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私は自由気ままに生きている。

―東京暮らし・子無し中年主婦の気ままな日常―

妄想、幻覚

2016-04-29 15:27:41 | 読書、音楽、映画
A Beautiful Mind - Trailer



天才数学者ジョン・ナッシュの半生を描いた映画、『ビューティフルマインド』(2001)。
ナッシュは、この世のすべてを支配する真理に到達すべく研究に没頭する。
いつの頃からか、ナッシュは幻覚を見るようになるのだ。
幻覚といっても本人は完全に現実として感じているため、
映画半ばまではこちらも現実だと思って見ることになる。


ナッシュは、いわゆる統合失調症というやつなのだ。
私自身も、統合失調症ではないと思うが妄想はけっこう激しい(激しかった)ほうだと思う。
幻覚は見ていない(たぶん)。
酷く悪い夢は見る。何かに追われる夢とか、何かから逃げる夢とか。
妄想も悪夢も、この数年はかなり軽くなっているが。


強すぎる理想や使命感は精神を破壊していくのではないだろうか。
もちろん、偉業を達成するにはそれらが必要なのだろうけど。
この数学者のように最後に成功を収められればまだ報われるかもしれないが、
ただ精神を病むだけで人生が終わり、
むしろ他人を傷つけたり悪い事件を起こしたりしたら不幸としか言いようがない。
そうかといって、理想も使命感もまったくない人生というのも虚しいし。


結局のところ、人間というのはあらゆるもののバランスが大事ということだ。
一人でバランスがとれなければ、誰かに助けてもらうこともできるわけだし。
この映画では、主人公は妻に支えられている。
かつての級友にも助けられている。
ちなみに、ナッシュは昨年自動車事故で亡くなっている。
同乗していた妻と一緒に。

大都会の孤独

2016-04-27 23:08:54 | 読書、音楽、映画
Taxi Driver - Trailer



うつらうつらしながら何気なく見ていた。映画『タクシードライバー』(1976)。
主演はロバート・デ・ニーロ、幼い売春婦を演じているのは13歳のジョディ・フォスターである。
主人公のトラヴィスは元海兵隊の青年で、不眠症を患うタクシードライバー。
孤独を抱え、自分の中に閉じこもり、自分の走る街を嫌悪している。
そんな中、憧れの美しい女性と仲良くなりデートをすることになる。
だが、何故かポルノ映画に誘ってしまい、当然ながら嫌われてしまう。
(トラヴィスは日頃から一人でポルノ映画を見ている。)
ますます孤独になり社会に対して鬱憤を溜め込むようになる。
この汚い街を浄化してやると考えるようになる。


ある日、悪い男に売春をさせられている少女アイリスと出会う。
腐敗した社会を浄化するため、トラヴィスは筋トレをし、銃を買い射撃の腕を磨く。
次期大統領候補を射殺しようとするがSPに見つかり逃亡する。
この時のトラヴィスは何故かモヒカン頭にサングラスという姿。
そして、今度はアイリスを救い出すため、ヒモ男と買春客を射殺する。
最期は銃で自殺するつもりだったが弾がなくなってしまった。
少女を救い出したことで結果的に街のちょっとしたヒーローになって、映画は終わり。


何だかすっきりしない映画だが、面白さは感じることができた。
主人公が次第に狂人になっていく様子が見ていてよくわかったよ。
鏡の前でぶつくさつぶやきながら銃を構える姿が薄気味悪い。
「You talkin' to me?」


この映画は、ストーリーよりも映像や音楽に魅力があると思う。
それで、ちょっと思い出した映画があった。


映画『ドライヴ』予告編



2011年の映画。
これは、卓越したドライビングテクニックを持つ男の話。
昼間は映画のスタントマンだが、夜は強盗を逃がす運転手という別の顔を持つ。
ライアン・ゴズリング演じる主人公は寡黙で優しい男なのだが、
映画のラストでは物凄い狂暴性を見せる。
この映画も夜の大都会が美しく撮られている。
美しいとはいっても、孤独とか虚しさとか、そういうのを感じさせる美しさだね。

凶悪

2016-04-23 10:14:55 | 読書、音楽、映画



今読んでいる本、『凶悪』。
この本に書かれているのは実話である。
ちょっと前に読んだ『消えた一家』も凶悪な話だったが、
こちらはまたちょっと違った凶悪さ。
北九州の事件はどこか遠いところで起こったような
リアリティのあまり感じられない事件だったが、
こちらは身近で起こりそうだし、実際起こってそうな感じのする事件なのである。
身近なところにも凶悪は潜んでいると思わせられる内容。


とある死刑囚から余罪を打ち明けられて事件を追う雑誌記者のドキュメント。
死刑囚は、自分が"先生"と慕っていた人物こそそれらの事件の首謀者であると言う。
自分はもう死を覚悟しているし、懺悔もしている。
だが、自分を裏切って娑婆でのうのうと暮らしている"先生"がどうしても許せない。
その復讐心で告発したという実話で、上申書殺人事件と呼ばれている。


