存在の風韻、
皐月七日、牡丹―nobles
花の王、それは女神だろうか?
「どうぞ、」
からり開かれた襖、そっと芳香あわい。
薫じられた伽羅やわらかな空気、その底に青年は座っていた。
「おひさしぶりです、」
微笑やわらかな白皙、ほら似ている。
大人の姿は初対面、そのくせ懐かしい貌に笑いかけた。
「お招きありがとうございます、20年ぶりだろうか?」
「はい、よくおいでくださいました、」
袴姿きれいに頭下げてくれる。
折り目正しい、その端整な背すじ懐かしく微笑んだ。
「よく似ていますね、など言ったら失礼でしょうか?」
「うれしいです、気恥ずかしくもありますが、」
微笑んでくれる目もと涼しい。
涼やかな切長い瞳は穏やかに澄んで、逢いたくなる。
『娘の忘れ形見だ、私よりずっと才能があるよ、』
あの春に君が引き合わせた、そして今もういない。
あの言葉を借りるなら今こそ「忘れ形見」だろう?
「どうぞお座りください、」
端座から笑いかけてくれる、その眼差しに面影がさす。
本当に忘れ形見だな?痛む甘さに笑った。
「あいかわらず作法など知らんよ、すまないな、」
「ただ寛がれてください、祖父の時のようにどうぞ?」
そっくりの瞳が綺麗に笑う、その傍ら暁色が光る。
やわらかな色彩そっと目を細めて、茶室の座についた。
「あいつ好みの赤楽だね、」
朱色おだやかに包む薄墨色、この風韻を君は好んだ。
なつかしく見つめる真中、白い長い指が茶器にふれた。
「はい、夜明けの富士山のようだと言っていました。あなたと登ったことがあると、僕に自慢してたんですよ?」
だから僕にいつも使ってくれた、君は。
「うん、登ったよ。赤富士を見てあいつ、この茶碗と似てるって言ったんだ、」
うなずいて笑って、切れ長い瞳おだやかに微笑んでくれる。
あのころのまま時間が巻き戻る、そんな感覚ほころんで花ひらく。
にほんブログ村
純文学ランキング
5月7日誕生花ボタン牡丹
皐月七日、牡丹―nobles
花の王、それは女神だろうか?
「どうぞ、」
からり開かれた襖、そっと芳香あわい。
薫じられた伽羅やわらかな空気、その底に青年は座っていた。
「おひさしぶりです、」
微笑やわらかな白皙、ほら似ている。
大人の姿は初対面、そのくせ懐かしい貌に笑いかけた。
「お招きありがとうございます、20年ぶりだろうか?」
「はい、よくおいでくださいました、」
袴姿きれいに頭下げてくれる。
折り目正しい、その端整な背すじ懐かしく微笑んだ。
「よく似ていますね、など言ったら失礼でしょうか?」
「うれしいです、気恥ずかしくもありますが、」
微笑んでくれる目もと涼しい。
涼やかな切長い瞳は穏やかに澄んで、逢いたくなる。
『娘の忘れ形見だ、私よりずっと才能があるよ、』
あの春に君が引き合わせた、そして今もういない。
あの言葉を借りるなら今こそ「忘れ形見」だろう?
「どうぞお座りください、」
端座から笑いかけてくれる、その眼差しに面影がさす。
本当に忘れ形見だな?痛む甘さに笑った。
「あいかわらず作法など知らんよ、すまないな、」
「ただ寛がれてください、祖父の時のようにどうぞ?」
そっくりの瞳が綺麗に笑う、その傍ら暁色が光る。
やわらかな色彩そっと目を細めて、茶室の座についた。
「あいつ好みの赤楽だね、」
朱色おだやかに包む薄墨色、この風韻を君は好んだ。
なつかしく見つめる真中、白い長い指が茶器にふれた。
「はい、夜明けの富士山のようだと言っていました。あなたと登ったことがあると、僕に自慢してたんですよ?」
だから僕にいつも使ってくれた、君は。
「うん、登ったよ。赤富士を見てあいつ、この茶碗と似てるって言ったんだ、」
うなずいて笑って、切れ長い瞳おだやかに微笑んでくれる。
あのころのまま時間が巻き戻る、そんな感覚ほころんで花ひらく。
牡丹:ボタン、花言葉「高貴、富貴、壮麗、王者の風格、誠実、風格ある振る舞い、恥じらい」
にほんブログ村
純文学ランキング
著作権法より無断利用転載ほか禁じます