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ハードバピッシュ&アレグロな日々

CD(主にジャズ・クラシック)の感想を書き留めます

ジョー・パス/キャッチ・ミー

2025-07-12 13:09:56 | ジャズ(その他)

モダンジャズ屈指の名ギタリストとして知られるジョー・パスですが、彼は遅咲きのミュージシャンでした。1929年生まれの彼がギタリストとして活動を始めたのは40年代半ば頃。ただし、全く注目を浴びることはなく、にもかかわらず一丁前にドラッグの味だけは覚え、50年代はヘロイン中毒でシャバとムショの間を行ったり来たりとろくでもない日々を送っていたようです。ただ、そんな麻薬依存がある意味彼のキャリアを好転させることになるから人生わからないものです。きっかけは1962年の「サウンズ・オヴ・シナノン」。カリフォルニア州サンタモニカの”シナノン”と言う麻薬更生施設に入院していた6人のジャズマンの演奏をパシフィック・ジャズが録音。おそらくリーダーはピアニストのアーノルド・ロスだったと思われますが、むしろ無名のパスのギターが大きな注目を浴び、その翌年1963年7月に今日ご紹介する初リーダー作「キャッチ・ミー」のリリースにこぎつけます。

メンバーはピアノ&オルガンがクレア・フィッシャー。彼もまたパシフィック・ジャズが当時猛プッシュしていた存在で、前年の「ファースト・タイム・アウト」で気鋭のピアニストとして注目を浴びていました。ベースがアルバート・スティンソン、ドラムがコリン・ベイリーですが、”Mood Indigo””But Beautiful””You Stepped Out Of A Dream”の3曲ではラルフ・ペーニャがベース、ラリー・バンカーがドラムを務めています。

アルバムはロジャース&ハートのスタンダード”Falling In Love With Love”で始まります。ミディアムテンポの軽快なリズムに乗ってパスが歌心溢れるギターソロを披露します。パスはギターの腕を我流で磨いたそうですが、それでここまで弾けるようになるのだから大したものですね。一方、クレア・フィッシャーはバックでピアノではなくオルガンを弾いています。2曲目ガーシュウィンの"Summertime"、3曲目エリントンの”Mood Indigo”はどちらもゆったりした演奏。フィッシャーもピアノソロで盛り立てます。4曲目はタイトルトラックの”Catch Me”で唯一パスの自作曲。意外にもオルガンをバックにしたソウルジャズ風の曲で、パスが見事な速弾きを見せます。

続いて後半(B面)。"Just Friends"もオルガンをバックにしたソウルフルな演奏です。6曲目”Walkin' Up”はビル・エヴァンスの「ハウ・マイ・ハート・シングス」に収録されていた曲。パスのギターソロに続き、フィッシャーがエヴァンス風のピアノソロを聴かせます。7曲目"But Beautiful"はスタンダードのバラードで、この曲ではパスがアコースティックギターを弾いています。8曲目”No Cover, No Minimum"は再びビル・エヴァンスの曲。彼のデビュー作「ニュー・ジャズ・コンセプションズ」に入っていたブルースですが、正直こんな曲あったっけ?と思うぐらいエヴァンスの中でも地味な曲です。ラストは定番スタンダードの"You Stepped Out Of A Dream"をスインギーに演奏して締めくくり。以上、ジョー・パスのパシフィック・ジャズ作品としては翌年に発表した「フォー・ジャンゴ」の方が有名ですが、デビュー作の本作も悪くない出来だと思います。

 

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セロニアス・モンク/アット・ザ・ブラックホーク

2025-06-27 19:03:24 | ジャズ(その他)

本日はジャズ界の鬼才セロニアス・モンクが1960年4月にサンフランシスコの名門クラブ、ブラックホークで行ったライブ盤をご紹介します。モンクとサンフランシスコと言えばケーブルカーのジャケットが有名な「セロニアス・アローン・イン・サンフランシスコ」(録音は前年の1959年10月)を思い出す人も多いかもしれませんが、あちらはモンクのピアノのみのソロアルバム。モンクの熱心なファンからは名盤と評されているようですが、私は正直そこまで彼の信奉者と言うわけでもないので、悪いけどソロピアノはパス。基本モンク作品で好きなのはホーン入りのアルバムのみです。

