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私は自由気ままに生きている。

―東京暮らし・子無し中年主婦の気ままな日常―

スティーヴン・キング映画

2017-03-31 00:18:01 | 読書、音楽、映画
久々に映画を見まくった。
ペットロスに陥っているので、ちょっとでも希望が持てるやつがいいと思ったのだが。


Pet Sematary - Trailer



『ペット・セメタリー』(1989)
いわゆるゾンビ映画。
とある一家が田舎に引っ越してくる。
大きくて素敵な新居の目の前には危険な道路が走っている。
この時点でもうすでに一家に不幸が訪れる予感をさせる。
案の定、娘の飼っている猫チャーチルが轢死する。
娘の知らぬうちに、夫ルイスは隣人に教えられてペット霊園の奥にある丘に埋めに行く。
なんとチャーチルは生き返るのだが、とても狂暴で腐臭がするようになっていた。
今度は息子のゲージがトラックにはねられてしまう。
息子の死を受け入れられないルイスは、ゲージを蘇らせるため再びあの丘へ。
そして悲惨なラストを迎える。
結局ルイスは、蘇らせたゲージを殺すことになる。
そのときのゲージの言葉「パパはずるい」。


この映画、昔見た記憶がある。
中学時代、ホラー映画ばかり見ていた時期があったのだ。
当時はただのホラーとして見ていたような気がするが、
今見直してみると、とっても悲しい物語である。
大切な存在の死は悲しいが、それを受け入れられないというのはもっと悲しいことなのだ。



Pet Sematary Two - Trailer



『ペットセメタリー2』(1992)
ペット・セメタリーの続編。
なんと、美少年として名を馳せたエドワード・ファーロングが主演。
この続編は評判が悪いようだが、ファーロング見たさにうつらうつらしながら視聴。
思っていたよりも面白かったし、そんなに酷い映画ではない。
ただ、展開が速いというか、いろいろと詰め込みすぎていて後半よくわからなくなってくる。
久々に若き日のファーロングを見れてうれしくなった。



Stand By Me • Ben E. King



『スタンド・バイ・ミー』(1986)
色褪せないというか、今見ても全然古臭く感じないね。
ちょっとぽっちゃりなリヴァー・フェニックスに会えてよかった。
3作品目にしてようやく希望が見えてきたような気がするよ?



The Shining Trailer



『シャイニング』(1980)
ホラー映画。
とある一家が雪山のホテルに管理人としてやってくる。
冬期には閉鎖され、誰もいなくなるホテル。
夫ジャックは作家志望で、この環境は小説を書くのに持って来いだと考えている。
ところが以前、このホテルでは残忍な事件が起こっていた。
管理人一家の父親が家族を斧で惨殺したあと自殺したという過去。
はじめジャックは気にも留めなかったが、次第に様子がおかしくなってくる。
小説家になりたい、でも父親として家族を養っていかなければいけない。
妻ウェンディはジャックの仕事場で目にした原稿に愕然とする。
そこには同じ言葉がひたすら繰り返されていた。
"All work and no play makes Jack a dull boy."


この映画、原作者のキングは不満を持っていたらしく、
後に自らの脚本でドラマ化している。
それでも、映画は映画で素晴らしい。
とにかく映像主体で恐怖を表現しているので、怖いのなんの。
怖いけど美しい映画。それゆえ、ナレーションや台詞が少ない。



The Shawshank Redemption - Original Theatrical Trailer



『ショーシャンクの空に』(1994)
妻とその愛人を殺したとして、冤罪で服役する銀行員とその仲間たちの物語。
刑務所の話だし、『グリーンマイル』っぽい雰囲気で話は進む。
だけどこちらのラストはハッピーエンド。
いかなるときにも希望を持ち続けることで生きていくことができるというもの。
仲間たちに希望を持たせてきたアンディも、
一度は希望を失いかけてしまう悲惨な出来事があった。
だが、アンディはなんと20年もの間、壁をロックハンマーで掘り続けていて、
ついには自由を手にするのだ。

ペットロス。

2017-03-28 13:02:06 | うちの猫ちゃん
猫ちゃんが亡くなって四日経ったが、
毎日猫ちゃんのことを思い出しては涙を流す日々を送っている。
まだ亡くなったばかりだしそんなもんだろうと思うのだが、
それにしても毎日生きているのが辛い。
なぜ辛いのかというと、いなくなった寂しさからではないと思う。
猫ちゃんを苦しめたのではないか、もっと早くに病気に気付けばよかったのではないか、
もっと運動させればよかったのではないか、もっと家にいてやればよかったとか、
そんなことが頭の中をグルグルと堂々巡りしている。
これがいわゆる、多くの人が患う一般的なペットロスなのだろう。
だから、きっとそのうちに立ち直れるとは思うのだが。


