中東断章

中東問題よこにらみ

テロの連鎖

2010年05月14日 | どこまでつづくぬかるみぞ・・
 スカーフ問題はしばらくおいて、目をアメリカに転ずると、こちらでもイスラム教徒によるきわどい事件が続いている。さらに少し性格は異なるが、ロシアでもイスラム勢力によるテロ活動が再び活発になってきた。ここ半年ほどの間に報道された事件を日付け順にざっと振り返ってみたい。


1)アメリカ 10-05-01 -タイムズ・スクウェア爆破未遂事件-

 最も新しくは、5月1日、ニューヨークはタイムズ・スクウェアでの車載爆弾による爆破未遂事件である。捜査は目下進行中で、詳しいことはこれから発表されるであろうが、実行犯は30歳のパキスタン系アメリカ人ファイサル・シャザードで、1年前に米国籍をとったばかりだという。背後でパキスタンの過激派組織が関係していると伝えられている。事実か宣伝か不明だが、組織からの犯行声明も出ているらしい。

 アメリカへの帰化が僅か1年前に認められた男がこの犯行を担っているところに、さまざまなことを考えさせられる。アメリカの柔らかい脇腹を突かれた面もあるであろう。
 パキスタンは、政権はアメリカのお先棒をかついでいるが、民意というか国民感情はこれとまったく反対のはずで、このねじれがいつどのような形で破綻を来たすか予断をゆるさない。

 当初、爆発物の出来が幼稚であったとのことで、単なる脅しかとの声も聞かれたが、そうではなかったようである。もし犯人が抜かりなく破裂させておれば、大惨事になる破壊力をもつ爆弾であったらしい。そうして、もしタイムズ・スクウェアで多数の死傷者が出る事態になっておれば、アメリカによる報復攻撃は避けられず、それに対する抵抗が捲き起り、アフガニスタンに続いて隣国パキスタンも戦場と化すことになったかも知れないのである。ファイサル・シャザードの失敗は天の配剤であったであろう。


2)ロシア 10-03-29 -モスクワ地下鉄爆破事件-

 モスクワ中心部にあるクレムリン宮殿を挟むふたつの地下鉄駅で、3月29日、連続爆破事件が発生し、ロシア緊急事態省などによると、二回の相次ぐ爆発による人的被害は合わせて死者40人、負傷者は70人以上に達した。

 最初のルビヤンカ駅で自爆したのは、北カフカス(コーカサス)地方のダゲスタン共和国出身の28歳の女性教師だったと報じられている。次いで、文化公園駅での自爆攻撃の犯人は、同じくダゲスタン共和国を拠点に活動する反政府イスラム武装勢力の一員でロシアとの戦闘で死亡した兵士の妻である17歳のジェネット・アブドルアフマノヴァだということである。どちらも腹部に爆発物を捲きつけて爆破させたらしい。

 近時のロシアとイスラム世界との対立関係は分かりにくい。さしあたっては、帝政時代からソ連体制下にかけての友好関係、あるいは少なくとも無風関係から、ペレストロイカ以降、アゼルバイジャンなどカフカス山脈南部や中央アジアのイスラム諸国が独立を果たしつつある中で、取り残された感のある北カフカスの諸イスラム共和国の一部が先鋭化し、強くロシアからの独立を求めていると理解しておく。当然のことながら、ロシアはこれに対して一歩も譲る気配はなく、苛烈な軍事弾圧を行っている。

 この北コーカサスのイスラム勢力が、アルカイダに代表されるいわゆる過激派組織とどのような関係にあるかはもっと分からないが、おそらく無縁ではないであろう。少なくともイスラム原理主義に目覚め、鼓舞されていることは疑いをいれない。


3)アメリカ 09-12-25 -デルタ航空機爆破未遂事件-

 昨09年12月25日、クリスマスの日に、アムステルダム発デトロイト行きのアメリカ・デルタ航空機がデトロイト上空にさしかかったとき、乗客の自爆犯による爆破未遂事件が起こった。犯人のウマル・ファルーク・アブドルムタラブは、23歳のナイジェリア人であったが、身につけていた火薬の点火に失敗し、周囲の乗客によって取り押さえられたという。何はともあれ、惨劇が未然に防がれたことは幸いであった。

 これまた事件が未遂に終わったので忘れかけているが、犯人がもう少ししっかりしていて、もし爆破を成功させていたとすれば、火の玉となった航空機の破片と290人の乗客乗員が雨となって空からデトロイトの町の上に降ってくる地獄絵が現出するところだったのだ。

 いつものように犯人の生い立ちや経歴が詳しく報道されたが、それによれば男は前年ロンドン大学工学部を卒業したばかりのいわばエリートであったという。十代半ばに、アラビア語学習のためにイェメンに留学しており、昨年夏、再度イェメンに入国して、そこでテロ攻撃の訓練を受けて犯行に及んだとされる。

