドで休もう?」
笑いかけた真中で黒目がちの瞳が途惑う。
その途惑いの理由を知りたくて見つめて、2週間前が映りこんだ。
『宮田、』
別れ際の笑顔は、名字で自分を呼んだ。
あの一言で鼓動が止まった、涙も解らないほど傷が抉れた。
だから解かってしまう、そんな自分の傷を黒目がちの瞳は見つめてくれている。
―周太、俺のこと何て呼んでいいか困ってるんだろ?
声の無いまま問いかけて、すこし思案する。
こんなとき周太はどうすると素直に本音が言えるだろう?
そう自問してすぐ見つけた回答に英二は幸せいっぱい笑いかけた。
「やっぱ周太の浴衣姿って可愛いな、清々しくて綺麗で艶っぽくて、俺ちょっと我慢ムリ、」
我慢ムリなのは、自分のほんとの本音。
そんな本音ごと白い衿元に指を掛けて、ふれる素肌にときめかされる。
このまま全て放り出して溺れたいな?そんな本音に愛しい耳元へ唇よせて囁いた。
「周太、沈黙は了解でいいよね…青姦なんて俺も初めてだよ、」
それはどういう意味なの?
そう問いかける瞳の無垢に、また鼓動ひとつ響いて忘れてしまう。
いま指先ふれる温もりに溺れてしまいたい、このまま愛しんで幸せを抱きたい。
そんな願いごと白い衿元そっと寛げて、見つめた肌に惹きこまれるまま想い接吻けた。
―あ、ちょっと本当に無理かも俺、
本当に我慢ムリになりそう、このまましちゃいたいな?
このまま赦してくれるなら嬉しい、この庭なら外から見えないし構わないよな?
そうなったら周太も我を忘れて呼んでくれるはず、そんな言訳にも微笑んだ頬を引っ叩かれた。
「えいじのばかちかんっ!」
派手な音が梢に鳴って、叫んでくれた名前が葉擦れに響く。
その声も呼び名も嬉しくて英二は大切な人へ幸せいっぱい笑いかけた。
「やっと英二って呼んでくれたね、周太?」
(to be gcontinued)
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Books XI[Spots of Time] 」】
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第71話 渡翳act.1-side story「陽はまた昇る」
久しぶりの家は、梢あわく秋へ移ろい始めた。
運転席から降りた空気は涼やかで乾いた甘い香に黄葉あわい。
停めた門の駐車場は既に1台停まり、その車種もナンバーも見知っている。
やはり姉から電話で聴いた通りに滞在中なのだろう、その温もりへ英二は微笑んだ。
「お祖母さん、ありがとう、」
祖母がこの家に来てくれているなら、安堵できる。
あの祖母なら母子ふたりとも受けとめ安らがすだろう、そんな信頼通りに家の空気は穏やかに凪ぐ。
まだ一昨日の朝に聞いたばかりの叫びは耳朶あざやかで、その傷みは今も哀しい。
『周、目を開けて周太!』
早朝の盗聴器を越えて美幸の声は鼓動に刺さった。
過労の高熱に昏睡し喘息発作を併発、そんな息子の姿に彼女が何を見つめたのか?
その傷が普段と違う声から響いて今も疼く、そして選択に今、分岐点を迷うため家に帰ってきた。
-このまま周太を辞職させることも出来るんだ、体を理由に、
もし身元引受人であり家族でもある美幸が、周太の疾患を理由に退職を願い出たなら。
それを美幸が望んだなら警視庁も周太自身も拒否は難しい、そんな現実に考えてしまう。
正式に弁護士も通して辞職させたなら「あの男」が綯い続ける鎖も今ここで断絶出来る?
-父さんに弁護士を紹介してもらおう、検察にも立場が強い人がいい、
本当なら国際弁護士としても有名な父に助力して貰えたら有利だ。
けれど血縁と「顔」の事がある以上、父本人を巻き込むことは危険すぎるだろう。
もしも馨を知る人が父の顔を見たなら血縁に気づく可能性が強い、それは周太と美幸の反応で解かる。
―挨拶に来た時も父さんの顔を懐かしそうに見てた、妻と息子ですら似てるって想うんだ、
父と馨は母親同士が従姉妹で血族6親等、顔が似ていても不思議はない。
年齢もさして変わらない二人は体格も似ていた可能性がある、それも今日は確かめたい。
そして場合によっては父の安全確保も考えなくてはいけないだろう、そんな思案と木造門を押した。
ぎしっ…
軽やかに重く軋んだ音が、帰ってきたと想い掴む。
この門を初めて潜ってから季節一巡りした、もう幾度も押す重厚の手触り懐かしい。
音に感触に、見つめる木目に、帰ってきたかった本音が拒絶の可能性に怯えている。
それでも門を潜り扉を閉めて、ふわり頬を撫でる庭木立の風は優しくて英二は微笑んだ。
「…ただいま、って…言って良いのかな、俺は、」
ただいま、と、この家に告げることは自分に許される?
