宮西 森本(2007)
タイトルは、
大学野球投手におけるピッチング動作の改善事例
で、ウェブ上にあり、ありがたいことにタダで読むことができる。
この論文の主旨は、
上手投げの投球にオーバーハンド(OH)とスリークォーター(TQ)があって、TQの方が球速には有利であることを、2人の被験者をOHからTQに’改良’することによって証明した
というものだ。
まず、ふたつの投球動作の差異を論じるにあたって、体幹の使い方の違いに着目したのは正しい。風井論文の連続型、非連続型の違いも、エネルギー生産様式を直截的に反映する体幹の動きを重視すべきなのだ。アメリカの研究者にはこの認識がない。
つまり、
- プレートを蹴った並進運動を踏出し足のブロックによって、回転に変える(横回転)
- 左腰のひねりで体幹を倒しこむ(縦回転)
の二種類あるわけで、これをもって投法の大分類とすべきだと考えている。
プロの投手を観察して、OH、TQに分けて書いているのも好感が持てる。Fleisigは「自分の実験室に来ない投手については語らない」などと嘯いていたが、要するに投球についての無教養がバレるのがいやなのだ。これだけ動画情報の豊かな時代に、ストラスバーグについて何も語れないようではプロの資格が問われる。
しかしOHとTQのリストを見ると、どちらにも連続型、非連続型、アメリカン、アーム式が取り揃えてあって、ここからそれぞれに対応するひとつの動作原理を見出すのは不可能だと思うのだが・・・・・
結論はこういうことなのだ。
- OH・・・体幹縦回転; 球が遅い
- TQ・・・体幹横回転; 球が速い
これを私流に言い換えると、アメリカン(連続型)は横回転、非連続型(アーム式)は縦回転が入るから、
- OH・・・非連続型(アーム式); 遅い
- TQ・・・アメリカン ; 速い
となる(被験者Bはアーム式かもしれない。宮西の理想は連続型ではない)。
ライアンを見れば、この結論が間違いであることは明らかだ。宮西もまさかこれを横回転だとは言わないだろう。したがって、縦回転の方が球が遅いというのも正しくない。ライアンは非連続型。シーバーも同じだ。投球区分を示す図3にシーバーのイラストを使っているのは、Feltner同様で、ご愛嬌だろう。
「球が速くなった」というのもあまり科学的ではない。連続写真を見ると、選手Bはトレーニング後も腰が折れていて改良に失敗したようだが、それでも球は速くなっている。選手Aが速くなった理由も投法の改良以外に求めるべきだろう。
二、三反例を挙げておく。
- 「コーファックス(アーム式)よりドライスデール(アメリカン)の方が球が速かった」という話は聞かない。
- 金田、稲尾、江川は縦回転(稲尾はこちらの方が分かりやすいか?)。沢村も尾崎も。速球派で鳴らしたアメリカンは鈴木啓示くらいか?
- ヤクルト由規が横回転にしたらチャップマンを超えると言うのか?。
また、桜井伸二の研究が基礎になっているであろう、「投球動作はOHとTQに分けることができ、それぞれに異なる動作原理が働いている」とする考えも間違っている。宮西がOHとする黒木知宏はアメリカンで横回転。過去には、マリシャル、パーマーなど、もっと凄いのがいた。
OHもTQもプロで通用する『投法』なのだから、それぞれ長所欠点があるだろう。しかし、球速の面だけについても、アメリカ式を優位とする議論は間違っている。身体長軸回りの投球腕の慣性モーメントが大きいことは横回転の投法においては有利に働き、その投法内での優劣の指標となるが、斜めに振り下ろす投法については当てはまらない。非連続型におけるSLP時の前傾・左傾は必須の動作で、これが『割れ』を形成し、動作を非連続にする。アメリカ式における”肩の早い開き”や”上体の突っ込み”と同一視するのは誤りだ。
宮西はなぜこのような間違いを犯すことになったのか? スピードガンが開発され、球速が表示されるようになった。さらに大リーグ中継が始まって、皆がますます速球に魅せられるようになった。アメリカ式投球の動作原理を解明して見せた投球バイオメカニクスの進歩もそれを支えただろう。特にFeltner論文の影響は大きかったはずで、「肘が伸展するのはなぜか?」が巷で話題となったのもこのころだ。Feltnerの被験者はすべてアメリカンだった。アマチュアの投手養成もそれに影響を受け、斉藤隆、岩隈、寺原らを輩出した。甲子園投手にも一時多かったように記憶する。こういう時代背景の中で彼の研究は進んだのだ。
ところが、いつの間にか、旧来の非連続型に回帰してしまった。Feltnerと同じ動作解析法の専門家であり、アメリカ化を理論面でリードするはずだった宮西は二階に上がったところで梯子を外された。理由は、「球が速いのは魅力だが打者に対する威力という点でそれほどの違いはない」ということだったのかもしれない。野茂の球速はイマイチだったが、その割りに威力はあった。あるいは、宮西も懸念しているように、肩肘に対する負担が大きかったか?
マダックスを紹介しよう。TQで体幹は縦回転のアーム式。”肩の早い開き”、”上体の突っ込み”でSLPを迎える(写真)。速球で名を残すことはないが、例の魔球(ツーシーム)で白星を重ね、『1990年代最高の投手』と謳われた。確かに速球は魅力がある。しかし投球には、体への負担を含めて、他の要素もある。アメリカ人もようやく知恵をつけてきたわけで、それが(宮西の推奨する)アメリカン投法への懐疑となって現在に至っている。
(つづく)