 父親のアルハジ・ウマル・ムタラブは、ナイジェリア第一銀行の前総裁であり、同時に経済発展に関するナイジェリア連邦委員会委員長で、ナイジェリアのみならずアフリカを通じても有数の資産家であるという。ナイジェリア経済界の大物である父親は、かねてこの息子のイスラム過激主義的傾向を心配して、現地のアメリカ大使館と連絡をとり、詳しく報告していた。いずれ何らかの反米行動を起こすことを予想していたのであろう。そのため、デトロイトでの事件を知って、米国が息子に対して入国ビザを発給していたことに絶句したという。


4)ロシア 09-11-27 -ネフスキー急行爆破事件-

 昨年の11月27日、モスクワ発サンクトペテルブルク行きの旅客列車「ネフスキー急行」が線路に仕掛けられた爆弾によって走行中爆破され、車体は大破して脱線し、死者28人のほか100人以上の負傷者を出した。

 この事件については、当初からイスラム勢力の関与が疑われているものの、はっきりした証拠があがったとの報道は今もってない。しかし、ロシア当局-連邦保安局(FSB)-は、北カフカスのイスラム勢力による犯行であるのは自明のこととしているようである。

 この事件を機に、北カフカスで相次いで掃討作戦を実施し、本年3月、チェチェンの隣国のイングーシ共和国で、かねて重要人物としてマークしていた指導者アレクサンドル・チホミロフを含むロシア国内でのテロ事件の容疑者8人を殺害したと発表した。チホミロフは、エジプトでイスラムを勉強した経験があり、中東のイスラム過激派勢力との接点をなす人物であったという。


5)アメリカ 09-11-05 -フォートフード陸軍基地乱射事件-

 デルタ航空機爆破未遂事件に先立つこと2月たらず、09年11月5日、テキサス州フォートフード米陸軍基地において、39歳の精神科の軍医ニダル・マリク・ハサン少佐による乱射事件があった。午後の基地内の集会室で、犯人は突然テーブルに飛び乗り、「アラー・アクバル」と叫びながら二丁の拳銃で発砲を始めたという。被害者は、死者13人、負傷者30人に及んだ。犯人は重傷を負ったものの、生存している。報道によれば、犯人によって撃たれた婦人警官が、負傷しながらも辛うじて反撃したことにより発砲が止んだということである。

 ニダル・マリク・ハサンは、その名の示すようにアラブ系イスラム教徒であるが、バージニア州生まれの米国人で、アメリカ人として育ってきた人間である。両親はパレスチナ出身のヨルダン人であったが、米国に移住したのちニダルが生まれている。3人兄弟で、一人はエルサレムに戻っているとのことである。

 同人は、定期的にモスクに通う熱心なイスラム教徒であった。近親者によれば、ハサンは9月中にもイラクに派遣されることになっていたが、かねて「ムスリムがムスリムと戦うことに耐えられない」と言っていたという。ハサンは、2001年にはバージニア州フォールスチャーチのモスクで「9.11」の犯人のうちのナワフ・アルハズミとハニ・ハンジュールの二人と出会っている。どのような経緯であったかは分からないが、今後の裁判で明らかになるかもしれない。

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 もっと時間をさかのぼると、ロンドンやマドリードの事件等々枚挙にいとまがない。

 そうして、極めつきはいわゆる同時多発テロ事件「9.11」である。事件はまことに衝撃的であった。まるで夢を見ているようであったが、もちろん悪夢以外の何ものでもなかった。2001年9月11日、日本では多くの人は、翌12日の朝テレビをつけて知ることになったわけだが、ニューヨークはマンハッタンの世界貿易センタービル2棟が、ハイジャックされた定期旅客便2機の突入によって、飛行機の乗客とビルの勤務者、居住者もろとも破壊された。同時に、ワシントンにある国防省ビルへも別の奪取された旅客機が突っ込んだ。さらにもう一機、乗客たちの抵抗にあいハイジャックが失敗に終わって地上に激突したが、これはホワイトハウスなど別の攻撃目標への突入が計画されていたという。

 物的被害はさておいて、人的被害としては、4機の航空機の乗員乗客266名を含め、国防総省125人、世界貿易センタービル2700人、全体でおよそ3100人が犠牲となった。日本人も24人含まれていたという。ほかに、多数の負傷者が出ていることは言うまでもない。

 一連の事件の犯人とされたものは、いずれも中東アラブ国出身の若者たちであった。米国連邦捜査局(FBI)のウェブサイトには、今もそれら19人全員の名前写真が掲載され、情報を求めている。

 まさに前代未聞の大規模かつ周到なテロ攻撃であった。これが契機となってアフガニスタンが戦場となっていく。

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 このような事件は、もちろん、これで終わったわけではない。それどころか、これからも時と所を選ばず、繰り返し起こると考えないわけにはいかない。いつどのような形で終息するのか、見当もつかない。