本作のメンバーはジョー・ゴードン(トランペット)、ハロルド・ランド&チャーリー・ラウズ(テナー)、モンク、ジョン・オー(ベース)、ビリー・ヒギンズ(ドラム)から成るセクステット。うちチャーリー・ラウズとジョン・オーはモンク作品の常連ですが、ハロルド・ランドとジョー・ゴードンはこのセッションのためのスペシャルゲストです。2人とも西海岸を拠点に活動していた黒人ジャズマンで、ランドは何といってもブラウン=ローチ・クインテットでの活躍が有名。ゴードンはもともとボストン出身で東海岸でプレイしていましたが、50年代末に西海岸に移住していました(以前に当ブログで解説済み)。なお、ドラムにはもともとシェリー・マンが入っており、実際にレコーディングも行われたようですが、モンクとマンの相性が悪かったのかたった3曲のみの収録で演奏の質も良くないと言うことでボツ。急遽代役としてビリー・ヒギンズが呼ばれました(後に60年代ブルーノートを支える存在となるヒギンズですが、この頃は生地のLAでプレイしていました)。

曲はLPが6曲、CDにはボーナストラックとして"Epistrophy"と”Evidence”の2曲が追加された全8曲の構成です。モンクの自作曲が中心ですが、1曲だけスタンダードの”I'm Getting Sentimental Over You”が収録されています。1曲目は”Let’s Call This"。あまり他では聞かない曲ですが、"Honeysuckle Rose"のコード進行を使った曲とのこと。確かに言われればそう聞こえなくもないがかなりデフォルメされてますね。ソロはテナー→トランペット→テナーの順ですが、おそらく最初のテナーソロがランド、後のテナーソロがラウズだと思います。ラウズの後にモンクのピアノソロが登場しますが、相変わらず朴訥としたタッチで華やかさとは程遠いです。ま、これがモンクの味とも言えますが。2曲目"Four In One"はモンクのブルーノートセッションにも収録されていた曲。この曲もテナー→トランペット→テナーのソロオーダーですが、今度はラウズが先発でしょう。3曲目はスタンダードの”I'm Getting Sentimental Over You”。モンクはこの曲が好きだったのかソロピアノの「セロニアス・ヒムセルフ」や「モンク・イン・フランス」でも演奏しています。演奏の方もさほど奇をてらったものではなく、モンクのピアノソロも意外と普通です。

CDではここからボーナストラックの"Epistrophy""Evidence"と続きますが、どちらもモンクの代表曲で他でも散々演奏されているのでスルーします。6曲目は”Worry Later”。別名を”San Francisco Holiday”とも言い、このサンフランシスコ滞在中に作られた新曲のようです。いかにもモンクらしい一風変わったメロディの曲でラウズ→ゴードン→ランド→モンクとソロをリレーします。7曲目は”Round Midnight”。マイルス・デイヴィスの演奏があまりにも有名になったのでそちらが”本家”のようになっちゃいましたが、モンクが40年代から演奏している彼の代表曲です。12分を超える長尺の演奏でランド→ゴードン→ラウズ→モンクと哀愁溢れるソロをたっぷり聴かせます。ラストは”Epistrophy”ですが、クロージングテーマなので2分ほどで終わります。以上、一度ボツになった後の録り直しセッションではありますが、まずまず充実した内容と思います。

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チャールズ・ミンガス/ミンガス・アー・アム

2025-05-29 20:04:30 | ジャズ(その他)

チャールズ・ミンガスを表現する時によく"怒れるジャズマン”と言うフレーズがよく使われます。実際、彼は気性の荒い人物だったらしく、バンドメンバーや時には観客とも喧嘩沙汰を起こしたそうです。トロンボーン奏者のジミー・ネッパーの顔面を殴って歯を折ったのは有名なエピソードです。彼の怒りは対人関係だけでなく社会全体に及び、特に黒人差別に対しては強い怒りを抱いていました。今日ご紹介する「ミンガス・アー・アム」に収録される”Fables Of Faubus(フォーバス知事の寓話)"はその代表的なものです。

この曲はアーカンソー州知事のオーヴァル・フォーバスを批判するために書かれた曲です。当時のアメリカは公民権運動の真っ最中で、アーカンソー州リトルロックの高校に黒人生徒の入学が許可されたのですが、人種差別主義者だったフォーバスは何と州兵を動員して黒人生徒の登校を妨害するという暴挙に出ます。最終的にアイゼンハワー大統領が連邦軍を派遣して事態は鎮静化した(とは言え、住民や白人学生の黒人学生に対する嫌がらせはその後も続いたとのこと)のですが、激情家のミンガスとしてはこのことが許せなかったのでしょう。フォーバス知事を口汚く罵る曲を作曲し、1959年発売の本作「ミンガス・アー・アム」に収録しようとします。しかしながら、発売元は大手のコロンビア・レコード。さすがに直接的過ぎる歌詞(フォーバス知事!なぜあいつはこんなに病んでて馬鹿げているんだ?etc)に難色を示し、結局インストゥルメンタル演奏での収録となりました。ただし、それではミンガスの気が済まなかったのか、翌年にはマイナーレーベルのキャンディド・レコードから発売した「ミンガス・プレゼンツ・ミンガス」で上記の歌詞付きのバージョンを収録しています。