一昨日の朝に周太が発熱したとき、美幸は自分に連絡してくれなかった。
自分ではなく自分の姉に電話して縋って、そして姉から自分は周太の病を知らされた。
なぜ美幸が自分を頼ってくれなかったのか?それが解らなくて「ただいま」の自信が無い。
『ホント家族ってモンが何だか解かってないよ、家族だからこそ気遣い過ぎて遠慮するんだろが?』
そう光一は言ってくれた、その通りに自分は「家族」が本当に解かっていない。
自分は両親の愛情を肚では信じていない、そんな自分に「家族」が何かなど訊かれても知らない。
だから美幸の遠慮が解らなくて怖い、それ以上に周太が独り抱え込んでしまう全てが哀しくて帰ってきた。
―盗聴なんかした罰なのかな、こんな擦違いを知ってこんなに…泣きたいなんて、
そっと独りきり微笑んで英二は飛石に踏み出した。
レザーソールの踵が石に鳴る、その音を刻んで歩きだす。
かつん、一歩ごと鳴る音に鼓動が敲いて視界が森へ染まってゆく。
八重桜、染井吉野、そして山桜に椛と楓。
名を教えてもらった花木たちは緑で、けれど黄金の一刷毛あわい。
すこしずつ夏から秋へと移ろってゆく梢は陽光を零し、その陰翳が足許ゆれる。
朝の住宅街は通勤時間の喧騒が消えて鎮まらす、ただ穏やかな静謐の樹間に白い衣が見えた。
「…周太、」
名前が唇こぼれて、視線がもう惹きこまれる。
庭木立の奥深い木蔭、光きらめくベンチに浴衣姿は白く佇む。
ブルーグレーのカーディガン羽織らす肩はどこか華奢で、白い衿から首すじ儚い。
―やつれた、周太、
とくん、鼓動ひとつ見つめた想いが泣きたくなる。
いま2週間ぶりに見つめる姿は14日前に見たスーツ姿の背中と違う。
小柄で少年のまま稚い空気が周太はある、けれど鍛えた洗練の肢体は美しい。
それは華奢な骨格を無理した努力でもある、そんな無理の結果が見つめる横顔を透かす。
「…どうして、」
どうして?
声に想い零れた向こう、樹影の横顔は透明の微笑に佇む。
たぶん本を読んでいる、そんな眼差しの明るさは周太らしい。
けれど頬が白くなった、鼻梁も顎も首すじもラインの繊細が際だつ。
たった2週間、ただ半月で24歳の男がこうも華奢になるなんて想わなかった。
―辞めさせたい、
今すぐ周太に警察を辞めさせたい、こんな状態で続けさせるなんて嫌だ。
たった14日間で周太は痩せた、それほど体が耐えかねている。
それでも今1週間の休暇にあるのなら周太はSAT隊員として合格したのだろう。
この1週間で身辺整理をつけろ、そんな意味の時間として周太は休暇を与えられ実家に帰ってきた。
こんな現実に確信は深くなる、こんなに体調を崩した周太を合格させるなら「計画」の存在は確実にある。
―SAT入隊テストなら身体検査も厳しいはずだ、周太の体を解かった上で入隊させている、
体を壊している人間をSAT隊員にするなど「普通」じゃない。
厳しい選抜基準を課されるほどSATの世界は体力知力とも試される。
性別から家族構成、体格、性格、能力、全てをクリアして初めて任務を担い得る。
そんな世界に周太の体が耐えられない事は今の姿に明白で、けれど「あの男」は離さない。
―ここまで執着する理由は何だ?
相手の意図は解かる、けれど理由が解らない。
その思案と飛石を踏んで見つめる真中、木洩陽の黒髪きらめいて振り向く。
きらきら樹影の翠に黒目がちの瞳すこし細めて見つめて、不思議そうに首傾げこむ。
そんな仕草も24歳を迎える男には見えなくて、少年のまま清楚な浴衣姿は立ち上がった。
誰なの?
そう問いかけるよう見つめてくれる瞳が森の硲を優しい。
あの瞳が自分を見たとき何を想うだろう、笑ってくれるだろうか?