映画『凶悪』予告編



この本は映画にもなっている。
実際に人が亡くなっている事件なので、面白いと表現していいのかわからないが、
映画自体は非常に面白くできている。
死刑囚をピエール瀧、"先生"をリリー・フランキー、
雑誌記者を山田孝之が演じている。


【UTAMOVIE】宇多丸 映画批評「凶悪」2013.10.12(ザ・シネマハスラー&ムービーウォッチメン)



宇多丸さんの評論も面白い。
ピエールさんとリリーさんを絶賛している。
たしかにハマり役でそれぞれの凶悪さをうまく表現しているが、
べた褒めで若干うざい感じもする。


死刑囚は"先生"を非難し告発するが、当人も相当なワルである。
元ヤクザでかなりの前科がある。風貌もそんな感じ。
身内には情が深いが、他人のことは何とも思っていない。
情に厚いようだが、私利私欲のために殺人ができる人間である。
裏切り行為に非常に敏感。


一方"先生"は、見た目はその辺にいる普通のおっちゃん。
会社を倒産させてからは整理屋稼業に邁進する。
平気で他人の財産を奪い取る詐欺師。
死刑囚が言うには、"先生"は酷いアル中でサディストらしい。
「あれだけ大罪を犯していれば、飲んでいなきゃやっていられないのかもしれない。」


二人のワルが出会い一蓮托生となって暴利をむさぼる。
1+1=2ではないのがよくわかる。
"先生"は首謀なのかもしれないが、"先生"に集っていい思いをした人間もたくさんいるのである。
"先生"には普通に家庭があって、家族を大事にしていたらしい。
この事件はたしかに凶悪であるが、さすがに人を殺めるということはなくても
このような話はけっこう身近にあるものなのではないか。
私だって、切羽詰まったら何をするかわからないと思う。
家族は大事だが、切羽詰まったら他人のことなんてどうでもよくなるかもしれない。
そう考えると、切羽詰まらないように地道に生活していくというのは大切なことだね。

関わってはいけない人間

2016-04-18 22:08:52 | 読書、音楽、映画



最近読んでいた本、『消された一家』。
北九州で起こった残酷な監禁殺人事件のルポタージュである。
有名な事件だとは思うのだが、
あまりにも酷い事件だったので報道規制がかけられた経緯がある。
平成14年、17歳の少女が監禁元から逃れてこの事件は発覚した。
松永太という男とその内縁の妻・緒方純子が監禁傷害の容疑で逮捕された。
しかし、この事件にはもっと恐ろしい余罪があった。
少女の父親、緒方の家族6人の計7人が死んでいるのだ。
(死体は完全に処理されており、遺体なき殺人である。)
いずれも松永が首謀となって指示を出し、
自らは手を下さずに緒方やその家族、少女に殺害と遺体の解体をさせたのだ。
いよいよ自分の番かもしれないと命の危険を感じた少女は
やっとのことで祖父母のもとへ逃げ帰ることに成功したのだ。


この事件のことをあまり知らないと、
なぜ家族で殺しあったのか、逃げられなかったのかという疑問が湧く。
それもあってこのルポタージュを読んでみたのだ。
松永太は外見がよく一見人当たりがいい、
自信家で口達者、だが実際は息を吐くように嘘をつく男なのだ。
もともと布団販売会社を経営していたが、実態は悪徳商法だった。
会社が破綻してからは詐欺で生活資金を得ていた。
少女の父親も、緒方家も、金づるとされていたのだ。
松永は巧みな話術で、緒方家の人々をお互い疑心暗鬼にさせ、
また罪悪感を植え付けたりしながらマインドコントロールしていった。
さらに、この詐欺師はサディストでもあり、
緒方純子は長年DVを受け続けるうちに判断力が鈍り、
思考停止に陥って、松永の操り人形になってしまった。
松永は監禁している人間をランク付けし、最下位の人間に拷問した。
使用していた拷問方法は通電。
他にも、食事、排泄、睡眠など生活にいろいろと制限をかけ、
人々は日に日に衰弱し、拷問で亡くなったり、家族に殺され亡くなっていった。


精神科医の書いたあとがきによると、松永はサイコパスであるという。
サイコパスはよく「良心を持たない人」と言われる。
サイコパスとされる人は稀ではあるが、一定の割合で存在するらしい。
人間が100人いたら、一人くらいはそうらしいのだ。
私でも、今までの人生でサイコパスだと思われる人物に数名会っている。
彼らに共通するのは、一見大変魅力的であること、
人を惹きつける話術を持っていること、自信に満ち溢れていること、
偽善的であること、人に共感しないこと、時折狂暴さが現れること。
私は幸いにもこれらの人たちと深くかかわらずに済んだ。
そのまま関係を続けていたらどうなっていたかはわからないが。
とにかく、世の中には関わってはいけない人がいるということを忘れてはならないと思うのだ。
人を疑ってばかりもよくないかもしれないが、
性善説で生きていくと大変な目に合うと考えている。
この本は大変残酷な内容で、目をそむけたくなるようなことがたくさん書かれているが、
得られることも大きいので一読の価値があると思うよ。