これも小学校の高学年の頃の話
変わった石を集めるのが、子供の中で人気になった。
皆で遊んでいるときも、道端に形の変わった石がないか、いろいろ眼を光らせた。時には取り合いになったこともあった。
私のクラスに、いつもはあまり目立たないけれども、よく山の中に入り、いろんな珍しい虫や木の実を取ってくる子供がいた。
町内が違っていたので、あまり付き合いのない子だった。しかし、その子が山向こうで水晶を採ることができる場所を知っているという話がひろまった時には、石集めで競争している子供達がいっせいに彼の周りに集まった。
かくいう私も、その一人だった。
「どこにあるの?」
「神社の山を越えた向こうだよ。」
「どれぐらいかかるの?」
「お昼を食べた後すぐ出て、帰ってくるのは夕方前になるくらいかな。
ちょっと登り下りがあってきついかも知れないけど。次の日曜日、晴れていたら行こうか。」
「連れて行ってくれる?」
「いいよ。」
「なにか持っていかなければいけないものは?」
「石を割るための、カナズチと尖ったものかな。大工道具のノミがいいけど、使うと欠けるから、お父さんに叱られるよ。」
ここで、実はエーッと思った。これまで石は拾うものであって、まさか割ってまでして採るものではないと思っていた。一度やってみたいと思った。
最初10人以上が行きたいといっていたが、結局その日集まったのは6人。3つの町内の混成メンバーで、僕がよく遊んでいたのはたった一人。他のメンバーもそんな感じだった。
また道を知っているのは、話をしたその子一人。メンバーはそれぞれあまり言葉を交わすことなく、ぎこちなく山へ入っていった。
案内の子は父親とよく山に入っているということだが、身軽で早かった。神社の山を登りきるまでは、残りの5人は死にもぐるいでついていこうとした。
しかし途中で一人、もう登れないと泣きそうに言った。
神社の後ろからは、どこが道かわからない所を歩いてきたので、一人では戻れない。
案内の子は、そこで覚悟を決めた。
「これから、少しゆっくり行くよ。その代わり向こうで石を集める時間は短くするよ。」
彼しか、道を知らないのだからしょうがない。それでいいということになった。
山の頂上から少し降りたところに、町側ではないほうを展望できる開けたところがあった。
山また山だった。ちょうど秋の始まりで、いろんなところが黄色やオレンジ色に色づき始めていた。
その子は、あそこに戦国の頃にのろし場があったのだとか、あそこは尼さんの庵があったのだとか、戦争の頃に捕虜が逃げて隠れたところがあって、暫く前に、密入国者がそこを使ったのだとか、僕達には、全然知らないような話をさも当たり前かのように話した。
父親と一緒に、僕たちの知らない世界を歩いている彼が、羨ましかった。
下りは緩やかで、その後は山と山の間の草原みたいなところ、そして雑木林の中を歩くだけだった。
もう完全に別世界。
風の音も、鳥の鳴き声もまるっきり違う。草原はススキに赤とんぼが飛び、雑木林は色づき初めていて、彼が以前採ってきて威張っていたアケビや山葡萄のなっているところもあった。
「これは、猪が身体をこすった後だよ。」
一同 「エーッ」。
「暫く前は、熊がいたって聞いたことあるよ。」
集団が、一気にまとまった。
「実は、親父と一緒以外で、来たのは初めてなんだ。だけど大勢だと大丈夫なはずなんだ。」
多分、僕だけではなく皆、その時ものすごく不安になったのだろう。
その後は大声を出して歩いているうちに、案内の子が言った。
「ついた。ここだ。」
そこは山が掘られて岩肌が現われ、そして手前の平坦なところでは、割られた大きな石がところどころに置かれていた。
岩肌や石のところ以外は草ぼうぼう。人の手が一度入ったのだけれども、ずーっとほったらかされていた感じだった。
僕は直感的に、隣町の石切り場のある山の裏に出たのだと理解した。
多分この山の向こうが大きな道から見える石切り場なのだろうけど、かっては裏側でも仕事をしていたのだろう。車で随分かかったけど、山越えると近いんだと知った。
ともかく、水晶。
彼がここにあるはずといったところ2箇所は、誰かに割られていた。彼は頭を抱えた。
「誰か最近来たな。ともかく、石の割れ目とか、空洞みたいなところを探して見てよ、そういったところにあるのだから。」
メンバーは皆散って、岩場に上ったり、石の割れ目を見たりしたが、コツがわからないので、見つからない。
そしてもしあったとしても、とても固そうな石で割ることができるとは思えない。
案内の子は、責任を感じているらしく かなり危ないところまで登ったり、穴に入ったりして探していた。
結局なかった。むしろ僕達残りは、帰りのほうが気になりだして、彼にもういいから帰ろうと言った。
彼は、ちょっと太陽のほうを見てからいった。
「水晶、なくて御免ね。」
「充分楽しかったよ。早く帰らないとおうちの人が心配するから。」
それからみんな大慌てで歩き出した。ともかく明るいうちに、彼以外でもわかる道までたどり着かなくちゃと必死だった。
なんとか夕食前には、神社にたどり着いた。本当にほっとした。
息を切らしながら、賽銭箱の段々のところに集まって座った。
水晶はなかったけど皆それなりに、ちゃんと面白そうな石を拾ってきていた。私は、石英の透明な部分が大きな石だった。
それらを見せっこしあった。
その時、登りで泣きそうになった子が言った。
「今日のことは、親に話したら心配するから、みんな内緒にしようよ。」
「そうだね。水晶のあるところを見せられなかったし、皆を危ないところへ連れていったって、叱られるかもしれない。」
案内した子もいった。
その日は、ずっと神社で遊んだということになった。
そして、その後何も起こらず、多分それぞれの家で秘密は守られたのだろう。
以前、スタンドバイミーという映画を見たとき、あの時の情景が急に浮かび上がってきた。
あの山の裏は、本当に絵を描いたような日本の秋の景色だった。そして道もないところを、大人たちから切り離されて子供達だけで歩いている。
他の5人は、どうしているだろう。