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ネタばれせずにCINEるか

かなり悪いオヤジの超独断映画批評。ネタばれごめんの毒舌映画評論ですのでお取扱いにはご注意願います。

正体

2025年02月10日 | 激辛こきおろし篇

英国人英会話学校講師リンゼイさん殺しの真犯人市橋達也自身の手記をもとにディーン・フジオカが監督兼主役をつとめた『I am ICHIHASHI 逮捕されるまで』。市橋の潜伏先でもあった東京、千葉、沖縄に現れた素性不明の男たちを描いた李相日監督の『怒り』。両作品とも未見(👀⁉️)なのだが、逃亡先で整形手術を繰り返し、3年弱の長きにわたり警察捜査の網から逃れ続けてきた男は、映画の題材としては申し分がないのだろう。

藤井道人監督の最新作は、その逃亡生活を市橋ならぬ容疑者鏑木慶一(横浜流星)と関わった人々の目線で語っていく演出がなかなか秀逸であり、◎をあげてもいい出来映えだ。しかし「なぜ逃げたんだ?」山田孝之扮ふる又貫刑事の質問に対する、鏑木の回答が陳腐すぎる。お昼時の刑事TVドラマ再放送にありがちのリベラルの皆さんが大喜びそうなラストへの持っていき方が、まったくもって藤井監督らしくないのである。

事件当時アンチヒーローとしてまつりあげられた市橋達也には、そのファンクラブまでできたことを私は明確に覚えている。モテ男の容姿もさることながら、スマホという一億台の監視カメラ網をかいくぐり、まんまと3年弱の長期間警察をだしぬき続けた市橋に、ルパン三世?のような反社的魅力を感じたのかもしれない。または、バレそうになる度に沖縄の無人島に潜伏していた市橋に、東出昌大?のようなサバイバル男子のマチズモを再発見したのかもしれない。

しかし、この度大統領に返り咲いたトランプのように、○○を晴らしたかに思える鏑木に対する傍聴人たちの拍手喝采は、何かというと保守よりの警察や司法の権威を極限まで失墜させたがるリベラル左翼の魂胆がもろみえなのである。大体他人の家で悲鳴が聞こえたらまずは警察へ通報でしょ、李下に冠をたださずとはこのことなのだ。いずれにしても社会を敵に回した男がもう一度人を信じて社会復帰を果たすなんて美談を、今の日本で真に受ける人がいるとはとても思えないのである。配給元が松竹じゃあこうなるよねって感じなのだ。

正体
監督 藤井道人(2024年)
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