 こうした中で、われわれ日本人が、これらの事件に無関心であったり、遠い国での出来事として傍観していてはならないであろう。この事態を日本人としてどのように考えればよいのだろうか。
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欧州の暑い夏

2010年05月11日 | どこまでつづくぬかるみぞ・・
 ごく最近、ドイツ北西部のニーダーザクセン(低地サクソン)州で、トルコ人移民の二世でハンブルグ生まれの38歳の女性法律家アイギュル・オズカンが、州政府の社会福祉大臣に任命された。州レベルとは言え、ドイツでトルコ人移民が大臣に任命されるのは初めてとのことである。

 ところが、まだ就任前の4月25日、彼女が、公立学校は宗教的に中立でなければならないとして、「州の公立学校から、イスラム教の女性のスカーフと同じく、キリストの磔刑像も撤去すべきだ」と週刊誌で述べたことで、大騒ぎとなった。ドイツの多くの公立学校では、キリストが十字架に磔(はりつけ)にされた像のレリーフが壁に掛けられているという。彼女が、メルケル首相と同じキリスト教民主同盟(CDU)の党員であり、CDUのメンバーとしての登用であったことも論議を呼んだ。ドイツ人とトルコ人の統合の象徴だと自画自賛していたクリスチャン・ウルフ州首相も、キリスト教の価値観にもとづいたドイツの教育の伝統は断固守ると激怒したという。それのみならず、彼女に対する殺害の警告がなされ、警察の保護下に入る事態となった。

 これは、法律家としては、欧州人権裁判所の教育の非宗教化についての判決も踏まえた慎重な発言のつもりであったらしいが、政治家としては、州民あるいは国民の神経を逆なでするいささか過激な発言であったようである。今は、しかるべく釈明をして、宣誓の上大臣に就任している。

 一方、フランスでも、ドイツの事件と時を同じくして、イスラム教がらみの問題が表面化している。こちらは目下進行中である。

 本年4月初め、南フランスのロワール・アトランティック県で、イスラム教徒の女性がニカブ(目だけ出して頭部や上半身をすっぽり覆う頭巾)を着てバイクを運転していたところ、交通法違反容疑で警察に捕まり調書をとられた。それだけなら何ということもなかったが、この女性が記者会見を開き、ニカブをつけて運転することを禁止する法律はないと開き直った。そこから芋づる式にいろいろなことが明るみに出てきたのである。

 女性は、イスラム教に改宗したフランス人で、結婚していた。夫であるリエス・エバジは、30歳代のアルジェ生まれのアルジェリア人で、ナント市南部でイスラム教徒向けの清浄肉の販売店を経営している。この男は、小さな子どものときに南フランスに来て、1999年、このフランス人女性と結婚したことによりフランス国籍を取得した。

 ところで、ややこしいのはここからで、リエス・エバジは、上記のフランス人の妻のほかに、別の4人の女性との間で12人の子供をもうけていたのである。しかもその4人の女性が、それぞれ国の家族手当を受けていることが判明したのである。ここで、彼に対して、重婚と社会保障の不正受給のふたつの疑いがかけられることになった。重婚に関しては、もし当局が、この男がフランスで結婚した1999年時点ですでに結婚していることが証明できれば、虚偽と不正による帰化の取得の理由で、彼の帰化を取り消すことができる。

 しかし、男は雄弁であった。群がる報道陣を前にして、「自分は一人の妻と数人の情婦をもっている」「イスラムでは情婦をもつことは禁止されていない、多分キリスト教でもそうだろう、自分が知る限りフランスでは禁止されていない」「もし情婦をもっていることでフランス国籍を剥奪されるなら、そうなるフランス人もいるのではないか」と公言し、「情婦をもつことでフランス国籍を剥奪できるのか」とフランス男の痛いところをついてきた。
 単なる情婦とすれば、子供のいる単身の女性として国から扶助を受けることも違法ではなくなる。
 男の弁護士も、当然、重婚と公金詐取の事実を否定し、逆にこれは名誉毀損に当たるとして提訴をほのめかしている。

 一方、フランスのイスラム教徒団体は、イスラムは情婦を認めていないとして、リエス・エバジの釈明を非難し、糾弾する立場にまわった。

 こうした中で、4月29日、欧州で初めてベルギー下院において、公共の場でイスラム教徒の女性が顔も含む全身のほとんどを覆う衣装「ニカブ」や「ブルカ」を着用することを禁止する法案が可決されたことが報じられた。上院でも可決、成立の見込みという。フランス政府も近く同様の法案提出を検討しており、規制が欧州に広がる可能性がある、とのことである(10-04-30朝日新聞)。

 「ニカブ」や「ブルカ」を含めて、イスラム教徒の女性が被るスカーフの問題は、これまでさんざん論議を巻き起こしてきたことで、これがすんなり決着を見ることは考えにくい。欧州はまた暑い夏を迎えようとしている。
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