それにしても黒人が白人と同じ学校に通うと言うだけで暴動が起きた当時のアメリカの人種差別の実態に暗澹とする思いですが、昨今のアメリカの保守的・排他的な一連の流れを見ると一概に過去の黒歴史と切って捨てられないのが悲しいところです・・・

以上が本作の背景ですが、純粋に音楽的な側面から言うと、ベツレヘム時代の「イースト・コースティング」で3管編成を試したミンガスがさらに管楽器を増強し、本作ではサックス3本、トロンボーン1本の4管編成でより複雑で実験要素の高いジャズに挑戦しています。メンバーはサックスがブッカー・アーヴィン(テナー)、シャフィ・ハディ(アルト&テナー)、ジョン・ハンディ(アルト)、トロンボーンが5月5日録音がジミー・ネッパー、5月12日録音がウィリー・デニス、リズムセクションがホレス・パーラン(ピアノ)、ミンガス(ベース)、ダニー・リッチモンド(ドラム)です。

全9曲。全てミンガスのオリジナルです。オープニングトラックは"Better Git It In Your Soul"でのっけから異様なテンションの演奏です。咆哮する4管のアンサンブル、執拗に同じフレーズを繰り返すパーランのピアノ、さらに背後では何やら叫び声のようなものも聞こえます。なお、この曲は後にインパルス盤「ファイヴ・ミンガス」で”Better Get Hit in Yo' Soul”のタイトルで再演されています。2曲目"Goodbye Pork Pie Hat"は一転して物悲しげなバラード。2ヶ月前に亡くなったレスター・ヤングに捧げられた曲で、タイトルは彼がかぶっていたつばの狭い帽子に由来するようです。この曲はミンガスの代表曲の一つとなり、ミンガス自身も「ファイヴ・ミンガス」で”Theme For Lester Young”で再演していますし、ロックギタリストのジェフ・ベックやシンガーソングライターのジョニ・ミッチェルもカバーしています。3本のテナーがソロにアンサンブルに大きくフィーチャーされており、ソロはおそらくジョン・ハンディです。3曲目"Boogie Stop Shuffle"は何だか忙しない曲で、ブッカー・アーヴィンがフリーキーなソロを取り、パーランのピアノソロ→リッチモンドのドラムソロも挟まれます。4曲目"Self-Portrait In Three Colors"はミンガスのロマンチックな一面をよく表す曲で、サックス陣がアンサンブルで美しい旋律を奏でます。5曲目"Open Letter To Duke"はミンガスが敬愛するデューク・エリントンに捧げた曲。最初はブッカー・アーヴィンのエネルギッシュなテナーソロで始まり、中間部は一転してロマンチックなホーンアンサンブルに変わり、終盤は再びテンポアップして行きます。ミンガスの音楽性を凝縮したような組曲風の演奏です。

後半(B面)最初の"Bird Calls"はアグレッシブな演奏でアーヴィン→パーラン→ハンディorハディと急速調のソロをリレーします。7曲目が物議を醸した”Fables Of Faubus”で、曲調はサックス陣とトロンボーンがいかにも不安を煽るようなテーマを繰り返し、サックス陣とパーラン、さらにミンガス自身もソロを取ります。確かに印象に残るメロディではありますが、歌詞がないので差別への抗議がどこまで伝わったのか・・・やはり翌年の歌入りバージョンの方がエリック・ドルフィーの奇天烈なソロもありインパクトがあります。8曲目”Pussy Cat Dues”とラストの"Jelly Roll"はどちらもスローテンポの曲。前者はジミー・ネッパーのトロンボーンを大きくフィーチャーした曲で、パーランのブルージーなピアノソロ、ハンディのクラリネットソロも印象的です。後者はブルース・ピアニストのジェリー・ロール・モートンに捧げたほのぼのした曲でアトランティック盤「ブルース&ルーツ」では”My Jelly Roll Soul”のタイトルで再演されています。以上、後に再演された曲が多いことからもミンガスの自信作だったことがよくわかる作品です。

 

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チャールズ・ミンガス/イースト・コースティング

2025-05-18 17:07:59 | ジャズ(その他)

