"ちょっと外から見た日本"

今、スペインに住んでいます。
大好きな日本のこと、
外からの視点で触れて見たいと思います。

“私達がいつも、二つの尺度を持っていることについて”

2011-12-02 16:55:26 | 日記

致知出版社の「人間力メルマガ」よりです。 

(転載開始) 
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     致知出版社の「人間力メルマガ」 

                【2011/12/2】 致知出版社編集部 発行 
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  いつも「人間力メルマガ」をご愛読いただき、 
  誠にありがとうございます。 

  本日は12月8日(木)に発売される『人間学入門』より、 
  次々と襲いかかる難病と闘いながら 
  生きることの喜びと感謝をうたい上げ、 
  『塩狩峠』『氷点』『道ありき』など、数々のベストセラーを 
  世に送り出してきた三浦綾子氏のお話をご紹介します。 

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       「人間の悲しい性」 
        
        
          三浦綾子(作家) 


             『人間学入門』より 
             
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 これは時折、講演で話すんですが、 

  「泥棒と悪口を言うのと、どちらが悪いか」。 

 私の教会の牧師は「悪口のほうが罪が深い」と言われました。 

 大事にしていたものや、高価なものを取られても、 
 生活を根底から覆(くつがえ)されるような被害でない限り、 
 いつかは忘れます。 
 少しは傷つくかもしれませんが、泥棒に入られたために 
 自殺した話はあまり聞かない。 

 だけど、人に悪口を言われて死んだ老人の話や 
 少年少女の話は、時折、聞きます。 

 「うちのおばあさんたら、食いしんぼうで、あんな年をしてても 
  三杯も食べるのよ」と陰で言った嫁の悪口に憤慨(ふんがい)し、 
 その後一切、食べ物を拒否して死んだ、という話があります。 


 それと、精神薄弱児の三割は妊婦が三か月以内に 
 強烈なショックを受けた時に生まれる確率が高いと聞いたことがありますが、 
 ある妻は小姑(こじゅうと)に夫の独身時代の素行を聞き、 
 さらに現在愛人のいることを知らされた。 

 それは幸せいっぱいの兄嫁への嫉妬から、そういうことを言ったのです。 
 この小姑の話にちょうど妊娠したばかりの妻は大きなショックを受け、 
 生まれたのは精神薄弱児だったそうです。 


 恐ろしい話です。私たちの何気なく言う悪口は人を死に追いやり、 
 生まれてくる子を精神薄弱児にする力がある。 
 泥棒のような単純な罪とは違うんです。 
  
 それなのに、私たちはいとも楽しげに人の悪口を言い、 
 また、聞いています。そしてああきょうは楽しかった、と帰っていく。 
 人の悪口が楽しい。これが人間の悲しい性(さが)です。 
  
 もし自分が悪口を言われたら夜も眠れないくらい、 
 怒ったり、くやしがったり、泣いたりする。 
 自分の陰口をきいた人を憎み、顔を合わせても口を 
 きかなくなるのではないでしょうか。  


 自分がそれほど腹が立つことなら、他の人も同様に腹が立つはずです。 
 そのはずなのに、それほど人を傷つける噂話をいとも楽しげに語る。 


 私たちは自分を罪人だとは思っていない。 
 罪深いなどと考えたりしない。 

 「私は、人さまに指一本さされることもしていません」。 

 私たちはたいていそう思っています。 
 それは私たちは常に、二つの尺度を持っているからです。 
 「人のすることは大変悪い」「自分のすることはそう悪くない」。 
 自分の過失を咎(とが)める尺度と、 
 自分以外の人の過失を咎める尺度とはまったく違うのです。 
   
  
 一つの例を言いますとね、ある人の隣家の妻が生命保険の 
 セールスマンと浮気をした。彼女は、「いやらしい。さかりのついた猫みたい」 
 と眉をひそめ、その隣家の夫に同情した。 

  何年か後に彼女もまた他の男と通じてしまった。だが彼女は言った。 

 「私、生まれて初めて、素晴らしい恋愛をしたの。恋愛って美しいものねぇ」 

 私たちはこの人を笑うことはできません。 
 私たちは自分の罪が分からないということでは、この人とまったく同じだと思います。 

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『人間学入門』より、三浦綾子氏の名言 
 …………………………………………………………………… 

