ネタばれせずにCINEるか

かなり悪いオヤジの超独断映画批評。ネタばれごめんの毒舌映画評論ですのでお取扱いにはご注意願います。

哀しみのトリスターナ

2022年05月15日 | 誰も逆らえない巨匠篇


ブエノス・ディアス、僕サトゥルノだよ。映画の中でメチャクチャな手話やって大顰蹙を買ってただろ、それが僕さ。何で聾唖の設定だったかって?それは監督に訊いてくれって言いたいところだけど、特別に教えてあげるよ。ギリシャ神話に出てくるサトゥルヌスって知ってるだろ、別名クロノス。豊穣の神とか、時間を司る神とか言われている、それがどうも僕らしいんだ。トレド大聖堂の鐘が出てきただろ。時を告げる大きな鐘楼…その化身と言ってもいい存在らしいんだ僕。人間が時計を持ち歩かなかった時代はそれなりに重宝がられたけど、今は逆にうるさがられてる、だから聾唖になったってわけ。

当然“時”を操る神だから、未来へ飛んだり過去に戻ったり自由自在にできるんだ。えへへすごいだろ。便所に隠れて何してたかって?別にオナニーしてたわけじゃないよ。ドン・ロペやトリスターナの未来を見に時間旅行してたのさ。だから2人があんな風になるのも知っていたよ、かわいそうだよね特にトリスターナが…あんなに無垢で美しかった少女が、たった2年で体も心もあんなに醜いヨゴレに変わってしまうなんて、時は残酷だよ。あまりにも不憫だったんで、ラストで時間を巻き戻してあげたのさ、トリスターナのために。

この映画を撮った時ブニュエル監督は70歳、メキシコからフランスへ渡り映画監督としての栄光を取り戻した時期に撮られたんだ。だから、フェルナンド・レイ演じる、姉が死に全てを取り戻したドン・ロペがブニュエルの分身だなんていう人が多いけどそれはどうかな。お金のために働くことをことさら嫌って、友人の奥方と無垢な女性に手を出すのはご法度、決闘の際に礼儀を忘れる輩(キリスト教)なんてもっての他と曰うドン・ロペは、むしろブニュエルが敵対したスペイン保守層の考え方だよね。それが晩年、カソリック神父たちと温かいココアを飲み交わすまでに丸くなるとはね。言ってることと逆の行動をし続けてついに全てを取り戻すことに成功したドン・ロペだけど、トリスターナの愛だけは結局取り戻すことができなかったんだよね。

この映画の前に、ブニュエルとドヌーブとは『昼顔』で共演したんだけど、そのあまりにも陳腐なシナリオを脚色するために、フロイト的解釈を作品に盛り込んだらしんだ。この『哀しみのトリスターナ』にもその余韻が部分的に残っているよね。教会でご馳走になる鐘楼焼は男性精子、家政婦が作ってくれた料理皿から2粒取り出してテーブルに並べた豆料理は男性のタマタマ、ドン・ロペと訪れた教会の柱はペニスのシンボルでしょ、ね監督。『昼顔』ですっかりドヌーブの演技力に惚れ込んだブニュエルは、フランス出資者のおしもあって本作のヒロインに迷わず抜擢したんだって。でもね撮影中の両者の仲は結構険悪で、『ネロ、あの女をバルコニーから突き落とせ』なんて怒号も現場で飛び交ったらしいんだ。

映画前半は純真無垢な乙女、後半はそれとは逆のヨゴレ女を演じるにあたって、ブニュエルが用意したハードルは結構高かったんだよ。結局、ドン・ロペの家に戻ってきてからのトリスターナはやむをえず家主とは結婚するんだけど、結婚初夜からベッドは別々、ベートーベンの”悲愴“をピアノで演奏、以前はあんなに優しく接してくれた僕を「バモス(行け)!」とか言ってこき使うようになっちゃうんだよね。トリスターナが腫瘍で喪った右足とは、初めて会った時に僕にくれたリンゴと同じ、羞恥心のメタファーだったのかもね。だからあんなに醜い裸を僕の目の前に晒しても平気だったんだ、きっと。そんなトリスターナをブニュエルは、イエスに搾取されらるマグタラのマリア(イエスの洗足、石の礫を投げられる)として演出してるよね。

フランスに帰ってきたブニュエルが手にいれた最大の収穫は、多分映画を作る上での自由度だったんだと思うんだ。予算やキャスティング、ファイナルカットの決定権も、すでに巨匠の地位についていたブニュエル監督のほぼ思い通りだったような気がするんだ。アメリカ人の赤狩り逃れジョゼフ・ロージーとは扱いに天と地の差があったと思うよ。でもね、スペイン〜メキシコ時代何かと不自由だった頃の苦労がなくなった分、知恵を絞って映画表現をあれこれ工夫する必要もなくなった。もしかしたらトリスターナの義足は、まさにそんなブニュエルの“不自由”への憧れ、古き窮屈な時代へ戻りたいという倒錯した想いだったのかもしれないね。

哀しみのトリスターナ
監督 ルイス・ブニュエル(1970年)
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