チャールズ・ミンガスについては本ブログでも何度も取り上げて来ました。モダンジャズを代表するベース奏者でもありますが、それよりも優れたバンドリーダーであり、音楽的にはハードバップの先を見据えたややアバンギャルドな要素もある独特の”ミンガス・サウンド”が持ち味です。過去に紹介したアトランティック盤「ブルース&ルーツ」やインパルス盤「ファイヴ・ミンガス」がそうですよね。また、前述の2作品もそうですが6~8本の管楽器から成る重厚なアンサンブルが生み出す複雑なハーモニーも彼の音楽の特徴です。

本日ご紹介するのはそんなミンガスが1957年8月16日にベツレヘムに吹き込んだ「イースト・コースティング」です。時系列的にはかの有名な「直立猿人」の翌年にあたり、3月のアトランティック盤「道化師」、7月のジュビリー盤「ミンガス・スリー」、8月6日のRCA盤「ティファナ・ムーズ」の後に続く作品となります。60年代以降のような大規模な編成ではありませんが、トランペット、トロンボーン、サックスの3管の響きを活かしたミンガスならではのサウンドを作り上げています。

メンバーはフロントラインがクラレンス・ショー(トランペット)、ジミー・ネッパー(トロンボーン)、シャフィ・ハディ(テナー&アルト)の3人。全員地味なメンツですが、クラレンス・ショーはジーン・ショーの名前でシカゴのアーゴ・レコードに「ブレイクスルー」含め3作品を残しています。ジミー・ネッパーは白人トロンボーン奏者でミンガス・バンドの常連で、リーダー作としては同じベツレヘムに名盤「ア・スウィンギング・イントロダクション」があります。シャフィ・ハディはイスラム教に改宗したいわゆるブラック・ムスリムで元々の名前をカーティス・ポーターと言い、その名前でハンク・モブレーのブルーノート盤「ハンク・モブレー」に参加しています。リズムセクションはビル・エヴァンス(ピアノ)、ミンガス、ダニー・リッチモンド(ドラム)。ここでビル・エヴァンスの名前が出てくるのが意外ですね。エヴァンスは28歳。前年に初リーダー作「ニュー・ジャズ・コンセプションズ」こそ発表していたものの、まだまだキャリアの駆け出しの頃です。彼が一躍有名になるのは翌年にマイルス・デイヴィスのバンドに加入してからのことです。ドラムのリッチモンドはミンガス・バンドの不動のメンバーです。

オープニングトラックは本作中唯一のスタンダード曲の"Memories Of You"。美しいバラードであまりミンガスっぽくない出だしです。クラレンス・ショーのミュートトランペットがテーマメロディを奏でる中、エヴァンス→ネッパー→ハディとソロを取ります。2曲目以降は全てミンガスの自作曲ですが、2曲目"East Coasting"と3曲目"West Coast Ghost"はタイトルも対照的でおそらくセットになっている曲です。当時のジャズシーンは黒人中心の東海岸ハードバップと白人中心のウェストコースト・ジャズに大きく二分されていましたが、ミンガスは音楽的にはイーストコースト派ながら出身はロサンゼルスで20代までは西海岸にいたと言う経歴の持ち主です。そのあたりのことを曲にしたのかもしれませんが歌詞があるわけでもないのでよくわかりません。曲の内容的には”East Coasting”の方はドライブ感溢れるストレートなバップナンバーで、ネッパーのトロンボーンソロに始まり、エヴァンス→ショー→ハディと順番にソロを繋ぎます。”West Coast Ghost”の方はいかにもミンガスワールド全開と言った感じの曲で10分を超す大曲です。エヴァンスの叩きつけるようなピアノに3管がそれぞれ激しいブロウで絡んだかと思うと、一転して甘美なメロディが現れ、各人のソロを挟みながらそれを何度も繰り返します。

続いてB面。"Celia"はミンガスが妻に捧げた美しい曲。この曲は彼もお気に入りだったのか後に「ファイヴ・ミンガス」でも演奏されています。この曲も何度も転調を繰り返すミンガスらしいひねりの効いた曲で、ショーのミュートトランペットとネッパーのトロンボーンが効果的な役割を果たしています。さながら美しい音絵巻と言った感じの曲です。"Conversation"は出だしこそやや複雑ですが、後はわりとシンプルなブルースで、ネッパー→ハディ→ショーとソロを回した後、3管のチェイスを挟んでエヴァンスがキラリと光るソロを披露します。"Fifty-First Street Blues"はセロニアス・モンクの"52nd Street Theme"を意識したタイトルでしょうか?曲はわりと普通のブルースでハディ→ショー→ネッパー→エヴァンスとソロを取ります。以上、ビル・エヴァンスの参加に思わず注目しがちですが、あまり彼が目立つ場面はなく、あくまでバンド全体が奏でるミンガス・サウンドを楽しむ作品です。

