萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.7-side story「陽はまた昇る」

2016-08-13 22:58:23 | 陽はまた昇るside story
This beauteous form assures a piteous mind. 現れるもの、
英二24歳3月下旬



第85話 暮春 act.7-side story「陽はまた昇る」

ホバリングの風の峰、青い背中まぶしい。

「身分証明書がウェアの…住所はしなが…」

雪のかけら爆風に舞う、声も飛ばされよく聞えない。
ヘリコプターの轟音、途切れる会話、ホイストの遺体が空へ昇る。

「すでに死亡して…ので奥多摩へリポートに降ろし…、」

航空隊員の声が飛ぶ、それでも意味は解る。
なんとか聞き取り英二は肯いた。

「助かります、よろしくお願いします、」

顔近づけ告げて航空隊員がうなずいてくれる。
プロペラ轟く尾根ふきあげられた雪が舞う、渦巻く風に隊員もホイスト上がる。
上空ゆるやかに雪雲おおいだす、それでもまだ青い南へ赤い機体が動きだした。

「無事に、」

祈りと見送る機体すぐ遠くなる。
ホバリングの風、音、上昇してゆく赤いヘリコプター。
送りだす銀色の稜線に青い隊服姿が立つ、その背中がほら、あの写真と同じだ。

「…変わらないな光一、」

独りごと見つめる真中、あの背中が雪の尾根に立つ。
ヘルメット青い横顔は南を仰いで、その静かな眼ざしは哀悼にも勁い。

―この背中で俺は決めたんだ、山岳救助隊に、

ひろやかな背中まっすぐ空を仰ぐ冬隊服の青。
この背中に憧れて自分はここまで来た、けれど今日この背中は隊服を脱ぐ。

「なんか言ったかね、宮田?」

背中くるり振り向いてくれる。
青いヘルメットの影から瞳は明るい、そんな上司に笑いかけた。

「国村さんは変わらないなって思ったんです、」
「ふうん?ワリと変わったと思うけどね、」

からり明るい瞳が応えてくれる。
強靭な聡明まっすぐ笑って朗らかなテノールが言った。

「さて、遭難者の荷物を回収するよ?暗くなる前に下山だね、」

雪ざぐり踏みしめ踵を返す。
青い隊服の脚が膝まで呑まれる、それでも止まらない横顔に微笑んだ。

「合同訓練、中止になってしまいましたね、」

最後の訓練だった、この背中には。
けれど朗らかなトーン笑ってくれた。

「だね、でも後藤さんと一緒に仕事できて良かったよ?最後のご奉公ってヤツになったね、」

最後、本当にそうなんだ?

「ほんとに辞めるんですね、国村小隊長?」

役職と敬語に息が白い。
吹き上げる風に冷たい三月の尾根、深いテノールが笑った。

「ホントに辞めるよ。宮田にも一年半、ホント世話になったね?」

想い残すことなんか無い。
そんな笑顔にベテラン山ヤも笑った。

「一年半か、ホントおまえたちはお互い世話しあってたなあ?」
「だね、後藤さんには6年ズイブン世話になりました、」

雪白の横顔が頭下げる、その瞳が底抜けに明るい。

―ほんとうに未練ないんだな、光一は?

上司でザイルパートナーだった。
いつも顔合わせる毎日があたりまえ、けれど明日からもういない。
この今がもう最後の時だ、そんな現実そっと咬まれるまま無線機が受信した。

「こちら五日市署の佐伯、日陰名栗峰のコルにいます、」

え?

「佐伯さん?」

意外で問い返す、なぜ今もういる?
予想外のスピードに低い声が応えた。

「佐伯です、宮田さんですね?サポートに来ました、今のヘリはご遺体の回収ですか?」

問いかける声は低く落ちついている。
呼吸の雑音も聞えない、ただ息そっと呑み微笑んだ。

「そうです、これから荷物の回収をします、」
「わかりました、防火帯の北斜面まで探しながら行きます、」

無線ごし冷静なトーン低く響く。
かちり切れて、風ふきあげる森に呼ばれた。

「宮田、佐伯って野陣尾根ルートだったよね?」

朗らかなテノール笑っている。
くゆらす白い吐息ごし英二も微笑んだ。

「はい、」
「もうコッチ着くなんて速いね、おまえには刺激的でイイんじゃない?」

銀色の尾根、テノール謳うよう笑う。
その眼ざし底抜けに明るく愉しげで、つい言った。

「国村さん、なんか俺にけしかけてますか?」

面白がっているんだろ?
そんな雪白の貌はからり応えた。

「パートナー組むんなら刺激的な方がイイだろ、今から組んで回収よろしくね?」

今から?

「別の所属なのに組むんですか?」

むこうは五日市署、こちらは第七機動隊。
合同訓練とはいえ別所属だ?そんな口答えに上司は笑った。

「所轄でも機動隊でも同じ警視庁山岳救助隊だね、あと数時間でパートナーやるんだしさ?俺は後藤さんとやるよ、」

さらり笑って雪白の横顔くるり踵返す。
ざぐざぐ雪かきわけ行ってしまう、その背中に微笑んだ。

「…遠いな?」

遠い、遠くて大きいあの背中。
青い冬隊服しなやかな細身、そのくせ広やかな頑健の背。
あの背中ずっと追いかけ山を駆けてきた、そんな時間を見送るまま足音が来る。

ほら、もう呼ばれる距離。

「第2小隊の宮田さんですね?」

呼ばれた、新しい時間の隣に。


(to be continued)

【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

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雑談閑話:あくびの幸福

2016-08-13 21:37:08 | 雑談
予定がキャンセルになった今日、まっ白もふもふ猫とノンビリ自宅の日。
夏バテ気味かナントナク眠たいまんまボンヤリ→今こんな時間に至り、
そんな傍らの椅子、悪戯坊主のあくびはササヤカで珠玉の幸福感、笑


シャーではなく↑あくびの瞬間です、笑

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