「いつかこの手で大聖堂を建てたい――
果てしない夢を抱き、放浪を続ける建築職人のトム。
やがて彼は、キングズブリッジ修道院分院長のフィリップと出会う。
かつて隆盛を誇ったその大聖堂は、大掛かりな修復を必要としていた。
折りしも、国王が逝去し、内乱の危機が!
十二世紀のイングランドを舞台に、
幾多の人々が華麗に織りなす波瀾万丈、壮大な物語」
(上巻カバーのあらすじより)
「大聖堂への私の学習そのものは、この小説の主眼ではありえない。
これは、愛と憎しみ、野望と貪欲、欲望と怨恨と復讐とのヒューマン・ストーリーである。
人々の心情と情熱は今日と同じだが、かれらの生きた環境条件はまったく違う。
この相違と類似の二面性が、作者には興味の焦点でもあった。
読者のみなさんも、おそらく同感であろうと推察している」
(下巻収録「原著者からのメッセージ」より)
とにかく面白い大河小説だった。
あたかも運命という一つの大きな時計に収められた歯車のように、
登場人物の一人一人を主軸とする物語が複雑に絡み合う。
それらが見事に収束していく様は、とても読み応えがあり、
「ヒューマン・ストーリー」の醍醐味を堪能させてもらった。
それについて、ここに一つ一つ書くのは無理なのでやめておく。
これをベースにやりこみ要素満載のゲームを誰か開発してくれないかな(笑)
大聖堂の建築に関するくだりは、そのままシミュレーションにできる。
設計に始まり、施主フィリップとの交渉、要員集め、資材管理、
工程管理、現場監督、それに気象の観察もあり、落成には苦労しそう。
昔、英語のテキストで『英国建築物語』を読まされたことがあったけど、
当時これが出版されていたら、もっと面白い講義になっていただろうな。
市場取引のシミュレーションもできる。
羊毛を買い付け、売りさばき、先物取引などしつつ、お金を貯める。
市場を立てるには、ほかの市場から一定の距離を保つ必要があり、
そこに政治交渉や規制が絡んでくるのがまた面白い。
そもそも町とは、大聖堂を中心に発展していくものだとか。
全部まるごと都市建設シミュレーションと呼べるだろう。
さらには、都市攻防戦のストラテジー(戦略)もできる。
ただ、この小説をそのままゲーム化するには問題がある。
豪族から伯爵に成り上がったウィリアムの悪行だ。
策略家の母リーガン、奸智に長けた司教ウォールランとともに、
こそこそと陰謀だけ巡らしておればよいものを、
元伯爵令嬢アリエナへの強姦や領民虐殺でR18扱いではないか。
ここは迷わずカット……
いや、それではアリエナの恨みがぼやける……
と、妄想はここまでにして(笑)、養老孟司さんの解説も面白かった。
文化の違いがそのまま現実認識の違いとなり、集団の対立を生み、
それを暴力で解決するのを得意とするのがアングロサクソン文化であり、
アメリカはその流れを引いているというのだから。
暴力沙汰を抑えるには「教会による正当性の認定」が有効だとくれば、
これはもう政教分離などという考え方はありえないのだと納得する。
その点、日本は「変な国」でいいと思う。
十二世紀のイングランドは、ノルマン征服時代だった。
フランス系の文化が侵入した結果、英語の語彙が増えたらしい。
「牛はカウとオックスだが、牛肉はビーフで、
羊はシープなのに、羊肉はマトンである。
フランス語を知っていれば、おわかりであろう。
肉の名前はフランス語で、動物の名前は英語である。
英語を話す民は下に置かれ、動物を育てたが、
その肉を食べたのは貴族、つまりフランス語系の人たちだった」
(下巻収録「解説」より)
少し考えればわかることなのに、全然気づかずにいた。
こうした背景を考えるだけでも、物語の面白味がさらに増す。
解説の書き出しは次の通りだ。
「物語は面白くなくてはいけない。
じつはイギリス人は意外に話がうまい。面白い物語を書く。
ケン・フォレットも面白い物語を書く作家の一人である。
読み出したら、最後まで読むしかない。
この『大聖堂』がそうで、だから中身の解説はしない。
読めばわかるからである」
(下巻収録「解説」より)
書き出しのこの一行は、大書して座右の銘にしたい(笑)
面白さは人それぞれと言ってしまえばそれまでだけど、
本当に面白い物語なら、ほとんどの人にそう認められるに違いない。
そんな物語が書けたらいいのになあ。
『大聖堂』
ケン・フォレット著/矢野浩三郎訳
SB文庫(ソフトバンク クリエイティブ)
2005年12月発行
上巻 597頁 定価852円(税別)ISBN978-4-7973-3256-8
中巻 589頁 定価848円(税別)ISBN978-4-7973-3257-5
下巻 630頁 定価857円(税別)ISBN978-4-7973-3258-2
※1991年に新潮社より同題で刊行された作品を再編集したもの
(次を読む)
オールインワンのゲーム――
というのが真っ先に浮かんだ感想でした(爆)
いや、真面目な話、本当に面白いんですよ!
結末に納得できました。
そうじゃなかったら許さない、みたいな(笑)
読書って楽しいですね~^^