猫ちゃんに対してしてあげられなかったことよりも
してあげられたこと、楽しかったことを考えたほうがいいとは頭で理解しているのだが、
思考とは裏腹に、どうも私の感情は自責の念に囚われてしかたがない。
猫ちゃんはそんなこと気にしてないし恨んでなんかいないよと思う自分のいるのだが、
それは自分の都合のいいように解釈したいだけではないのかという
もう一人の自分もいるのだ。
まったく堂々巡りなのである。


子供の頃、実家で飼っていた犬を最後まで飼うことができなかった体験がある。
この体験が私の内面に相当な影を落としているのは自覚していて、
だからこそ猫ちゃんは最後までしっかり添い遂げようと思っていた。
その願いは叶ったことになるのだが、不思議なことにまったく克服できた感じはしない。
これは、猫ちゃんをがんという病気にしてしまったことによるのか。
それでは、がんにならなかったら、将来納得のいく最期を迎えさせることが可能だったのか。


冷静に考えると、この苦しみは私の性格的なことに起因していているだけなのだ。
どんなにやってあげたって、私は後悔ばかりする質の人間なのだ。
こういう人間はペットを飼うのに向いていないのかもしれない。
それでも、やっぱり犬や猫と暮らす生活はとても幸せで、穏やかで、魅力的なのである。
まったくどうにも踏ん切りがつかないが、
おそらく次の子を迎え入れることでしか私は生きていくことができなそうだ。
まぁすぐにという話ではない。
とにかく今は、亡くなった猫ちゃんに感謝と謝罪の気持ちを送りながら生活していこうと思う。





そんなに思い悩むなよなー。

骨になる。

2017-03-26 11:01:25 | うちの猫ちゃん
昨日、ママにも来てもらい、3人で猫ちゃんの火葬に立ち会った。





深大寺動物霊園の立派な祭壇。





口元に大好きだった食べ物を置く。
プリンに大福、チータラ、それと日常食だったロイカナのドライフード。
他にも大好物はたくさんあるのだが(鮭とかししゃもとか魚肉ソーセージとか)、
そんなものをすべて置いていたらきりがないので
猫ちゃんにはこれで納得してもらうことにしたよ。
それと、愛用していたハローキティ毛布は私がもらうことにして、
代わりに私が使い込んだバスタオルを一緒に持っていてもらうことにした。


この後、最後のお別れをして火入れ。
その間一番泣いていたのは夫だったね。
夫曰く、霊園の演出にやられたらしい。
火入れ直前まで未練がましく猫ちゃんを撫でていたのも夫だったが。


火葬は1時間ほどで終わり、その後、遺骨を骨壺に納めた。
焼き終わったままの遺骨には、うんちや胃の内容物も残っていた。
胃の部分に残っていた灰は、最後に自力で食べたプリンかな~としみじみ。
スタッフの方がきれいに骨を並べて丁寧に説明してくれて、
脚や腕、背骨などの大きい骨から納めていった。
最後は一番上に頭の骨を納める。
この間、私はマジマジと骨の観察をしていた。
案外、脳みそがおさまるスペースの小さいことがわかった。
こんな小さな脳みそで、よくあれだけの活動をしていたものだと妙に感心したり。





帰りも車で送っていただき、猫ちゃん骨となって帰宅。
しばらくは一緒に家にいてもらうことにして、
落ち着いたら歴代の猫ちゃんたちと一緒に霊園に納骨するかもしれない。
ママの自宅にも2匹の猫ちゃんの遺骨があるのだ。





遺骨ペンダント。ママからのプレゼント。
私は尻尾の一番先の骨と指(爪になる部分)の骨を入れてもらった。
夫は一回り大きくて、いろんな部分の骨を入れてもらっていたが、
帰宅後、未練がましくもっと詰めてもらえばよかったと。
これをお守りにして、残された飼い主二人は生きていくことにするよ。

お通夜。

2017-03-24 23:13:45 | うちの猫ちゃん
これをお通夜と呼ぶのかどうか。
今夜は夫と二人で猫ちゃんの亡骸を囲み、
赤ちゃんの頃からの写真を眺めながら思出話に花を咲かせた。
もちろんビールを飲みながら。
猫ちゃんの大好きだった焼きプリンも二人で味わった。
18年も一緒にいたから、これからどういう生活になるのか想像がつかない。
死んでいなくなったはずなのだが、
物音がすると猫ちゃんかなと思ってしまう自分がいる。


明日は猫ちゃんの亡骸とお別れ。
しっかり送り出せるよう、今夜はよく眠ろうと思う。
朝起きたら、目が腫れてると思うが。