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花・昆虫との田舎暮らし暦

田舎暮らしも13年目、木々・草花・鳥・昆虫等々、自然は初めて知ることが多く楽しい。色々な経験を紹介していきたい

廃品利用の木の池 メダカ・金魚池は6個

2014年07月31日 | 趣味

            

一昨日に続いて魚の話である。金魚、メダカを飼うことを初めて間もなく5年になる。”庭に魚が泳ぐ池”は憧れだった。今回、この地に引っ越すに際し庭師さんに頼み、簡易型ながら庭に池を組み込んでもらった▼写真1がそのポリ製の池である。最初はこれだけで金魚を飼い始めた。池の水が濁ると言うことと女房殿の”獣除けに鹿威しが欲しい”の声からポンプで水を濾過しながら汲み上げて回るようにし、池に戻す水を利用し鹿威しを作った▼水を回すことが出来るようになったので、と言うことで池を増やしメダカを飼うことにした。最初は大き目の植物用のプラスチック製の鉢を買ってきて水を通す穴を開け代用した。そして小さな木製の箱も作り公団住宅のような池軍を構成した▼が、小さな池ではなにか野生の獣、更には猫などが来て魚が狙われることが起こった。これはいかんと作ったのが写真3の大きな木箱である▼金魚、メダカは卵を採取し育てると稚魚が生まれる。今年は金魚が40~50匹ぐらい育っていると思う。メダカは今も卵を生んでいる。写真3は生まれた金魚、メダカを育てる水槽である。火鉢を代用している。そしてもうかなり大きくなった金魚を飼う池を新たに作った。写真4がそれで今までで最も大きく70cm角で深さは40cmほどある▼金魚・メダカは卵を産んだ時に身体に付着したまま泳ぐ。これを採り、別に保護しないと他の金魚・メダカに食べられてしまう。卵を付けているのを見つけると網で掬って別の容器に入れ、生まれるのを待つ。また生まれた稚魚は大きいメダカ・金魚とは別の容器で育てる必要がある。以前に生まれた稚魚を親などが泳ぐ水槽に戻したらあっと言う間に食べられてしまった・・・。


年中行事 地鮎釣り 琵琶湖支流

2014年07月29日 | 趣味

         

年一度と言う行事で長く続いているものが2つある。以前に紹介した”悪友と河豚のフルコースを食べて麻雀をする会”は長く独身の頃からだからもう40年になる。それに比べるとこれはまだ、5、6年だろうか。”琵琶湖へ注ぐ河川での稚鮎釣り”である▼10年以上になるだろうか、大垣市にある小料理屋”青木”のマスターに連れて行ってもらう。元々、釣りは好きで子どもの頃から故郷徳島県の吉野川でやっていた。が、稚鮎はやったことがなくハマった▼写真1は午前4時半の釣り場である。まだ他の人影もなくよしよしである。場所はいくつかを移動するが写真2は特に浅く流れも緩やかで鮎の群れるのが見える。魚影があると安心できるのが良い。写真3の人が私の師匠である。服装と言い釣る格好と言い何となく私とは違う。このポイントに行ってからポンポンと釣り、あっと言う間に釣果で離された▼写真4の小さいのは鮎で一匹だけ大きい魚が釣れた、オイカワと言うらしい。子どもの頃によく釣ったハヤに似ている。この手の魚は今の時期は美味しくはないと思うのだが大きいのが嬉しくて持って帰ったが・・・。写真5が釣果だがこれで半分である。今回は昨年に比べれば少なかった。が、二人で300匹は釣ったと思う。少しだけ貰い帰って眠い中、せっせと腸を取った。写真6が調理後で、52匹いた▼竹の子狩りの時もそうだったかが楽しくてついつい取り過ぎてしまい、帰ってから”こんなにどうするの?”の声が来る。今回は少しだけにもらうことにした。”こんなにどうするの!”の声よりも自分で腸を取らないといけない、が大きな理由である。


岐阜公園(金華山)の三重塔は解体修理へ 我が家の梅も満開に

2014年03月23日 | 趣味

                   

