1960年代ブルーノートの顔とも言えるスタンリー・タレンタインですが、デビュー当初は彼の力強いテナーを全面的にフィーチャーしたワンホーン形式の作品がほとんどでした。ただ、1960年代も半ばになると路線転向を余儀なくされます。この頃はスモールコンボによるいわゆるハードバップ系のジャズは完全に時代遅れとみなされ、ブルーノートのジャズマンもモード/新主流派路線、フリー系路線、あるいはR&B風のソウルジャズ路線と枝分かれしますが、タレンタインはスタイル的にどれも合わなかったらしく、ビッグバンド形式の大型編成に活路を見出します。
皮切りは1965年の「ジョイライド」で、オリヴァー・ネルソン率いるビッグバンドを従えた超名盤です。続いて翌1966年にデューク・ピアソンをアレンジャーに迎え、「ラフ・ン・タンブル」そして今日ご紹介する「ザ・スポイラー」を吹き込みます。ピアソンとの共演は1967年の「ア・ブルーイッシュ・バッグ」「ザ・リターン・オヴ・ザ・プロディガル・サン」でも続きますがなぜかこれらはお蔵入りし、2000年代まで発売されません。1968年にはサド・ジョーンズをアレンジャーに起用し、「ザ・ルック・オヴ・ラヴ」「オールウェイズ・サムシング・ゼア」をリリースしますが、収録曲はほとんど当時のポップヒットばかりであまりジャズ色は強くありません。さらに70年代に入るとタレンタインはフュージョンに転身し、どんどんジャズのメインストリームから外れていくので、この「ザ・スポイラー」あたりが私のような保守的ジャズファンが楽しめる最後の作品でしょうか?
本作の録音年月日は1966年9月22日。総勢9人の小型ビッグバンドで、タレンタイン以外のメンバーはブルー・ミッチェル(トランペット)、ジュリアン・プリースター(トロンボーン)、ジェイムズ・スポールディング(アルト)、ペッパー・アダムス(バリトン)、マッコイ・タイナー(ピアノ)、ボブ・クランショー(ベース)、ミッキー・ローカー(ドラム)、ジョゼフ・リベラ(パーカッション)という布陣です。アレンジャーのデューク・ピアソンはピアニストとしても有名ですが、ここでは指揮に専念しており演奏には参加していません。
オープニングトラックはデューク・ピアソン作曲の"The Magilla"。のっけからパーカッション全開の賑やかな曲でタレンタインがノリノリのファンキーなテナーを披露、ブルー・ミッチェルのトランペット→ジェイムズ・スポールディングのアルトがそれに続きます。ちょっとジャズロック的な雰囲気もあるキャッチーで楽しい曲だと思います。続く”When The Sun Comes Out”は一転バラードでハロルド・アーレン作のスタンダード。ゆったりしたホーンアンサンブルをバックにタレンタインがじっくり歌い上げます。3曲目"La Fiesta"はチック・コリアで有名な曲がありますが、こちらは全くの別曲でアルマンド・ボーサと言うパナマのミュージシャンの曲だそうです。これぞラテンと言った情熱的なナンバーでソロはタレンタイン→ペッパー・アダムス→マッコイ・タイナーの順です。こちらも1曲目同様ダンスフロアでも映えそうな曲ですね。
4曲目”Sunny"はR&Bシンガーのボビー・ヘブが歌い、同年に全米2位となった大ヒット曲です。この曲は翌年にソニー・クリスも「アップ・アップ・アンド・アウェイ」で取り上げていましたし、ジャズマンの間でも人気だったようですね。タレンタインがソウルフルなテナーを聴かせた後、ミッチェル→マッコイ・タイナーもソロを取ります。5曲目"Maybe September"は再びバラードで、同年に公開された「ジ・オスカー」と言う映画の挿入曲です。美しいバラードでトニー・ベネットが好んで歌っていたようです(ビル・エヴァンスとの共演もあります)。ラストの"You're Gonna Hear From Me"はピアニスト兼作曲家で後にロンドン交響楽団の首席指揮者にもなったアンドレ・プレヴィンの曲。プレヴィンが音楽を手掛けた1965年の映画「サンセット物語(Inside Daisy Clover)」の挿入曲でフランク・シナトラやナンシー・ウィルソン、ディオンヌ・ワーウィックも歌ったそうですが、インストゥルメンタルではこのタレンタインのバージョンが決定版だと思います。実に魅力的なメロディを持った名曲で、マッコイ・タイナーの短いソロを挟みながらタレンタインが朗々と歌い上げます。ずばり名曲・名演です。タレンタインのブルーノート作品の中ではあまり取り上げられることはありませんが、なかなか充実の内容と思います。