予が執務室に時折来駕賜る媼あり
媼 大正十三年七月の生まれなり
寒き中をやふこそおひでなりとお迎へして
茶を差し出だせば 皺深き笑顔を見せて
うれしさふに御飲みいただくは いと嬉し
媼は今日は柚子と葱を持ちてきたる
媼曰く
今年は柚子がいっぺえ実ってなあ
去年はだめだったけんどなあ
いぢねんおぎだなあ
と
また媼曰く
お茶はうめえなあ
「ぬるいお茶でもあなたの手から注げば自然と熱くなる」
ふふふ 心があったがぐなるって事でしょ
と
茶はむましと媼の言へば蠅叩き右手に取りて二匹叩けり 丹人
予が執務室に未だ住みゐたる蠅あり
媼の周りに飛びて行けば
机の下に常備したる蠅叩きを取り出だして
さりげなく叩くに 二発にて二匹を仕留めるも見事なり
媼の遠き眼差しにて若き頃の話を始めるに
耳峙(そばだ)てて聞き入る予なり
媼曰く
嫁ぎ来てから 子の我が実家に帰ると母の知れば
いつ来るいつ来ると門に立ちて待ちてゐたる
可哀想で見てをれぬゆゑ 帰るときは知らせずに帰るがよしと
実家継ぐ弟が我に言ふ
嫁ぎ先より実家に自転車にて帰らんとすれば急ぎても半時(1時間)はかかるものを
母は今か今かと首を鶴にして待つときけば
胸に熱く迫るものありて
親っちゅうのはありがてえもんだなあ
と
孝行をしたき時分に親はなし 媼遠くを見つつ呟く 丹人
媼の話をききつつ 予 ふと己が母におもひを馳せぬ
そのかみ離れて暮らす予に 時に母より電話のあれば
むまきもの おまへの好物の山と作るに けふ帰り来たれ と母のいふ
されど予 けふは無理なり 所用あり とて
母の願ひに応へることなし
あなうれしかな けふ帰らんと なぜに言へぬままに過ぎたるかと
悔やみても悔やみてもなを余りあまりに多きことをあらためておもへり
帰るよと言へばすぐ来と門に立ち母は子の来を待ちつづけをり 丹人
来訪より四半時(30分)の過ぎて
媼の荷を背負ひて帰る支度したれば
荷車を押す媼に門まで付き添ひて
帰り行く後姿を見送りゐたれり
腰深く曲がりゐたれば荷車を押して歩めるちひさき媼 丹人
*画像:小美玉市野田にて 2007.11.29 9:30-10:00 撮影
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