どうか少しでも笑顔を見せてほしい、そんな願いに歩く樹影の向こう浴衣姿が傾いた。
―危ない!
心叫んだ瞬間、脚は樹影を飛び越えた。
そのまま動いた腕に体温の重み受けとめ抱き上げる。
ふわり、白い袖ゆるやかに翻らす少年の瞳ひとつ瞬いて自分が映りこんで、英二は笑った。
「ただいま、周太、」
ただいま、
いま帰ってきた、その想い素直に笑って名前を呼んだ。
呼んだ相手の瞳は驚いて見上げて、物言いたげな唇に愛しくなる。
すこし痩せた貌は繊細やわらかに初々しくて肌なめらかな透明が優しい。
どれもが過労と罹患の兆候を告げてしまう、それすらも綺麗だと見惚れて笑いかけた。
「熱あるなら気を付けないと。ね、周太?」
「あ…」
応えてくれる吐息は言葉にならず、けれど見つめられる幸せは温かい。
ただ嬉しくて単純に幸せが温まりだす、この温もりを今は抱きしめていたい。
今再び体温ふれあえる想いあふれて嬉しくて、こんな想い唯ひとり贈らす瞳に笑いかけた。
「帰ってすぐ抱っこ出来るなんて俺、今ほんと幸せだよ?」
ほんと幸せで今、ちょっと奴隷モード入りそう?
お姫さま抱っこする温もり甘くて、浴衣ひとつ透かす肌にときめいてしまう。
こんな自分の本音が可笑しくてまた幸せになる、こんな事態でも自分の恋愛は正直だ?
こんなふう自分はやっぱり恋の奴隷で唯ひとり傅きたがる、そんな想いごと抱きしめたままベンチに腰下した。
「周太、ほら」
呼びかけた真中から黒目がちの瞳が大きくなって見上げてくれる。
その瞳に幸せだけ見つめて、ふるえそうな指でやわらかな前髪かきあげて額に額ふれる。
ふれあう温もりに鼓動が響きだず、鼓動ごと想い募って降りつもるまま、もう離せない。
―このまま攫って逃げたい、
この腕に抱き上げたまま攫って、ふたり生きることが出来たなら。
そんな想いに立ちあがりたくなる、けれど「違う」のだと解かるから動けない。
このまま逃げても周太は何も救われない、もう向きあうしかないと解かっている。
それでも離したくない本音と募ってしまう想いに微笑んで英二は大切な人を見つめた。
「熱あるな、気管支の炎症と疲労が溜ってる所為だろ。周太、ベッドで休もう?」
笑いかけた真中で黒目がちの瞳が途惑う。
その途惑いの理由を知りたくて見つめて、2週間前が映りこんだ。
『宮田、』
別れ際の笑顔は、名字で自分を呼んだ。
あの一言で鼓動が止まった、涙も解らないほど傷が抉れた。
だから解かってしまう、そんな自分の傷を黒目がちの瞳は見つめてくれている。
―周太、俺のこと何て呼んでいいか困ってるんだろ?
声の無いまま問いかけて、すこし思案する。
こんなとき周太はどうすると素直に本音が言えるだろう?
そう自問してすぐ見つけた回答に英二は幸せいっぱい笑いかけた。
「やっぱ周太の浴衣姿って可愛いな、清々しくて綺麗で艶っぽくて、俺ちょっと我慢ムリ、」
我慢ムリなのは、自分のほんとの本音。
そんな本音ごと白い衿元に指を掛けて、ふれる素肌にときめかされる。
このまま全て放り出して溺れたいな?そんな本音に愛しい耳元へ唇よせて囁いた。
「周太、沈黙は了解でいいよね…青姦なんて俺も初めてだよ、」
それはどういう意味なの?
そう問いかける瞳の無垢に、また鼓動ひとつ響いて忘れてしまう。
いま指先ふれる温もりに溺れてしまいたい、このまま愛しんで幸せを抱きたい。
そんな願いごと白い衿元そっと寛げて、見つめた肌に惹きこまれるまま想い接吻けた。
―あ、ちょっと本当に無理かも俺、
本当に我慢ムリになりそう、このまましちゃいたいな?
このまま赦してくれるなら嬉しい、この庭なら外から見えないし構わないよな?
そうなったら周太も我を忘れて呼んでくれるはず、そんな言訳にも微笑んだ頬を引っ叩かれた。
「えいじのばかちかんっ!」
派手な音が梢に鳴って、叫んでくれた名前が葉擦れに響く。
その声も呼び名も嬉しくて英二は大切な人へ幸せいっぱい笑いかけた。
「やっと英二って呼んでくれたね、周太?」
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