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キャノンボール・アダレイ/屋根の上のヴァイオリン弾き

2025-05-15 21:11:03 | ジャズ(その他)

昨日のアート・ブレイキー「ゴールデン・ボーイ」に引き続きミュージカルのジャズ化作品です。今日ご紹介するのは「フィドラー・オン・ザ・ルーフ」。邦題の「屋根の上のヴァイオリン弾き」の方がよく知られていますね。今では全く上演されることのない「ゴールデン・ボーイ」と違い、こちらは今でも世界中でリバイバル上演され、日本でも初代の森重久彌に始まり、西田敏行、市村正親と座長を交代しつつ2025年現在も上映されている超ロングセラー作品です。私は残念ながらミュージカル自体は見たことがないのですが、帝政ロシア時代のウクライナを舞台に迫害に苦しみながらも懸命に生きるユダヤ人一家を描いた感動的な物語だそうです。何より素晴らしいのはジェリー・ボックが書いた音楽で、全編魅力的な楽曲に彩られています。

今日ご紹介するキャノンボール・アダレイの「フィドラー・オン・ザ・ルーフ(屋根の上のヴァイオリン弾き)」はそんな人気ミュージカル収録曲のジャズ作品です。ミュージカルの初演は1964年9月22日だそうですが、本作の録音はそれから1ヶ月も経たない10月19日&21日に行われています。よほどミュージカルが評判を呼んでいたのでしょうか?時期的には同年のリヴァーサイド・レコードの倒産に伴い、キャノンボールがキャピトル・レコードに移籍した直後で、当時のキャノンボール・アダレイ・セクステットのメンバーが全員参加しています。すなわちキャノンボール(アルト)、弟のナット・アダレイ(コルネット)、チャールズ・ロイド(テナー&フルート)、ジョー・ザヴィヌル(ピアノ)、サム・ジョーンズ(ベース)、ルイス・ヘイズ(ドラム)です。

オープニングトラックはメインテーマでもある"Fiddler On The Roof"です。オリジナルでは文字通り主人公がヴァイオリンを弾きながら奏でるメロディが、セクステットの力強い演奏で見事なジャズバージョンに生まれ変わっています。ソロ先発はキャノンボールでトレードマークであるファンキーなアルトを聴かせた後、弟ナットのパワフルなコルネット→若きチャールズ・ロイドのコルトレーン風のテナー→ジョー・ザヴィヌルの鮮やかなピアノソロとリレーして行きます。さすがタイトル曲だけあって力の入った名演ですね。2曲目"To Life"は哀調の帯びたメロディをまずナットがミュートで歌い上げ、キャノンボールが情熱的なアルトで続きます。3曲目"Sabbath Prayer"は「安息日の祈り」と言う邦題の哀愁漂うスローナンバーで、ナットのコルネットがアンサンブルをリードします。4曲目"Chavalah"はラヴェルの「ボレロ」をかなり意識した演奏。メロディも似ていますし、アンサンブルが徐々に盛り上がっていく様も同じです。

以上、前半4曲もまずまずですが後半4曲はもっと良いです。特に5曲目から7曲目までの3曲はアルト奏者キャノンボール・アダレイに全面的にスポットライトが当たった名演です。力強いセクステットの演奏に乗ってキャノンボールが飛翔感溢れるソロを展開する"Sewing Machine"も素晴らしいですが、続く"Now I Have Everything""Do You Love Me?"のバラード演奏はため息の出る美しさ。キャノンボールは普段ファンキーな演奏が脚光を浴びがちですが、バラーディストとしても天下一品だったことがよく分かります。ラストトラックの"Matchmaker, Matchmaker"はエラ・フィッツジェラルドも「ウィスパー・ノット」で取り上げるなど多くのアーティストがカバーした名曲。この曲はチャールズ・ロイドがフルートでテーマメロディを吹き、ナットのカップミュート→ロイドのフルート→ザヴィヌルとソロをリレーします。キャノンボールのソロはありませんが絶妙のオブリガートで演奏に彩りを加えています。以上、オリジナルのミュージカルの楽曲の良さはもちろんのこと、演奏の方も文句なしの素晴らしさでキャノンボール・アダレイの隠れた名盤だと思います。なお、CDにはボーナストラックとして4曲が追加されており、チャールズ・ロイド作のファンキーな”Sweet Georgia Bright”等決して悪い演奏はないんですが、ミュージカルの8曲が素晴らしく、むしろその世界観が壊されてしまうので正直いらないと思います。

 

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