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古墳探訪会 飛鳥の古墳 Ⅰ

2014年09月27日 | 古墳と史跡

6月20日 晴れ時々曇り

梅雨の谷間で本日は快晴です。

本日のコースは近鉄飛鳥駅―A岩屋山古墳―B牽牛子塚古墳(越塚御門古墳)―C真弓鑵子塚古墳―D与楽古墳群(与楽乾城古墳・与楽鑵子塚古墳・寺崎白壁塚古墳)ーEマルコ山古墳[昼食・WC有]―F束明神古墳―(G岡宮天皇陵)―近鉄壺阪山駅です

概要:明日香村には飛鳥時代の古墳(終末期古墳)が数多くあり、古墳探訪「飛鳥の古墳Ⅰ」では近鉄
飛鳥駅の西地区を巡ります。近年大きな話題となった牽牛子塚古墳や越塚御門古墳があり、飛鳥時代を演出した人達の奥津城として多くの古墳が築かれている。この西コースは約7kmで、山間の小さな集落とのどかな道が大半。
なお、明日香村は昭和31年、阪合村・高市村・飛鳥村の三村が合併し発足。村全域が古都保存法の対象地域の自治体で、歴史的風土保存の対象となっている。


岩屋山古墳は一辺約40m、高さ約12mの2段築造の方墳で、南に開口する横穴式石室があります。石材は通称飛鳥石と呼ばれる切石で、表面を滑らかに仕上げ組まれています。7世紀前半頃の築造で石室内に入れます。



牽牛子塚古墳(国指定史跡)は
対辺約22m、高さ4.5m以上の八角形墳で、南に開口するくりぬき式横口式石槨があります。石槨内には棺台が二つ、覗く事が出来ます。7世紀後半頃の築造で、被葬者は斉明天皇と娘の間人皇女と考えられていますが、宮内庁治定の陵墓は高取町車木にあります。




真弓鑵子塚古墳は直径約40m、高さ約8mの2段築造の円墳で、横穴式石室があります。石室壁は巨石を6~7段積上げドーム状で、高さ約4.7mもあります。6世紀中頃の築造で被葬者は渡来人とされています。私有地で立入禁止が残念です。



与楽乾城(カンジョ)古墳は与楽古墳群の一つ。一辺約36m、高さ11mの2段築造の方墳で、南に開口する横穴式石室があります。石室は巨石を4~5段積上げています。墳丘は崩れかかっており、石室は立入禁止ですが覗く事は出来ます。6世紀後半の築造で被葬者は渡来人とされています。




寺崎白壁塚古墳は与楽古墳群の一つ。2段築造で、東西の長さは南辺35m、北辺20m、南北28mの台形をしていますが、八角形墳の可能性もあり検討課題となっています。南に開口した横口式石槨は中を覗く事が出来ます。墳丘南には二か所の平坦部があり、その遺構も含めると大きな古墳です。築造は7世紀中頃で、14世紀前半頃からは土豪・越智氏が築いた貝吹山城に関わる施設が、この古墳にもあったとされています。





マルコ山古墳は対角長約24m、高さ5.3mで2段築造の六角形墳です。南に開口した横口式石槨ですが埋め戻され史跡公園となっています。7世紀末から8世紀初めの築造とさ、六角形である事から被葬者は天皇に近い人物とされています。古墳から南東方向の眺めも良く、この先進む道筋を確認できます。WCや洗面もあり昼食場所としてお勧めです。



束明神古墳は対角長36mの八角形墳で、残存高さは約2mです。凝灰岩をブロック状に加工し積上げた横口式石槨で、埋め戻されています。橿原考古学研究所付属博物館には石槨が復元されています。









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