
渋谷バス停で実際に起きたホームレス老女殺人事件に着想を得た映画らしい。コロナ禍において一億総自粛警察と化した日本。その日本で真っ先に犠牲になったのは、三知子(板谷由夏)のような対面商売でかろうじて生計を立てている非正規だったのである。
そんなホームレスを社会のゴミ扱いする柄本佑演じるインフルエンサーが映画に登場するのだが、TVからキレイに抹殺された“あの人”がモデルにちがいない。インフルエンサーが騙る薄っぺらな差別意識を足りない脳みそに刷り込まれた男が、コロナ禍で経営不振に陥った居酒屋をクビになりアパートも追い出され、終バス後の停留所で眠りこけるホームレスと化した三知子を襲うシーンからこの映画は始まるのである。
が、この映画の見所はそこではない。早稲田大学時代学生運動に明け暮れ除籍となった高橋伴明監督が、個人的コネを頼って作り上げた監督の分身ともいえるキャラ“バクダン”(柄本明)をわざわざ登場させ、コロナ禍に起きた殺人未遂事件と結びつけた演出に是非とも注目すべき作品なのだ。“バクダン”と呼ばれるこのホームレスは、若き日に三里塚で機動隊と衝突、その後学生運動に身を投じ爆弾事件で逮捕された経歴がある元全共闘同士という設定だ。
当然のごとく当時の首相であった宿敵岸信介の孫である安倍晋三が憎くて憎くてしょうがない。飲まず食わずでとうとういきだおれた三知子を自分のテントで介抱しながら、バクダンは当時の恨み辛みを三知子にぶつけるのである。
「要するに社会の底が抜けたんだよ。それを自己責任だって、あいつら弱いものに押し付ける」
「私だって真面目に生きてきたつもりです。一度ぐらいちゃんと逆らってみたいんです」
終戦直後、配給がいきわたらず飢えた一般国民が赤旗を掲げて皇居広場に押しかけたという。その光景を見守っていたGHQは、日本の共産化をおそれ旧統一教会のような反共右翼団体を作ったと伝えられている。飢えが運動に直結していた戦後とは異なり、60年代はアメリカのためベトナムに派兵される恐怖が当時の学生運動の心理的起点になっていたような気がする。よってベトナム戦争の終結とともに、学生運動は自然消滅していったのではないだろうか。
そんな大昔のネタいまさらぶり返されてもね、なんて若い君たちは問題を軽視していないだろうか。手抜き工事のビルや道路、ダムが、現在大洪水に見舞われ次々と倒壊し、バブルがはじけきった中国の指導者が、不平不満がたまりきっている国民の目を外に向けるためもしも台湾に侵攻したらどうなるか、おわかりだろうか。高額な奨学金返済の帳消しを条件に徴兵された君たちが、台湾、韓国、フィリピンの若者たちと共に、いつ人民解放軍と戦わされるとも限らないのである。
その意味で、高橋伴明が撮った本作の演出は、単なるノスタルジーだけではすまされない、近未来予測含みの映画といえるだろう。ウクライナやガザにおける戦争を見ておわかりのように、たとえ台湾を支持するにせよ、中国の核をおそれてアメリカが台湾に派兵することはまずないだろう。その時我が日本は台湾の後方支援に特化するのか、それとも....若い君たちが心にかかえた〝腹腹時計〟の針は、すでに動き始めている。
夜明けまでバス停で
監督 高橋伴明(2022年)
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