
単なる物語として読んだら面白くもなんともない、ライトノベルと大差ない凡作である。1985年の発表以来、SF入門書として特に日本で読み継がれている理由はおそらく他にある。
本作が書かれた時、作家の夫は老人性痴ほう症におかされていた。その翌々年、かねてからの夫との約束どおり夫をショットガンで射殺、自らもその銃で頭を撃ち抜き自殺した悲劇をふまえて読むべき予告的作品である。
主人公コーティーの脳に寄生したエイリアンは、作家の夫の脳をおかしていた病巣のメタファーであり、小説に書かれている“たったひとつの冴えたやり方”とは、無理心中という“たった一つの解決法”を意味しているのではないか。
夫の病気がこのまま進行すればそれ以外他にとるべき手段のないことを、心臓疾患の持病があったティプトリーはすでに予感していたのではないだろうか。
大学在学中に中絶手術を受けたせいで子供を生めない体になっていたティプトリーは、男性名で小説を書き続け、母親の死亡記事がきっかけでようやく女性であることが判明したという。
本作における性描写(交尾)や、胞子をばらまこうとするエイリアンの本能に作家自身の嫌悪感が滲みでているのも、そんな作家の実人生とけっして無縁とはいいきれないであろう。
コーティーのサクリファイス的決断に対し無批判に賛辞を送る科学者たち。くじけそうになる心中の意思を自ら鼓舞し続けた作家の“痛み”が伝わってくる作品である。
たったひとつの冴えたやりかた
作者 ジェームス・ティプトリー・ジュニア
(ハヤカワ文庫)
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