  九つまで満ち足りていて、 
   
  十のうち一つだけしか不満がない時でさえ、 
   
  人間はまずその不満を真っ先に口から出し、 
   
  文句をいいつづけるものなのだ。 
   
  自分を顧みてつくづくそう思う。 

  なぜわたしたちは不満を後まわしにし、 
  
  感謝すべきことを先に言わないのだろう。 

                             三浦綾子 

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(転載以上) 


“それなのに、私たちはいとも楽しげに人の悪口を言い、 
 また、聞いています。そしてああきょうは楽しかった、と帰っていく。 
 人の悪口が楽しい。これが人間の悲しい性(さが)です。 
  
 もし自分が悪口を言われたら夜も眠れないくらい、 
 怒ったり、くやしがったり、泣いたりする。 
 自分の陰口をきいた人を憎み、顔を合わせても口を 
 きかなくなるのではないでしょうか。”  


厳しい言葉です。 

しかし、そこまでしないと心に入っていかないということもあるでしょう。 
そして、厳しく感じるのは、自分にしっかりあてはまるからでもあります。 


“私たちは常に、二つの尺度を持っているからです。 
 「人のすることは大変悪い」「自分のすることはそう悪くない」。 
 自分の過失を咎(とが)める尺度と、 
 自分以外の人の過失を咎める尺度とはまったく違うのです。” 


二つの尺度は、多かれ少なかれだれにでもあるものかも知れません。 
そして、この二つの尺度を、完全に揃えることは本当に難しいことなのかも知れません。 

しかし、日々近づけていく努力は続けて行かなければならないのでしょう。 


“九つまで満ち足りていて、 
   
 十のうち一つだけしか不満がない時でさえ、 
   
 人間はまずその不満を真っ先に口から出し、 
   
 文句をいいつづけるものなのだ。” 


やはり、常に意識しないと簡単に陥りやすいことですね。 
   


“神の手を持つと言われる脳神経外科医の心得”

2011-12-02 04:41:40 | 日記

致知出版社の「人間力メルマガ」よりです。

(転載開始)
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     致知出版社の「人間力メルマガ」

                【2011/11/30】 致知出版社編集部 発行
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 このメールマガジンでは、
 月刊誌『致知』より
 皆さまの人間力を高めるエピソードを
 厳選してご紹介しています。

 本日は、2010年6月号の『致知』より、
「神の手」を持つといわれる脳神経外科の名医・
 佐野公俊氏のお話をご紹介します。


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       「“神の手”を持つ脳神経外科医の流儀」
       
       
           佐野公俊
          (明徳会総合新川橋病院副院長・脳神経外科顧問、
           藤田保健衛生大学名誉教授)


             『致知』2010年6月号
              特集「知識・見識・胆識」
              
                       ※肩書きは掲載当時

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【記者:手術に臨まれる時は、どんなことを心掛けておられますか?】


まずは手術前(ぜん)の下準備ですね。
事に当たる前に、手術がどんなふうに進んで、
どのあたりで難しくなるかといったことを考える。

だから易しい症例でもちゃんと絵を描いて、
チェックポイントを頭の中に置いた上で臨んでいます。


昔はなんとなく頭の中で考えて、
という人が多かったけれども、
私が「絵を描かなければダメだ」と常々言ってますから、
いまではほとんどの人が描いてくれるようになりました。

それと、絵に描くことのもう一つの利点は
「いや、実はこんなふうに思っていたんだよ」と、
後で言い訳ができなくなることです。

合っていれば合っている、間違っていれば間違っている。
そうすると、自分の反省にもなるでしょう。

あぁ、これだけずれていた。ここはこうしたほうがいいんだな、
というのが分かるから、次回に修正することができる。
どんな症例でも絵を描いてから臨まなければ、
手術はなかなかうまくなりません。


