
「平和百人一首」とこのシリーズについての解説は、初回記事と2回目の記事をご参照ください。前回記事はこちらで見られます。
なお、かなづかいや句読点は原文のままとするので、読みづらい点はご了承ください。
平和百人一首
夢にさへ恋ひやまざりし青畳 ただうれしくて足伸ばしけり
東京都葛飾区下小松町 三澤 正男
焼けつく太陽の下、一粒の米一発の弾丸もない南海の孤島に補給絶えて一年。戦意喪失し枯果てた魂と骸の様な肉体が生の執着に慟哭している地獄相の中で、生きられる丈は生きてきた戦友も、毒々しい濃緑に彩られた雑草に覆れて今永劫の眠につこうとしている。「俺は昨夜女房や子供と卓を囲んで楽しく飯を食つた夢を見たよ、俺は、俺は不忠の臣でもいい、死ぬ時は畳の上で死にたかつた」 ガツクリと窪んだ瞼の奥から一筋の涙があふれ落ちて、それが最期の言葉だつた。
「死んぢや駄目だぞ、貴様俺を残して一人で死んでいくのか、おい、しつかりしろ」 自分の声にふと目を覚して辺りを見回すと、すぐ目の前に妻子の安らかな寝顔がみえる。
俺は生きていたのだ、この幸福を幾度あの戦場で夢に見たことか。生きているということはこんなにも嬉しいものだろうか。大きく一つのびをすると、平穏な畳の上でまた深い眠りに落ちていつた。
(正男)