萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.55 another,side story「陽はまた昇る」

2018-05-22 14:36:01 | 陽はまた昇るanother,side story
Since first I saw you 最初の瞳
harushizume―周太24歳3月下旬


第85話 春鎮 act.55 another,side story「陽はまた昇る」

白銀あわい森の底、深紅ひとつの色。

赤いろ深く鮮やかな、あなたの登山ウェアの光。
この色彩ひとつ見つめて見惚れて、そうして生きた時間が鼓動する。

「僕だよ、英二…」

呼んだ名前に熱が燈る、燈される熱ゆるく溺れだす。
熱にじむ視界あわく光ゆれて、ダークブラウン艶めく髪きれいで微笑んだ。

「英二?」

呼びかける自分の息が白い、くゆらす銀色に端整な唇ふれる。
記憶のまま美しいあなたの唇、この美しい赤は雪の森どれくらい座りこむ?

―どうして英二ここに…いつから?

想い見あげる雪の底、跪いた脚を冷気そめてゆく。
春三月に凍れる山ふところ、座りこんだ青年は周太に微笑んだ。

「うん…幻でも嬉しいな、」

低いきれいな声こぼれて赤い唇ほころぶ、白い吐息ほろ苦く深く香る。
その言葉ただ見つめて自分の唇ほどけた。

「幻じゃないよ、僕だよ英二?」

見つめてくれる切長い瞳しずかに黒い、この深淵にまた惹きこまれてしまう。
惹かれるまま鼓動ふかく熱しみて、熱く甘くて蝕まれて溺れだす。

「ほんとに僕なんだ…僕だよ?」

ここに自分はいる、あなたの前に。

白銀が舞う森の底、銀色まどろむ冷厳の大気。
美しくて、けれど自分の体には本当は危険なのだと知っている。
それでも追いかけて辿りついてしまった想いに周太は手を伸ばした。

「…僕だよ英二、ほら?」

伸ばした指先、赤い登山グローブふれる。
青くるんだ自分の掌が赤い手ふれる、深紅と黒いろどる大きな手。
ふれて、重ねて包みこんで握りしめて、ゆるやかに温もり透った。

―英二の手、だね…ほんとうに、

ほんとうに、本当に今、あなたの手を今つかんでいる。
大きくて骨ばった温もり、この温度いくど自分の手つないでくれたろう?

「周太…?」

温もりが自分を呼ぶ、深い睫ゆっくり瞬いて自分を映す。
見つめてくれる切長い瞳に陽光ゆれて、きれいで周太は笑った。

「そうだよ英二、僕だよ…、」

きれいだ、あなたの瞳は。

こんなに綺麗な現実の瞳、それとも幻だろうか?
あなたが自分を見つめて涙しずかに溜めてゆく、こんなの幻覚かもしれない?

「どうして周太…どうやって来たんだ?」

ほら、あなたの瞳も同じだ。
こんなの信じられない、そんな視線が唇ひらいた。

「道なんて無いんだここは、どうやって周太が来られるんだよ?積雪これだけあるし、」

きれいな低い声が訊く、その言葉ごと鼓動ゆるく痛む。
こんなふう考えられている自分だから。

―英二は認めてはいないんだね、僕のこと…今も、

あなたの自由は雪山にある、そう知っている。
だからと願うのは間違えだろうか?

「雪の足跡たどってきたんだ…雪があるから来られたよ?」

答える自分の唇に吐息くゆる、かすかに呼吸はずむ。
こんなふう息切れ確かにする、それでも「来られる」自分なのに?

―僕が訓練を受けてること忘れてるんだ、ね…英二?

秋から半年間、自分がどこで何をしていたのか?
そんなこともう忘れている視線が自分に問いかける。

「でも登山口までどうやって来た?雪のワインディングロードなんて周太、運転ムリだろ?」

白銀が舞う、そのかけらダークブラウンの髪きらめく。
風なめらかな髪を光が梳く、きれいで、きれいだからこそ哀しい。

―きれいな英二なんでもできる、だから、

だから自分のこと認めてはくれないの?

―僕のしてきたことなんて英二にとったら…そんなものなのかな、

半年間この自分が受けた「訓練」そこで探したかった父の姿。
そのために生きた14年間が自分にはある、そして誇りと感情も。

―それとも英二…僕のこと本当に見てる、の?

そんな疑問ずっと抱えている、だから向き合いたい。
そう願い続けて辿りついた場所で、ありのままを声にした。

「光一と美代さんが送ってくれたんだ…もし3時間して帰らなかったら救助に来てくれるって、光一がね?」

あなたは怒るかもしれない?
そういう人だと知りながら告げて、そのままに低い声が吐かれた。

「それ、ほんとなら俺ちょっと光一に怒りたいけど?」

白皙に険が奔る、切長い瞳しずかに昏む。
その貌どこまでも端整にこそ冷たい。

「そうじゃないよ英二、僕と美代さんが光一に無理を言ったんだ…光一は危ないって怒ったよ?」

自分で選んだこと、それだけ。
けれど声は吐かれた。

「なぜあのおっ」

露わな鋭さ声に鳴る、凍てつく大気を苛だち裂く。
その言葉に見つめた真中、赤い唇かすかに閉じて、また開いた。

「…小嶌さんが?」

低く徹る声しずかに澱む。
その言葉に先の言葉が何か、本音わかる。

―あの女って言ったんだ美代さんのこと…英二は、

あの女、

そんな呼び方をする感情は「尊敬」じゃない。
そして本当は「誰」に向けられる天秤なのか?見つめるまま端整な唇うごいた。

「小嶌さんは周太を好きなんだろ、なのになんで俺のとこに行かせるんだよ?光一が止めるくらい危ないのに、」

美しい赤が声を紡ぐ、その貌あざやかな白皙に眩しい。
まぶしくて、けれど聲が昏い。

「祖母に言われたんだ俺、小島さんは自分の感情も超えて周太を愛してるって。それに周太がほしいもの与えられるのは小嶌さんだろ…俺じゃない、」

ほら?違う人のことだ、あなたの考え潜るのは。

―おばあさまの言葉なら届くんだね英二…僕よりも、

いつもそうだ、僕じゃない。

僕が「いい」と言っても「いやだ」と言っても、あなたはいつも独善。
僕が告げた言葉どれだけ受け止めてくれているのだろう、本当は?

「俺は学者じゃないし周太と子ども作れないだろ、もう俺は何もあげられない、もう無理だろ?」

ほら、また違うのに?

そんなこと求めてなんかいない、でも否定しかないの?
いつもそうだ今もそう、僕が選んだこと、そう解ってくれないのだろうか?

※校正中
(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 104」】

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