3月22日の朝日新聞朝刊に金華山三重塔が解体修理されるの、記事が出ていた。3月1日に行った”信長の館跡”の傍にある塔でもあり、もう1度思い出して記したい▼写真1は3月1日に撮った写真である。山の頂上に見えるのが岐阜城でその下に見えるのが解体修理予定の三重塔である。写真2が信長の館の庭園にあった池”の上に見える三重塔で写真3はロープウェイから見たものである。この三重塔、1917年に岐阜市が市民の寄付で建てている。塔高は25.8mある。4隅の軒下に木柱があるが建立時にはなかったとのことである。多くの三重塔をここ2年、見て回ったが見たことがない▼記事によると塔には3つの謎があるとのことだ。大正天皇の即位を記念したのがなぜ三重塔だったか、牛馬の歩いた長良橋の廃材が当時神聖化されていた塔になぜ使用されたか、そして塔内の全容はどうなっていたか、である。解体は8月に着手し2016年度に完了する予定だ▼我が家の梅がほぼ満開になった(写真4~6)。今年は梅の開花が全体に遅かった。桜が早いものは開花し始めた。梅と桜、今年は同時に咲いているのが拝めそうだ。その梅もソメイヨシノの本番までは持たないだろう。梅見酒そして桜、最も春を感じられる時かも知れない。


趣味の話その3/3 ゴルフ  大津谷周辺 梅の里の景色

2014年03月07日 | 趣味

                     

この歳になり、人生で一番お金をかけた趣味は何だろうと考えることがある。車、旅行、飲むこと等など・・・、やっぱりゴルフだろうと思い至る。ゴルフを始めたのは27歳の時である。38年目になる。その頃、ラウンドで幾ら必要だったか記憶に無いが、稼ぎから考えると高い遊びだっただろう▼初ラウンドは7月2日、三重県の方だった記憶である。今、覚えば珍しいコースで1番ホールが150mほどのショートホールだった。人生初ショットは良い当りで見事に1オン、パートナーからの絶賛でゴルフ人生が始まった▼その年は6ラウンド、次の年から毎年2桁回は行った。いろいろな思い出がある。最も良いスコアは80で3回ある。70代が一度もないと言う心残りはある。ホールインワンもないがこれはまあ、あまり思わない▼思い出を3つ、一つ目は各ホールでグリーンへの早載せ、早入れ、ニアピン(何打でも良い)などがかかったゴルフで最初のハーフが52。全て天井負け(上限を決めていた)、”今日は駄目、降りたい”と言ったが認められず、後半諦めて始めたら後半は何と38。全て取り戻せた。この時のスコアがハーフでのベストスコアである▼2つ目、途中で夕立があり雨上がりのグリーン。水たまりでどこからも打てない状態だったがある人が2オン、が、その後のパットは8つを数えた。本人も泣くに泣けなかっただろう。最後は名門岐阜関CCで後半途中で雪になり、確か15晩ホールで中断、歩いて帰ってきた。何とも言えないぐらい遠く、”いつもこんなに歩いていたのか”と妙に感心した▼初ラウンドの初打ちで1オン、その後4パットも忘れない。確かに変な場所に切ってあったのだが。結局、初ラウンドは64、58の122だった。皆さんから”初ラウンドで58はすごい!、直ぐに上手くなる”と言われたのだが・・・・・あれから40年、梅でも眺めて心を休めよう。


信長の居館発掘調査説明会 岐阜城の麓

2014年03月02日 | 趣味

                     

雨になるかも?と言われていた昨日の朝、曇ってはいたが今日一日は大丈夫の天候だった。散歩の時、大津谷からいつも眺めている金華山岐阜城の下にあるロープウェイ乗り場に行って来た。岐阜市教育委員会が開催する”織田信長居館発掘調査”の説明会を聞くためである。4回行われるうちの最初10時開始に参加した。車で約40分、9時半過ぎに現地到着である▼写真1は駐車場から見上げる岐阜城である。信長は1567年にこの城に入っている。右側に見える三重塔の右横をロープウェイが上下するが居館はこの乗り場近くにある(写真2)。写真3は配布された説明書である。図の右側に中心となる館があり、左側の赤線で囲われた部分が今回発掘調査されたところである▼写真4の巨石が発掘されている通路を通り上る。写真5が今回説明されたところで大きな池のある庭園があったようだ。奥にある巨岩の青い紐で示されるところに2つの滝があったようでこれが池に落ちていたようである。館側から上がり池を臨んだのが写真6である。この池は来客を饗すために作られたもので館から渡り廊下になった橋が掛けられていたと推測されている。写真7がその橋を降りるところである。また下から直接上る道もあり写真8が池に出る石段である▼信長の居館については訪れた宣教師ルイス・フロイスが壮麗なものと書き残しているようだが滝・積まれた石垣跡などから証明されたとのことである▼信長、秀吉そして徳川家康の誰が好きかの話がよくある。子供の頃は立身出世を果たした秀吉のファンでたぬきの家康、鬼の信長のイメージのある2人はちょっと・・・。知識が増えてくると織田信長に興味が移った。信長には夢・ロマンがついてまわる。春風の中、時空を超えた一時を味わう。信長、決して上司として仕えたくはないが・・・。