ジャンゴ・ラインハルトと言うギタリストがいます。ベルギーのフランス語圏生まれで主に1930年代から40年代にかけてパリを拠点に活躍しました。名前がフランスっぽくないですが、それは彼がロマ系(俗に言うジプシー)だからです。当時のヨーロッパではアメリカ伝来のスイングジャズが大ブームでしたが、彼はそこにジプシーの伝統音楽の要素を持ち込み、”ジプシー・スイング"と呼ばれるスタイルを確立。また、それまでリズムを刻む伴奏のための楽器としか見なされていなかったギターで華麗なソロを取り、主役の座に押し上げた点も革命的とされています。
以上は全てWikipediaで調べたものです。私もジャンゴ・ラインハルトの名前自体はジャズを本格的に聴く前から知っていましたが、実際の演奏はまともに聴いたことがありません。何せ彼の全盛期はビバップよりさらに前のスイング時代。1953年には43歳で亡くなっています。残されたレコードもあるにはありますが、音は悪いですし、youtubeで聴ける演奏の方も正直古臭いなあと言うのが正直なところです。ただ、同じように短命で録音も少ないチャーリー・クリスチャンと同様に後世のギタリストに与えた影響は大きかったらしく、ジャズの世界はもちろんのことジェフ・ベックやジミー・ペイジと言ったロック・レジェンド達も彼からの影響を公言しているとか。ジャズの世界ではモダン・ジャズ・カルテットの「ジャンゴ」とジョー・パスの本作「フォー・ジャンゴ」が代表的です。
ジョー・パスは1929年生まれ。20代の頃は麻薬中毒でまともな音楽活動ができませんでしたが、1962年に麻薬更生施設”シナノン”の入所者だけを集めた異色の作品「サウンズ・オヴ・シナノン」に参加。そこでの演奏が注目を集め、1963年にパシフィック・ジャズに初リーダー作「キャッチ・ミー」を発表。その翌年の1964年10月に吹き込んだのが本作です。カルテット編成ですがピアノはおらず、ギターでもう1本ジョン・ピサーノが参加。ただし伴奏のみでソロは取りません。ベースはジム・ヒューアート、ドラムは英国出身のコリン・ベイリーです。
全10曲。おそらくどれもがジャンゴ絡みの曲と思われます。オープニングトラックは上でも述べたMJQの"Django"。ジョン・ルイスがジャンゴを追悼して書いた曲だそうで、物悲しげな旋律をパスが哀愁たっぷりに弾きます。続く"Rosetta"はスイング時代の名ピアニスト、アール・ハインズの書いたスインギーな佳曲です。3曲目"Nuages"は発音はニュアージュでフランス語で「雲」の意味。ジャンゴの代表的なオリジナル曲の一つで、美しいバラード演奏です。4曲目"For Django"は本作中唯一のパスのオリジナル曲。やや哀調を帯びたミディアムチューンです。5曲目はコール・ポーターの有名スタンダード”Night And Day"。アップテンポの演奏でお馴染みのメロディをパスが超絶技巧を駆使して弾き切ります。
続いて後半(B面)。6曲目はジャンゴ作の”Fleur d'Ennui”。発音はフルール・ダンニュイで、邦題のとおり「哀愁の花」と言う意味ですが、タイトルから想起されるほどアンニュイな感じではなく、意外と軽快でスインギーな演奏だったりします。7曲目は”Insensiblement”。発音はアンサンシブルマンでフランスの作曲家ポール・ミラスキ(クリフォード・ブラウン「パリ・セッション」の名曲"Chez Moi"を書いた人)による美しいバラードです。ジョー・パスと言えば速弾きの印象が強いですが、このアルバムはバラードが良いですね。8曲目”Cavalerie”と9曲目"Django's Castle"はどちらもジャンゴの自作曲。前者は発音はキャヴァルリで「騎兵」と言う意味。ミディアムテンポの演奏でドラムとの絡みもあります。後者はまたしても美しいメロディのバラードで、個人的には本作中でも一番好きな曲です。ラストの”Limehouse Blues”は英国産のブルースでジャンゴも愛奏していた曲らしいです。2分強の短い曲でパスがお得意の速弾きを披露して終わります。以上、ジャンゴの没後に書かれた1曲目と4曲目を除いて全てジャンゴ自身の録音が残されていますが、youtubeで聴き比べても正直ジョー・パスの方が録音もはるかに良くて聴きやすいです。オリジナルの演奏には当然敬意を表しますが、ジャンゴ・ラインハルトの入門にはこちらの方が良いのではないかと思います。