それから術後に自分のビデオを「他人の目」で見ることも大切です。
ほとんどの外科医は、自分はもの凄く腕がいいと
思い込んでいるんですよ。

だけど自分のビデオを早送りせず、通常の速度で観ると、
何をもたもたやっているんだとほとんどの人が感じると思う。


だからまず、己を知らなければ。
「彼を知り己を知れば百戦殆からず」ですよ。



【記者:手術中の心得はいかがですか?】



それはもう、術前に描いたとおりにやることですね。
手術が始まれば、後は平常心です。
予想外のことが起こった時に、
どれだけ平静さを失わずに対処できるか。
それこそが医師の経験のなせる業なんですね。

ただ、その瞬間はやっぱり修羅場ですよ。
でもそこで慌てて、ガシャガシャッ、とやったら
大変なことになる。

だからぐっと気を落ち着けて、
いまやるべきことは何かをきちっと見極め、
それを実行に移す。

その辺がやっぱり、エキスパートと生半可との違いに
なってくるんじゃないでしょうか。




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       ●『致知』1月号 特集テーマ「生涯修業」
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(転載以上)


手塚治虫さんの「ブラックジャック」に始まったのでしょうか。
伝説的な外科医が主人公となるドラマもありますね。

佐野公俊さんは、世界でも極めて少ないと言われる無血手術を行う腕を持っていらっしゃるそうです。
特にクリッピング手術と言われる分野では世界的に有名な方で、手術された件数はギネスブックにも認定されているそうです。

「神の手・仏の心を持つ医師」と呼ばれているのですね。
また、「ブラックジャック」ならぬ「ホワイトジャック」と呼ぶ人もいるそうです。


ここで佐野さんが説明されている、手術までの準備段階、手術中の心得のお話には、様々な分野に通ずる普遍的で重要なポイントが含まれているように思います。

“易しい症例でもちゃんと絵を描いて、
チェックポイントを頭の中に置いた上で臨んでいます。”

実践のシュミレーション、本番通りに細かくイメージすることが、やはり一番の近道であるということでしょうか。
“なんとなく頭の中で考える”だけでは充分ではないのですね。

自分でわかっているからいいと思っていても、いざ、本番が始まると、そのあいまいな部分が出て来てしまうということ、私にも思い当たることがあります。
仕事上でプレゼンがある時には、朝スタッフが来る前に、一人で声を出して歩き回ったりしている時があります(笑)。
そうしていると、お客様に伝えるべき大変重要なポイントが抜けてしまっていることに気がついたり、こんな質問が出るのかな、とよりリアルに感じることが出来るような気がします。

“後で言い訳ができなくなること”

“合っていれば合っている、間違っていれば間違っている。
そうすると、自分の反省にもなるでしょう。”

“あぁ、これだけずれていた。ここはこうしたほうがいいんだな、
というのが分かるから、次回に修正することができる。”

だから、佐野さんは、“「絵を描かなければダメだ」と常々言って”いらっしゃるのでしょうね。
どんな分野にも参考になるお話だと思います。


“それから術後に自分のビデオを「他人の目」で見ることも大切です。”

これは、自分に自信があると思っている人にとっても、逆に自信がないと思う人にとっても、なかなかシビアなことだと思います。
でも、それを避けて通ることと、冷静に受け止めて観察することの間には大きな開きがあるのでしょうね。

それは、他人から見た自分と、自分が見た自分の間には、大きな乖離があるということでもあると思います。
その差を埋めていくことは、自分を知るという意味でも重要なことなのでしょう。
私も、自分のゴルフのスイングをビデオで見ると愕然とします(笑)。

“「彼を知り己を知れば百戦殆からず」”

手術の話で、孫子が出てくるとは思いませんでした。


手術中の心得について、

“それはもう、術前に描いたとおりにやることですね。
手術が始まれば、後は平常心です。”

精度の高い準備をしているからこその平常心なのでしょうね。


しかし、予想外のことが起こる時もある。

“どれだけ平静さを失わずに対処できるか。
それこそが医師の経験のなせる業なんですね。”

“ぐっと気を落ち着けて、
いまやるべきことは何かをきちっと見極め、
それを実行に移す。”

修羅場でこそ、その人の本当の姿が顕わになるのでしょう。