われわれ日本人にとって、イスラム世界の難しさはなかなか捉えられるものではない。しかし、何ごともグローバル化の時代となれば、同じ地球上にいる限り、末永くおつき合いをしていかなければならないことは勿論である。何より、わが国に対する石油・ガスの供給地であり、他に求めることができないのだ。それには、やはり、相手のことをよく知った上で、無用の摩擦や軋轢を回避しながら、できる範囲でやっていくという当たり前の姿勢が必要であろう。相手は、こちらの事情にはお構いなしであるので、無理は無理と指摘し、できないことはできないと峻拒する一方、双方が利益を得ることであれば、ともに実現の道を探るということになるであろう。
中東問題、特にパレスチナ問題絡みで日本が政治・外交面でできることは何もない。しかし、ただひとつ物質的な支援だけは可能で、事実、パレスチナをはじめ中東諸国に対して、長年、少なからぬ金額の直接間接の援助を行っている。しかし、露骨ではあるが、これが現地でどれだけ感謝され、国益としてはね返っているかははなはだ心もとない。(イスラム教徒からすれば「当然」となるのかも知れないが、こちらは異教徒であるので感謝されてもよい。)このように、ただ差し出す端から消えていくだけの援助ではなく、もう少し形になって残る、持続性のある支援方法はないものか。
いささか突飛ではあるが、ひとつ考えられるのが、中東の女性の力の活用である。中東の女性に働いてもらおうというわけである。わが国が資金と技術と機会を提供して、若い女性の力を活用して産業振興に結びつけることができないかということである。中東諸国、特にアラブ産油国での女性の大学進学率の向上は著しいものがあり、男性を大きく超えているところもあるという。ところが、イスラム世界では、女性は、学校を出ても男性にまじってともに働くことがほとんどできない。女性だけの職場もほとんどない。こうした社会的に活動する機会の少ない若い有能な女性たちに働く機会を提供することができれば言うことないであろう。
イスラムと女性と言えば、外界から見るとき、これはもうイスラムにかかわる最後最大の問題である。われわれには、本来天の半分を支えるべき女性が、イスラム社会ではそのように待遇されていないように見えるのだ。しかし、今はこれについて論じるときではない。しかも当然のことであるが、イスラムの中では、女性問題などあるべくもない。イスラムが外界と接触するときに始めて「問題」として現れるのである。これには地球上の人間全部がイスラム教に改宗しない限り「解決」はない。
話を現実に戻せば、中東諸国には働く意欲も能力もありながらその機会に恵まれない高学歴の若い女性がたくさんいるという。高品質で安価な労働力があふれているという意味で、地上最後の秘境かもしれない。この貴重な労働力を生かすことを考えない手はない。そこで日本からの支援の方法として考えられることは、男性の介入を完全に排して、日本人の女性リーダーによる女性のための職場を作ることである。女の園である。巨大な投資を必要とせず、日本からノウハウと簡単な設備を持ち込んで出来そうなことに、たとえば、ソフト開発がある。コンピュータ・ソフトウェアの開発である。一見非現実的に見えるかも知れないが、実は大きな可能性を秘めていると考える。
現在日本は、ソフト開発の一部を中国や香港、シンガポール、フィリピン、インドなどに外注している。これが金額的にどの程度になるのか把握しないが、この仕組みも短期間にすんなり立ち上がったものではない。ちょうど20年前、インドのソフト会社が初めて日本に売り込み(即ち日本企業からのソフト開発の注文の獲得)に訪れた。当初は荒唐無稽と思われたが、インド側の強い意欲と日本側の需要とがマッチして、以来、いくつもの国のいくつもの企業が参入し、大成功とはいかないにしても、今日のオフショア開発体制が出来上がった。最大の障害は、言うまでもなく日本語の習得であるが、それを乗り越えて一定の実績をあげている。ということは、そこにアラブ・イスラム国が入らない理由はない。
いま、中東の若い女性が自発的に日本語を学んでくれることはあり得ず、しかも日本側の企業負担で日本語教育を含む初期投資を行うこともできないので、ここは政府援助の出番である。支援は、既存のルートにとらわれず、プロジェクト毎に事業主体に対して、語学研修費、機材費、事務所費などの立ち上がり費用を直接提供する形が望ましい。日本語訓練期間は、集中的に行って、三ヶ月か半年、いくら長くても一年である。彼女たちの言語能力は高い。プログラム開発能力については、当初は大学でその方面を履修したもののみを採用し、必要な補習を行っていく。技術面の訓練や技術担当役員には、必要であれば欧州から女性技術者を雇用すればよい。
さて、プロジェクトの要となる日本から現地に出向くビジネス開拓者、すなわち現地会社の社長であるが、それにふさわしい候補者のイメージは、一定規模以上のソフト会社あるいは一般企業に勤務する管理職クラスの女性のソフト技術者で、海外で働くことに意欲的でかつ英語で意思疎通のできる人ということになろう。開発チームを束ねることができる女性技術者であること、英語が使えること、後々出身会社を通して日本から注文を引っ張ってくることができる人ということになる。このような人は一人いれば十分である。彼女にはイスラム世界にどっぷり浸かってもらって、日本文化との間の通訳者にもなってもらわなければならない。
一方、海外でビジネスを行うにはどうしても現地のパートナー、あるいはスポンサーが必要となる。なかなか難しいが、有力者であることに越したことはない。だが、有力な女性企業家の存在は考えにくいので、王族の指導的な女性と組むのが次善の策となる。経営上のアドバイスは期待せず、法的な手続きやさまざまな口利きに力を発揮してくれればよいとする。
創業の地は、パレスチナ難民の雇用を増やすという観点から、まずヨルダンの首都アンマンである。ヨルダン大学をはじめ、IT教育に力を入れている学校も少なくないようである。その他さまざまな観点から、最初はアンマン以外は考えにくい。業務が発展して事業を拡大するときが来れば、次はクウェートやジェダ、リヤド、カタール、アブダビ、ドバイなどのアラブ産油国の諸都市が候補地となるであろう。イランも忘れることはできない。
日本のソフト会社や一般企業で、このようなプロジェクトに関心をもつところがあれば、飛び出してみることである。日本政府からの支援の求め方は、こちらのプロトコールが難しいが、ある程度の見通しをつけたところで当局(?)に話をもち込むのか、始めから当局と意を通じながら現地側と話し合うのか、スポンサーを通して現地政府を動かして日本政府に支援を要請させるのか、いろいろ考えられるはずだ。パレスチナ支援、引いては中東支援は、日本としてやらないわけにはいかないことなのである。
この土地でソフト開発が適当と思われるのは、何よりイスラムに直接抵触するところがないことである。しかも当面大がかりな設備が不要である。納期厳守の高品質の製品が生まれる可能性がある。女性ならではのユニークで斬新なソフトが生まれる可能性がある。幸いにも事業が軌道に乗って、パレスチナの女性たちに給料を払っていくことができるようになれば、そのことの意味は小さくない。使用する言葉にこだわらず、パレスチナ人女性のソフト技術者養成を国の事業としてもよいではないか。わが国にとって、援助の名に値する援助とはこのようなことを言うのではないだろうか。